無限の欲望と呼ばれる夏   作:ドロイデン

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 管理局にも休日は存在する。新進気鋭エース・オブ・エースの所属する機動六課といえども例外ではない。

 

 その仕事柄、毎週土日二日とは流石にいかないが、それでも緊急時を除けば週に半日から一日程度の休みを取れないということはまずない。

 

 そんなことになればモチベーションはおおいに下がり、ただでさえ人手不足な管理局を辞職する人間があとを絶たなくなってしまうからだ。

 

 そんな六課の休日……といっても部隊全体を休みにするわけにいかないためスターズチームのみ休みだったその日、ティアナはスバルからの外出の誘いを断ったティアナは、六課からさほど離れておらず、かといって近くもないとある倉庫の一つにやって来ていた。

 

「……来たわね」

 

「えぇ、早速アンタがいう技術の特訓をさせてもらおうじゃない」

 

 そこに居た奴……簪は私が倉庫のなかに入ったのを確認すると、その入り口を完全に閉じた。

 

「ここの中は魔力を通さない特殊な結界魔法が掛かってる。だからある程度なら魔法の練習はできる」

 

「そういうのはどうでも良いわよ。で、いったい何をやるの?」

 

 そう聞くと彼女は椅子を差し出してきて、それに座るように促してきた。

 

「……これは?」

 

「やることは幻術のスキル強化、単純だけど立ってると長時間保たないから座ってやる」

 

 長時間という言葉に疑問を思うが、とにもかくにも座ってやる。

 

「まずはデバイス無しの幻術で自分のを1体産み出して」

 

「1体だけ? 複数じゃなくて?」

 

「それはさらに上の段階。まずはその前段階」

 

 言葉少なく言うことに不満を覚えたが、言われた通りに幻術『オプティック・ハイド』で自分を1体産み出す。

 

「次にこの幻術を一時間、この倉庫の中を周回で走らせ続ける」

 

「……それって意味あるの?」

 

「当然」

 

 言ってることが良く分からないが、とにかく言われた通りに幻術の私をいつもの自分のように動かし、走らせていく。

 

(……意外と難しいわね、これ)

 

 最初こそ簡単に思えたが、十分、二十分と経っていくうちにこの訓練の難しさが分かってくる。

 

 幻術は文字通り自分自身の幻を産み出す魔法。実践ではそれを使ったデコイ……詰まるところ囮に利用するのだが、自分や他人そっくりに作るとなればかなりの魔力を使う。

 

 そしてそれを動かすとなれば、さらに的確な魔力運用と動作技術が求められる。幻術がレアスキルでありながら不遇なのはこれが一番大きい。

 

 そしてそれを座った状態とはいえ一時間もぶっ続け、正直魔力調節をしっかりやりつつ幻術の形を崩さない、そして同じ動作を回りからみてバレないようにするのは確実に技術がいることだった。

 

「どう?」

 

「……思ったよりも簡単ね、この程度が貴女の言う技術だったら拍子抜けよ」

 

 が、心が読まれてる事を分かっていても強がって答える。こうでも言わなければ自分が弱いと認めるような気がしたから

 

「勿論見てやれば簡単、けど目隠ししてやるとなったらどう?」

 

「……は?」

 

 が、まさかの言葉に唖然とするが、次の瞬間なんとアイマスクのようなものを取り付けられてしまった。

 

「はい続きをやる」

 

「ッ!!」

 

 いきなりのことで驚くが、今までの動かし方と倉庫の広さを思い出そうと――

 

「今までの動き方を思い出そうとするのは論外、これの意味を自分で見つけて」

 

 ――した瞬間にダメ出しを貰う。だがどう見つけろと言うのかがさっぱり分からない。

 

「幻術は確かに幻、けど同時に偽りでも自分自身」

 

「偽りでも自分自身……」

 

 いったい何を言ってると思ったが、その答えはすぐに分かった。多分この人が言いたいのは

 

(幻術は偽りでも自分自身……つまり意識を同調することができれば向こうの視界が見える)

 

 昔、学校の文献で読んだ幻術の派生技術、基本的には幻術と大差はないが、それ自体が意識をもって行動し、術者と情報の共有と一時的な戦闘能力をもつ『分身』の特異技術(レアスキル)。彼女が教えたい技術とは恐らくそれの事だ。

 

「考えてることは正解。幻術以上に使用する魔力の量は桁違いに増えるけど、同時にそれ相応のリターンをもたらしてくれる」

 

「けど、私の魔力量はそこまで……」

 

