喰種のグルメ   作:柴猫侍

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月曜日

 テラテラと滲み出た油とタレが光っている。夜中の居酒屋で店員に差し出された焼き鳥を見て、一人の女性は『おぉ~!』と声を上げて口の端から涎を垂らす。

 焼き鳥が来る前に腹ごなしにと枝豆を食べていたのか、女性が座るカウンターの手前には無数の枝豆の残骸が入っている皿が置かれている。

 

 枝豆の他にも、フライドポテトや焼いたスルメなどが乗っかっている皿もあるが、まずは焼き鳥と言わんばかりに鶏肉が刺さっている串を手に取り―――。

 

「いっただっきま~す♪」

 

 ぱくりと一口。

 仕事帰りなのか、スーツ姿、且つ長い茶髪を頭の天辺でお団子に纏めている二十代の女性は、串に刺さっていたもも肉をもぐもぐと咀嚼した後に『ん~!』と声を上げる。

 そして、カウンターに置かれていたビールのグラスに手を伸ばした。出された時よりかは温くなってしまったが、グラスに滴る水滴で充分冷えている感覚は覚えることができる。

 グビグビと喉を鳴らし、プハッと息を吐く女性。

 

 傍から見ても、居酒屋を満喫している女性の姿。

 だが、

 

 

 

―――湯がいた木の繊維のように解れていく鶏肉の身。

 

 

 

―――噛めば噛むほど、ティッシュのような細やかになって口の中にこびり付く。

 

 

 

―――舌に残る不快な甘みと、えぐみがある塩味。

 

 

 

―――粘性の雑味は、先程口の中にこびり付いた繊維に染み込む。

 

 

 

―――鶏肉から滲み出た油は、工具の錆をとる為の油のようで……。

 

 

 

美味し(不味)~~~い!!」

 

 

 

 彼女はグルメ(悪食家)だった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 こんにちは。私の名前は太田(おおた)満子(みつこ)

 ピッチピチの二十五歳で、今はグルメ記者をしています。東京都に住んでいて、さっきも言った通りグルメ関係の仕事に就いています。

 美味しい食べ物を求めて東京だけでなく、北海道から沖縄まであっちこっちに行ったり……。

 大変な仕事ですけれど、不味い(美味しい)食べ物が私を待っていると思ったら元気百倍!

 

……え? 字が違う?

 

 あ、言い忘れていましたけれど、私は喰種です。主食は人間の肉。ええ、人間です。人です。ヒューマンです。

 困った事に、喰種は人間の肉しか食べられないという可哀相な種族なんですよ。

 でも、見た目は人間そのもの。ちょっと力が強かったり、怪我の治りが早かったりという特徴はありますけれど、見た目はホントに人間そのもの。

 そして、この社会。人間を食べる種族なんてデンジャラスな生き物を許す筈なんてなくて、日本のみならず世界中で『喰種を駆逐しよー!』なんて粋がる人達も大勢いますが、私には関係ありません。

 だって、全然喰種だって気付かれませんもん。

 

 なんでかって? それは、私が毎日毎日友人や上司の方々と一緒に人間と同じ食べ物を食べているからです。

 最近はそうですね……友達の女性数人と焼肉屋さんに行きました。

 白くて艶々なご飯に、油がテカテカと光っているカルビ。焼き肉屋さんのタレって市販のモノより旨み(雑味)が多いですよね。

 私はちょっとカリカリぐらいにまで焼くのが好きなんで、少し焦げ目が付いてきたところでカルビを網から箸で取って、そのままご飯の上に乗せ、一気にパクリと。

 

 いやぁ~、不味いのなんの。

 確かテレビで観たんですけれど、喰種の味覚で人間と全然違くって、人間の食べ物を食べたらすごく不味く感じるらしいですね。

 

 ……いや、まあそれは十年以上前から知っているんですけれど。

 

 普通の人の食事を摂ったままで居ると具合が悪くなっちゃって、そのままオロロロっといきます。

 まあ、人間社会に溶け込もうとしている喰種の方々は必然的に人の食事も摂る事が多いので、具合が悪くならない為の方法として、具合が悪くなる前に食べた物を吐き出す感じですね。

 

 結局は嘔吐です、はい。

 

