当たり前の後ろ ~テワタサナイーヌ物語~   作:吉川すずめ

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MCイーヌ

 クリスマスイブ。

 暮れの慌ただしさレイヤーにお祭り気分レイヤーが乗算されたような独特の高揚感をもつ。

 去年のクリスマスイブは、寮でビーフジャーキーをかじりながら缶ビールを飲んでいたテワタサナイーヌだったが、今年は交通事故で死にかけ、山口の娘となり、さらに部下の池上と婚約した上、山口の自宅に引っ越して同棲することになった。

 あらゆることが目まぐるしく動いた一年だった。

(しかもよ、30歳になって反抗期を迎えるとは思わなかったわ)

 テワタサナイーヌが一年を回想して、自分の変わりように感心していた。

 

「テワさん、出動ですよ」

 一年を回想してニヤニヤしているテワタサナイーヌに機動隊員が声をかけた。

「あ、ごめんなさい」

 我に帰ったテワタサナイーヌは、荷物を持つと講堂を出て隊庭に走った。

 第九機動隊。

 江東区の東陽町、江東運転免許試験場の裏手にある機動隊だ。

 警視庁には、第一から第九までと、特科車両隊という10の機動隊がある。

 そのうちの第九機動隊にテワタサナイーヌは派遣されていた。

 クリスマスイブの渋谷駅前スクランブル交差点の雑踏警戒のためだ。

 テワタサナイーヌは、第九機動隊と縁があった。

 

 ──6月

 サッカーワールドカップのアジア最終予選が開催され、日本が本大会出場を決めた日。

 本大会出場決定を祝う群衆が渋谷に多数集まった。

 その雑踏警戒のため、第九機動隊が渋谷駅前スクランブル交差点に配置となった。

 交差点の角に指揮官車を停め、屋根の上に作りつけられている折り畳み式の柵を立ち上げ、その上からマイクで群衆に向かって広報する担当者、広報係が登壇した。

 その広報係員は、絶妙のトークで群衆の心をつかみ、見事に雑踏をさばいた。

 この模様がYouTubeなどに投稿され大きな話題となった。

 この担当者は、自然発生的に「DJポリス」と呼ばれるようになった。

 山口のツイートと同じように、都民国民と同じ目線から呼びかける広報に山口が反応した。

「DJポリスとはお友達になれそうな気がします」

 山口がツイートすると、このツイートも大きな反響を呼び、DJポリスとともに新聞に大きく取り上げられた。

 これを山口が見逃すはずはなく、さっそく動いた。

 総監に続く突撃インタビュー企画だ。

 テワタサナイーヌをDJポリスに突撃させようというのだ。

 山口は、DJポリスが所属する第九機動隊に電話をかけた。

 当初、第九機動隊は難色を示していたが、山口が拝み倒して受けてもらえることになった。

 ただし、セキュリティの関係から写真撮影はNGという条件が付された。

「写真撮れないんだったら私が行くことないですよね」

 反抗期のテワタサナイーヌは、ふてくされていた。

「そうなんですが、テワさんが行ってくれないとインタビューになりませんから。なんとかお願いします」

 山口が頭を下げて頼んだことで、ようやくテワタサナイーヌが首を縦に振った。

 反抗期であってもそこはプロだ。

 現場に着くと、いつものハイテンションなテワタサナイーヌに成りきった。

 テワタサナイーヌのハイテンションなレポートにより、DJポリスへの突撃インタビューも好評を博した。

 そのときの縁があって、今回、テワタサナイーヌにクリスマスイブ雑踏警戒への派遣要請が出された。

 DJポリスとの共演により、集まった群衆のハートをつかむ広報を行って欲しいというオーダーだった。

「やるやる!頼まれなくてもやる!」

 テワタサナイーヌは、二つ返事で応じた。

「何を着て行こうかしらー」

 要請が来た12月始めから着ていく服に頭を悩ませるテワタサナイーヌであった。

「何をって制服じゃないんすか?」

 池上がテワタサナイーヌに訊いた。

「制服じゃつまんないじゃん。私が出るんだから、もっと面白がってもらわないとね」

 おそらくテワタサナイーヌは、当日集まる群衆以上に浮かれている。

 すでに目的を誤っている。

(テワさんは、それくらいでいいんです。思い切りやってください)

