「アトラ……話があるんだ」
桜農場の裏でビスケットはアトラを呼び出す。そわそわするビスケットにアトラは優しい表情で答える。
「何?話があるって言ってたけど……あっ、そうだ。後でクッキーとクラッカにお土産渡しに行くよね。私もついて行っていいかな?」
「あ……うん………そうじゃなくて!アトラに渡したいものがあるんだ」
そういってビスケットは隠していた小さな小箱を取り出す。そして、ゆっくり小箱を開けると中から指輪が出てくる。アトラはその指輪に驚くとすぐにビスケットの顔を見た。ビスケットの顔は真っ赤に染まっており、照れながらもアトラの目をまっすぐに見つめる。
「け、結婚してほしいんだ……アトラ」
アトラは頷きビスケットは指輪をアトラの指にはめ込む。
「喜んで」
この日は記念すべき日になった。
「手こずっていたシステム回りの調整もようやく完了したか」
ラスタルの目の前では新たなガンダムフレームがようやく調整を終え、出撃の時を待ちわびていた。
「コロニーの鎮圧任務、お前にも出てもらうぞ。ドルトの一件以来コロニーの独立運動は激化の一途だ。経済圏に自衛戦力を持たせたところで、鎮圧もままならん。活動家共に金と武器を流している輩がいる限り……」
ヴィダールに話しかけるラスタルを面白くなさそうにジュリエッタは見ていた。
「裏に誰がいようとかまわない。秩序を乱す武装勢力がいる。ギャラルホルンが力をふるうのにそれ以上の理由はないだろう」
「今日はよくしゃべるな」
「浮かれているのかもしれないな。ようやくこいつと共に戦えることに」
ヴィダールの出撃の時も着実に近づいていた。
鉄華団本部にはランドマン・ロディが三機戻ってきていた。雪之丞とデルマはその近くで話し合っていた。
「これ誰が乗るか決まってるんですか?」
「戻って来た三機のうち一機はチャドが乗るってよ。他はまだ聞いてねぇがな」
「なら俺に使わせてください」
デルマは自ら乗ることを名乗り出る。
「はっ?元はおまえさんがいたブルワーズから引き揚げたマン・ロディだ。ろくな思い出がねぇだろ?」
「俺達ヒューマンデブリにとってこいつは棺桶も同然だったけど、地球でアストンが乗ってたんなら俺も……」
すると後ろからダンテが現れる。
「お前ならそういうだろうって昭弘が話をつけてるぜ。もう一機は俺が乗る。元ヒューマンデブリの意地見せてやろうぜ」
「ああ~やってもやっても終わんねぇ~。なんだこの整備地獄」
「俺は楽しい」
「変態野郎。俺はもう勘弁」
ザックはモビルスーツの上でだれているとユージンの姿が見えてくる。途端に焦ったザックはデインにあたる。
「おらっデイン!音上げてんなよ!お前もさっさと手動かせ!」
「おい!おととい搬入した獅電の調整は終ったのか?」
「今バリバリやってるとこっす!」
「明日にはテイワズからまた届くからな」
「げっ!まだ増やすんですか?」
そんなユージンの前には白い獅電がその場に置かれていた。そんなユージンの方にシノが近づいてくる。
「副団長。農場に行ってた奴らが戻ってきたってよ……こいつがオルガ専用獅電か?」
「そういやぁさっき聞いたんすけど……ビスケットさんとアトラさん……結婚したらしいですね」
「「はっ!?」」
ザックの何気ない言葉に反応したシノとユージンは言葉を完全に失った。
そして、訓練場ではハッシュとチャドがモビルスーツを使った訓練に明け暮れていた。そしてそれを遠くからアジーとラフタは眺めていた。
「チャド張り切ってんね」
「地球じゃ悔しい思いもしたからね。それはあの新入りも同じか」
「農場から戻ってきてすぐに訓練なんてね。まっおかげで物になってきたか」
「この調子だと獅電の慣熟訓練ももうすぐ終わりそうだね……」
「ああ。ようやくお役御免だ」
「うん……」
帰れるはずなのにどこかうれしそうじゃないラフタはある男の事を思い浮かべていた。
メリビットと雪之丞は格納庫で地球から回収した備品の確認を行っていた。
「これが地球支部から回収した備品のリストになります」
メリビットはどこか心配そうな表情を浮かべる。
「一体どこまで戦力を増やすのかしら」
「まあファミリアっていうのを立ち上げちまったら、火星の治安はファミリアが何とかしなくちゃいけねぇからな」
「悪魔の名前を持ったモビルスーツが鉄華団に集まっている。なんだか嫌な予感がして……」
雪之丞は優しく頭を撫でる。
「考えすぎだ」
「ふふっ……もう」
「整備長!」
