当たり前の後ろ ~テワタサナイーヌ物語~   作:吉川すずめ

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ぽぽいのぽい

 テワタサナイーヌが期間限定でステルスチームを手伝うことになり、そのための厳しい訓練が行われた。

 テワタサナイーヌの任務は、オートバイで犯人の追尾を行うこと。

 通称カゲと呼ばれている。

 出動がかかるのは、バイク便を利用した現金手渡し型のオレオレ詐欺で現場設定による検挙態勢に入るときだ。

 いつ出動がかかるかわからないので、テワタサナイーヌはプロテクターが内蔵されているライダージャケットとジーンズに短いライディングブーツを身につけて仕事をするようになった。

 ヘルメットも黒いジェット型のものを改造して犬耳を付けてもらった。

 ぱっと見た感じでは、ファッションで犬耳を付けたヘルメットのように見える。

 稀に同じようなヘルメットを見ることがあるので、それほど不自然ではない。

 テワタサナイーヌの場合は、犬耳にしっかり中味も詰まっているというところが普通ではないが。

 ヘルメットには、無線の送受話装置が付き、超小型CCDのウェラブルカメラが仕込まれている。

 出動中は、ジャケットに隠して携帯している無線機で通話しながらウェラブルカメラで撮影する。

 追尾に使うオートバイは、スクーター型とヨーロピアンタイプのものを選ぶことができる。

 テワタサナイーヌは、ヨーロピアンタイプを選んだ。

 排気量1,000cc以上のリッターバイクも選べたが、取り回しの軽快さを重視して250ccにした。

 街中を走るには、これくらいが一番扱いやすいからだ。

「出動ないわねー」

 テワタサナイーヌがカップのアイスクリームを食べながら気が抜けたようにつぶやいた。

 アイスクリームは、山口が売店で買ってくれた。

「食べ物をくれる人はいい人」

 というテワタサナイーヌ基準で山口はいい人に分類されている。

「出動に備えてキャンペーンの出演要請も抑えてきていますから、あまり出動がないと要請を断った署にも申し訳ないです」

 山口が困ったという顔をした。

「私はいいのよ。代理と一緒にいられる時間が増えるから」

 テワタサナイーヌが冗談ぽく言ったが本音だった。

「キャンペーンに出ても一緒ですよ。基本的にいつも一緒です」

「えー、いつも一緒じゃないじゃん。仕事が終わったら奥さんのとこに帰っちゃうじゃん。いやいやいや」

 テワタサナイーヌが今時の昼ドラでもやらないような臭い演技をした。

「四六時中一緒がいいんですか?飽きますよきっと」

 テワタサナイーヌに山口が笑顔で問いかけた。

「一緒にいたいに決まってるでしょ。絶対飽きないから」

 テワタサナイーヌは真剣だった。

「そろそろ出動入りませんかね。無線をウォッチするだけの毎日も疲れます」

 これ以上この話題を盛り上げるのは危険と思った山口は話題を逸らした。

「あー、ごまかしてるー」

 テワタサナイーヌがむくれた。

「あ、そうだ。ウォッチで思い出したんだけど、代理ってもしかして白バイ訓練所の所長と知り合いじゃない?」

 テワタサナイーヌが不思議な質問を発した。

「いえ、知り合いではありませんよ」

 山口がさらっと否定した。

「そうなのね。いや、なんでウォッチでそんなことを訊いたかっていうと、6年前に私がヘソを曲げて白バイを降りて警察官も辞めると言ったんだけど、そのときの指導員、あ、それが今の所長ね。指導員に思いっきりビンタされたのよ」

「おやおや、それは大変でしたね」

「それでね、自分の価値を安売りするなって怒鳴られて、最後に、お前を見守っている人がいる、その人を信じろって言ったの」

 テワタサナイーヌが早口で捲し立てた。

「ウォッチで、今の、見守っている人がいるっていうのを思い出しちゃったわけよ」

「ねえ、その見守っている人って代理よね」

 テワタサナイーヌが確信に満ちた顔で山口を見つめた。

 微かに山口がうろたえたのをテワタサナイーヌは見逃さなかった。

「やっぱりそうなのね」

 テワタサナイーヌは、答えを待つため山口の目をまっすぐに見つめ続けた。

 長い沈黙が続いた。

「女の勘てやつですか」

 山口が口を開いた。

 

