私はよくこう言われてしまいます。
『みっちゃんって、ホント美味しそうに食べるよねぇ~』と。
私、友達からは『みっちゃん』と呼ばれております。以後、お見知りおきを。
それは兎も角、成程。二十年に渡る悪食が、私がモノを食べた時の表情を如何にも『美味しそう』という様な顔にしているらしいです。
友達からそう言われるのですが、私にしてみればお口の中が第二次世界大戦。
あらら、味蕾が爆撃されたのではないかというような不味さが舌の上に広がっているということを、彼女達は知らないようですね。
一度でいいから、ちゃんと人間の味覚でモノを食べられるようになりたい。
早く人間になりた~い!
妖○人間じゃありませんが、ひしひしと思っていますよ。私にしてみれば恥垢を食しているような気分になれるチーズも、フランスの美食家『ジャン・アンテルム・ブリア=サヴァラン』が書いた本『美味礼賛』に、『チーズのない食事は片目の美女』というほど、なくてはならないというような存在であることが示唆されています。
ほう、そのような食べ物、実際に食べてみたい。いや、食べたことはありますけれど、人間の味覚で食してみたい。そういうことです。
喰種が真面に食べる事の出来る食材は、『人間』か『コーヒー』。ですが、人間を食べた時は旨みなどよりも先に、『快感』が体の中に付き上げてくるんですよね。
生娘の私がどうこう言えるものでもありませんが。
快感……言うなれば、あれでしょうか。ヤクと同じ類のものでしょうかね。あのヤバいブツを使っちゃった時の感覚に似たようなものでしょうか。
目の前が真っ白になった後に、得も言えぬ快感が全身の筋肉に、血管に、細胞に行き届いていく。
確かにアレは快感ですが、美味しいとはまた別の話なんでしょうかね? 単に私が人間の肉に飢えているから旨みよりも先に、きちんとした栄養を摂れたという満足感が襲いかかってきているのかもしれません。
う~ん……人間の美食なら兎も角、喰種としての美食の感覚が余りない私。確か、東京都のどこかの区で、喰種御用達のレストランがあるようですし、そこに行って美食とはなんたるかを調べてみるのもいいかもしれませんね。
そんなことを考えている私は、朝食にとカップ春雨を啜っている所存であります。
プラスチック製の紐を啜っているかのような食感。いやはや、何が女性に大人気なんでしょうかね。
パンと同様、春雨自体は無味無臭。しかし、そこへ汚水のようなスープが絡まって、私のお口を虐めていきます。
ああ、この春雨が人間の髪の毛で、スープが血液でしたら、どれほど美味しく頂けたのでしょうか。
あ、もう一つ我儘を言うのであれば、髪の毛は十代の若い女性の艶やかな髪でお願いします。私の髪の毛も長いですけれど、針金みたいに硬いんでとてもじゃないけれど噛み切ることなんてできやしませんよ。
なので、ヘアカットは基本的に自分で行います。百均の鋏だとすぐに駄目になってしまうので、赫子を使って切ってます。
まあ、私のヘアカット事情は兎も角、カップ春雨を食した私は食べ終えた後の器をコンビニのゴミ箱にシュゥゥゥーッ!! 超! エキサイティン!!
はい。周りの人にちょっと白い目で見られたことを確認した私は、赤面したまま出社致します。
***
水曜日の今日、お昼(取材)に行くのはお好み焼きのお店です。お好み焼き……粉物ですね。どっちかって言ったら、粉物ならたこ焼きの方が好きです。アッツアツのたこ焼きの口の中に放り投げて、『はふはふ』と必死に冷まそうとする……いいですねぇ。
あのソース。見事に様々な食材の
熱い、不味いときて、最後にはタコ。タコと言ったら、あのウネウネと蠢く触手ですね。まるで喰種の赫子―――『鱗赫』みたいですけれど、赫子はそんなに美味しくありません。
喰種の赫子は兎も角、たこ焼きのメインとも言えるあのタコですが、入っているのって足の部分だけじゃありませんよね。頭部の方も使っているので、『あれ? これタコ?』と思ったことも、小さい頃は何度も……。
おやおや、すみません。今日はお好み焼きでしたね。私が好きなのは、豚玉ですよ。シンプルイズベスト。
お好み焼き粉と混ぜ合わせられているキャベツの下で、ひっそりと鉄板の上でジュージューと焼かれている豚肉。ひっくり返す頃には、お好み焼きの食感にいいアクセントを生み出す程度にカリッカリに焼けている豚肉が―――。
どうです? 美味しそうなリポートでしょう?
