当たり前の後ろ ~テワタサナイーヌ物語~   作:吉川すずめ

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想像マタニティブルー

 テワタサナイーヌは夢を見ていた。

「かーかん」

 たどたどしい話し方で誰かがテワタサナイーヌを呼んだ。

「なーに?」

 夢の中のテワタサナイーヌは、自分を呼んだ誰かに返事をした。

 その答え方が弥生そっくりだと思った。

「かーかん、しゅき」

 夢の中の誰かは、そう言ってテワタサナイーヌに抱きついた。

「お母さんもよ」

(私、お母さんになってる!!)

 テワタサナイーヌは、夢の中で驚いた。

 自分を呼んだ誰かの姿は見えない。

 しかし、自分の目の前にいることは、はっきりと感じることができた。

 テワタサナイーヌは手を伸ばして夢の中の誰かを抱きしめた。

 暖かい毛皮のような肌触りを感じた。

(娘だ! 私の娘だ!)

 テワタサナイーヌは確信した。

 夢の中の誰かは、テワタサナイーヌの娘だった。

「お母さんよ。あなたは誰?」

 テワタサナイーヌは、夢の中の娘に訊いた。

「ひまわり」

 娘が突然はっきりと言葉を発した。

 その瞬間、テワタサナイーヌには娘に対する説明のしようがない怒りが湧き出した。

(憎い、憎い、憎い)

 娘に対する憎悪はとどまることなく増幅する。

(起きてっ! ダメ! このままじゃ娘を殺しちゃう。私、起きて!!)

 テワタサナイーヌは、必死に自分に呼びかける。

(起きて!誰か止めて!)

 夢はそこで途絶えた。

 あとは漆黒の闇。

 

「テワさん」

 大輔の声でテワタサナイーヌは目が覚めた。

 テワタサナイーヌは、枕元の時計を見た。

 午前1時

(なに、この気持ち悪い感じ)

 テワタサナイーヌの身体は、汗でべたついていた。

 寝汗をかいていたのだ。

 テワタサナイーヌは、大輔の腕にしがみついていた。

「大丈夫?」

 大輔が優しく声をかけてくれた。

「うん。夢を見てた。汗かいちゃったからシャワーしてくる」

 テワタサナイーヌは、大輔の腕から手を離すと起き上がってバスルームに行こうとして急に足を止めた。

「怖い」

 そう言ってその場にしゃがみ込んでしまった。

「私、親になれない」

 テワタサナイーヌが震えだした。

 心配した大輔が飛び起きてテワタサナイーヌのそばに駆け寄って肩を抱いた。

「怖い夢みたの?」

 テワタサナイーヌは、震えながら黙って頷いた。

「私、子供がかわいくて、めちゃくちゃかわいくて、大好きだった。でも、憎くてどうしようもなくて、殴りたくて。殴れば子供が言うことをきいてくれる。そう思った」

「かわいいのに憎くてどうしようもなかったんだね。殴ればよくなると思ったんだね」

 大輔がテワタサナイーヌの言葉を返した。

 テワタサナイーヌは、黙って頷き続けた。

「自分の子供はかわいいのに、どう接していいかわかんない。殴るしか思いつかないの」

 テワタサナイーヌが声を絞り出した。

「ずっと殴られてきたからね」

 大輔はテワタサナイーヌの頭を撫でた。

「大輔くん。なんで怒らないの? なんで自分の子供にこんなひどいことしようとする私を怒らないの?」

 テワタサナイーヌが大輔の顔を見て泣いた。

「俺が怒るのはテワさんじゃない。テワさんをこんな辛い目に合わせている記憶の中の父親だ。テワさんは、父親から殴ることで支配されてきた。テワさんは、子供のとき、その経験しかできなかった。だから、自分が親になったとき、同じように殴ることで子供を支配するしか方法を知らなかった。テワさんに罪はないよ」

「今は、子供への接し方がわからなくて自信がないかもしれない。でも、お父さんが、テワさんに小さいときから思春期までを追体験させてくれてるよ。思い出してみようか。富山に出張に行ったとき、『お父さん大好き』だったね。あの頃のテワさんは、お父さんとテワさん自身の区別も曖昧だった。一体だった。そこから少しずつテワさんがお父さんから離れて、自分が何ものなのか考えるようになった。そこに俺が登場したわけだけど。そして、テワさんに遅い反抗期が訪れた。お父さん、ずいぶん苦労してたよ」