「ビー!ビー!ビー!」

 事務室の無線機から警報音が鳴り響いた。

「ステルス出動!ステルス出動!墨田区鶴沢2丁目、バイク便利用オレオレ。現場設定。待機中のA班並びにカゲは現場へ」

 ステルスの出動命令が下された。

「行ってきます!」

 テワタサナイーヌはそう叫ぶとジャケットに仕込んだ無線機とウェラブルカメラの電源を入れ、ヘルメットに犬耳を収めてヘルメットの送受話装置と無線機本体をコネクタでつなぎ、部屋を飛び出そうとした。

「テワさん、グローブ!」

 山口が手袋をテワタサナイーヌめがけて放り投げた。

「ありがとう。愛してる!」

 手袋を受け取ると、山口に向けた投げキスと余計な一言を残してテワタサナイーヌが廊下を駆けていった。

(どうか事故にだけは遭わないでくれ)

 テワタサナイーヌの背中を見送りながら山口は祈った。

(まずは現場に安全に到着すること。途中で事故になったら犯人を取り逃がすことになっちゃう)

 はやる気持ちを抑えてテワタサナイーヌは250ccの覆面オートバイを駆った。

 内堀通りから靖国通りに入り、そのまま国道14号線になる。

 隅田川を渡って墨田区に入りしばらく直進すると錦糸町の駅に着く。

 現場の鶴沢は錦糸町駅から程近いところにある。

 テワタサナイーヌは錦糸町駅北口で待機するよう無線指令を受けていた。

 テワタサナイーヌは、すみだトリフォニーホールというコンサートホールの前にオートバイを停めてイグニッションを切った。

 ヘルメット内のスピーカーからは他のメンバーの動きが逐一聞こえてくる。

 嫌が応にもテワタサナイーヌの緊張が高まる。

 

 ──その日の手口はこうだ

 9:20 甥を名乗る男からの電話

「おばさん?甥のヒロだよ。」

「うん、実はさ、今朝仕事に行く前にコンビニに入ってて、そこに鞄を忘れちゃってさ。店を出てすぐ気がついて取りに戻ったんだけど、もう鞄がなくなってたんだ」

「それでさ、鞄の中に携帯が入っててそれもなくなっちゃったから今会社の携帯を借りて電話してるんだ。番号が違ってるからちょっとメモしてくれる?あ、それから、今日はこのあとこの番号に電話してね。前の番号には繋がらないから」

「あと、もしかしたら落とし物として届けられてるかもしれないから、そっちに連絡がいったら今教えた番号に電話して」

 

 9:30 JR落とし物センターを名乗る男からの電話

「こちらはJR品川駅の落とし物センターです」

「そちらにヒロシ様はいらっしゃいますか。ヒロシ様の鞄が品川駅のトイレで拾われて駅に届けられています。鞄の中にヒロシ様の連絡先がわかるものがなかったもので、恐れ入りますがそちらからヒロシ様にご連絡をしていただけますでしょうか」

 

 9:35 被害者がヒロシに電話をかける

「あ、ヒロシかい。鞄みつかったってよ。なんでも品川駅のトイレに落ちてたって。お前から落とし物センターに電話しておくれ。よかったねえ」

 

 9:40 ヒロシからの電話

「おばさん?いま落とし物センターに電話したんだけど、ちょっと困ったことになっちゃって。」

「いや、実はさ、鞄の中に今日の取引で使う小切手が入っていたんだ。でも、届けられた鞄の中には小切手が入ってないっていうんだよ。その小切手がないと今日の取引がお流れになってしまうんだ。この取引がうまくいったら昇進間違いなしって言われていたのに、このままだと会社をクビになるかもしれない」

「いま、僕の上司が親戚中お願いしてなんとか400万は都合つけてくれたんだけど、あと200万どうしても足りないんだ。おばさん、助けてくれないかな。取引がうまくいけば、明日にはは必ず返せるから」

