フミタンは目の前の端末に目を通すとフミタンへの指示が書かれていた。
『手筈は予定通り、クーデリアを伴いドルト2へ入港せよ』
そう書かれた端末をから視線を移し、どこか遠くを見るような目になる。
まだクーデリアが小さいころ彼女はフミタンになんでも聞いていた。
『知りたいの。火星の人々の事をもっともっと。フミタン、あなたの知っていることを全部教えてほしいの』
そういう幼いころのクーデリアの目は今以上に純粋だった。
すると、ドアの外からクーデリアの声が聞こえてき、彼女は端末を切るとそのままドアを開ける。
外には顔をそらし、どこか顔を赤らめているクーデリアが立ち尽くしており、フミタンは「どうしたのですか?」と問う。
「フミタン!フミタンはお……男の人と交際したことはありますか?」
彼女のあまりにも唐突な質問に「はぁ?」と返してしまう。
「例えばき…キス…された時などは本気だと考えて差し支えないのかしら?」
「誰かにキスされたのですか?」
「いっいいえ!例え話よ!例え話だけど……。そういう場合やはり真剣に結婚を考えるべきなのかしら……」
そんな彼女の真剣な顔にフミタンが唖然としてしまう。しかし、そんな真剣な彼女の前でフミタンは少しだが笑ってしまう。
「どうして笑うの?私何かおかしなことを言った?」
「申し訳ありません。そうですね。気になるなら素直に相手の男性に尋ねてみてはどうでしょう」
そんな彼女のアドバイスにどこか気が楽になったクーデリアは安心したような表情になる。
「そう………そうよね。ごめんなさい、急にこんなこと。フミタンにはどんなことでも相談してきたから」
二人の間に少しだけ間があると、ドアの外からアトラが声をかけてきた。
「あっすいません。クーデリアさんどこかなぁっと思って」
「アトラさん?」
「あっ、クーデリアさん。ブリッジに一緒に行きませんか?コロニーが見えてきたんですって」
ブリッジでは複数の人間が集まっており、目の前に近づいてきたコロニーに全員が注目していた。
「ドルト2ってのは正面のあれか?同じようなのがいくつもあるじゃねぇか」
そんなシノの疑問にオルガが答えた。
「ドルトってのはアフリカユニオンの公営企業だ。あれ全部がドルトって会社の持ち物なんだと」
「んじゃああっちのは?」
今度はビスケットがその疑問にどこか懐かしそうに答える。
「ドルト3、地球から来た工場経営者たちが住む高級住宅街とその人たち向けの商業施設があるんだ」
「やけに詳しいなビスケット」
「うん、僕はこのコロニー出身なんだ。育ったのはドルト2のスラム街だけどね。正直貧しかったよ」
彼の中で直前の弟との再会がビスケットの口を少しだけ軽くさせた。
周囲が微妙な空気になるが、それをオルガが話を少しだけ変えた。
「あと少しってとこで寄り道して悪いな。テイワズに依頼された荷物を届けたらすぐに向かうからよ」
「いいえ。それも大事なお仕事ですから。それよりお願いがあるのですが……。皆さんがドルト2でお仕事をしている間、フミタンと二人でドルト3へ行ってきてもよろしいでしょうか?」
「お、お嬢様それは……」
「いいでしょ?フミタン」
その言葉にフミタンは押し切られてしまう。
握りこむ拳とは裏腹にフミタンはあきらめる。
「わかりました。ではご一緒に」
「買い物……いいな~」
「ならアトラさんもご一緒に」
次々と買い物勢が決まっていく中、オルガはさすがに女性だけではと考えてしまう。
「さすがに女だけってわけにはいかねぇな……。ミカついて行ってくれるか?」
その言葉に三日月は簡単に引き受ける。
「み……三日月が?でも……」
「何があるかわかんねぇし、あんたは大事なお客だ。まっあんたがついてりゃめったなことはねぇと思うがな」
そしてオルガはビスケットのほうを一瞬だけ見ると、考える。
「ビスケット……お前もそっちについて行けよ。こっちは大丈夫だ」
「え……じゃあ、俺も……。ありがとう」
こうして買い物勢の人数が決まった。
昭弘たちがハンマーヘッドで調整をしている中でオルガたちは名瀬たちと話をしていた。
「初仕事だし、本当なら同行してやりてぇところだがブルワーズの後始末があるから俺らはテイワズの支部のあるドルト6へ直行する。うまくやるんだぜ?くれぐれもギャラルホルンとだけはもめるなよ。ここいらの支部の連中は火星や木星の圏外圏で怠けている奴らとは士気や練度が違うんだ」