「魔力は普段から使えば使うほどに量は着実に増えていく。流石に一番増えやすい時期は過ぎてるからそこまでじゃないけど」

 

 だからやってみろ、そう続ける彼女の言葉に私は自然と笑ってた。なぜかは分からない、でも、けど確実に自分は強くなれる、あの頃の無力だった自分を超えられる、そんな気持ちになれた。

 

 しかし十分と経っても上手く行かず、やがて魔力が殆ど空になってしまい変な虚脱感に襲われた。

 

「む、難しい……」

 

「最初からできるほど甘くはない、けど筋は悪くないから鍛練あるのみ」

 

 そう言うと簪はシャッターを開けて外に出る。

 

「あ……」

 

「今私が教えられるのはこれだけ。けど、今教えたそれが、貴女を確実に『()()()()()()()()』たらしめる力になってくれる」

 

「ッ!! あなた兄さんの事を!!」

 

 聞こうとした瞬間、すでに彼女はどこかへと転移してしまっていて、残された私は彼女が居た場所をただ眺めるだけだった。

 

 

 

 ……???side

 

 ミッドチルダの繁華街、そのうちの一つのバーのカウンターで管理局のとある男は安いウィスキーを飲みながら物思いに耽っていた。

 

「……相変わらず、そんな安酒を飲むんだな」

 

 そんな男のに、ジャケット姿の男が声をかける。男は驚いたように顔をジャケットの男に向け、信じられないという風に目を見開いていた。

 

「……生きてたのか」

 

「運が良かっただけに過ぎない、現に俺の部下の一人は命を落とし、もう一人は娘を残して未だに目を覚まさないのだから」

 

「……そう、か」

 

 管理局の男は悔しそうにグラスを握る。ジャケットの男も頼んだ酒のグラスを傾けながら一気に煽る。

 

「……来る途中、アイツの娘に会った」

 

「……そうか」

 

「……」

 

「……」

 

 お互いに沈黙し、重い空気がカウンターにのし掛かる。

 

「……なぜ聞かない」

 

「お前がどうして奴らと繋がり、あのジェイル・スカリエッティと繋がりを持ったことをか?」

 

「そうだ、お前には俺を糾弾する権利があるし、ワシはそれを甘んじてる受ける覚悟もある。なのになぜ」

 

「……俺もそれを知ったから……いや、知ってしまったからだ」

 

 ジャケットの男はグラスを置くと宙を見上げる。

 

「お前は変えたかったんだろ。管理局を、いや、管理世界の法を」

 

「……」

 

「幾ら人手不足とはいえ、アイツの娘と同い年ぐらいの子供が、自分達大人を守るために傷つく世界を変えたい……そう考えたんじゃないのか?」

 

「あぁ、そうだ。だが、その為に産んだ犠牲は、何人もの若き優秀な魔導師達を切り捨てたその事実は変えられん」

 

 かのエース・オブ・エースと名高い高町なのは、ロストロギアを担う八神はやて、彼女たちにしても元は管理外世界出身だというのに、正義のためと幼いながら管理局に所属した。他の選択肢もあったはずなのに。

 

「そして奴らの存在を知ったとき、ワシは疲れてしまったよ。所詮ワシらも結局はコマに過ぎなかった、それだけの事実は年老いたワシには堪えた」

 

「……ならば力を貸せ」

 

 ジャケットの男はそう言うと、懐からとあるメモリーを取りだし、管理局の男に差し出す。

 

「これは?」

 

「奴らに対抗するための武器、そしてその理論が書かれている。お前が信頼する所にでも預ければすぐにでも取りかかれるだろう」

 

 そう言うとジャケットの男は立ち上がり、代金を払うと立ち去ろうとする。

 

「……戻ってくるつもりはないか、ゼスト・グランガイツ」

 

「……戻れると思うか? 奴らの存在を知ってる俺が」

 

「フ、昔の強引さは何処にいったんだろうな。少なくとも昔のお前は、目的のためなら手段は選ばん、そんな堅物で一直線なやつだったぞ」

 

 男は立ち上がり、メモリーを手に取ると簡単にそれを握りつぶした。

 

「……良いのか?」

 

「構わん。ワシ……いや、俺には最高の部下が居るからな」

 

 頼んだぞ、そう言って管理局の男は彼の肩を軽く叩き、去っていく。

 

「……お前も変わらないな、レジアス」

 

 数日後、管理世界にゼスト・グランガイツの帰還と、それと同時に管理局地上本部司令官レジアス・ゲイズ直属の部下となった報せが駆け巡ることとなった。


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