テイワズの整備長のもとにエーコとヤマギが近づいてくる。
「ルプスとイーターとフルシティの調子はどうだい?」
「三機ともいいみたいです。その名前ではあまり呼ばれませんけど……」
「これどうでした?こっちでもいろいろ試したけど結局よく分かんなくって」
整備長たちの目の前には白いガンダムフレームが鎮座しており、鉄華団ではわからないということでテイワズに預かってもらっていた。
「モビルスーツのフレームは三百年程度では劣化しないよ。リアクターの寿命はもっと長い。それでどうにもならなかったのはリアクターがスリープ状態だったからだろう。いま立ち上げ作業をしているところだ。そうそう一緒に送られてきたモビルワーカーもどきなんだが、テイワズのデータべースにもこれといった情報がなくてねぇ」
するとようやくガンダムフレームのリアクターが起動した。
「エイハブ・ウェーブの固有周波数が取れたぞ、これがこいつの名前か」
「ガンダムフラウロス……」
「オルガ達鉄華団はマクギリス・ファリドからの話は断ったそうです。ですが、これからも少なくとも手は結んでいくということで落ち着いたと」
名瀬はマクマードとテイワズの幹部メンバーの前で地球支部でのやり取りの一部を話して聞かせた。そんな話にジャスレイがいの一番にかみつく。
「要はメンツの問題よ。鉄華団はおやじの情けで飼ってやってる弱小組織だ。そいつがおやじに相談なくギャラルホルンと取引をした。なあ名瀬よ。物事には順序っつぅもんがある。そいつを踏まえずにガキらに好き放題やらせて親に恥かかせるつもりか?ああっ!?」
「まあ、いいじゃねぇか。結果として断ったんだ」
「この先この件で親父に迷惑をかけるようなことがあれば鉄華団は切ってくれて構わない。オルガはそういう覚悟です」
「そんなガキはどうでもいい。てめぇはどうすんのよ?」
「その時は……俺が腹を切ります」
「……チッ。おやじ。俺は俺でテイワズの為に動きますよ」
「ああ。どう転んでもいいよう打てる手は打っておいてくれ。いままで通りな」
そこで話は終るとジャスレイはそのまま部屋を出ていく。中庭に出たところでアミダと遭遇した。
「何かいい事でもあったのかい?悪い顔してさ」
「絡んでくるとは珍しいじゃねぇか。名瀬に愛想を尽かして俺に飼われる気にでもなったか?」
「まさか。冗談でもやめとくれ」
「女とガキを使ってのし上がる軟派野郎のどこがいい?」
「女を女としか見てないあんたにはわかんないだろうね。名瀬は私らを使ってるんじゃない。居場所になってくれてるんだよ」
「そりゃいかにも女が言いそうなことだな」
「タービンズにいる子はみんなあんたみたいな男に使われてた連中さ。危険な運びの仕事を割に合わない安い金でやらされてね。そういう子を名瀬が自分の器量で抱き込んでできたのがタービンズさ。あんたの器じゃその違いが分かんないだろうけどね」
「俺は自分の女をモビルスーツに乗せるようなバカじゃねぇからな」
「ほ~らやっぱりわかってない」
アミダが話していると後ろから名瀬が姿を現した。
「悪い待たせたな」
「あんたを待つのも私にとっては楽しみの一つさ」
ジャスレイを軽く睨みつけながらアミダに問う。
「オルガは?」
「おとなしく待ってるよ」
部屋に入るとオルガは深々と頭を下げる。
「すんません!」
「な~に謝ってんだ。おやじがマーズ・マセと話して決めたことにお前が乗っかっただけだろ」
「そうですが、兄貴に迷惑を……」
名瀬は勢いよくデコピンを決める。
「これまでも散々かけてきただろうが、今更殊勝になるんじゃねぇ」
「ここからは背中にも気を付けないとね」
「前に言っていたジャスレイって男ですね」
「ああ、テイワズの幹部連中の考えは一つじゃねぇ。何か仕掛けてくると思っておいた方がいい。ああ、そうだ……ビスケットほれ、結婚祝いだ」
「あ、ありがとうございます」
「そうだ、サブレに伝えておいてくれるかい?「また訓練に付き合ってやるよ」ってね」
「初めて腕前を拝見することになりますね。その大仰な仮面がはったりではないことを祈ります。そういえばあなた言ってましたね。誇りの為に戦ったお知り合いがいたと、ではあなたはなんのために戦うのですか?」
「……復讐」
「ラスタル様から与えられた重大な任務だぞ!くだらぬ私語は慎め!いざ出撃する!」
ジュリエッタがヴィダールに尋ねる中イオクは張り切っていた。
「ようチャド。地球に居る間に随分腕を上げたじゃねぇか」