「けど、んなもんやってみなきゃ分からねぇんじゃ……」
そんなシノの言葉をアミダが真っ先に否定する。
「ここには秩序と法ってもんがある。人を殺せば普通に罪に問われるんだ」
「圏外圏で泣く子も黙るテイワズも地球まで来りぁ単なる一企業の力しかねぇ、ひねり潰されたくなかったらお行儀よくするんだ。いいな、絶対に騒ぎは起こすなよな」
ビスケットたちがドルト3へ入っていく中、フォートレスの旗艦もドルト3に入港していた。
ブリッジでマーズと副リーダーの男が話しているところにサブレが入ってくる。
「サブレ・グリフォン。入りました」
ビスケットとよく似た顔だちながら、しかしビスケットとは違いやせており、体格もいい。
「新しい仕事だ、おまえなら簡単な仕事のはずだ」
「俺MS戦以外にまともな仕事をしたことがないんだけど。たしか次の仕事って暗殺じゃなかったっけ?」
「よく覚えていたな」
マーズはどこか感心したように笑う。しかし、それが止まると途端に真剣な顔つきに変わる。
「お前を選んだ理由としてはお前が簡単に仕事をできるはずだからだ」
いまいち理由がわからないサブレだったが、暗殺対象の名前を聞いたとき、すべてを理解する。
「暗殺対象はお前の兄のサヴァラン・ナヌーレだ。簡単だろ?」
その顔はどす黒く悪人の顔をしていた。
「あんたらが鉄華団かぁ、驚いた。本当に若いんだな」
鉄華団はドルト2へ入港するといきなりの歓迎モードに少し面食らってしまう。
「なんだ?ガキだからってなめてんのか?」
「いや誤解しないでくれ、俺たちはみんなあんた達が来るのを楽しみに待ってたんだよ」
組員の男性の一人がメリビットに向かって質問する。
「あんたがクーデリア・藍那・バーンスタインさんか?」
「クーデリアは用事で別のコロニーに行っている。ここにはこない」
「そうなのか」
「10代にしては老けていると思った」
そんな失礼な言葉をかけられたメリビットは「老け……」と軽くショックを受けていた。
「お嬢さんのことまで知ってんのかよ」
「俺たち労働者の希望の星だからな。それとクーデリアさんを守って地球へ旅する若き騎士団」
「『きしだん』ってなんだ?」
「知らねぇ」
オルガは疑問を持ちながらも仕事にかかろうとしていた。
「テイワズの一員としての記念すべき初仕事だ。気合い入れていくぞ!」
「伺いますが、二人とも最後に体を洗ったのはいつですか?」
そんなクーデリアの疑問にビスケットが答えた。
「たしか4日……あっいや5日前?」
「え~!?」
アトラは信じられないものを見るような目で驚き、クーデリアはやはりと顔をしかめる。
「以前から気になっていたんです。艦内に漂っているその……臭いが」
「そういえば確かに臭いかも、みんなが集まっていると「うっ!」ってなるときあるもん」
「臭いかな?」
ビスケットと三日月は互いに体臭を確認しあう。
「雪之丞さんなんて近くに行くと目がツ~ンって痛くなるし」
「衛生環境は大切です。皆さんの着替えと洗剤や掃除用具も買ってこの機会に艦内をきれいにしてはどうかと!」
「うん賛成!私も手伝います!」
アトラとクーデリアは店内で買い物をはじめ、それが終わって会計をしていると辺りを見回しているビスケットに三日月が問う。
「なに見てんの?」
「ああ……憧れだったんだ小さいころここへ来るのが……。地球圏なんて言っても仕事環境は火星と変わらない、俺の父さんと母さんは夜遅くまで働いていたよ。だから俺たち兄弟にとってドルト3は憧れなんだ。小さいころサブレと一緒に行きたいねってよく話していたよ。兄さんをよくそれで困らせてたっけ」
「ビスケットに兄さんが?」
「うん。随分長いこと会ってないんだけどね。学校に行っていた兄さんは勉強ができて、会社の偉い人の家に引き取ってもらえたんだ。あれから連絡も取ってないけど、まだドルト3に住んでるのかな?」
「連絡とってみたら?」
そんな三日月の返しに申し訳なさそうな顔をするビスケット。
「あっいや……でも急に連絡なんかしたら困るかもしれないし……」
「困るわけないじゃない!」
そんなアトラの強い言葉にビスケットは考えてしまう。
「兄弟なんだからお兄さんだって会いたいに決まってるよ」
