「では……これよりジュリエッタ・ジュリスとサブレ・グリフォンの決闘を開始する。分かっているとはおもうが………壊すなよ!?」
副リーダーの怖いセリフが周囲にいる人間に否応なしに恐怖を与えた。ファントムエイジの旗艦『カゲロウ』内でオルガたちでさえ恐怖を感じた。
「やれやれ……うちの副リーダーは本当に怖いな……まあ、そういうことだ。二人とも壊すなよ……俺が怒られるからな」
二人とも目をつむり意識を集中させる。全員が息をのむほどの空気がながれる。二人が目を開くと同時に機体を走らせる。単純なスピードだけならレギンレイズ・ジュリアの方が速かった。しかし、単純なスピードをきれいに見切って見せるサブレの獅電を動かす腕前はさすがというしかなかった。ジュリアの攻撃を二本のソードで捌く。
「す、すげぇ………」
シノのそんなあっけにとられる声に全員が同じような意見だった。ただし……一部を除いて。三日月とマハラジャと副リーダーは無言で戦いを見届けいたところを副リーダーはぼそりとつぶやく。
「やはり機体性能はジュリアの方が上ですか……」
「まあ……それでもサブレの方が経験と技量で完全に上だな……」
マハラジャと副リーダーが呟いた簡単な考察を全員が聞くことができないぐらいに見入っていた。
(俺が彼女の事を意識するようになったのは……やはり最初の戦いのときなのだろう。でも、俺は考えないようにしていた。仲間といる方が楽しかった。でも、無意識の奥で意識していたのだろう。それを俺はアミダさんから教わるようになった。だから知りたかった。そして、羨ましくなった、兄さんや三日月が……誰か一人の事を真剣に好きになれるだろうか?それを確かめるための戦いだ。戦いの中でできた感情は戦いの中でしか確認できない)
(私はラスタル様以外の事をどうでもいいと感じていた。でも、彼と出会い考えの中に彼の影かちらつくようになった。最初は彼の戦いを参考にしようとずっとシュミレーションをしてきた。彼が私を庇った時から私の中で少しだけ恋が生まれた。そして彼を少しだけ知ることができた。もっと知りたい……そう考えたとき、私は父に頼み込んだ。戦いの中で知った感情は戦いの中でしか確認できない)
サブレは獅電でジュリアの攻撃を捌ききり、足で蹴り飛ばす。ジュリアはスラスターを全開にし態勢を整える。しかし、態勢を整える暇を与えないように素早く近寄る。ジュリアは獅電の攻撃を何とか受け止める。そのままジュリアのスピードで獅電を逆に押し切ろうとする。
((ああ……そうか……))
二人は再び距離を取り、そのまま機体を走らせてぶつかり合う。
「あなたの事が……」
「君の事が……」
そして機体と機体がぶつかったまま、その場を漂っていく。
「「好きになったんだ……」」
そして……互いの気持ちに気が付いた。
二人が決闘を行っている間にガエリオはヴィダールの偽装解除の場で一人考え事をしていた。サブレに全否定されてもガエリオのこころには特に変化はなかった。彼は格納庫の中でジッとしているところに整備長であるヤマジン・トーカが話しかけてきた。
「あなたはこっちに残ったのね……」
そんな彼女にガエリオは逆に尋ねる。
「どれだけがアリアンロッドより離反したんだ?」
「ざっと三分の一。まあ、仕方がないとは思うけどね。必要悪なんて言うレベルで誤魔化せるような蛮行ではないから。私のようにこうなることを薄々気が付いていながら止めなかった人間は最後まで彼と共に死ぬと決めているの」
「勝てないと?」
「勝てない……彼は勝てない勝負はしない人間。彼が勝負を仕掛けてきたということは絶対に勝てる確信ができたということ。現に私達アリアンロッド艦隊は逆賊としてギャラルホルンに追い回されている」
