【本領発揮】
エドモントンでの戦いから三日が経っていた時、俺はオセアニア連邦所属のコロニーに辿り着いた。周囲を見回してもオセアニア連邦所属のコロニーはいわゆる東洋風な造りをしている見たこともない建物が多く、高い建物が少なく思う。しかし、俺自身実はこんな綺麗な風景をゆっくり眺めるほどゆっくりとした状況ではなかった。
「ねぇ!ビスケット、この服を着てみて!」
俺、ビスケット・グリフォンと同じ仕事先に勤めているアトラ・ミクスタは着せ替え人形のように俺の服をコロコロと変えている。今現在俺は深緑色の袴姿になっていると、今度は黒いパーカーにジーンズのような服を選びだした。
似合わないと思うな。
しかし、そんな俺の思いもアトラには届かず再び俺はフィッティングルームに単身入っていく。最初のうちはアトラも一緒に入ってしまおうとしていたが、店員が一生懸命になって止めた。俺も顔を赤くして止めてみるとアトラも渋々ながらその言葉に従った。
そもそも俺がどうしてこんな事になったのかというと、サブレの発言がきっかけだった。
「兄さんって鉄華団の服以外持ってるわけ?」
俺は「ううん」と答えるとアトラは「ええ!?」と驚き俺のことを軽く睨んだ。俺は顔を横に背けどこか気まずそうにしその場から移動しようとするとアトラは力強く右腕を握る。ギリギリと音が鳴りそうなほど強く握りしめられると、俺はどんどん気まずそうな表情に変わっていく。
アトラが怖い。
そして、まずいという思考が俺の脳のアラートの鳴らした。
逃げろ。逃げろ!逃げろ!!逃げろ!!!
「ビスケット……買い物行こ!」
「……はい」
抵抗など無駄なことで、俺自身にアトラへの抵抗を阻止できる言葉巧みなところを求められても出来ないことはできない。俺の視線はアトラからサブレの方に向くとサブレはニヤリと笑って見せる。
俺をはめて楽しんでる!
サブレの本領発揮といったところだろう。俺をはめて、苦しんでいる光景を見続けて楽しんでいる。
そんなこんなで俺はアトラと服を買いに行くことになった。買物に出た当初はすぐに終わるだろうと思っていたが、しかし、アトラの服選びは難航していた。似合う似合わないという次元ではなく、アトラが納得のいく服がなかなか無いらしく、俺はいろんな店をたらい回しにされていた。買い物が始まって三時間が経ってからようやく服選びが終了した。最終的に決まった服は黒いパーカーに緑色のTシャツに深緑の長ズボンだった。新しい服に着替えた俺をアトラは近くの広場に連れて行った。俺たちは近くで販売していたホットドックをかじって食べる。ふとアトラは立ち上がると俺の方を振り向きいい笑顔で俺の方を見つめる。
「今日はごめんね。でも……すごく楽しかった!」
アトラのいい笑顔を俺はまっすぐに見つめた。俺の視線とアトラの視線がぶつかるとき、俺はようやくの思いである感情に辿り着いた。
ああ、そうか……これが恋なんだ。
遅すぎるとわかっているからこそ俺はこの感情を押し殺すことにした。アトラは三日月が好きなんだ……。
遅すぎるからこそ……黙ることにした。たどり着くことのない俺の思いを……。
のちにサブレは今回の事を面白おかしく語ることになった。
【大切な一日】
「どうしよう」
そんな兄ビスケットの言葉が再び俺の耳に届いた場所は鉄華団本部の食堂だった。ここ最近兄はずっとクッキーとクラッカの学校探しに難航していた。俺がアトラ作のミックスジュースを飲みながら手元の端末から音楽を聴いている時に兄はつぶやいた。