安心して下さい。私は食べても不味いとしか思いませんから。
人間が食べようものなら、素材の旨みが凝縮しているソースであっても、私にとっては雑味が複雑に混ざり合った液体としか味わう事ができません。
粉物共通なんでしょうかね? お好み焼き本体の味はそんなに感じないで、紙粘土を溶かして焼いたものを食べてる気分になるんです。
ですが、伏兵とばかりに潜んでいるキャベツが、青虫の進行の如く私の嗅覚に青臭さを運んでくる。
そこへ最後に、若干焦げて苦いばかりの豚肉。カリッとした表面だけならまだしも、『ミチッ』と音を立てて噛み切った後は、一気に獣臭さがやって来る。
恐ろしいコンボですよ、まったく。
まあ、これまでの私のお好み焼きの記憶は兎も角、今日の取材で訪れるお店は一風変わったお好み焼きを作ってくれるそうですね。
なんでも、生地に粉をほとんど使わないとかなんとか。
お好み焼きといったら、あの粉物あってこそ、という雰囲気も致しますけれど、最近のお好み焼きはそういうものなんでしょうかねぇ。
そんなことを考えている私の下に、爽やかスマイルのイケメンさんがねじり鉢巻きを頭に巻きながら、お皿を持ってきてくれました。
ああ、あんなイケメンを食べてみたい。え? どういう意味かって? ご想像にお任せしますよ。
「お待ちどおさま! お好み焼き風オムライスです!」
違いましたね。『お好み焼き風』っていうだけであって、本体はオムライスみたいですね。言われてみれば、お好み焼き屋さんにしてはお店の内装が西洋風だなぁ~なんて思ってたんですよ。
成程、和と洋のミックスと。まるでラーメンにケーキを入れたみたいですね。あれ? ラーメンって和でしたっけ? どっちかって言ったら、中華みたいな気もしますけど、大体合ってるからいいですよね。
まずは見た目見た目、っと。ちょっと高めのカメラのシャッターを切る私は、グルメ記者というよりもカメラマンみたいですね。
色んな角度から、如何に美味しそうに撮ることができるか。人間限定で。
さて……三十枚ほど撮りましたし、後は実食を残すのみ。
お好み焼き風というだけあって、こんもりと盛り上がっている薄い玉子の生地の上には、ソースとマヨネーズが掛かっています。
更にその上には鰹節も乗せられており、オムライスから発せられる熱によってユラユラと絶えず動いてやがりますよ。それは青のりも然り。
「頂きま~す!」
さて、見た目の時点で不味そうなこの
皆さん。今から、『ショートケーキの苺はどのタイミングで食べる?』的な質問しますよ。
オムライスを食べる時、まずどこにスプーンを入れます?
端っこからだんだん削り取っていきますか? それとも、ボリュームたっぷりの真ん中を抉り取りますか?
私はですね……その時の気分によりますね。はい、どうでも良い質問でしたね。
まあ、今回は真ん中にズブッといっちゃいましょうか。玉子の生地にスプーンをスッと入れれば、上に掛かっていたソースとマヨネーズが垂れてくる。
来るんじゃねーよ、バーカ!
っと、まあ罵倒は済ませておいて、中に入っているモノを見てみましょう。おお、オムライスといえば中に入っているのはチキンライス的なものだと思っていましたが、茶色い米粒たちを見てみれば、これらはソースで味付けされて炒められたモノであることは一目瞭然。
う~ん、ソース特有の少し鼻の奥にツンとくる酸っぱい香りが何ともこそばゆい。
おやおや。ネギやそぼろ肉などと一緒に炒めているんですね。邪魔なことをしてくれる。
そんなことを思いながら、銀色のスプーンの上に乗せられる料理。ああ、黄と白の混じる玉子の生地の下には、濃厚なソースと絡み合ったお米がネギやお肉と抱き合っている。
お米が艶々なのを見ると、スーパーで買えるような安い品じゃないんでしょうね。お米ソムリエの方とかなら、どこ産のお米とか分かるんでしょうか?