現在アリアンロッドは離反した人間を除けば、ほとんどが現在ギャラルホルンの全てから追われる身となってしまった。ラスタルについていけないと考えた者は素早く離反した。しかし、ヤマジンのようにラスタルのしていた事を知っていた者は最後まで一緒にいることを選んだ。
「何があの二人の間にあったのか聞いてもいいか?」
「ええ……いいわよ」
そして彼女は語る……ラスタルとマハラジャの間にあった決別の話を。
「その昔、まだラスタルやマハラジャがギャラルホルンに入ったばかりの頃のことだ。二人とあんたがガランと呼んでいる三人は友人だった。こう言っては悪いけど……仲は良かったんだけどね。マハラジャが彼女の事を好きなるまでは……彼女と出会いマハラジャは変わった」
ガエリオはヤマジンの言う『彼女』に反応した。
「彼女っていうのは……マハラジャの……」
「そう……奥さん。そして……ジュリの母親だ」
ヤマジンの真実の言葉にガエリオは軽く驚く。
「ではジュリエッタはマハラジャの……娘?」
「そうね……それがジュリが裏切った理由なんでしょうけど。まあ、裏切って正解でしょうけどね。あの子の母親を殺したのはラスタル本人だったから。偵察任務に行っていたジュリの母親である『エリ・ジュリス』をラスタルは大人数で囲み殺した」
「ど、どうして……彼女を殺さなければならない理由があったのだろう?」
ヤマジンは視線を上に向け思い出すように語る。
「ヒューマンデブリだったのよ……彼女は。マハラジャは彼女と出会い、ヒューマンデブリや孤児たちに対する考えを変えた。マハラジャは孤児やヒューマンデブリの中にこそ才能がある者がいると考えた。こういう者たちが組織のトップになれるのなら時代が変わるのではないか…っと。分からないでもないのよ……汚い大人たちは子供たちを食い物としか見ないし、子供たちはそんな大人たちの踏み台として死んでいく。それが世界ならそんな世界を壊してでも子供たちに未来を歩ける世界を作るべきだと考えた。でも、それは今のギャラルホルンを全否定するようなものだった。そんなことをすれば世界は簡単に戦争状態になると考えラスタルはマハラジャを殺そうとした。そして……失敗した」
ガエリオはどこか複雑な気持ちになる。そしてヤマジンに尋ねる。
「それを他のセブンスターズのメンバーは……」
「知っているだろうね。セブンスターズも今やイシュー家がいない中進めていかなければならない。中にはもう跡取りがいない家もいる。セブンスターズ制を進めていくことが無理だと考えているだろうし……多分今回の事件を終えたらラスタルやイオク・クジャンを悪党として処理し、セブンスターズ制を廃止しマハラジャをトップにした新しい支配体制に変えるつもりだろう。完全に平等なギャラルホルンへと。そう考えたらマハラジャが完全な正義だ……」
ヤマジンはガエリオの前を通り奥へと消えていく中、はっきり告げた。
「まあ、マハラジャはあんたが裏切ったとしてもあんたを信用しないでしょうね。あんたがそれを理解できないうちはね」
ガエリオはいまだ彼女が何を言っているのか分からずにいた。
「両機はどうした?」
マハラジャは艦長席に座り、ブリッジに入って来たサブレとジュリエッタに尋ねた。
「修理中……」
サブレの淡白な答えに肩をすくめる。そしてサブレに再び尋ねる。
「ガエリオ・ボードウィンと戦った感想を聞こうか……」
「なんか……綺麗だけど軽い。背負うとか、多分本人は友情の為とか愛情の為とか思って戦っているんだろうけど、その癖に全てが軽い。あいつは本当の意味で友情や愛情を知らない。背負うなんて言っているけど……何も背負えていない。正義はわがままだし……背負う事は責任を押し付ける行為だ。背負うということでいざという時に責任を押し付けようとしているように見えた」
サブレはジュリエッタの方を見ると、互いに手を結び合う。
「俺はそうとは思えない。大切な人が心に居ればそれでいい。それが分かるだけで俺は戦える」