俺達鉄華団が本部に戻ってきてから約半年が経過していた。戻ってきてからの俺達はどこか忙しそうにしている事が多くなっていた。エドモントンでの戦いを経て鉄華団の人気もうなぎのぼりだった。ちなみに鉄華団にうなぎのぼりという言葉を比喩として使っていた時みんなは首をかしげたものだ。どうやら『ウナギ』という生き物を知らないらしい。そんな関係の無い話を経て、半年を経てようやく落ち着いてきた。
食堂でみんなが食事をしている中で俺は前から言っていたウナギを見せることにした。俺は大きなカバンの中から水槽をドカンという音を立てながら机に置くと周囲はウナギの姿に一斉に悲鳴を上げた。
「「「ぎゃぁぁぁ!!!」」」
あの三日月や昭弘でさえドン引きしながら数歩後ろに引いていき、ライドや昌弘は同じようにドン引きしているシノの後ろに隠れている。代表して聞いてきたのはアトラだった。そのアトラも少しだけ気持ち悪がりながらも聞いてきた。
「これ……何?」
「?ウナギだけど?おいしいんだよ……高いしさ」
シノは小さな声で「食べるのか?これを?」とつぶやいており、周囲も同じようにざわざわとざわめく。しかし、先ほどから言っている通りに兄は完全に悩んでおり、俺はウナギを素手でうまく掴むと兄の服の中に入れる。
「!!??何何何!?これ何!?気持ち悪い!!サブレ!!取って!!!」
立ち上がって周囲をくるくる回りながら椅子を蹴り飛ばして助けを求め、俺はそれを背中に手を突っ込んで取り出す。俺は水槽にウナギを入れるとそのままキッチンの方に向かっていく姿を一部のメンバーは「た、食べるのかよ……」とつぶやいている。
全く失礼な奴らだ……高級なのに。
しかし、アトラだけは興味を得たのか、一緒に作ることにした。三日月や昭弘達は食べることに抵抗するため部屋を出ていく。兄はようやく落ち着きながら自分の席に座り込む。俺がウナギを捌いている間にアトラは兄の前に座ると一つの疑問を問い始めた。
「ビスケットは何に悩んでいるの?」
兄は黙って端末をそのままアトラに見せる。端末の画面にはクリュセ独立自治区に存在する各学校の紹介が乗っていた。アトラはどこか納得したようだった。その間に俺はウナギをかば焼きで焼き始める。
うん、おいしそうだ。いい臭いが周囲に広がっていく。
「で?兄さんは何に悩んでいるわけ?」
念のために気にかけてあげると、兄は金に見合うだけの学校と寮が存在する場所が無いのだという。いや、あるにはあるがその学校があまりにも入学費用が高すぎる上に推薦が必要なほどのお金持ちが集まるような学校だったからだ。アトラと兄が一緒になって悩んでいると俺はウナギを皿に盛りつけてしまう。
うん、おいしそうだ。
すると、アトラが大きな声を上げてアイディアをひらめく。
「そうだよ!クーデリアさんに頼んでみようよ!」
「でも……肝心のお金が」
俺が三人分の皿にウナギの蒲焼を置くと兄は一つの疑問を俺に問い始めた。
「ねえ、サブレ。これどうしたの?ウナギなんて高かったでしょ?」
「?サヴァラン兄さんの遺産からだけど……サヴァラン兄さんの遺産、めっちゃあったし……」
なんでそんなことを聞くのだろう?
すると、兄は机を強く叩く。
「なんでそれを早く言わなかったの!?っていうか、遺産を使ってウナギを買わない!!」
だって……兄さんが呆けていたのが原因だと思うんだけどな。まあ、ここ最近兄さんは学校選びで人の話を全く聞いていなかったのだから仕方がない。俺は黙って端末から自身の口座内容を兄に見せると兄は目を丸くさせながら驚愕に口をパクパクさせる。
「こ、これ……全部兄さんの遺産なの?学校の入学費用を引いてもおつりがくるけど……」
「まさか……半分は俺がフォートレスの時に稼いだお金だよ……」
兄はどこか落ち込んでいく。どうしたのだろう?