「お父さん大好きからお父さん大っ嫌いまでの間に、お父さんにしてもらったことを思い出してごらん。今度、母親になったときは、それを子供にやってあげればいいんだ。テワさんは、ちゃんと親の愛情をもらって育ったんだ」

 大輔が珍しくテワタサナイーヌに長い話をした。

「大輔くん」

「なんすか?」

「ありがと」

「ん」

 大輔は、テワタサナイーヌをバスルームに連れて行き、首輪を外すとシャワーで全身をきれいに洗い流し、ドライヤーで髪と尻尾をブローした。

「テワさんは、いつも俺と一緒だから。大丈夫」

 そう言ってまた首輪をしっかりと締めた。

 大輔に首輪をかけられると安心する。

「ふがっ」

 大輔がテワタサナイーヌを抱え上げた。

 びっくりして間抜けな声が出てしまった。

 テワタサナイーヌと大輔は、その声がおかしくて笑った。

 重苦しかった空気が一気に和んだ。

 テワタサナイーヌの背中と膝の裏に大輔の腕が回されている。

 大輔がこんなに逞しい腕をしているとは思わなかった。

 テワタサナイーヌは、大輔の首に両腕を回して軽く抱きついた。

「俺がいる」

 そう一言だけつぶやいて大輔はテワタサナイーヌをそっとベッドに寝かせた。

 テワタサナイーヌは、横向きに丸まり、大輔の腕枕で大輔にくっついた。

 大輔は、テワタサナイーヌが眠りにつくまでテワタサナイーヌの背中を軽くとんとんと叩き続けた。

(俺がいる……)

 テワタサナイーヌは、大輔の腕の中で眠りについた。

──朝

「嫌な夢だったよ」

 目を覚ましたテワタサナイーヌが枕元の大輔に言った。

「不安だったんすね」

「うん。今でも不安」

「不安なことを不安だって言えるテワさんは強いっす。大丈夫すよ。助けを求めることができてるじゃないすか」

「そうっすね」

 テワタサナイーヌが大輔の真似をして笑った。

 

「おはよー」

 出勤の支度をしたテワタサナイーヌは、1階の弥生に挨拶をした。

「あ、早苗ちゃん、おはよう。あら、早苗ちゃん、目の下に隈ができてるわよ。寝不足?」

 テワタサナイーヌの顔を見た弥生が心配そうな顔をした。

「うん、ちょっと怖い夢をみたから」

「そう。怖い夢は怖いわよね」

「お母さん。それ『回転が回る』みたい」

「あらやだっ!」

 二人は笑った。

(笑わせてくれてありがと)

 テワタサナイーヌは、弥生の心遣いに感謝した。

「なんかね。妊娠もしてないのにマタニティブルーになってたの。よっぽど心配なのね私ってば」

「そりゃそうでしょう。なんでもない人、こんな言い方したら早苗ちゃんに悪いけど、なんでもない人の妊娠だってマタニティブルーになるんだから、超ハイリスク妊娠の早苗ちゃんがマタニティブルーにならない方がおかしいのよ」