マハラジャは少しだけ笑うと艦長席から立ちあがる。
「復讐は死んだ人間に責任を押し付けていることと同義だ。死んだ者に押し付け、それを理由に戦い、殺す。背負うことも同じこと。生きているものや死んでいるもののありもしない意思を勝手に背負い、失敗したときに他の人間の所為にできるからだ。正義感が強いと言えば正しそうに見えるが、正義とは結局のところでわがままということだ。融通が利かない人間。それに私は奴の事を正義だと思わない。騙されやすい人間の行動を正義だと考えない。周囲の人間の行動にすぐ影響を受ける。そんな人間を正義とは言えない」
サブレはガエリオとの闘いを少しだけ思い出す。そんな中ジュリエッタがマハラジャに尋ねる。
「私は彼の事を綺麗だと感じました。お父様はそう感じなかったのですか?」
「感じたよ……だがなジュリエッタ。綺麗だという事と、正しい事とは別だ。奴の綺麗さは他人に汚さを押し付けた結果だ。そしてその影響を受けたのがマクギリスだ」
三日月はそんな話を聞きながらマクギリスの事を少しだけ思い出し聞く。
「じゃああのチョコはガリガリの所為であんな性格になったという事?」
「いや……そうではない。彼はもっと別の原因があるのだろうが……。まああの男がガエリオの影響を受けてもっと腹黒くなっていったのは間違いない」
そんな話を聞いている間にユージンはサブレがいつの間にそんな相手ができたのかとショックを受け、ブリッジから出ていくのを鉄華団全員が面白おかしそうに見ていた。マハラジャはあえてサブレたちを見ないようにしていた。
「ラスタルに殺されたあいつのことを想う時、俺はラスタルへの復讐を少しは考えた。だが、彼女がそれを望まないことは分かっていたし、それに彼女が願っていたようにいつの日かこの世界からヒューマンデブリや孤児をなくすことが俺にとってのたった一つの夢になった。そしてそのための障害がラスタルだった。あいつを殺してでも俺は成し遂げなければならない。彼女が正しく……ラスタルが間違っていると証明したい。だからこそのお前たちだ」
マハラジャは真剣な面持ちでオルガたちをはっきりと見つめる。
「彼女がそうだったように。ヒューマンデブリや孤児……オルフェンズがこの世界を引っ張っていけると証明して見せてくれ。彼女が……エリが正しかったと……信じているぞ。鉄血のオルフェンズ」
オルガたちは少しだけ驚き、オルガは逆に尋ねる。
「あんたは俺達が……世界を変えられると?そう信じるのか?」
「ああ……君達のような人間こそ世界を正しく変えられると信じている」
まっすぐ向けられるマハラジャの目を見つめるとオルガ達はその言葉が嘘ではないとわかってしまう。
そして……彼らはまっすぐ歩き始める。
マクギリスは一人自分の家へと帰ると、錯乱したアルミリアがナイフを持ちながらマクギリスを待ち構えていた。
「マッキー……マッキーは何をしようとしているの?お父様はどこ?お兄様は?あの人たちが言っていることは本当なの?マッキーは……」
マクギリスはアルミリアの目の前に座り込むとそっとナイフを取り上げる。
「アルミリア……君のお父さんはどうやらガエリオを殺すことに決めたようだ」
「そんな……嘘よ……嘘!」
アルミリアは髪を振り回しながら涙を流し顔を手で覆う。アルミリアの両肩に優しく手を置く。
「だが……私は君の味方だ……安心してくれ。私がガエリオを救って見せよう……」
アルミリアはマクギリスの顔を真正面から見つめると、あることに気が付いてしまった。
「……あなたは誰?あなたはマッキーじゃない!マッキーはそんな風に笑わない。あなたは誰!?」
マクギリスはあくどい笑顔を浮かべると、アルミリアの耳元でそっと囁く。
「私は……」
その続きをアルミリアが聞くことはなく、意識を失ってしまう。
「私の名前は……アグニカ・カイエルだよ。ボードウィン家のお嬢さん。この体の男に免じて君だけは助けてあげよう」