「……CGSより圧倒的に稼ぎがいいなんて……」
俺のお金を使ってクッキーとクラッカの入学費用を持つことになった。そんなことの後すぐにクッキーとクラッカの入学までクーデリアに任せっきりになっていた。俺や兄さんでは学校の云々が全く分からない。入学式までにクーデリアが指定したことはスーツの調達だった。俺はクッキーとクラッカの入学費用を持ったことで兄さんは自分でスーツを調達しなければならなかった。
そのはずだったのだが、兄さんの体が横に大きく、スーツが特注になったことで結局俺が払うことになった上に俺の分が買えなかったために俺は入学式に参加できないことになった。
この兄はいい加減ダイエットすればいいのに……本当に、全く。
兄はどこか気まずそうに俺の方から視線を背ける。
「……ねえ、兄さんは俺に何かない?」
何もないらしく俺に顔を背け続ける。学校前でクーデリアを待っていると大通りの奥からフミタンと共に綺麗な真っ白な正装を着て現れたのはクーデリアだった。
「すみませんでした。ギリギリまで交渉をしていたもので……クッキーさんとクラッカさんはどうなさったのですか?」
「ああ、クッキーとクラッカは今アトラが連れてきています」
兄がクーデリアの疑問に答えると、見慣れた鉄華団の車がそばまでやって来た。仰々しく鉄華団のモビルワーカーが護衛として現れる。
うわぁ……こんな地獄の中で入学式に来るとか絶対嫌なんだけど……俺が二人の立場なら自殺を考えるかもしれない。兄さんはニコニコしながら二人を抱きしめるけど……。クッキーとクラッカは学校の制服姿でサブレの足元に寄ってくる。俺は二人の頭を優しくなでてやる。俺の視線は不意に兄が涙を流していると、アトラは優しく兄を抱きしめる。
「よかったね。ビスケット」
「うん……」
今日は大切な一日になった。
【恋心】
サブレと一緒に鉄華団の廊下をため息を吐きながら歩いていると、サブレは鬱陶しそうな表情を浮かべる。俺はもう一度大きなため息を吐き出す。
エドモントンでの戦いからすでに一年が経過してしまった。完全に落ち着いた俺達鉄華団の新人も増えていく中問題は起きてしまった。俺の作戦が裏目に出た結果作戦はある意味失敗した。
俺の所為で鉄華団に多少の被害が出てしまった。ショックで仕方がなかった。三日月や昭弘達は「気にするな」と言ってくれたしオルガも「失敗もするさ」と大して気にしなかった。けど、こういうのは俺自身の問題であり、俺自身が許せないのだ。憤慨するような気持ちを抱いている。当然だと思う。だって俺の作戦が相手にばれてしまったばかりに、俺が慎重に行動しすぎたために相手にこちらの作戦を考える時間を与えてしまった。
サブレはイライラしているのか、うんざりとした表情を浮かべこちらを軽く見下すように見てくる。俺自身はそんな視線に軽くひるんでしまう。しかし、そんなサブレの口から出てきた言葉は俺の予想を大きく覆すような言葉だった。
「兄さん、アトラの事が好きだろ?」
「ぶぅぅ!!」
吹き出してしまう。
何を言い出すのだろうかこの弟は!
「な、何のことかな?お、お、俺はよく分からないな」
俺はうまくごまかしたつもりだったが、サブレは呆れるような表情を浮かべる。
「まあ、いいけどな。告白はしないわけ?」
できるわけがなかった。
だってアトラは三日月の事が好きなのだから。俺が告白すればアトラに迷惑がかかるだけで、アトラが困るだけで俺の告白を受け入れてくれるわけがない。
それが分かっているからこその告白をしないという判断である。
「ま、いいけどな。それも兄さんらしさってやつなんだろうしな」
不甲斐無いと感じたのかもしれないサブレは俺が何かを言う前に結論を出すと、そのままどこかへと姿を消してしまう。
俺自身が不甲斐無いと感じてしまっていた。
サブレと話をして約三時間が経ったとき格納庫でアガレスの調整の手伝いをしていると、アトラが格納庫に入ってくる中、俺に近づいてくる。
「ねぇ……ビスケット、今から買い物に行かない?」
唐突な相談に俺自身ドキドキしながら受け答えをしようとするが、アトラのまっすぐな瞳を見ているうちに買い物に行く以外に選択肢がないことが分かってしまう。俺が黙ってうなずくと俺は私服に着替えてサブレに送ってもらい俺とアトラはクリュセ独立自治区に辿り着いた。
俺はいまだにドキドキしながら一緒に大通りを歩いていると、アトラと一緒に鉄華団の食材を買い漁る。
買い物を開始して一時間が経った頃、鉄華団の食材や備品購入も一通り終わると、俺は帰るだけだと思っていた。
「ねえ、もう少しだけ買い物に付き合ってくれる?」
「別にいいけど……」
俺が連れてこられた場所は雑貨店だった。アトラは様々な色の紐を選んでいると、アトラは俺の方を向きいい表情で尋ねる。様々な色の紐を持ちながら。
「ねえ、ビスケットはどれがいい?どの色が好き?私としては緑色がいいかな~って思うんだけど……」
俺はおどおどしながら緑色を指さす。アトラは「やっぱり」っと言いながら緑色の紐をレジまでもっていく。俺はあの紐が何に使われるものかすら検討もつかなかった。
アトラは何をするつもりなのだろうか?