 山口は、浮かれるテワタサナイーヌを見ながら楽しそうだった。

 テワタサナイーヌがわざとやっていることを理解しているからだ。

 

「テワタサナイーヌさん、いいですか。出発します」

「はい。お願いします」

 午後3時。

 指揮官車に乗り込んだテワタサナイーヌが第九機動隊を出発して渋谷に向かった。

 車中のテワタサナイーヌは、自分の口上を口ずさんでご機嫌だった。

 前回インタビューをしたDJポリスが隣に乗っていることもあり話も弾んだ。

「テワタサナイーヌさん、今日は本当にこれ着るんですか?」

 DJポリスがテワタサナイーヌのコートの下から見えている衣装を指差して笑った。

「ダメですか?ていうか、これしか着てないからダメと言われても手遅れですよ」

 やったもの勝ちの勢いで押し通すつもりだ。

「僕は全然オッケーです。やっちゃいますか」

 DJポリスも乗り気になってきた。

「やっちゃいましょう!」

 テワタサナイーヌが調子を合わせた。

 年末の都内はどこに行っても渋滞している。

 第九機動隊から渋谷に着いたときは、日も傾き夜の気配を感じさせるようになっていた。

 ただ、まだクリスマスイブに浮かれた群衆は見当たらない。

 ところどころに赤い帽子を被った人を見かける程度だ。

 現場では、すでに到着していた部隊がカラーコーンなどを並べて規制の準備を進めている。

 テワタサナイーヌを乗せた指揮官車は、スクランブル交差点の中の規制区域に入って停まった。

 JR渋谷駅側の角にあたる場所だ。

 運転の隊員とDJポリスが降車して屋根の上の柵を立ち上げて広報の準備をした。

「テワタサナイーヌさんのステージができましたよ」

 DJポリスが車中のテワタサナイーヌに声をかけた。

「ありがとうございます。なんにもしなくてごめんなさい」

 テワタサナイーヌが礼を言った。

「とんでもない。お願いして来てもらってますし、女優さんに力仕事をさせるわけにはいきませんからね」

 DJポリスも池上っぽい男だった。

(スパッツ履いてきたわよね)

 テワタサナイーヌは、スカートをたくし上げて確認した。

 壇上に上がるので、必ず下からカメラで煽られる。

 スパッツは必須アイテムだ。

「あとは、別命あるまで待機です」

 DJポリスが車に乗り込みながらテワタサナイーヌに言った。

「別命あるまで待機、了解」

 テワタサナイーヌが復唱して了解した。

 

 夜になり渋谷の街には思い思いのコスチュームを身につけた人々が集まり始めた。

 それに伴ってテワタサナイーヌのテンションも徐々に上がっている。

「テワタサナイーヌさん、この先は朝までの長丁場になります。今からは水分を控えた方がいいです。あと、今のうちにトイレを済ませてください」

 DJポリスがアドバイスを出した。

「わかりました。ありがとうございます」

 そう言ってテワタサナイーヌは、渋谷駅前交番のトイレを借りに行った。

(おかしいわね)

 交番でトイレを借りて指揮官車に戻ろうとしたテワタサナイーヌの目に周囲の風景から浮いている人物が映った。

 紙袋を胸に抱えたおばあさんが、不安そうな顔をしながらあたりをきょろきょろと見回している。

 何かを探しているような動きだ。

(クリスマスイブの渋谷におばあさんが一人でいるなんて変ね。もしかしてもしかするわよ、これは)

 ステルスチームとして勤務した経験がテワタサナイーヌの勘を鋭くしていた。

 テワタサナイーヌは、腰につけた無線機の送信ボタンを押した。

「テワから拠点」

 耳に仕込んだ骨伝導式のイヤホンマイクで機動隊の拠点を呼び出した。

「拠点です。テワさんどうぞ」

 拠点の元気な応答が返ってきた。

「渋谷駅前でオレオレ詐欺の被害者らしき高齢の女性を発見。紙袋を抱え、あたりを見回しているいる状況。至急犯抑のステルスチームを要請願います。ステルスチーム到着まで本職は女性の動向を監視します。どうぞ」