 かくいう私も、毎日食べる人の食事をたくさん食べてから帰宅した後は、そのままトイレに直行です。

 食べた量に比例して分泌される胃液が喉を焼くあの感じ……最初こそ慣れませんでしたが、今では慣れたモンですよ。

 そんな感じで、人様と同じ食事をバクバクと平らげている私の事を喰種だと疑う人はほぼ居ない訳でして、喰種対策局だかなんだかの人達もそんな私をマークする筈がない。

 こういうカラクリです。小さい頃から人の食事を摂り続けた賜物ですよ。

 

 それは兎も角、何故喰種の私がわざわざ好き好んで人の食事を摂るようになったのかを話しましょう。

 

 あれは二十年前の雨の日……嘘です。すみません。大体二十年前っていうことは覚えてますけど、天気なんか覚えてません。

 喰種なのに小学校に通ってた私は、夏休みの日記を最後の日にばーっと書いちゃうタイプです。勿論、一か月分の天気なんて覚えてませんので、捏造してましたよ。

 

 ……話が逸れましたね。戻りましょうか。

 

 あの日、私はスーパーの試食コーナーに居ました。喰種である私が食べられる物なんて、スーパーの試食コーナーに置いてある訳なんてなかったんですが、あるモノを見つけてしまったんです。

 それはケーキ。小さくカットされていたケーキ。……あ、思い出しました。二十年前の12月25日です。

 クリスマスケーキを売ろうとする店側の思惑でしょうね。それでケーキが小分けされて試食用に置かれていたのを見つけた私は、食べられない癖に試食用のケーキを一口食べてしまったんです。

 

 私は衝撃を受けました。

 

―――こんな不味い食べ物が、この世にあるなんて。

 

―――こんな不味い食べ物を、人間は嬉々として食べるなんて。

 

 舌に絡みつく油分の塊。

 経年劣化したスポンジのように崩れる、小麦粉が膨れ上がった固形物。

 噛めば噛むほど二つの不快感は融合し、凄まじい速度で胸がムカムカしてきます。食べて数秒で顔面蒼白になってしまうほどの吐き気を催した私に、店員は止めに苺を差し出してきました。

 

 血の様に赤く紅く熟した真っ赤な果実。

 パクッと一口食べれば、先程の口腔に広がる不快感を吹き飛ばすほどの強烈な酸味。焼け爛れるのかと思ってしまうかのような酸味は、塩酸を舐めたような気分になれましたね。

 舐めた事ありませんけど。

 あと、歯の隙間に挟まった苺の粒的な奴は、味とかどうこう以前に腹が立ちました。

 

 そんなこんなで激マズなケーキを食した私だったのですか、何故だかどうしてか、目覚めてしまったんですよね。

 

 悪食家に。

 

 偏食家じゃありません。悪食家です。

 別に偏った食事は摂っていませんもん。炭水化物、肉・魚、野菜、乳製品に至るまでなんでもかんでも食していますよ。

 ……いや、喰種からしてみれば偏食家なのかもしれませんが。

 

 兎に角、ケーキを食べてしまって以降、人間の食べ物に興味を持ってしまった私は、結局はリバースしてしまう食べ物を好き好んでバクバク平らげ、成長した今となってはその『美味しさ』を人々に伝えることを生業としてしまったのです!

 偶に同族の方に会った際、『お前バカか?』と言われることが良くありますが、バカであることは否定しません。

 でも、あれですよ? 私、人で言うところの超激辛の食べ物を食べて喜んでいるのと同じ感覚ですよ?

 まあ、私に関しては『不味い』という感覚をがっつり持って食している訳ですが。

 

 ご飯を食べても粘土のようにしか感じず、お肉を食べても木の繊維のようにしか感じず、野菜を食べても青臭さしか感じず、牛乳なんて飲もうなら生コンクリートを飲むような気分になれちゃいます。

 しかし、そんな小さい頃から好き好んで人の食事を摂ってきたからこそ分かる事実が一つありました。

 

 不味さの中にも、美味しい不味さがあるということを―――。

 

 職場の皆からは『なんで太らないの? 太田なのに』と心配されるほど、色々と食べている私だからこそ分かった事実です。ついでに、苗字が太田だからって太る訳じゃありません、バッキャロー。

 

 例えば、スーパーで売ってるお安い肉と、100gウン千円の超高級なお肉。

 前者を焼いて食べれば、使い古した油を塗ったのにも拘わらずガチガチに乾燥した杉の幹の皮を食べているような感覚になれます。

 しかし、後者は違うんです。次から次へと溢れだして不快感を煽る肉汁(オイル)。ホロホロと溶けるように解れていく身は、獣臭さを舌に染み込ませてくれそうな感覚になり、極上の気分になっちゃいます。