アグニカは片手を前にまっすぐ伸ばして見せる。
「うむ……まだ体がうまくなじまないか……バエルの中にいる方がいいのかもしれないな。イラクの奴はうまくやれているのだろうか?」
石動が焦り気味で家の中に入ってくる。
「准将!外縁軌道艦隊の一部が離反したと報告が上がりました」
「気にするな石動。この戦いに勝つのは私達だ。作戦ならある。それより、彼女を父親の元に送っておいてくれ」
石動は一瞬だけ驚くと彼女を背負い家から出ていく。
「マクギリスを演じるのはさほど難しいことではないな。うるさい声が聞こえてくること以外はさほど難しくはない」
(アルミリア……ガエリオ……石動………助けてくれ……三日月・オーガス)
「無理だよ……マクギリス・ファリドよ……お前を助けられる人間などいない。この体から見ているがいい!お前の大切な者が殺されていく様を!」
静かに歩き出すアグニカ。
「私は……俺はこの世界を浄化する!薄汚い大人たちがはびこる世界を浄化し、俺たちの世界を作り上げる。その為に俺は蘇った!」
アグニカもまた今回の戦いに介入しようとしていた。
イオクはラスタルの元を訪れるとラスタルに頭を下げるイオク。
「申し訳ありませんラスタル様!私の所為でラスタル様を追い詰めてしまうとは!ですが、任せてください!私は必ずやラスタル様が正しいと証明して見せます」
そういうとイオクは部屋を出ていく、そしてすれ違い部屋にヤマジンが入って来た。
「いいの?何も言わなくて」
「……妙だとは思わんか?まるで前に戻ったような気がする」
ヤマジンはイオクが消えた方を軽く見ながら答えた。
「そうね。自分の所為だと思っているからじゃないの?」
「それに……マハラジャもだ。焦っているようにも見える。ギャラルホルンを乗っ取ることももう少しタイミングを見てもよかったはずだ。そうすればアリアンロッドのほとんどを引き込むことができただろう。なのにだ……まるでこちらには見えていない敵と対峙しているような気がする」
「見えない敵?」
「ああ、こちらが動いたからというより……マクギリスが動いたからというのが理由なのかもしれないな。マクギリスはバエルを手に入れた……ということは」
ヤマジンは脳裏によぎった言葉を口にする。
「アグニカ・カイエル?」
「かもしれんな……だとすると、マハラジャが最も警戒しているのはモビルアーマーラファエルということか?」
「でも、確証はないよ」
「分かっている。だが今更頭を下げたとて許さないだろうし、今後のギャラルホルンの事を考えても、ここで戦死することが正しいことだ。だが、それが敵の作戦だとしたら……」
ラスタルには何も見えていない敵を考え始めていた。
イラクは遠くから地球を眺めている。
「今更気が付いたとてもう遅い。お前が死ぬことが世界にとっての正しい道のり……お前はそれが分かっている以上必ず戦死を選ぶ。そうすれば最後のカギが完成する。それでいい!」
イラクは両手を前に突き出す。
「汚い大人たちはこの世界から浄化され……俺たちの世界を作り出す。俺たちの作戦を止めることができるかな?マハラジャ・ダースリン」
マハラジャは通信機越しにガルスと話をしていた。
「間違いないのか?」
ガルスの問いにマハラジャはあいまいな答えを出す。
「分からない……今のところ確証はない。だが必ず近いうちにイラク・イシューは動く、間違いなく動く」
イラクが動くという確証がどこかにあるマハラジャは真の敵を見出していた。
「俺たちの真の敵はイラク・イシューだ。そしてアグニカ・カイエルだ。彼らこそ俺たちの真の敵だ!」
ついに動き出したアグニカと、真の敵を見出したマハラジャ。この戦いの行方がどこに行きつくのか楽しみにしていてください。
次回は『ラスタル・エリオン』です!楽しみにしていてください。