「拠点了解。要請する」

 拠点の通話に緊張感が出た。

(この衣装は失敗したかも。これじゃ走れないよ。コートの中が見えたら陽気すぎだよ、これ)

 テワタサナイーヌは衣装のチョイスを後悔した。

 後悔しても仕方ない。

 テワタサナイーヌは、その女性から目を離さずに、一番監視しやすい場所に移動した。

 女性が携帯電話で誰かと話をしている。

 話をしながらあたりを見回している。

 女性が改札からハチ公象の方に歩き始めた。

 テワタサナイーヌも人の流れに逆らわないようにしながら、女性の動きに合わせて移動する。

 人の流れに逆らうと、犯人に見つかる可能性があるからだ。

 女性は、携帯電話で話をしながら交差点の反対側、井の頭線の駅がある方を背伸びしながら見ている。

(ちょっと、そっち渡らないでよ。戻りにくいんだから)

 井の頭線の方に渡られたら指揮官車に戻るために人混みをかき分けなければならない。

 しかし、そういう心配は、往々にして当たる。

 女性がスクランブル交差点を渡り始めた。

(いやー、渡らないでよ!)

 そう思いながらも身体は反応してしまう。

 女性と一定の距離を保ちつつテワタサナイーヌもスクランブル交差点を井の頭線方向に渡っていた。

(あーあ、渡っちゃったよ)

 テワタサナイーヌは、仕事に忠実な自分を恨めしく思った。

(こうなったらとことんやるしかないわね)

 テワタサナイーヌのやる気に火が着いた。

「テワから拠点」

「テワさん、どうぞ」

「女性はスクランブル交差点を井の頭線方向に渡った。監視を続けます」

「拠点了解」

(早くステルス来てくれないかなあ。て、さっき要請したばっかりだからまだ無理よね)

 テワタサナイーヌは焦りながらも女性の監視を続けた。

 女性は、電話をしながら井の頭線の駅に入っていった。

(げっ、最悪)

 女性が犯人からの指示で井の頭線に乗って別の場所に誘導される可能性があるからだ。

 女性は、切符売り場の料金表示板を見上げている。

(これは乗っちゃうよね)

「テワから拠点。女性は井の頭線に乗る模様。ステルスに連絡願います」

「拠点了解」

 テワタサナイーヌの心配通り女性は券売機で切符を買うと自動改札の手前で立ち止まった。

(どうした?)

 テワタサナイーヌが不思議に思っていると女性が駅員に話しかけた。

「これは、どうやって乗るんですか?」

 テワタサナイーヌから女性までは、10mくらい離れている。

 しかし、犬耳の集音力を最大にして、かすかに女性の声を拾うことができた。

(上京型だ!)

 テワタサナイーヌは確信した。

 オレオレ詐欺は、被害者の自宅までお金を取りに来るのが一般的だ。

 ところが、中には地方に住んでいる高齢者を都内に呼び出して現金を受け取る「上京型」という手口がある。

 テワタサナイーヌが上京型と判断したのは、女性が自動改札の通り方を駅員に質問したからだ。

 自動改札に慣れていない地方から上京した可能性が高いという推理だ。

 ここまで、テワタサナイーヌがステルスを要請してからおよそ20分が経過している。

 女性は駅員に手を引かれるようにして自動改札を通過した。

 テワタサナイーヌもそれに続き、有人改札に警察手帳を提示して駅に入った。

「テワから拠点」

「テワさんどうぞ」

「女性は井の頭線の駅に入った。追尾を続けます」

「拠点了解。なお、ステルスは付近まで来ている模様。どうぞ」

「テワ了解」

(いつものことだけど早いわね。さすが忍者だわ)