 え? 寧ろ不味そう? またまたぁ~。

 

 あっ、でも私は庶民的な食事の方が好きですよ。居酒屋なんかが特に好きで、時間があれば仕事終わりに立ち寄っています。

 周りにプラスチックみたいな膜を張っていて、尚且つ青臭さを凝縮したような風味を漂わせる枝豆。

 アンモニア臭をプンプン放つ木の板みたいなスルメ。炙ればイカ臭さが際立って、焦げた部分が苦いこと苦いこと。

 湯がいた木の枝みたいに解れて、雑味たっぷりのタレが塗られている焼き鳥は居酒屋の定番ですよね。

 あと、最後に消毒用エタノールを炭酸水で割ったような喉越しのビール。酔わなくても吐き気を催すあの飲み物は、やっぱり居酒屋で飲んでこそだと思います。

 

 え? 全然美味しそうに聞こえない? しょうがないでしょう。私は美味しく感じていませんから。

 そんな私ですが、たくさん食べたりするのでエンゲル係数はうなぎ上り。女の子らしくお洒落とかもしたいですれど、どうにも食欲が収まる気配はありません。

 なので、朝・昼・晩とた~くさん食べて、家に帰ったらリバースしています。もったいないと言われても、私はやめません。これは仕事に必要なことなんですから。

 

 不味さにも種類はたくさんあります。グルメ記者たるもの、全部が全部『美味しい(不味い)』の一言だけでは記事を書くことができません。

 だからこそ、日々たくさんの物を食べて色んな不味さを体感する必要があるんです。

 そんな私の並々ならぬ努力を、是非貴方達に伝えたい。

 

 と、言う訳で、私のとある一週間の食生活をとくとご覧あれ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 月曜日。

 休日も終えて、社会人が憂鬱となる曜日ですが、私についてはそんなことはありません。寧ろ、これから出会うまだ見ぬグルメに会えると思うとわくわくしてしまう程です。

 だからこそ、月曜日の朝は駅前のハンバーガー屋さんを訪れることが専ら。そこでモーニングコーヒーとソーセージマフィンを頼むのがマイスタイルです。

 

 ここで一つ情報を入れましょう。人の食べ物はほとんど食べることができない喰種ですが、何故かコーヒーは普通に飲めるんです。

 これこそ人体の不思議。

 

 それは兎も角、メイクもばっちり。お団子の髪型も決まって、眼鏡も掛けて出来る女風な私は空の胃袋にモーニングコーヒーを注ぎ込みます。

 胃袋に入ってきた瞬間、ダイレクトに感じるカフェイン。これでねむ~い朝でもシャキッとするのです。

 香ばしい香りを漂わせる琥珀色の液体を半分ほど飲んだ後、次は隣に佇むソーセージマフィンに手を伸ばします。

 

 出来立てでまだまだ温かいマフィンからは、咽そうになるほど粉が飛散し、私の着ているスーツを若干白く染めます。

 少しイラッとしたところで、豚の内臓を固めて炙ったようなパテが挟まっているマフィンを一口ガブリ。

 喉元に張り付く小麦粉の塊を噛み締めながら、溢れ出るギトギトの油を必死に呑み込むんだところで、漸く一息。

 

 肉は基本獣臭いのですが、溢れ出る肉汁にはその臭いが凝縮されているので、ここで一気に吐き気を催します。

 ですが、そこは半分残っているコーヒーに一口つけて、可能な限り不味さを消そうと試みます。

 

 あぁ。飲みこみ易いようにとしっかり噛んだのが裏目に出てしまったのか、固型の嘔吐物のようなマフィンが上あごに引っ付いてしまいました。

 それを舌で剥がそうとすればダイレクトに不味さが味蕾に伝わり、口直しに飲んだコーヒーの風味はどこへやら。

 気絶しそうになるほどの不味さ(美味しさ)を堪能した後は、会社に出勤するのみです。

 

 

 

 ***

 

 

 

 今日の取材は蕎麦屋さんのようです。

 都内でも少し有名なお店。少々寂れたような見た目のお店ですが、それだけ長い間商売をしてきたということなのでしょう。

 これは味に期待ですね。

 