あ、そーだ。私、コーヒーソムリエにでもなりましょうかね。
閑話休題。冷めちゃいけませんから、早速オムの欠片をお口へ運びます。
……おお。決して薄味なんかじゃありません。本当に肥溜めの中に溜められていたブツのように濃厚なソースが、糊のようなお米と絡み合って奏でるハーモニー。
ここは煉獄でしょうか。
そして後からじわりじわりと来る玉子の生地の風味。しっかりと火が通っているのに、まるで蛙の卵を包み込む泡のようにフワフワとしていて、先程の最早排泄物のようなお米と風味が混ざり、不快感を煽りに煽ります。
更に鉋でカビの生えた古木を削った後の屑のような風味の鰹節に、干乾びた青虫の如き風味の青のり。
更に、玉子の上にも掛かっていた汚物のようなソースと、鳥の糞のような色合いのマヨネーズが舌の上で混じり合い、この世のものとは思えないようなハーモニーが……。
成程成程。私が今まで食べてきたお好み焼きとはまた別モノですね。朝食にと食べた春雨スープがまるで赤子のようだ。
この味には到底敵いそうにありませんね。
お好み焼き―――いや、オムライス一つでこれだけの風味を生み出そうとは、人類の食への飽くなき探求心が窺えます。
流石は日本人。やることがえげつない。
生で食べれば最悪死に至るこんにゃく芋を、茹でて、すり潰して、寝かせて、石灰水と混ぜて、また茹でるという工程を経て食べようとする日本人。
外国ではサルモネラ菌感染のリスクがあるという生卵を、あまつさえ白いホッカホカのご飯にかけて食べる日本人。
内臓に猛毒が含まれているフグを捌いて食べ、本来猛毒の卵巣でさえも塩漬けして食べてしまう日本人。
クレイジーだ。その食への飽くなき探求心が、ここまで複雑な味わいの不味い食事を生み出しているというのでしょうか。
あ、そう言えばイギリスのお料理ってそんなに美味しくないらしいですね。そのような料理を喰種の私が食べれば、一体どのようなリアクションになってしまうのか。
どうなんでしょうね~。フィッシュアンドチップスに、ウナギのゼリー寄せ。そして極めつけにスターゲイジーパイ。
名前はカッコいいですよね。スターゲイジーパイ。だって、パイが星を見てるんですよ?
実際見れば分かりますけど、パイから魚の頭部が突き出てるだけですけど。言うなれば……そうです、チンアナゴみたいな。
あ、ちなみに普通の穴子は生食できませんよ。穴子は通常寄生虫がいて、血に毒がある為食べられないらしいです。
ですけれど、マイナス40℃で48時間冷凍して寄生虫を殺し、内臓を傷付けないように身を開いて、血を綺麗に水洗いした後、50度のお湯で洗ったら生で食べられるらしいんですよね。
え? この方法を見つけたのは誰かって?
決まってるじゃないですか。日本人ですよ。
あと日本人で思い出したんですけれど、タコって外国だと悪魔的な扱いらしいですね。それを刺し身で美味しく頂いたり、たこ焼きにして食べるなんて、日本人……強し。
日本人が強いというところを再認識しながら頂くお好み焼き風オムライスは、さっきとは一味違いますね。一向に美味しいとは感じませんが。
ですが、どちらかといえば昨日のパン屋さんの方が胃袋に来ましたね。特にピザパンが。あれは人の食べ物じゃありません……いや、人の食べ物でした。
さて、冗談もここまでにして、あとはペロッといっちゃいましょうか。
***
仕事が終わり、後は家に帰るだけ……と思いきや、友人である優ちゃんに誘われたので、ラーメン屋で夕食をとろうとしている最中です。
なんでも、此処の豚骨ラーメンが美味しいとかなんとか。いや、私にとって豚骨ラーメンとは悪魔のような敵ですよ。
因みに私がラーメンの味―――『醤油』、『塩』、『味噌』、『豚骨』の中で優劣を付けるとすれば、一番好きなのが塩ラーメン。次点で醤油。三番目に味噌で、最後に豚骨です。
何故かって? 塩が一番雑味がなくて食べやすいんです。味が好きとかどうこうよりは、食べやすいか否かで決めてますので。
豚骨が苦手な理由としては、そりゃああの豚骨のエキスですよ。豚の骨髄をぐつぐつと煮込んで得た、あのおぞましい白い液体……獣臭さという名の出汁がたくさんで、とてもじゃありませんが好き好んで食べられるモノじゃありません。
その気になれば食べられますけど。
しかもあれじゃないですか。豚骨ラーメンの麺って、確か『ハリガネ』っていう硬さでしたっけ? それを噛むのが辛いのなんの。
中華麺なら輪ゴム噛んでいる感じで済みますけど、文字通り針金の如き硬さの麺―――しかも、豚臭い汁がだくだくと付いたモノを食べるなんて……。
え? 喰種なら、ハリガネぐらいの硬さの麺なんてどうってことないだろ?