 ステルスチームは、身体能力、仮装能力に長けた捜査員ぞろいで、いつの間にか現場に集まっている。

 それは、テワタサナイーヌにも見つけることができない。

 女性は携帯電話で話をしながら、ホームに停まっている各駅停車の吉祥寺行きに乗った。

「テワから拠点」

「テワさんどうぞ」

「女性は各駅停車の吉祥寺行きに乗車。本職も続きます」

「拠点了解」

 テワタサナイーヌは、女性が乗ったドアの隣のドアから乗車した。

 女性には、必ず犯人グループの監視がついているはずだが、テワタサナイーヌからはそれを見つけることができていない。

 女性を乗せた電車のドアが閉まった。

「お疲れ。あとは任せろ。見張りがついてるからこっちを見るなよ」

 テワタサナイーヌの背後から独り言のような男の声が聞こえた。

 ステルスA班の班長の声だった。

「テワさんは、次の神泉で降りろ」

 班長の指示があった。

 テワタサナイーヌは、無言のまま犬耳で頷いた。

「拠点から各局、間もなく規制を開始する。総員配置につけ。以上、拠点」

 テワタサナイーヌの耳に仕込んだ骨伝導式のイヤホンマイクから規制の指令が飛び込んできた。

(やばっ!始まっちゃうじゃない。どうしよう)

 テワタサナイーヌが焦った。

 女性を乗せた電車が神泉駅に到着した。

 ドアが開きテワタサナイーヌが降車する。

 女性は降車する気配がない。

 ドアが閉まり、発車するのを見送ると、テワタサナイーヌは改札に走った。

(ひー、ここからスクランブルまでどうすんのよ)

 テワタサナイーヌは泣きが入った。

 改札に警察手帳を示して駅の外に出た。

 テワタサナイーヌは、あたりを見回した。

(やばい。ここどこ?全然わかんないんだけど)

 テワタサナイーヌは、神泉駅の周辺がまったくわからなかった。

「テワから拠点」

「テワさんどうぞ」

「現在地神泉駅。これからスクランブル交差点に戻りますが、道がわかりません。案内願います。どうぞ」

「拠点了解」

(なに笑ってんのよ、バカ)

 拠点の無線が明らかに笑いを堪えている声だった。

「拠点からテワさん」

「テワですどうぞ」

「駅を背にして見えるものを知らせ、どうぞ」

「美容専門学校が見えます、どうぞ」

「了解。駅を背にして左に進め。すぐ突き当たるので、突き当たりを左折せよ、どうぞ」

「了解」

 テワタサナイーヌが駅を背にして左に進むとすぐ突き当たりになった。

 突き当たりの左角に郵便ポストがあった。

(ここをまた左ね)

 テワタサナイーヌは、突き当たりを左折した。

「テワから拠点。左折しました、どうぞ」

「了解。そのまま道なりに進むと角に防災倉庫のある交差点がある。そこを右折せよ、どうぞ」

「了解」

(まったく、ここらへんは道が入り組んでてわかりにくいわね)

(あ、防災倉庫あった。そうしたら、ここを右折、と)

「テワから拠点。防災倉庫を右折しました、どうぞ」

「了解。道なりに進むと道が左に折れる。その先で突き当たりになるから、そこを左折せよ。なお、そこは、正面に下りの階段があるので、間違えて下りないように、どうぞ」

「了解」

(バカにしないでよね。私が間違えるわけないじゃないの)

(あー、ほんとだ左に折れるわ)

(突き当たり、突き当たり、と)

(あったあった。階段もあるわよー。ここを左折だったよね)

「テワから拠点」

「テワさんどうぞ」

「左折しました、どうぞ」

「了解。そのま道なりに進め。100m先に道玄坂上交番がある。交番前の交差点を左折すると道玄坂だ。道玄坂に出たらあとは一本道である、どうぞ」

「了解」

(なんだ、簡単じゃないの)

 助けを求めておきながら簡単だと言う。

(交番あった!)

(左折ね)

「テワから拠点」

「拠点ですどうぞ」

「道玄坂上交番を左折しました、どうぞ」

「了解。あとは…」

 拠点が一呼吸おいた。

「走れ!」

「ひーっ、了解!」

 テワタサナイーヌは走った。

 下り坂の道玄坂を転げるように走った。

 人の間を縫うように華麗に走りたかったが、人が多すぎた。

 気持ちは全速力なのだが、歩く早さに毛が生えた程度のスピードしか出せない。

(なによこの人混み!)

