「お兄ちゃん」
「ん? 何だ?」
「雪乃さんの誕生日の日ってどうする予定?」
リビングでテレビを見ていた俺に唐突に質問が投げられた。雪ノ下の誕生日? あーそーいやもうすぐだっけ。
「いや特には考えてないけど……どーせ由比ヶ浜辺りが何かしら企画してくれるだろうからそれに便乗すればいいだろ」
そう、人間は何事も便乗して楽する生き物なのだ。働かなくていいんだから本当に便乗って便利な言葉だ。
しかし目の前の小町はどうやら不満なご様子だった。
「ねえ、お兄ちゃん」
呆れた顔でこちらを見る妹はまるでゴミを見るような目だった。まあ言いたいことの察しはつくがそろそろお兄ちゃんの習性を理解してくれ。
「今日は何日でしょう?」
「12月30日だけど?」
「では雪乃さんの誕生日まであと何日?」
「……4日だな」
そう考えると意外と時間はない。こういうイベント行事なら由比ヶ浜が遅くとも1週間前に連絡するはずだ、けど連絡は来てないってことは忙しいのかね。
「さてお兄ちゃん、その4日後の1月3日ですが家族で遠出して美味しい物を食べに行くのでお兄ちゃんは一人なんです」
「ねえちょっと待って。色々つっこませて」
そろそろ家族のカテゴリーに入れてくれないの? さすがに泣くよ?
「というわけで申し訳ないけどお兄ちゃんは当日、夜まで時間をつぶすように。あ、家にいるのはなしだからね!」
指をこちらに指しながら念を押してくる小町。もう雪ノ下の誕生日より俺の家族での扱いが来年も変わらないようなのでそろそろ本気で考えなければならないかもしれん。
「そ・れ・と……もし雪乃さんに会うならさすがのお兄ちゃんも誕生日プレゼントの一つや二つは買っておくよね」
「いやそんなお金どこに……」
「はい、これ」
そう言って手渡されたのはまさかの二万円、おお……諭吉様ではないですか。
「お父さんから先にもらってきたんだ、それで頑張ってね」
「さすがだ……先にもらった?」
「うん、だってそれお兄ちゃんのお年玉のお金だし」
結局そういうことだったのね、いや知ってた。
にしても4日後か……雪ノ下が喜ぶもんなんてパンさんグッズか猫系のグッズか。でもそういうのってすでにたくさん持っているし、リア充のカップルがよく渡す指輪やネックレス等の小洒落た物はアウトだよな。けどあいつが喜ぶもの……難しい注文だがまだ時間は4日もある。そう、4日もあるんだから大丈夫だ。
× × ×
というわけであっという間に1月3日。奉仕部部長、雪ノ下雪乃の誕生日を迎えることになったこの日。俺は何と雪ノ下を誘った。未だに連絡先を交換していなかったので由比ヶ浜に教えてもらい、メールで連絡を取った。
『よう、あけおめ。いきなりで悪いが明日暇か?』
『誰かしら? 新年早々こんな感じの悪そうな挨拶をするなんてよほど報われない人生を送ってきた人なのね』
『新年早々罵倒から入ってくるやつもどんな人生送ったか気になるけどな……』
『あら、聞きたいの? 二十四時間話しても終わらないけどいいかしら? もちろん休憩話よ』
『そんだけ話してよく疲れないな。つか、話し戻すが空いてるのか?』
『ええ、空いてるわ。一応去年の終わりに由比ヶ浜さんと話していたのだけど今年は彼女がお父様のご実家に帰るそうだから』
『そ。じゃあ明日俺に付き合ってくれないか?』
『ずいぶん上からの態度なのね……まあいいわ』
と、こんな感じで連絡していたがこの後話がまた別の方向に逸れて、なかなか切ることが出来なかったので現在寝不足です、はい。
そんな眠そうな俺はきちんと待ち合わせ場所の駅のモニュメントの前にいた。一応三十分前には来ているし、まだ雪ノ下の姿も見えないので問題はないと思ったが、
「遅いわよ」
と後ろから声がする。振り返ると白いコートと紺色のミニスカートを身に纏い、小さくため息を吐いている雪ノ下が立っていた。
「集合時間までまだ30分もあるんだが……」
「私の方が早く来たんだからどちらにせよ遅刻よ」
「左様ですか……」
「それで? せっかくの誕生日という日に連れ出すのだからきっと素晴らしい場所に連れてってくれるんでしょうね……」
目を輝かせながら微笑むな、そしてこっちを見るな。思わず困惑してしまう。さて、ここから先は比企谷八幡プロデュースの……まあ今日くらいはデートってことにしておくとしよう。
「喜んでくれるかはわからんが、俺なりには考えたつもりだ」
「そう……なら楽しみにしようかしら」
微笑んでいる雪ノ下を見ると思わず顔が赤くなる。何で今更緊張してんだ、俺。
「ほら、行くぞ」
「ええ」