 店主の方に一番人気な商品を聞けば、『天ぷら蕎麦』らしいです。成程。蕎麦も天ぷらも和食の内。日本人であれば嫌いな人は少ない組み合わせの料理でしょうね。

 カリッとした衣の天ぷらを食べた後、ズズッと喉越しがいい蕎麦を啜る。

 いいですねぇ。

 

 店主お勧めの天ぷら蕎麦。私も頼んで食べることにしてみました。

 

 十分ほどでしょうか。それぐらいの時間を待つと、大きな海老の天ぷらとかき揚げが載ったお皿と、蕎麦がこれでもかという程盛られた皿が出てきました。

 これで九百円。リーズナブルな値段だと思います。蕎麦につけるおつゆの器の隣には、ワサビと大根おろし、そして輪切りのネギなどといった薬味が乗った皿も見受けられますね。

 

 中々美味しそう(不味そう)な見た目の料理が出たところで、まず食べるのは矢張り蕎麦。最初はなにも付けずに、そのままチュルン。

 啜る事によって一気に喉元まで駆け昇ってくる消しゴムのカスのような風味。噛んでみれば、輪ゴムのような食感が歯に伝わってきます。

 うん。これこそ蕎麦ですね。コシがあっていい蕎麦だと思います。

 

 最初の関門を突破すれば、今度はおつゆに付けていってみましょうか。ふむ……カビの生えた古木のような臭い。これは鰹節がベースのおつゆですね。

 ドブみたいなおつゆに蕎麦をちょんっと付け、再び口の中へと吸い込んでみます。

 

 おっふ……。おつゆが付いている分、先程よりも啜った時に喉元に来る風味が凄まじいことになっていますね。喉が、まるで土砂崩れの被害現場みたいなことになっています。つまり不味い。

 

 第二関門突破。次は天ぷらですね。かき揚げも捨てがたいですが、まずここは大きく反り返っている海老に齧りついてみたいと思います。

 サクサクと上がっている衣。見ているだけで胸がムカムカしてきます。

 あの衣には植物油がたっぷりと染み込んでいるんでしょうね。想像してるだけで胃の中に胃酸がドバドバ出てきました。

 それは兎も角、サクッと一口。

 

 じゅわぁ……と広がる脂っこさ。朝に食べたパテよりかはあっさりしていますが、これは逆に植物の青臭さがありますね。菜種油なんでしょうね。芳香剤を凝縮したような鼻腔を突き刺すような菜の花の香り。ヤバいです。

 そんな油に悪戦苦闘しながら海老の身までたどり着きました。歯に触った瞬間、歯を押し返してくるようなこの食感。

 

 カブトムシの幼虫をギュッと圧縮したらこういう食感になりそうだなぁ~と思いました。

 

 無駄にぷりぷりしている海老の身は、私の咀嚼を悉く妨害してきます。噛む度に溢れる海のヘドロのような不味さ。潮味、恐るべし。

 あ、でも軍人さんとかは虫とか普通に食べられるらしいなぁ。貴重なタンパク源とかなんとか。

 ……あと、確か海老の甲殻でゴキちゃんの翅と同じ――――いや、もうここでやめましょう。どこかの国では普通に食べているらしいですけど、私は一応日本人……日本喰種ですから。

 食文化って国によって大分違いますもんね。どこかの国では犬も食べちゃうらしいですけれど、私は犬をペット用の動物としかみることができませんし、今後犬を食べる系の取材が来たら断りたいです。

 固定観念なんでしょうね。元々食用と見ているか、ペットとしてみているか、みたいな。

 

 話が逸れましたね。

 海老、不味し。海の虫と言わんばかりの味、とくと堪能致しましたよ。

 

 そして今度は、薬味をおつゆに入れてから蕎麦を食べてみましょうか。まずは、ネギからいってみましょう。

 

 この鼻と喉を刺すような臭い。初っ端から易々と先程の海老の天ぷらを超えてきましたね。

 医薬用外劇物みたいな異臭を発する植物を汚水の中へダンクしたところで、まんべんなくかき混ぜてみます。

 ……ちょっと箸で舐めてみましょう。

 

 ぺロッ。

 

 

 これは……青酸カリ!? 嘘です。ネギ入りのおつゆです。あ、でもネギ系統の食べ物は食べすぎると体に毒だって編集長が言ってました。

 それは兎も角、たったワンステップでここまで味を昇華させるとは、薬味恐るべし。

 

 さて、ここで一口っと。

 