 クリスマスイブの渋谷を舐めてはいけない。

(このコートが邪魔で動けないのよ!)

 テワタサナイーヌはコートを脱いで脇に抱えた。

「おっ、犬耳のサンタが走ってるぞ」

「すっげーリアルなケモコスだな」

「あれっ、あれテワちゃん?」

 一瞬で周りの注目を集めてしまった。

 

【挿絵表示】

 

 コートの下は、真っ赤なサンタクロースコスチュームだった。

 テワタサナイーヌは走った。

(歩道なんか走れるわけないじゃん)

 テワタサナイーヌは車道に出た。

 車道をスクランブル交差点めがけてダッシュした。

(これ、ダメなやつだよね。また怒られるよね)

(30女がサンタコスで道玄坂を走るとか、どんな罰ゲームですか!)

 テワタサナイーヌは、涙目になりながら走り続けた。

「めちゃくちゃ早いサンタが走ってるぞ」

 周りからそんな声が聞こえた。

 テワタサナイーヌのダッシュは、とんでもなく速い。

 あっという間にスクランブル交差点に戻った。

「はー、はー、すみません。戻りました」

 テワタサナイーヌは息を切らしながら報告した。

「あ、お疲れさま。そんなに急がなくてもよかったんですよ」

 DJポリスが呑気に言った。

「え、そうなの…」

 テワタサナイーヌは絶句した。

「無線で遊ばれちゃいましたね」

 DJポリスが少し申し訳なさそうな顔をした。

「遊ばれたんですか。私」

 テワタサナイーヌは、指揮官車の座席にがっくりと突っ伏した。

「規制が入っても広報を始めるのはまだ先です。しばらく休んで息を整えてください」

 そう言ってDJポリスは屋根の上に登っていった。

(さっきのおばあさん、大丈夫だったかな)

 テワタサナイーヌが発見して追尾した女性は、ステルスの監視により被害に遭うことなく、明大前駅で現金を受け取りに現れた受け子をステルスが逮捕していた。

 

 午後9時を回りスクランブル交差点は、浮かれた群衆で埋め尽くされた。

 いよいよ広報を開始するときがきた。

 初めはDJポリスがごく普通の当たり障りのない広報を行っている。

「こちらは警視庁です。スクランブル交差点をご通行中の皆さん。本日はクリスマスイブで交差点が大変混雑しています。交差点を走ったり、交差点の中で立ち止まったりすると、思わぬケガをする場合があります。現場の警察官の誘導に従って、安全にゆっくり通行してください」

「交差点を走って渡っている方。危ないですよ。交差点では走らずゆっくりと歩いてください」

 DJポリスにとっては喉を慣らす発声練習のようなものだ。

 

 午後10時

「テワさん、いきますよ」

 DJポリスが車内に顔を出した。

「了解。ちょっと手伝ってもらっていいですか」

 テワタサナイーヌがDJポリスに言った。

「なんですか」

「テワタサナイーヌさん入りますって言ってもらえますか。それで女優モードに入れるんです」

 テワタサナイーヌは、山口の「テワタサナイーヌさん入りまーす」の声でハイテンションな女優に成りきる。

 今日は山口がいないので、それをDJポリスに頼んだ。

「了解しました。テワタサナイーヌさん入りまーす!」

 DJポリスが絶妙なノリでかけ声を発してくれた。

 テワタサナイーヌの目が変わった。

「DJポリスさん、私かわいい!?」

「かわいいですよ」

「そうよね。よく言われるもん!」

 テワタサナイーヌは、どんどん自分を上げていく。

 テワタサナイーヌが登壇した。

 真っ赤なサンタクロースコスチュームに真っ赤なサンタ帽を被っている。

 帽子の先端には白いふわふわの玉が付いている。

「おぉー!なんだあれ!?」

 スクランブル交差点から歓声があがった。

「ずんっちゃ、ずんずずんちゃ」

 指揮官車からゆっくりとしたビートが流れ始めた。

 テワタサナイーヌがリズムに合わせて身体を揺らす。

 群衆は、何が起こったのか理解できずにテワタサナイーヌを見つめている。

 テワタサナイーヌがマイクを取った。

 

ここに集った善良な皆さん

お耳拝借 私の講釈

ちょっとでもいいから聞いてって

 

電車にカバンを忘れたオレ

オレが毎日大量発生

俺はそんなにアホじゃねえ!