何を言っているんですか、お馬鹿ちゃん。
逆に訊きますけど、貴方は苦手なモノを食べる時、顎に力入りますか? 子供の時、誰もが苦戦したであろうピーマン……あれをいざ食べようとしたとき、進んで顎を動かそうという気分になれましたか?
なれませんよね? いや、例えなれるとしても、なれない体で話を進めましょう。
人間の骨をも容易く噛み砕くことのできる喰種であっても、豚骨ラーメンの硬い麺を容易く噛み切ることはできないという訳です。
「みっちゃん、餃子食べる?」
「あ、食べる~!」
「はいよ~! はい、これラー油ね!」
おっと、本命のラーメンが来る前に腹ごしらえの餃子が来ましたね。優ちゃんめ……屈託のない笑みで餃子を差し出してきて……私がどれだけ餃子を不味いと思っているか知らないな?
水に浸した厚紙のような餃子の皮。青臭い(以下省略)……具。
そして優ちゃんの差し出してきたラー油こそ、餃子においてのラスボス的な存在。食べなければいい話じゃないかというのは無しですよ。好意で差し出してきてくれてるんですから。
喉を焼くような辛さは、喰種の私にも耐えかねる地獄です。
嘘です。
「ん~!」
「あはは、ホントみっちゃんって美味しそうに食べるよねぇ~!」
「そんなことないよ~!」
くッ……ラー油付きの餃子は、優ちゃんの豊満なパイオツをオカズにして食べ進めるとしましょうか。眼福ですね。肉まんみたいなパイオツ……羨ましいです。私は昔からの悪食が祟って、パイオツは成長しませんでしたから。
「へい、お待ち! 豚骨ラーメン!」
「お、来たよ! みっちゃん!」
餃子を食べ進めている間に、豚骨ラーメンが来てしまいましたね、ええ。
ああ、悍ましきこの白いスープ。まるで骨の白さがそのままスープにでもなったかのようなスープは若干茶色くて、脂が浮かんでいて、分厚いチャーシューが乗っていて、これまた分厚いメンマがあって、黄身は半熟で白身に味が染み込んでいる煮玉子が乗ってて、おまけに中央には千切りのネギが―――。
ジュル……。
「もぉ、みっちゃんったら! 涎出てるよ?」
「え、嘘ぉ~?」
「ホントだって~! この大食い女子~!」
なんと、涎を垂らしてしまっていたようです。条件反射なんでしょうかね。頭では食べるべきではないと解っていても、長年の経験から体が自然とそう動いてしまうんでしょうか。
さて、口の端から垂れた涎をおしぼりで拭き取れば、後は食べるのみ。
チュルンとイってやりましょう。
ズズッ
「んふふ」
「美味しいでしょ?」
「ん~」
そうは言うものの、これはヤバいですね。不味いを通り越してヤバいですね。
ハリガネ? でしたっけ、この硬さ。文字通りの針金みたいな硬さなんかじゃなくて、ギュッと縛った糸みたいに中々噛み切れない。
そして、そんな細い麺に絡みつくのは、豚の骨をぐしゃぐしゃに砕いてからぐつぐつに煮込んでとったエキスたっぷりのスープ。
肉とはまた違ったえぐみや獣臭さが、私の鼻に襲いかかってきます。
オー、マイゴッド。
なんだか、だんだんこの麺が、豚の死骸に群がる蛆虫に見えてきちゃいましたね。
おうっふ。今日、帰宅した後の嘔吐が捗りそうな食事をとっている私の横では、美味しそうに豚骨ラーメンを啜る優ちゃんの姿が見えます。
ああ、なんて美味しそうに食べるんでしょうか。
このまま一口目で止まっていたら、何時まで経っても食べ終えることはできませんね。はいはい、食べますよ、ええ。
うう……優ちゃんはたくさん食べるから、パイオツもそんなに大きく育ったんでしょうか。
だったら私も、小さい頃からたくさん人を食べるべきでした。
……五月蠅いですよ。貧乳はステータスなんです。
***
「ヴェロロロ!! ヴルァッ!?」
その日の嘔吐は、いつもの二、三倍激しかったです。