鉄華団本部との連絡が取れないまま、SAUとアーブラウとの戦争に巻き込まれる地球支部。アーブラウ・SAU両軍がにらみ合う国境地帯バルフォー平原。先頭は不幸な事故をきっかけに始まった。威力偵察に出たSAUの偵察機がモビルスーツのエイハブ・リアクターの干渉を受けて墜落、モビルスーツが戦場に出るほどの事態だとは思わなかった。
SAU側の戦力は実戦経験のない防衛軍とギャラルホルン・SAU駐屯部隊、そして地球外縁軌道統制統合艦隊からの派遣部隊との混成軍だった。対するアーブラウ側もやはり実戦経験がゼロの防衛軍と鉄華団。作戦参謀にガラン・モッサと呼ばれる人物が参加していた。平原のあちこちで散発的な消耗戦が繰り広げられてもう半月余りが過ぎた。
モビルワーカーで戦闘に向かうタカキは不安を抑えきれずにいた。
(違う……何かが違う。俺たちはこれまで幾度となく戦ってきた。そのどれとも違う)
戦場ではランドマン・ロディがまた一機コックピットをつぶされてしまった。また一人尊い命が失われていく中アストンが機体を走らせる。
一進一退の攻防が続くなか、マクギリス達はアーブラウ側の思いもよらない抵抗に焦りを感じ始めていた。
「落とし所が見えないな」
「はい。武力介入して一気に事態を収束させるつもりが……」
「予想だにしませんでした。まさかアーブラウ側がこれほどまでの抵抗を見せるとは」
ギャラルホルンからすればアーブラウがここまで抵抗するとは当初は予想すらしていなかった。鉄華団のおかげで戦いが平行線をたどっていくことに、少なくとも焦りが見え始めた。
マクギリスは今一度作戦基地に戻り、部下と共に解決策を図ろうとしていた。
「准将。正規の外交ルートでの解決を図った方がよいのでは?」
「それができるなら苦労はしないだろう。アーブラウの蒔苗代表が意識不明。外交チャンネルは何者かによって閉ざされギャラルホルンのアーブラウ駐屯部隊も動きようがない。だからSAUは我々に紛争の調停を求めてきたんだ」
「しかし、このままでは埒があきません。おかしいですこの戦い。いまだに決着がつかないなんて……」
「確かに見事な戦術だ。大規模衝突を避け、局地戦に終始、戦力の分散投入と撤退のタイミングにはある種の才能を感じる。特に、指揮能力はないが機動性に優れた鉄華団の特性をいかして手足のようにコントロールしている」
今だ正体のつかめない指揮官を褒めつつ、対策がいまだ出てはこなかった。
「アストン!敵の援軍だ。数は3!」
「撤退する。命令はここまでだ。あとで迎えに来る」
アストンは亡くなった仲間に迎えに来ると約束し、撤退していった。しかし、アーブラウ防衛軍との仲はうまくいってはおらず、一機のモビルワーカーが独断で動き出す。
「こっちも撤退するよ……戻れ!深追いするなって命令だろ!」
「うるさいクソガキ!やらなきゃこっちがやられるんだ!」
そして一機のモビルワーカーがまた落ちる。
「そして不鮮明な開戦理由を逆手に取り、見事な膠着状態を成立させた。つまりそれが目的か」
マクギリスは敵の目的に気が付きつつあった。
「これで12人目……」
シートのチャックを閉め、タカキはそっと目を閉じた。すると、どこからとなくガランが姿を現した。
「俺にも別れを言わせてくれ。勇敢なる鉄華団の若き戦士に」
すると、ガランはエナジーバーのようなものをタカキに渡そうとする。
「食うか?」
「あっ……いえ」
「辛いな。だが、ここが踏ん張りどころだ。実働部隊の実質的な隊長はお前ら二人だ。素人のアーブラウ防衛軍を率いての戦いはきついだろうが、これからも頼むぞ」
しかし、そんなガランの言葉とは裏腹に兵士たちの疲労は確かに蓄積されていた。
「俺達もう何日戦ってるんだ?」
「みんなお疲れ」
タカキとアストンがテントに戻ると、みんなは不安そうな顔をする。
「なあタカキ、これっていつまで続くんだ?俺達って勝ってんの?負けてんの?」
勝っているのか、負けているのかがはっきりわからない戦争の状況は兵士たちの士気を著しく下げていた。
タカキは何とかみんなの士気を下げまいと努力する。
「ガランさんはこっちが優勢だって言ってたよ。ラディーチェさんも火星の団長が喜んでるって……」
「つかなんなんだ?この戦い。お互いに大隊規模、千人以上も兵士いんのにちょろちょろ小出しに攻撃して、いいところで退却。意味わかんねぇよ俺」
タカキは言葉が出なかったが、アストンが代わりに答える。
「余計なことを考えてんじゃねぇよ。今は食える時に食って、寝れるときに寝とけ」
「わ……わかってるよ」
「急にしゃべんじゃねぇよ。ビビったわ」
アストンとタカキはモビルスーツの前でご飯を食べながら話をしていた。
「みんなの思いはさ、俺の思いでもあるんだ。もう何年も戦ってるような気がするよ。ついこの前までフウカとアストンとあの部屋でご飯食べてたのか。夢みたいだ。ねぇアストンは何も感じない?この戦いは今までと何か違う。俺最近ずっとそれが頭から離れなくて。もちろん、理屈ではわかってる。けど、俺は今何をしてるんだろうって、時々見えなくなるんだ」