「いま上司と代わるね」

 

 9:50 上司を名乗る男

「おばさまでいらっしゃいますか。いつもお世話になっております。わたくし、ヒロシさんの上司で勝沼と申します。今回は無理なお願いをいたしまして本当に申し訳ございません。おばさまにお助けいただければ私どもの会社も救われます。その暁には、ヒロシさんも昇進が約束されておりますので、どうかお願いいたします」

 

 9:55 被害者

「わかった!ヒロシのためだもんね。おばさん200万円なんとかする」

 

 同時刻 ヒロシ

「えー!本当!?ありがとう。助かるよ。おばさん本当にありがとう。僕はこれから品川駅に鞄を取りに行かなきゃならないから、また電話するね」

 

 10:00 ヒロシ

「おばさん?ヒロシだよ。今、品川駅に向かってるんだけど、困ったことがあって。今日の取引先が約束の時間に遅れてることをすごく怒ってるんだ。それで、お昼までにお金を用意しないと取引は破談だって」

「鞄の中に、取引に必要な書類が入っていて、それはそのまま見つかってるらしいから、僕は鞄を取りに行かなきゃならないんだ。本人じゃないと返してくれないらしいんだ」

「ちょうどうちの営業で使ってるバイク便がそっちを回っているんで、そいつに行かせるから、おばさん、お金を渡してくれないかな」

「そうそう、いま、オレオレ詐欺とか多いから、銀行に行くとお金の使い道とか聞かれるかもしれないんで、そのときは家のリフォーム代とか、車を買うとか言うといいよ。親戚に渡すとか言うと警察に通報されちゃうから絶対に言わないで」

 

 この一連のやり取りで被害者は銀行に行き、窓口で200万円をおろそうとした。

 窓口では、高齢者の高額取引なので使い道などを確認する。

 最初、被害者は家のリフォーム代と言っていたが、見積を取っていないことや支払いが振込ではなく現金という点を不審に感じた窓口職員が上席に引き継ぎ、地元警察に通報がいった。

 通報で駆けつけた警察官により、被害者が受けた電話がオレオレ詐欺だとわかり、現金を受け取りに来る受け子のバイク便を逮捕すべく現場が設定された。

 

 そしてテワタサナイーヌがいまここにいる。

 