「お母さんもなった?マタニティブルー」

 テワタサナイーヌは、弥生がマタニティブルーになるようには思えなかった。

「なったわよ。たっぷりとね」

 弥生は笑顔でさらりと言ってのけた。

「意外。お母さんは、そういうのに無縁だと思ってた」

「私を何ものだと思ってるの?」

 弥生が苦笑した。

「あ、お父さんと大輔くん。今日は女子チームだけで出勤させて」

 弥生が山口と大輔に声をかけた。

「わかりました」

「了解っす」

 山口と大輔が返事をした。

 弥生とテワタサナイーヌは、駅まで歩く道すがら二人で話をした。

「なんか心配させちゃってごめんなさい」

 テワタサナイーヌが謝った。

「いいのよ。今もまだやっぱり憂鬱?」

 弥生がテワタサナイーヌの具合を気遣った。

「ううん。大輔くんが引っ張り上げてくれたから、今は大丈夫」

「やっぱりいい男ねえ、大輔くん」

「うん。ほんとにそう思う」

「で、大輔くんは、どうやって引っ張り上げてくれたの?」

「『俺がいる』って。あと、不安なことを不安だって言える私は強い。助けを求めることができてるって」

 テワタサナイーヌは、恥ずかしそうに俯いた。

「大輔くん、かっこいいわねえ。惚れそう」

「えー、それはダメ」

「冗談よ」

 二人はゆっくりと歩く。

 いつの間にか二人の歩調が揃っていた。

「ねえ、お母さん」

「なに、早苗ちゃん」

「お母さんは、どうしてお父さんと結婚したの?」

「あら、ずいぶんストレートな質問ね。いいわ、教えてあげる」

 弥生が昔のことを思い出そうと遠くを見た。

「あの人が、警察学校を卒業するとき『寮に入りたくないから一緒に住んでくれ』って言ったから」

「えーっ!」

 テワタサナイーヌは吹き出した。

「そんなプロポーズってあり?」

「あったんだもん。仕方ないでしょ」

「そうよね。それにしても気が利かないプロポーズじゃない?」

「まったくよね。だから今でもプロポーズされてないって言ってやってるのよ」

 そう言って弥生は含み笑いをした。

「お母さんとお父さんは、いつから付き合ってたの?」

「中学生のとき」

「ませガキだ!」

 テワタサナイーヌが喜んだ。

「そう、ませてたのよ、二人とも」

 弥生が懐かしそうな顔で続けた。

「私は中学生のときにちょっとグレちゃってね。山口は進学校に進んだけど、私はまあ普通の高校。それでも付き合いは続いてたから不思議よね」

「私がヤンキーから卒業できたのもあの人のおかげだった。あの人といると、虚勢を張って突っ張っているのがバカバカしく思えてきちゃって。それでやめたの。私は『そういうもの』でいいんだって思ったから。あの人の前では、ヤンキーだろうといい子だろうと、私は弥生でしかなかった。だったら素でいた方が楽ちんじゃない?あの人は、私がバカなことをしたときも、決して私を責めなかった。私がやったことは叱ったけど、私のことは大事にしてくれたし、ほめてもくれたから」

 山口のことを話す弥生は少女のようだった。

(どんだけお父さんラブなのよ)

 テワタサナイーヌも嬉しくなった。

「それ、私もお父さんに教わったよ。罪を憎んで人を憎まずって」

 話しながら歩いているうちに、二人は駅に着いた。

 

「テワさん、おはようございます」

「お父さん、おはよう」

 二人は、二回目の挨拶をした。

 家でも挨拶をしているが、職場でもけじめとして挨拶をしている。

「はい、お茶」

 テワタサナイーヌが紅茶をサービスした。

「いつもありがとうございます」

 山口は、礼を言って紅茶を口にした。

「寮に入りたくないから一緒に住んで欲しいなあ」

 テワタサナイーヌが独り言を言った。

 山口が盛大に紅茶を吹いた。

「あー、書類が!あー、キーボードが!」

「わー、お父さんが慌ててる。珍しい!」

 テワタサナイーヌが大喜びした。

 山口は、あたふたと飛び散った紅茶を拭いている。

「吹いて拭いて大変なんですよ」

 山口がぼやいた。

「朝から悪い冗談はやめてください」

 机を拭き終わった山口がテワタサナイーヌに苦情を言った。

「冗談じゃなくて実話でしょ」

 テワタサナイーヌはニヤニヤしている。

「誰に聞いたんですか。て、弥生さんですね」

「そう、お母さんに聞いちゃった」

「他の人には言わないでください」

 山口が頭を下げた。

「なにやってんすか?」

 事情を知らない大輔は、二人をやりとりをぽかーんと見ている。

「えっとね、お父さんのプロポーズの言葉が判明してね……」

「だーめです!内緒です!」

 テワタサナイーヌが言い終わる前に山口が割って入った。

「えー、いいプロポーズだと思ったんだけどなあ」

 テワタサナイーヌが椅子をくるくる回しながら口を尖らせた。

「あ、そうだ。次回の講演の準備をしましょう」

 山口が話題をそらした。

 

「以上、ごっこ遊びのススメでございました」

 山口は講演を締めくくった。

 