しかし、タカキ達に休息の暇は与えられず、すぐに出撃の命令が下った。
「伝令です!出撃命令です!すぐに指令所まで来て……」
「無理だよ!夕べから戦い詰めで、みんなまだ疲れ切ってて……」
「けど、ガラン隊長の命令で……」
その言葉にタカキが立ち上がる。
「隊長!?いつからガランさんが鉄華団の隊長になったんだ!!」
「いや……その………なんとなく、最近みんな作戦指揮してんのあの人だから……」
「分かった……ごめん、すぐ行く」
また戦いが始まろうとしていた。
「随分ご執心ですね。またこのえこひいきにかかりっきりで。一体いつになったらできるんです?これ」
ジュリエッタはいまだ完成しない機体の調整をしていたヴィダールに話しかけた。
「こいつはシステム周りが少し独特でね。地球外縁軌道統制統合艦隊が苦戦しているそうだな」
「当然です!なんといっても髭のおじ様が指揮しているのですから!おじ様はラスタル様の信任も厚い、天性の戦術家。組織戦でおじ様に勝てるものなど……」
「一人いたと聞いたことがあるな」
「誰ですか!?」
「たしか……マハラジャ・ダースリン。ギャラルホルンにかつて存在した天才と呼ばれた男だったか……。まあ、どのみち油断はできないだろう。相手は統制統合艦隊の新指令だ」
「ご存じなのですか?ファリド公を」
「さあ?」
「あなた……何者なのですか?」
「ふむ……なんなのだろうな」
「したり顔で調停に乗り出したはいいが、マクギリスめ手こずっているようですね」
「苦しい所だな彼も。何せ経済圏同士の初の武力紛争だ。全世界がその結末に注目している」
「戦闘が長引けば長引くほど、奴の築いた権威も名声も地に落ちる。ははっ!泣きっ面が目に浮かぶようですよ。しかし、さすがラスタル様のお手配。あの男、大した采配です」
(マハラジャが死んでいる以上もう邪魔できる人間もいるまい)
鉄華団が交戦に入ったころ、ユージンとビスケットはいまだ地球支部との連絡が取れずにいた。
「ああ、相変わらずだ。地球支部とは全然連絡がつかねぇ。ったくアリアドネが使えるようになったってのに、これじゃあ意味ねぇよ」
「そっちは何か情報が入った?あの人から……」
「ああ、なんとかな……。地球支部で作戦指揮を執っている人物はガランっていうらしい。でどうも、そいつが今回の黒幕だ」
「熱心だねぇ毎日毎日」
「ったく、それ以上ガチムチんなってどうすんのさ?」
「ほっといてくれ。俺の趣味……だ!」
ラフタは小さくため息を吐く。
「気持ちはわかるけどね。まっそういうの私は嫌いじゃないけど」
三日月たちは食堂で飯を食べていた。
「心配だね蒔苗のおじいちゃん」
「でも容体はニュースで分かります。チャドさんは生死すら……」
「情報入んないからね」
「地球に着きゃ嫌でもわかるさ。ジタバタすんのはそれからでいい」
すると、ハッシュが食堂に入ってくる。
「サブレ隊長!獅電のシュミレーション終わりました。次は何をすればいいですか?」
「使った獅電の整備は?」
「それはやりました」
「筋トレは?」
「それもやりました」
「だったら休め」
「俺地球についたらモビルスーツ戦初陣なんですよ!?今のうちにやれることをやっておきたいじゃないですか!だから……」
「だからこそだ。今休まないと休めないぞ」
すると、ユージンが立ち上がる。
「サブレの言うとおりだ。いいかお前ら!あれこれねちねち考える暇があったらきっちり寝とけ!見えない明日で今日をすり減らすんじゃねぇ!たとえ明日が地獄でもそんときゃてめぇらの力でしぶとく生き延びようぜ!それが鉄華団だ!」
ユージンがかっこよく決める中、キッチンでビスケットは食器を洗いながらクスクス笑う。
「頼もしいですね副団長」
「オルガの真似をしてるんだよ」
フウカはチャドのお見舞いに来ていた。
「こんにちはチャドさん」
チャドは何とか一命をとりとめてはいたが、しかし意識が取り戻せずにいた。
「あら。また来たの?」
「あの……チャドさんは……」
「昨日と同じよ。あなた達が前にいた火星とは違って地球式の再生治療は時間がかかるから。勿論その分きれいに治るのだけどね」
フウカは家に帰ると、三人で取った写真を確認する。
「いいのかな?私これで……おにいちゃん……元気かな……」
「タカキが!?」
「敵の陽動をくらってモビルスーツの真ん中に……」
「出せるモビルスーツは全部出せ!とにかくスピード優先だ。急げ!」
すると、一機のモビルスーツが素早く戦場に向かった。
「誰だ!?」
「速ぇ!」
「あれってガランさんのゲイレールか!」
タカキのモビルワーカーが危機に陥ると、ゲイレールがモビルスーツに攻撃を仕掛けた。そして、素早く機体をたたく。
「間に合ってよかった。お前を失ったらアーブラウ全軍は総崩れだ」
「……助かりましたガランさん」
「お前にはすまないと思っている。だがここが踏ん張りどころだ。俺たちの勝利は近い。もうすぐ家に帰れるぞ!その為にあと少し俺の無理を聞いてくれ!」
「……はい」
ガランの言葉にそそのかされるタカキ。
(俺は今何をしてるんだ?)