「3から1、犯人と思われるバイク便を捕捉」

 秘匿配置の捜査員から無線が飛んできた。

 受け子が現れたらしい。

 テワタサナイーヌはイグニッションをオンにしエンジンを始動した。

 エンジンと心臓の鼓動がシンクロして緊張感を高める。

 赤色灯とサイレンのスイッチを確認する。

 ウェラブルカメラの動作に異常はない。

 いつでも追尾できる態勢が整った。

「3から各局。犯人はバイクをおりて徒歩で被害者宅方向に進行した」

「2から1。2の目視範囲に見張りの男1名を捕捉。携帯で通話をしながら受け子の動きを注視中。監視を続ける。なお、見張りは原付に跨がりいつでも発進できる状態にある」

「1からカゲ」

「カゲですどうぞ」

 現場指揮官からテワタサナイーヌが呼ばれた。

「カゲは見張りの追尾にあたれ」

「カゲ了解」

 テワタサナイーヌが静かに見張りを視認できる場所に移動する。

「1から各局。受け子は間もなく被害者宅。3、4は捕捉態勢に入れ」

 受け子が被害者の家の呼鈴を鳴らした。

 被害者が玄関を開けて顔を出す。

 見張りは受け子と周りの様子を注視している。

 しかし、見張りの目にステルスチームが捜査員として映ることはない。

 テワタサナイーヌも見張りの動きを完全に監視下に置いている。

「これ、大事なお金だから。間違いなく甥のヒロシに届けてくださいね」

 被害者がバイク便を装った受け子に捜査用の偽札が入った袋を手渡した。

 その様子は、被害者宅の中に潜入していた捜査員も確認していた。

 被害者の音声は、隠して装着したピンマイクによりピックアップされ、無線ですべての捜査員が聞いている。

「はい、間違いなく」

 受け子が被害者から袋を受け取った。

 反転して足早に受け子が現場を立ち去ろうとしたそのとき、どこからともなく3人の男女が現れ受け子を取り囲んだ。

 その中の一人が警察手帳を取り出して受け子に見せた。

「詐欺未遂の現行犯で逮捕する」

 そう告げて受け子に手錠をかけた。

 あっという間の出来事に受け子は言葉も発することもできず、ただ身体を小刻みに震わせるだけであった。

 そのとき、テワタサナイーヌがハンドルに付いている赤色灯とサイレンのスイッチをオンにした。

 フロントカウルに隠されていた赤い高輝度LEDが点滅しながら反転して現れ、秘匿されたスピーカーから高音のサイレンが鳴り響いた。

 それと同時にテワタサナイーヌがフルスロットルで覆面オートバイと一体となり、獲物を狙う豹のように駆け出して行った。

 見張りの男が原付で逃走を図ったのだ。

 原付と250ccのオートバイでは機動力に差がありすぎる。

 しかし、細い路地に逃げ込まれたら小回りの利く原付にも逃げ切れる可能性が出る。

 テワタサナイーヌは、瞬く間に見張りの乗る原付に追い付き、進路を塞ぐようにフルブレーキングで停止して男を睨み付けた。

 突然自分の前に現れたテワタサナイーヌの姿に驚いた見張りの男は、今にも転びそうになりながらどうにか止まった。

 テワタサナイーヌは、覆面オートバイのサイドスタンドをかけ、弾けるように降車すると男に駆け寄り、まずイグニッションをオフにしてエンジンを止めた。

「バイクを降りろ!」

 男の腕を後ろに捻り上げながらテワタサナイーヌが怒鳴った。

「ガードレールに両手をつけ!」

「足を開け!」

「もっと開け!」

 次々とテワタサナイーヌの怒声が飛んだ。

 テワタサナイーヌは、左足を男の右足の内側にあてがい、男の身体捜検をした。

 相手の足の内側に自分の足をあてがうのは、相手が抵抗してきたときに、相手の足を払って転ばせることができるようにするためだ。

 この間、見張りの男は音がするのではないかと思うほど震えていた。

「あんたも見張りでグルでしょ。詐欺未遂の現行犯で逮捕します」

 さっきまでの怒声とは打って変わった落ち着いた声でテワタサナイーヌが男に逮捕を告げた。

 男は震えながらがっくりとうなだれた。

 

 テワタサナイーヌの初出動は成功した。

 逮捕手続きを済ませて犯抑本部にテワタサナイーヌが戻ったのは、夜の9時を回っていた。

 部屋に入ると、もうとっくに帰ったものと思っていた山口が安堵したような笑顔で迎えてくれた。

「代理ー」

 テワタサナイーヌは山口のもとに駆け寄り抱きついた。

 山口もテワタサナイーヌを抱き締めると、ヘルメットで乱れてしまった緑の髪を手櫛で整え、頭を撫で回した。

「無事でよかった」

 山口は心の底からそう思った。

 蒸れたような獣の匂いが山口の性欲を刺激した。

 