「おやっさんの整備のおかげだよ。ランドマン・ロディすげぇよかった」
「生言いやがって。まっこれからまたよろしくな」
雪之丞はチャドの肩を軽く叩くとそのまま行ってしまう。チャドは違和感を感じて軽くにおう。
デクスターは農場の運営の引き継ぎ作業をバーンスタイン商会に預けていた。
「これで農場の運営引き継ぎにかんする契約は完了ですね。すべてをお任せする形になってしまい申し訳ありません」
「でも、残念です。あそこでここの子達とかかわるのは社長にとって大切な時間でしたから」
「ファミリアが立ち上げられるまでの我慢ですから」
アトラとクーデリア、三日月とサブレとビスケットハッシュはご飯を食べたりしながらたわいのない会話をしていた。
「大変だね手続きとかって。私だったら頭こんがらがっちゃう」
「三日月さん!サブレ隊長!おかわり持ってきましょうか?」
「いいよ」
「いらない」
「でも……」
「戻ってきてから三人ともなんだかずっと一緒にいるね。地球で何かあったの?」
「俺、三日月さんとサブレ隊長についていくって決めたんで」
「迷惑なんだけど」
「そういうなって」
「気にしないでください」
「随分なつかれましたね」
「ほんと迷惑」
三日月が迷惑そうにしている。
「農場は三日月の夢でしたよね?なら……いえ。分かりました。あなたの夢は私が責任を持ってお預かりします」
「よろしく……」
「じゃあ、三日月はちゃんと返してもらわないとね」
「ハッシュ、飲み物」
「はい!今すぐ!」
「サ、サブレはこき使うことに全く抵抗がないよね」
「使える者は使わないとな」
「なんなの二人とも」
たわいのない話をしているとチャドが部屋の中に入ってくる。
「なあなあ、おやっさんどうかしたのか?」
「どうかって何が?」
「臭くねぇんだよ」
ビスケットの問いにチャドが驚きを交え問うと全員が答える。
「そういえばメリビットさんと付き合ってから変わったよね」
「だな。前まで臭いで鼻が曲がりそうだったのに……人間付き合うと変わるってことか……兄さんみたいに」
「どういう意味?」
「えっ、ええ~~!?」
チャドの驚きが建物中に聞こえた。
昭弘と昌弘とライドは部屋の外でいまだトレーニングを行っていた。
「あまり無理するな、飯も食わずにトレーニングなんて」
「今日の飯、俺の嫌いな豆のシチューだし……それに……今は無理でも無茶でもします。年少組の奴らを引っ張っていくのはこれからは俺だから。地球に残ったタカキには負けらんないんです!」
「だったら余計にちゃんと食ったほうがいいじゃない?兄貴みたいになってからじゃ遅いよ」
「おい昌弘」
三人が話し込んでいるとチャドが走って来た。
「昭弘!聞いたかよ?おやっさんとメリビットさんが付き合ってるって!」
「知らなかったんすか?」
「ああ。お前が地球に行ってる間だったか……」
「なんだ?みんな知ってんのか?なんで教えてくれねぇんだよ!」
「そんなことで驚いてどうするんすか。ビスケットさんとアトラさんなんて結婚したのに、なあ……ライド」
「そうそう」
すると昭弘も驚きの表情に変わった。
「あ、あの二人……結婚したのか?」
「兄貴も?」
「昭弘さんも?」
「え……ええ~~!?」
再びチャドの悲鳴に近い声がこだました。
「今後ギャラルホルンとの連絡役をやることになったビスケットです」
「ああよろしく。まずはアーレスの責任者である新江・プロト本部長を紹介する」
「分かりました。今後はほかのメンバーも連絡役になる予定です」
ビスケットは石動と今後の話をしていた。
「本当にいいのか?この桟橋を君たちに提供しようというのに」
「いいんです。こんなところに入れるような戦艦はうちにはありませんから」
「制裁を受けろ!」
イオクの攻撃は明後日の方へ行き、敵のモビルスーツは避けるまでもなく突き進む。
「避けたか……なかなかやるな!」
敵からの攻撃をイオクはちゃんと回避する。
「この俺と互角とは!」
イオクと敵モビルスーツとの間にジュリエッタが割って入ってくる。
「邪魔をするなジュリエッタ!」
「邪魔なのはイオク様です。下がっていてください」
「イオク様はお下がりください!」
イオクの部下が複数人でイオクを守りながら戦っている。すると、アリアンロッド艦隊の船から一つの機体が姿を現した。
「あの機体は……味方の登録コード?あれが……」
ジュリエッタの前にヴィダールが姿を現した。
「さあ、お前の待ち望んでいた戦場だ」