そんな俺の疑問にアトラが気が付くわけもなく、俺たちはサブレとの待ち合わせになっている広場へと移動すると、二人密着しそうなほど近い。
すごくドキドキするんだけど。アトラはいい笑顔手に入れた紐をジッと眺めている。
俺のドキドキはアトラには届かないのだろう。
「これでビスケットのミサンガを作ってあげるね。楽しみにしててね」
俺達が話していけばいくほど俺はつらくなっていく。
ああ、楽しいな。でも……辛いな。
アトラが楽しく話しかけてくれば話しかけてくるほど俺自身がつらく感じる。いっそのこと告白すれば俺自身は楽なる。しかし、それによってアトラが苦悩することを俺は望まない。でも、それでも……一回でもそのチャンスがあるのなら。そう思っているとアトラはそっと手を重ねてくる。
「ビスケットさ、ここ最近私に話しかける時よそよそしいよね。私さ、ビスケットを苦しめるようなことをしたのかな?もし、よそよそしい理由が私を気遣っての事ならやめてほしいの、だって卑怯じゃない?」
だったら……だったら俺は……!
「だって……この感情もこの気持ちも俺の自分勝手な感情なんだよ!俺の自分勝手な行動でアトラを困らせたくはないんだよ!嫌なんだ!!」
とっさに立ち上がり怒鳴りつける。それでもアトラは真剣な表情を崩さない。まっすぐ見つめてくる瞳に俺自身がひるんでしまう。
分かってるんだ。俺の問題であって、それを理由にして、アトラを言い訳にして俺は自分の臆病を隠しているだけなんだ。それでもアトラはきっと俺の気持ちを汲んでくれるだろう。
ああ、そうか。これが俺とサブレの違いなのだろう。サブレは自分の弱さにまっすぐ向き合えるだけの強さがある。自分の正しさと指針をブラさない強さがサブレにはある。俺もああなれるだろうか?サブレのような強さを身につけられるだろうか?
もう一度アトラの瞳をまっすぐ見つめ、頭を深々と下げて右手を差し出す。
「俺と結婚を前提にお付き合いしてください」
「はい!」
アトラは笑顔で俺の気持ちにこたえてくれた。俺は涙を浮かべながら、嬉しそうな悲しそうな、そんな複雑そうな顔をしている俺は「でも……だって、アトラは……!」と言っているとアトラはキスで俺を黙らされる。永遠のような時間が数秒で終わる。俺は涙を流しいると思う。きっと情けないような表情をしているだろう。それでもアトラは俺に笑顔を向けてくれる。嬉しいという気持ちとアトラの恋を邪魔してしまったという罪悪感が俺の気持ちを満たしていく。
「私ね……ビスケットと初めて会った時の事今でも覚えてる。私がCGSに来たばかりの事、三日月を探して施設内をウロウロしていると一軍の人達に囲まれて困っていた時、ビスケットが間に割って入って助けてくれた。でもね、あの後三日月に聞いてビスケットがあの後ひどい目にあったって聞いたの。いつでも相手をいたわるために自分を犠牲にすることもいとわないビスケットを見てきたんだよ。そんなビスケットへの気持ちだって十分恋心だよ。私は三日月と同じくらいにビスケットの事だって好きなんだよ。どっちが先に告白してくれるかなって卑怯なことを考えていたんだもん。三日月よりビスケットが速かったみたいだけど。だからね……こんな風に後悔をしてほしくない。むしろ胸を張りなよ……ビスケットは三日月に勝ったんだよ」
そうだ、後悔するなんてアトラに、そして何より三日月やサブレやみんなに失礼じゃないか。俺は好きなアトラと付き合えるんだ。今日からアトラとデートができるんだ。今日から一緒に生きていくんだ。
うん、そうだ。何回でも俺はアトラに言えるよ。
「好きだよ。アトラ」
「私も好きだよ、ビスケット」
俺たちは互いに抱きしめながら温め合う。俺の恋心は実ることになった。
後日、俺とアトラが付き合うことがみんなにあっという間にバレた瞬間にサブレが裏で全てを操っていたことに気が付いたというのは別の話だ。というか、話したくない。これからも話すつもりもない。
どうだってでしょうか。基本的にこの作品の後に書く予定である鉄血のオルフェンズ原作のその後の作品に向けて軽く試験的な書き方をしてみました。ちょっと早めの公開ではありますが速めのタイトル公開をしようと思います。この作品が終わったのちに書く鉄血のオルフェンズのその後の作品のタイトルは『機動戦士ガンダムE』になります。
さて、次のタイトルは『短編集2』になります。次は最終決戦と最後のエピローグ回の間に話になります。