そのまま歩き出すと雪ノ下は横に並ぶようについてくる。ふとその時、俺は自分でも何したのか隣にいた雪ノ下の手を自然と握っていた。
「え?」
「あ、悪い……」
すぐに手を離すがお互いそっぽを向いて、まともに顔を見ることができない。いや目的地までそんな遠くはないんだけどさ……。
すると隣の雪ノ下が何やらぶつぶつ言っているのが聞こえてくる。
「…しなさい」
「あ?」
「その……手を握ってなさい。今日限り……許すわ」
「……はいよ」
再び握る雪ノ下の手は思った以上に小さく、力加減に迷うが彼女のほうからぎゅっと握り返してきたのでそのまま歩き出す。まあ慣れてないことをするのは恥ずかしいから仕方ないね。
そのまま俺達は手を握りながら、目的地へと向かう。
× × ×
「にゃー……にゃーにゃー」
猫と戯れてご満悦の雪ノ下を俺はテーブルから眺めていた。
今回俺が用意したデートプランは至ってシンプル。猫カフェに連れて行って、そこで食事をする。それだけだ。そりゃあまあレストランとか水族館とか色々考えたけどこっちのほうが気楽でいいだろ。ディスティニィーランドも考えたが雪ノ下の事だからもう行き飽きている。
まあそういうことで今回猫カフェに連れてきたが入るなり、猫と戯れ始め楽しそうだ。まあこんだけ喜んでいるなら連れてきた甲斐はあったものだ。
「ふー……少し疲れたわ」
「お疲れ、紅茶来てるから飲めば?」
「ええ」
席に着くとカップを手に取って口元へと運ぶ。表情を見る限り、遊び尽くしたといったところか。
「比企谷君にしてはセンスあるところを選んだのね。今回は褒めてあげるわ」
「お褒めに預かり光栄だよ」
最も一般人から見て誕生日に猫カフェがセンスいいのかは知らんが一般的センスからかけ離れている俺達だ。これでいいんだろう。
「それにしても何故、誘ってきたの? その……あなたが誘うって珍しいから」
「そうか? まあなんつーか成り行きみたいなもんだ。今日は家族でご飯らしいから俺一人だからな」
「あなたが家族の中に入っていないことに関しては聞いちゃ駄目なようね……」
呆れた様子の雪ノ下。いやそれに関しては今日帰ったら家族会議開くから安心しろ。小町に頼み込めば、比企谷家の家族会議の議題はほとんど小町の望み通りになるから問題ないのだ。そりゃあ愛する子供の為ですもんねー……俺も子供だよね?
「とにかくありがとう。今年は実家に帰る予定もないから家で一人で過ごす予定だったからいい気晴らしになったわ」
「そりゃあよかった」
ま、及第点といったところだろうがこんなもんだろ。
さて、最後のメインイベントっていう程でもないが一応プレゼントを用意はしてあるので渡して解散の流れかな。とりあえず注文したコーヒーを飲もうとすると店員がこちらに近づいてきているのが見えた。
「お食事中すいません、ちょっといいですか?」
「あ、はい」
思わず返事をしてしまう。もうこれ以上が注文してないけど......ひょっとして会員の勧誘とかか? だとしたら早く出ないと長くなるぞ、これ。
「今、お正月キャンペーンで福引やってるんですけどよかったらいかがですか?」
そう言って抽選箱で書かれている箱をこちらに向けてくる。どうやら全然違ったようだ。
「だって比企谷君。せっかくだからその僅かな運にすがってみたら?」
まあ運の無さは認めるが俺、こういうの当たったためしがないんだよな。まあダメ元でやってみるとしよう。そのまま空いている穴に手を突っ込んで、ごぞごぞと中身を探る。まあどれでも同じだからと適当に掴み、手を抜く。
「あ、おめでとうございます!! こちら1等でそこのプラネタリウムのペア鑑賞券になります! ぜひ彼女さんと一緒にどうぞ」
「いや、その……」
彼女について否定しようとするがニコニコ笑っている店員さんに呆気を取られてしまう。チラっと雪ノ下の方を見ると顔を赤くして何やら言っている様子だった。
「か、彼女だなんて、ありえないわそんな……でも……」
声が小さくて何言ってるか聞こえんがきっといい気はしないだろう。
「まあ、俺行かないから雪ノ下いるか?」
「……私がプラネタリウムを誰かと行くと思う?」
「……ねえな」
ま、これは仕方ない。あとで小町と行くとするか。
「けど……全く興味がないというわけでもないわ」
どっちだよと心の中で突っ込んでみる。すると雪ノ下はこちらに視線を向けてくる。
「だから、その……」
「……お前が行きたいなら構わんけど……」
「え、ええ。お願いできるかしら?」
緊急ミッション発生、雪ノ下とのプラネタリウムを成功せよ!