「機体名がヴィダール?自身と同じ……自らをモビルスーツと一つにし本来の自分を捨て去ろうというのですか?復讐のために」
ヴィダールは三機のモビルスーツからの攻撃をきれいに回避して見せると、そのまま近づきレイピア的外見のバーストサーベルであっという間に仕留める。さらに増援が二機現れるとバーストサーベルの刃をパージし、攻撃を回避し、足を変形して仕込んでいたナイフでさらに仕留める。そして、刃を入れ替えると、そのままバーストサーベルをモビルスーツに突き刺す。
「綺麗……でも、あの人の戦いは……」
ジュリエッタは素直な感想を抱きながらも、それでもサブレの戦いを忘れられずにいた。
敵のモビルスーツはヴィダールに照準を合わせられず、ライフルとバーストサーベルを併用して着実に数を減らしていく。左右から艦隊のミサイルによる挟撃がくるが、ヴィダールはライフルでそれらを一掃すると今度は艦隊を沈めてしまう。気が付けばすべての敵を片づけてしまった。
「あなたの強さははったりではありませんでしたね」
「ありがとう」
「復讐とは本来黒く汚らわしい感情のはずです。ですが、あなたの太刀筋はとても復讐を起因としているとは思えませんでした。強くてとても美しい」
「ああそうか。忘れていた。今はただこいつと戦うのが楽しかった」
「本当に変わった人です」
「そうか?で、どうかな?黒い彼と比べて」
「……彼の戦いはまっすぐで……とても………人らしかったです」
「そうか……人らしいか。私や彼の戦いとは別なのだろうな」
ヴィダール達が帰投している姿をゼパルがこっそりと見つめていることには彼らは気が付かなかった。
「イオク・クジャンか……」
「で?何?話って」
ビスケットは三日月とサブレを部屋に呼び出した。
「地球で戦ったガンダムフレームの事は覚えてる?」
「うん、確かイラクっていう人物だよね?」
「そういう名前だったけ?」
「そのイラクっていう人なんだけど……今のイシュー家にはいないことが分かったんだ」
ビスケットは端末を動かし、ある時代のデータを表示させる。
「これは……」
「イラク・イシュー……厄祭戦時代の人物だ。厄祭戦でアグニカ・カイエルと共に戦った男で、ゼパルの最初のパイロット」
「じゃあゼパルは……イシュー家の機体?」
「うん……そのはずなんだけど………ゼパルは百年前に行方不明になってるんだ。それ以来行方知れずになってる」
「だからイラクの名前を名乗ったってこと?」
「分からない……」
「でも……もし三百年前の人間だとしたら厄祭戦の亡霊だな」
しかし、着実に真実に向かって歩き始めていた。
アルミリアはマクギリスの膝で眠っている。ふと目を覚ますとマクギリスが紙でできた本を読んでいることに気が付いた。
「あっ…またそのご本を読んでいたの?」
「ああ、この中に書かれたアグニカ・カイエルの思想に私は救われた。人が人らしく生きられる世界を築くためギャラルホルンを作った英雄。私がファリド家の生れでないことは知っているね?」
「子供の頃にイズナリオ様に引き取られたって前に……」
「当時は卑しい生まれの子供だと蔑まれ幸せなど、どこにも存在していなかった。この世を呪い、自ら命を絶とうと思ったこともある」
「マッキー?」
アルミリアはマクギリスの話をどこか理解できずにいた。
「この本を与えてくれた人が私に教えてくれたんだ。おかげで思いとどまれた。アグニカは実現しようとしていた。人が生まれや育ちに関係なく、等しく競い合い望むべきものを手に入れる世界を。素晴らしいと思わないか?」
「ごめんなさい。私にはよくわからない……」
アルミリアを優しく抱くマクギリス。
「それは誰にも反対されることもなく、愛する者を愛せる世界のことでもある」
「その世界ではまだ子供だと言って誰も私の事を笑わない?」
「ああ」
「子供の婚約者がいるってマッキーをバカにする人もいない?」
「もちろん」
「私行きたい!そんな世界に!」
「ああ。私が連れて行ってあげるよアルミリア」
(その世界への扉をこの手で開ける時が来たんだ……私を救ってくれたイラク様の為にも)
たった一人の野望が静かに渦を巻きまじめていた。
どうだったでしょうか?いろんな意味で衝撃の話だったと思います。ビスケットの結婚は別壱の途中から考えていました。今回はイラクが予想以上の仮説が現れましたね。イラクは本当に別ではかなり重要な人物になります。次回はいよいよハシュマルがが目を覚まします。
次回は『目覚める厄祭』です!楽しみに!