「やっと着いた~」
鉄華団はようやくの思いで地球にたどりついた。
「これが地球かぁ」
「遅いな。地球を目の前にして何ちんたらしてんだ」
「うん。なんかあったみたいだね」
ビスケットは鉄華団の代表として、シャトルの着陸の許可を出そうとしていた。
「どうしてですか!?どうしてシャトルの着陸を認めてくれないんですか!」
「現在アーブラウは非常事態宣言を発令中です。すべてのシャトル発着場への着陸許可は出せません」
「ですが、俺たちは鉄華団です。軍事顧問として国境紛争の援軍として……」
「申し訳ありませんが、いかなる例外も認められません」
そういうと通信を切られてしまう。
「どうすんだ団長代行」
「サブレ達三番隊に連絡を……仕方がない、サブレは例のプランで。俺たちは俺たちで降りよう」
「アーブラウ宇宙港から報告がありました。ホタルビは軌道ステーションを出港し立ち去ったそうです」
「予定通りだな。これ以上子供が増えられても面倒だ」
「それと追加の連絡です。先ほど大気圏をデブリが突破したとのことで、まあ、戦場から離れていますし、問題ないでしょう。デブリ帯を漂っていた戦艦が落ちたという報告です。しかし、見事なお手並みですね。あの跳ねっ返りどもを手なずけるとは」
「まあ、デブリの方は駐屯部隊に任せるか。しかし、君の言う通り彼らは獣だな。犬と同じで、餌をやってたま~に頭をなでてやれば何も考えず主人の命に従う。特にアストン。あいつは面白い。そうかヒューマンデブリとはああいうものだったのか」
「タカキの言っていた今までの戦いと違うって俺達団長以外の奴の命令で戦うの初めてだからそれで……違うか?」
タカキ達は寝ながら話をしていた。
「ありがとう。そうだね、確かにその違和感はあるよね」
「あるのかやっぱり。俺は別に誰の命令でもいいけど。ヒューマンデブリは戦うのが仕事だから」
「なんだよそれ!昔とは違うんだ!命令とかじゃない。俺たちは自分の為に戦っていいんだよ!……時々怖くなるんだ。アストンを見てると、そりゃ鉄華団の仕事はいつだって死と隣り合わせで、今が絶対に死なないなんて言いきれる状況じゃないのもわかってる。けど、死を最初から受け入れるのだけはやめてほしいんだ」
「それは……」
「ガランさんはすごい人だよ。あの人にはこの戦いの全体が見えてる。あの人に従っていればきっと勝てる。あと少しで家に帰れるんだよ。絶対生き延びて一緒に帰ろうアストン」
「お考え直しください准将!」
マクギリスが出撃体制をとると部下がそれを止めようとする。マクギリスはグレイズリッターのコックピットにいた。
「膠着状態のままもう一月だ。これ以上戦局を長引かせると今後に大きな禍根を残す」
「しかし、何も准将自ら……」
「心配するな。無理はしないさ」
マクギリスの出撃の報告はすぐにガランの耳元に届いた。
「何?マクギリスが出た?そうかしびれを切らしたか。奴の地位も名誉も帳消しになるまで、何年でも遊んでやるつもりだったが……俺のゲイレールとお前たちのシャルフリヒターをすぐに用意しろ。それと!鉄華団をたたき起こせ!」
全員が出撃体制を整える。
「いいか!これが最後の戦いだ。敵の大将の首を取って勝利の美酒に酔いしれるぞ!」
「これが最後なら隊の指揮なんていらないだろ?俺が行く」
「サブレ隊長!予想通り動きました」
サブレは三日月とハッシュと共に小高い丘の上で、戦場を見下ろしていた。ハッシュからの報告で戦場の大まかな場所を特定していた。
「しかし、まさかデブリにまぎれて先に戦場に降りてくれなんて注文されるとは思わなかったよ」
「でも、おかげで間に合った」
「だな……行くぞ!」
どうだってしょうか。数話ぶりに話にマハラジャが出てきましたが、彼の正体はいずれ明かすつもりです。まあ、薄々感づいている方もいるでしょうが……。
次回のタイトルは『友よ』です!