──山口のプロポーズ事件の数日後

 ここは、北区内の大きなホール。

 とある金融機関が高齢の顧客向けに企画したイベントが開催されている。

 山口は、イベントの中でオレオレ詐欺被害防止についての講演を依頼されていた。

 その日は、テワタサナイーヌと大輔も同道して、山口の講演を見学することになっていた。

「北区って、あんまり縁がないところだなあ」

 京浜東北線の車中でテワタサナイーヌが山口に話しかけた。

 テワタサナイーヌは、今日も大輔に赤い首輪をしっかりかけてもらった。

「そうでしたか。実は、私も勤続30年以上になりますが、まだ北区内で勤務したことがないんです」

 山口は、着ているスーツの裾を気にしながら答えた。

 テワタサナイーヌが山口のスーツの裾をちょこんと摘んでいた。

「早苗さん」

「なーに、お父さん」

「大輔さんがいるんですから、大輔さんと手を繋いだらどうですか」

「いいじゃん、今日はお父さんと仲良くしたい気分なの」

「大輔さん、いいんですか?」

 山口が大輔に話を振った。

「いいんす。そういうものっす」

 大輔は平然としている。

「いいんすよねー」

 テワタサナイーヌが大輔と顔を見合わせて微笑んだ。

「それならいいんですが」

 山口が苦笑した。

「あ、着いた。降りるよ」

 電車が王子駅に着いたところで、テワタサナイーヌが山口のスーツの裾を引っ張った。

 山口は、ときどき降りる駅を忘れて乗り過ごすことがある。

「あ、ありがとうございます」

 山口がテワタサナイーヌに続いた。

 大輔も山口に続いて降車した。

 王子駅は、南側に飛鳥山公園と接する閑静な町並みが続く。

 これと対照的に、北側は大きなロータリーがあり、華やかさがある。

 駅を挟んでがらっと景観が異なる。

 山口たちは、王子駅の北口を出ると、線路沿いに北上して大きなホールに入った。

 三人は控室に案内された。

 控室には、お茶と茶菓子の用意があった。

 部屋の壁面には、液晶テレビが取り付けられ、会場内の様子が映し出されている。

 まだ開場前なので、お客さんは誰もない。

 三人は、主催者の挨拶を受け名刺を交換した。

「今日はよろしくお願いします。あ、こちらが有名なテワタサナイーヌさんですね。渋谷でのパフォーマンスと女子高生の制服姿、素敵でした」

「えー、ご覧になっていたんですか。恥ずかしい!」

 テワタサナイーヌは、手で顔を覆って恥ずかしがった。

「今日は、渋谷でやったラップのパフォーマンスもやっていただけると聞いておりますが」

 主催者が山口に言った。

「えっ、聞いてないよ」

 テワタサナイーヌが真顔で山口を見た。

「言ってないですからね」

 山口は涼しい顔をしている。

(はめられた)

 テワタサナイーヌは、山口のいたずらであることを理解した。

「でも、ほら、音源がないじゃない。音源がないとできないよねー」

 テワタサナイーヌが焦りながら言った。

「おや、こんなところにICレコーダーが」

 大輔がスーツのポケットからICレコーダーを取り出した。

「あんたら親子は……」

 テワタサナイーヌが涙目になって二人を睨んだ。

「今日は見学のはずなのに大輔くんがキャリーケースを転がしているからおかしいと思ったのよ。ほら、制服出しなさいよ!」

 テワタサナイーヌが諦めた。

「それではよろしくお願いします」

 主催者は、ニコニコしながら部屋を出ていった。

 主催者が部屋を出ると、テワタサナイーヌは服を脱ぎ捨てた。

 山口と大輔がいるがまったく気にしない。

 山口と大輔の方もまったく気にする様子がない。

「レディが着替えてるんだから、少しは恥ずかしがりなさいよ」

 テワタサナイーヌが吐き捨てた。

「いや、そこまで堂々と脱がれると、恥ずかしいどころか、むしろ清々しいっすよ」

 大輔が応戦した。

 山口は、我関せずといった風で、個包装の羊羹をおいしそうに食べている。

 

「山口さん、お願いします」

 係員が声をかけた。

「はい、わかりました。テワさん、行きましょう」

「はーい」

 散々文句を言っていたが、制服を着るとテンションが上ってしまうテワタサナイーヌだった。

 大輔は、音源をセットするため、先にICレコーダーを持って舞台袖で待機している。

「警視庁犯罪抑止対策本部から山口警部にお越しいただきました。本日は『ごっこ遊びのススメ』と題してご講演をいただきます。山口警部、よろしくお願いします」

 司会者に紹介されて山口が下手からステージに進み出た。

「ただいまご紹介いただきました、警視庁犯罪抑止対策本部の山口です。本日は、ごっこ遊びのススメと題しまして5分、5分だけお耳を拝借します」

「皆さんは、よく『オレオレ詐欺に注意』ですとか『振り込め詐欺に気をつけて』と言われませんか?」

「注意とか気をつけるというのは、頭で考えていることですね。ここにいらっしゃる皆さんは、ほとんどがオレオレ詐欺という言葉や、その手口をご存知だと思います。ですから、オレオレ詐欺に注意もしているし、気をつけていらっしゃる。実際、被害に遭ってしまった方も皆さん注意していらっしゃいました。では、なぜ被害に遭ってしまうのでしょう」