「私もそう思います。このまま会わずにここを去ってしまったら後悔が残るのでは?」
「それにもしかしたら弟さんの事だって何か知っているかもしれないし……。連絡してあげて、ねっ?」
ビスケットは覚悟を決め店を出る。
仕事をしていたサヴァランはかかってきた電話に手をかけ出る。
「弟と名乗る方から外線が来ているのですが」
「弟?つないでくれ」
電話先の声が変わる。
「あの……サヴァラン兄さん?俺ビスケットだけど……」
「ビスケット‼本当にお前なのか!?」
「う……うん。俺…あっ僕今鉄華団っていうところで働いていて」
そんなサヴァランの前にある端末にはイサリビが映し出されていた。
「会ってくれるって」
「よかった!」
喜ぶアトラに変わり表情の変化にいち早く気が付いた三日月。
「あんまりうれしそうじゃないね」
「あっいやうれしいけど……ただあまりにも住んでいる世界が違いすぎてどんな顔をして会えばいいのか……」
「私…余計な事した?だったら一緒に行こうか?二人きりよりその方が話しやすいんじゃない?」
ビスケットはアトラの提案に面食らってしまう。
「うん!そうしようよ!それで気持ちがほぐれるんだったら……。あ……ごめんなさいクーデリアさん、あとの買い物任せちゃっていいですか?」
「ええ…もちろん」
あたふたするビスケットをよそに話はまとまっていく。
「いよいよ始まるんだな」
「ああ、長い間の我慢もこれでおしまいだ!」
鉄華団が運んできたコンテナの中身はモビルワーカーなどの武器だった。
さすがにコンテナの中身が武器だとは聞かされていなかったオルガたちは面食らってしまう。
「リストには『工業用の物資』としか……。依頼表を確認してきます」
そういうとメリビットはそのままその場を後にした。
「あんたたちは何をやろうとしてるんだ?」
「聞いてないのか?あんたら俺たちの支援者に頼まれてこいつを届けてくれたんだろ?」
既に話がおかしな方向に向かっていることにここでようやく気が付いたオルガは彼らに質問した。
「あんた達の支援者ってのは一体誰なんだ?」
「名前は知らない。クーデリアさんの代理を名乗っていたが、火星に続いて他の場所でも地球への反抗の狼煙をあげようとクーデリアさんが呼びかけてるってな。そのために必要な武器弾薬を鉄華団の手を通してクーデリアさんが俺たちに提供してくれるって」
自分たちが騙されていたとようやく気が付いた時にはすでに遅く、ギャラルホルンが素早く駆け付けた。
「ギャラルホルン!?」
「全員動くな!武器を捨て両手が見えるように高く上げろ!戦闘用のモビルワーカーに武器弾薬か。通報は本当だったようだな。ここで違法な取引があるってな!」
オルガを含め、全員が手をあげたように見えたが組員の一人が銃を取り撃ってしまう。
現場は一気に戦場に変わり、辺りで銃を手に撃ち合い始める。
オルガ達鉄華団は物陰に隠れる。
「撃つな!兄貴に言われただろうが!」
そんなオルガの指示に鉄華団が従うと、メリビットから連絡が来た。
「団長さん?そっちは一体何が……」
「今すぐ船を出せ!ギャラルホルンとの小競り合いに巻き込まれた!この場に鉄華団の船があるのはまずい!」
「一つだけ報告が、荷物の依頼主ですがGNトレーディングという会社のようです」
「『クーデリアはコロニー内の暴動の中心となりギャラルホルンの凶弾によって死すべし。火種はこちらで用意する』というのがノブリス・ゴルドンのシナリオらしい、俺たちはその邪魔になる男の始末だ。まぁ、念には念をというやつだな、お前の兄一人で展開が変わるとは思えんが、邪魔になる奴は一人でも多く消しておきたいそうだ。だが、それを自分たちでするのは展開上よくない、ゆえに俺達のような裏方の人間が必要なんだ」
「俺たちが始末しているころには終わっているんじゃない?」
「かもしれないな」
「だったら……」
「それでもだ」
そういうとマーズは電話を切ってしまう。
サブレはめんどくさそうに町中を歩いていると、ここがかつて自分が来たかった場所なのだと一瞬考えてしまう。
(これも兄貴と再会したせいかな?)
歩き出す足の先に兄がいると信じて……そして、ビスケットがいないことを信じて……。
どうだったでしょうか?フォートレスの動きが前半の展開に大きくかかわっていきます。次回は「三人で……」です!よろしくお願いします!