ま、二人きりの個室とかじゃないんだし気楽にいこう、そう気楽に。
× × ×
「それにしても驚いたわね」
「ああ、驚いた。まさか俺ら以外誰もいないとはな」
偶然なのか貸切状態のプラネタリウムに隣同士で座る。頑張れよ、さっきまで個室じゃないから平気とか考えてたのはなんなんだ。もはや個室どころかプライベートゾーン化してるぞこれ。まあとりあえずあれがデネブ、アルタイル、ベガをやっとけばいいだろ。プラネタリウムに来たらやはりそれを思い出してしまうからな。上映が始まってまだ数分だが横の雪ノ下を見るとすでに集中しているようだし、俺もマイワールドに入るとしよう。しかし入ろうとした直前、隣の雪ノ下が口を開いた。
「ねえ、比企谷君」
「ん?」
「こうして二人で星を見るのは千葉村の時以来ね」
「そういやそうだな」
「あれから色々あったものね……」
感慨深く聞こえる雪ノ下の言葉。そりゃまあ数々のイベントの度に俺達奉仕部は巻き込まれて、その度に何かを得たり失ったりする。それがあったから今ここで俺は同じ部員の雪ノ下雪乃と共に過ごしている。
「比企谷君、あなたの言ってた本物は何なのかしらね」
「何だ、唐突に」
「気になっただけよ……こういう雰囲気じゃないと聞けないと思って」
「そ……ま、俺もそれはわからない。ただ、お前や由比ヶ浜と過ごしてた日々はそれに近いものだと思ってるしそれに嘘や欺瞞はない」
俺もこういう暗い場所では顔が見えないから思ったことを口にしてしまう。終わった後恥ずかしくてまた顔を見れないんだろうな……。
すると手を握られる感触を受ける。握っているのは当然雪ノ下だ。
「あなたらしい考えね……でも私もあなたの考えは嫌いじゃないわ。それに私も今の時間が大切だもの」
「そっか……ま、もう高校生も短いんだからこれからも頼む」
「ええ……」
ぎゅっと握られる力が強くなる。汗とかかいてないか心配になるな、これ。だが、安心したのもつかの間、雪ノ下が急に肩にもたれかかってきた。一瞬雪ノ下の方を見るが、彼女はこちらを見ようとはしなかった。
「今日だけは……今日だけはお願い」
「あ、ああ……あ、その……雪ノ下」
「何?」
「こんなところで悪いんだが渡したいものがある」
体を起こして、鞄からプレゼントを取り出す。雪ノ下も体を起こしてこちらを向く。
「その……誕生日おめでと」
恥ずかしながら渡すが今は暗くて見えないので都合がいい。といってもすでに目は慣れたのでぼんやりと見えるがちょうどタイミングがいいのか悪いのか、プラネタリウムの光が客席に反射され思いっきり顔が認識できてしまう。目の前の雪ノ下を見ると彼女も恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
「あ、ありがとう……見てもいいかしら?」
「あ、ああ」
アナウンスで説明される星座の説明が全く入ってこないくらい俺は目の前の状況に緊張していた。
「……マフラー?」
「まあお前に似合いそうかなって」
正直マフラーに決めたものの雪ノ下に似合う色がなかなか難しくて、結果彼女が昔しているのを見た同じ色のチェックのマフラーにした。もちろんデザインは異なっているが既にもっているものと似た物をあげるというのはもらう側からしたら複雑な気分だろうが何あげないよりかはましだろ。
それに横を見ると雪ノ下は微笑んでおり、じっとマフラーを眺めていた。どうやら多少は喜んでくれているようだ。
「ありがとう」
「い、いや別に」
「……もうすぐ時間だからプラネタリウムが終わるわね」
「あ、ああ……」
当然時間なんて気にしていない。ようやく光の反射も収まってきて、また暗くなろうとしていた。
「最後にもう一つ私のわがまま聞いてくれないかしら? 聞くだけでいいから」
「まあ聞くだけなら……」
感謝の言葉だろうか。なら、遠慮なく受け取っておこう。そう思いながら彼女の方を見つめると微笑みながら雪ノ下もこちらを見つめる。
「……好きよ、比企谷君」
「え?」
そして雪ノ下は俺の方に迫り、彼女の唇が俺の頬に触れた。え? え? え?
「今はこれで我慢するけど来年は……」
そう言って指を唇に当てて、楽しそうに笑っていた。
来年の誕生日が今から待ち遠しいのか恐ろしいのか。いずれにせよこれからも雪ノ下と俺の付き合いは続くことは確かだった。
明けましておめでとうございます。
これを編集してる頃はすでに誕生日過ぎておりますがやっぱゆきのんSSは過去最高に多いですね、この日。色んな人のSS見て、にやけてるので多分部屋から出れない笑
そして今回、知り合いに頼んで初めて挿絵としてイラストを入れて見ました。
イラストに関しては知り合いの都合が合えばどんどん挿絵入れてきたいなー。
ちなみに私のイラストはまだ勉強中ですのであげれません笑
今年も俺ガイル中心に作品を投稿する予定ですが色んな作品のSSにも挑戦してみようかなと考えてます。
今年もどうぞよろしくお願いします。
またフォロワーが100人超えました! ありがとうございます!!
では