 私服に着替えたテワタサナイーヌと山口は一緒に犯抑の部屋を出た。

「ねえ代理」

「なんですか」

 二人の会話はいつもここから始まる。

 山口に寄り添うように廊下を歩きながらテワタサナイーヌが山口を呼んだ。

「今日の犯人は、二人とも17歳の高校生だったよ」

「そんなに若かったんですか」

 山口が驚きの声をあげた。

「まだ若いのにオレオレ詐欺なんかに手を染めて、なに考えてんのかしら。ほんと頭に来る。憎たらしい」

 テワタサナイーヌが憤慨した。

「犯人が憎いですか」

 山口が静かにテワタサナイーヌに問いかけた。

「憎いに決まってるでしょ。私は犯罪者が憎くて、やっつけてやりたいから警察官になったんだもん。代理は憎くないの?」

 テワタサナイーヌは、足を踏み鳴らし憤懣やる方ないといった様子で山口に食ってかかった。

「ちょっと階段で降りましょうか」

 山口はテワタサナイーヌの手を引いて階段ホールに入った。

 二人は一段ずつゆっくりと階段を進んだ。

「テワさん」

「なによ」

 テワタサナイーヌは、まだ腹の虫が収まらなかった。

「オレオレ詐欺みたいな犯罪者は、どうしたらいいでしょうね」

「そんなもの決まってるじゃない。社会から放逐するのよ。ぽいよ、ぽい。ぽぽいのぽいだわ!」

 テワタサナイーヌが大きな声で吐き捨てるように言った。

 今日のテワタサナイーヌは、いつになく荒れている。

「ぽぽいのぽい、ですか」

 山口は少し淋しそうに苦笑した。

「テワさん」

「だからなによ」

「怒ってるテワさんもかわいいですよ」

「ちょっ、代理。なに言ってんのよ。熱でもあるんじゃないの?」

 さっきまでぷりぷり怒っていたテワタサナイーヌが急にふにゃふにゃの笑顔になった。

「やっぱりその笑顔が素敵です」

 山口が嬉しそうに言った。

「テワさん」

「なーに?」

 テワタサナイーヌは、もう怒っていなかった。

「罪を憎んで人を憎まずっていう言葉がありますね」

「うん、知ってる」

「あれって、どういう意味なんでしょう。いろいろな解釈があると思うんですが、テワさんはどう解釈しますか?」

 珍しく山口が長めの質問をした。

「そうねえ、犯した罪を赦してやれっていうことなのかなあ」

 テワタサナイーヌは考えがまとまらなかった。

「なるほど、そういう考え方もできますね」

「代理はどうなのさ」

「私はですね、犯罪者に更正の道を残すべし、と理解しています」

「えー、そんなの甘くない?悪い人なんだから、徹底的にやっつけて思い知らせてやればいいのよ」

「厳しいですね」

 山口が笑った。

 テワタサナイーヌとしても、本当にそこまで思っているわけではないが、それくらいの憎たらしさを感じていることは事実だった。

「テワさんは、犯罪を犯した人が悪いという考え方ですね」

「うん、そう」

「私は思うんです。悪いのは犯罪を犯したその人ではなく、その行いなんだと」

「どういこと?私の考え方とどう違うの?」

 テワタサナイーヌが不思議そうに山口の顔を覗き込んだ。

「テワさんの考え方でいくと、罪を犯したその人が悪い。だから罰を与えようと。そして、人が悪いということですから、一度罪を犯すと、その人はずっと悪い人であり続けます」

 山口が続けた。

「だって悪いんだからしょうがないじゃない」

「そうなるとどうでしょう。一度でも犯罪を犯してしまうと、その後行いを改めても悪い人のままでい続けなければなりません。それは本人にとっても社会にとっても不幸なことではないでしょうか」

「そ、そうね」

「だから、悪いのはあなた自身じゃない、あなたがやった行いなんだと伝え続けたいんです。たとえ犯罪を犯した人でも、その罪を償って行いを改めさえすれば仲間になれる。友達になれる。そう思うんです」

「本当にぽぽいのぽいしなきゃならないのは、人じゃなくて行為です。同じような考えから、刑法でなになにした者はこれこれに処すという表現を『ものは』ではなく『しゃは』と読む学者もいます」

 テワタサナイーヌの手を握った山口の手に力が入った。

「うーん、わかったような、わからないような。なんか騙されてるみたいな気もするけど代理が私を騙すわけないから、たぶん本当なんだと思う」

 テワタサナイーヌが山口の腕に絡み付いて笑いながら答えた。

 山口は、バランスを崩し危うく段を踏み外しそうになった。

「テワさん、階段で絡み付いたら危ないです」

「あら、じゃあ一緒に落ちよっか」

 テワタサナイーヌが潤んだ瞳で山口を見つめた。

 

 庁舎の外に出ると小雨があたりを湿らせていた。

 手を繋いだ二人が街中に消えていった。




この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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