「皆さんは、普段の生活でびっくりしたときなどに、頭が真っ白になる、あ、これは髪の毛の話じゃありませんよ。そういう経験をしたことがあると思います。なんにも考えられない状態ですね。オレオレ詐欺も、導入で皆さんを驚かせます。だいたいは身内の失敗やピンチといった内容です。そうすると、頭の中が真っ白になります。真っ白になってしまうと何も考えられません。ですから『注意』も「気をつける』こともできなくなってしまいます」

「しかも、真っ白になった頭には、相手の言葉はどんどん入ってきて、相手色に染まってしまいます。白無垢を着て詐欺犯人の前に出ていくようなものですね」

「こうなるともう誰にも止められません。通帳と印鑑を持って銀行にまっしぐらです」

「では、どうしましょう。皆さんは、消火訓練をやったことがあると思います。水の入った消火器で火の絵が描いてある板に水を飛ばすあれです。あれは、実にくだらない茶番ですね。本当に火を消すわけではないのですから。でも、あれは火を消す訓練ではないのです。消火器の扱いを身体で覚える訓練なのです」

「頭で消火器の扱いを覚えていても、いざ本当の火事を目の当たりにすると身体が動きません。でも、茶番でもなんでも体を動かして経験していることは、緊急事態を前にしても再現することができるのです」

「これをオレオレ詐欺でやるにはどうすればいいでしょう。息子や孫の元の携帯電話番号に折り返しの電話をかける訓練をすればいいのです。普段から息子や孫から電話があったら、元の携帯電話番号に折り返しの電話をかけるのです」

「そのために、オレオレ詐欺ごっこをしましょう。息子や孫に犯人になってもらい、『携帯電話が変わった』でもなんでもいいです。オレオレ詐欺の真似をしてもらいます。その電話を切った後、息子や孫の元の携帯電話番号に折り返しの電話をかけます。これだけです」

「ごっこ遊びというのは実は重要で、普段経験できないことの動作を体で覚えるために大変効果的です。皆さんも是非、オレオレ詐欺ごっこで遊んでみてください。以上、ごっこ遊びのススメでございました」

「今日は、昨年末、渋谷のスクランブル交差点で活躍したテワタサナイーヌを連れてきています。折り返し電話をすすめるマイクパフォーマンスをご披露いたします。テワタサナイーヌさん、入ります!」

 山口がテワタサナイーヌを紹介した。

 山口の紹介でテワタサナイーヌの目つきが変わった。

 女優スイッチが入った。

 大輔がPAに繋いだICレコーダーで音源を再生する。

 テワタサナイーヌが下手から現れ、ビートに合わせて身体を揺らす。

 

ここに集った善良な皆さん

お耳拝借 私の講釈

ちょっとでもいいから聞いてって

 

電車にカバンを忘れたオレ

オレが毎日大量発生

俺はそんなにアホじゃねえ!

でも、ありえなくない

消せない可能性

よく聞け私が授ける起死回生

それは簡単

いとも簡単

まずは一旦

俺のケータイ

元のケータイ

鳴らせばわかるぜ

すぐにわかるぜ

そのオレは俺じゃねえ!

 

♪私は犬のお巡りさん

 子供に泣かれることもあるのよ

 私の名前はまたあとで

 

親の財産いずれは遺産

奴らに渡さん手放さん

詐欺(と)られた金

反映されない国民総生産

父さん母さん

じいちゃんばあちゃん

元気でいてくれ

いつか行こうぜ成田山

 

申し遅れました私は

知らない人にお金を

知らない人にお金を

テ・ワ・タ・サ・ナイーヌ!

 

 テワタサナイーヌが指鉄砲の決めポーズをとった。

 会場から大きな拍手が沸き起こった。

「ありがとう。みんな長生きしてねー!」

 テワタサナイーヌは、観客に手を振りながら山口を引っ張って下手にはけた。

「あー、楽しかった」

 テワタサナイーヌは、満足そうだ。

「なんだかんだ言ってもプロですね」

 山口がテワタサナイーヌをほめた。

「あったり前じゃない。このために私はテワタサナイーヌになったんだから」

 テワタサナイーヌは誇らしげに言った。

 

──帰りの京浜東北線内

「ねえ大輔くん」

「なんすか」

「ちょっと耳」

「こうすか」

 大輔がテワタサナイーヌの犬耳を摘んだ。

「定番のボケいらないから」

 テワタサナイーヌが大輔の脚を踏んづけた。

「痛いっす。ごめんなさい」

 大輔が耳をテワタサナイーヌの口元に近づけた。

「あのね……」

 

「生理が一週間遅れてる」

 

 大輔の顔が輝いた。




 この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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