 おお……輪ゴムのような食感の蕎麦に、汚水のようなおつゆと劇物のような異臭を発するネギのハーモニー。

 そして舌の上に広がるネギの辛味は、まるで槍で刺されているかのような痛みを錯覚させてきます。

 

 ネギが臭いのなんの。後でガム噛まなきゃ。でも、飲まないでずっと噛み続けるガムって、お坊さんの修行よりもキツイんですよね。

 ずっと口の中で粘土を転がしている気分になって……。あと、香草(ミント)が青臭いって言うかなんて言うか……舌がずっとピリピリするんです。いや、もう青臭いを通り越していい香りです。はい、嗅覚が麻痺してるだけですけど。

 

 そんなことを考えながら、今度はおつゆにワサビを入れて見ましょうかね。ネギがあれだけのポテンシャルを有しているのだから、ワサビを入れればどれほどのものになるのか……。

 以前、私はワサビが入ったお寿司に家で挑戦したことがあるのですが、魚の生臭さとワサビの劇物具合に一晩中トイレに閉じこもる結果になりました。

 くっ……グルメ記者でありながら、なんという失態。

 この蕎麦を機に、ワサビなどは克服してやりましょう。

 

 この緑色の劇物をおつゆに溶かし、お箸でぐーるぐる。おお、だんだん溶けていきますよ~。

 ワサビが分散しておつゆがちょっと濁った頃を見計らい、私は腹を括りました。

 ワサビとネギをたっぷり絡めたお蕎麦を―――。

 

 チュルン!

 

 こ、これは……!

 

 

 

 お口の中が、爆撃地帯やぁ~。

 

 

 

 先程のネギなんて比べ物にならないほどの刺激が舌、鼻、そして目を襲ってきました。機関銃で撃たれているかのような刺激が舌に広がり、呼吸する度に鼻の奥から毒ガスのようなワサビの風味が抜けていきます。

 奴等め、侵略地帯を目にまで広げてきましたね。鼻の奥に奔る刺激で涙が滅茶苦茶出てきました。

 やばいですね。最初は歩兵程度の蕎麦でしたが、薬味を投入することによって戦車にまでグレードアップしてます。

 

 つまりどういう事かと言うと、不味い。

 

 ただ、それだけです。

 さて……この蕎麦を記事にする為に、後でこの不味さを美味しさに変換しないと。

 

 

 

 ***

 

 

 

 仕事を終えれば、後は帰宅するのみ。自分で料理をしたくないズボラな私は、専らコンビニで売っているモノを買い食いするのです。

 今日は……おやおや、新発売のクロワッサンがあるじゃないですか。折角ですし、それをコーヒーと一緒に食べてみましょう。

 

 そう言う訳でクロワッサンとホットコーヒーを買った私は、コンビニを出た後すぐにクロワッサンの袋を開け、見るだけで胃もたれしそうな程塗られたバターが照っているクロワッサンに齧りつき、

 

「……ヴァ」

 

 おっと、変な声が出てしまいました。

 ここは一旦コーヒーで口直しをしましょう。いやぁ、新発売の塩バタークロワッサンは凄まじいポテンシャルがありますね。

 獣臭い食べ物の代表格のバター。そして、段ボールを彷彿させるような食感の生地。生地の間の空洞に留まっている空気は、肺に一気に流れ込んで私の食欲を加速度的に減退させていく……。

 ふふっ、昼に食べた蕎麦と天ぷらがかなりキていますね。お腹がギュルギュルいっています。

 

 まずい。いや、これは味の方の意味じゃありません。

 あっ、勿論味の方は不味いですけど、今言ったまずいはそっちの不味いじゃ―――。

 

 ゴルルルッ……。

 

「っ……!」

 

 ヤ……ヤバいですね。早く家に帰って……!

 

 

 

 ***

 

 

 

『オロロロロロッ!』

 

 ガタン。

 

 バシャアアアア……。

 

 ガチャ。

 

「ふぅ……すっきりしたぁ……」

 

 自宅のトイレから出る私。たった今色々とリバースしてきましたが、いつものことですので慣れたモンですよ。

 ユニットバスでしたから、口元をシャワーで洗い流してモザイク加工されそうな物体をきちんと洗い流した私は、タオルで口元をゴシゴシと拭き取り……。

 

「快ッ感……♡」

 

 明日も不味い(美味しい)モノが食べれるように願います。

 

 因みに、高校生時代の友人からは『大食いドM女』とあだ名を付けられていた事を、ここに追記します。

 


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