でも、ありえなくない

消せない可能性

よく聞け私が授ける起死回生

それは簡単

いとも簡単

まずは一旦

俺のケータイ

元のケータイ

鳴らせばわかるぜ

すぐにわかるぜ

そのオレは俺じゃねえ!

 

♪私は犬のお巡りさん

 子供に泣かれることもあるのよ

 私の名前はまたあとで

 

親の財産いずれは遺産

奴らに渡さん手放さん

詐欺(と)られた金

反映されない国民総生産

父さん母さん

じいちゃんばあちゃん

元気でいてくれ

いつか行こうぜ成田山

 

申し遅れました私は

知らない人にお金を

知らない人にお金を

テ・ワ・タ・サ・ナイーヌ!

 

 テワタサナイーヌが指鉄砲の決めポーズを取った。

 一瞬沈黙したのち、スクランブル交差点から大歓声があがった。

「スクランブル交差点のみなさーん、こんばんは!」

「警視庁犯罪抑止対策本部のテワタサナイーヌでーす」

「今日はDJポリスとの共演です。DJポリスに対抗してMCイーヌで登場よ!」

「クリスマス、楽しんでる?」

「楽しんでるのね。そう、よかったわ」

「みんなの楽しい思い出、家まで持って帰ってね。楽しい思い出を枕元につるしておくと、来年もサンタさんが楽しいクリスマスをプレゼントしてくれるわよ!」

「それとも、私のこの手錠が欲しいかしら?」

 テワタサナイーヌが妖艶な笑顔で手錠をくるくる回した。

「欲しいでーす」

 群衆からたくさんの声があがった。

「あーん、逆効果じゃない。ダメよ、悪さしちゃ」

「悪さしない、いい子だけ逮捕して、あ・げ・る」

「逮捕されたい子は、ちゃーんと並んでねえ」

 そう言うとテワタサナイーヌは、指揮官車から軽やかに飛び降りた。

 また群衆から歓声があがる。

 テワタサナイーヌが飛び降りると、すかさずDJポリスがマイクパフォーマンスで群衆をさばいて整列させる。

「はい、逮捕」

「はい、逮捕」

 テワタサナイーヌは、ひとりずつ手錠を掛けては外し、また次の人に掛ける。

 どんどん群衆の中に入っていく。

 その間、テワタサナイーヌの両斜め後ろには、山口と池上がテワタサナイーヌから見えない位置でぴったりと離れずガードしていた。

 山口と池上は、今日、現場に来ないことになっていた。

 このことをテワタサナイーヌは知らない。

 ある程度群衆をさばくと、テワタサナイーヌはまた指揮官車に上がりパフォーマンスを初めから披露する。

 これを何度となく繰り返した。

 テワタサナイーヌがとった手法は、群衆を落ち着かせるのではなく興奮させる。

 警察主導で興奮させ煽りなびかせる。

 常にこちらに注目させ、煽り続けることにより他に目が向かないように仕向けたのだ。

 従来のまったく逆の方法だった。

 

 東の空がうっすらと明るくなる頃、ようやくスクランブル交差点は人通りがまばらになった。

 テワタサナイーヌは、前日の午後10時ころから休むことなくパフォーマンスを続けた。

 最後の方は、指揮官車に登ろうとして力尽きそうになることもあった。

 しかし、テワタサナイーヌは決して笑顔を絶やさなかった。

 任務解除の無線が流れ、長いパフォーマンスが終わった。

 テワタサナイーヌは、指揮官車の後部座席に乗り込み、目を閉じた。

 身体が鉛のように重く、もう自分では立てなかった。

 それでもテワタサナイーヌは幸せそうな笑顔だった。

「お父さん、大輔くん、ずっと守ってくれててありがとう。私、匂いでわかるんだよ」

 そうつぶやくと、テワタサナイーヌは深い眠りにおちた。

 

 その日のニュースには、テワタサナイーヌが指揮官車から飛び降りる姿が繰り返し放映された。




 この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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