無限の欲望と呼ばれる夏   作:ドロイデン

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sts第二章 盾と刀と簪
番外編 狼になりたかった羊より


 更識簪にとって布仏本音の第一印象はどうでもいいだった。

 

 魔法の適正で一族から白い目で見られ、どうしてもと頑張っていたあの頃に付けられた従者……正直いってしまえば居ても居なくてもどうでもいいと思っていた。

 

 常に眠たそうに笑って、お菓子を食べるか本を読んでるかどっちかの彼女なんかに、落後者という烙印を押された私の気持ちや努力などわかるものかとも思った。

 

 そんなある日、何時もマイペースでのほほんとしてるが、時間は意外と守るそんな従者が朝起きても側に居なかった事に不審に思った私は、本音が寝起きしている部屋へと向かってみた。

 

 部屋はなんというか雑多で、女の子らしい部屋という感じに乱雑に散らかった布団や本があったが、何となく……ほんの少しだけ違和感を感じた。まるでわざとこういう風にしているのではないか、と。

 

 結局自分の部屋に戻ってみれば何時も通りに彼女はのほほんとしていて、気になった私がバカじゃないかと思うほどにマイペースだった。

 

 それから一週間が過ぎて、また本音が時間を守らない日があった。前の経験からすぐに部屋に来るだろう、そう思って一人で魔法の練習をしていたのに、十分、二十分と経っても今度は全く来なかった。

 

 何事かと思い、再び本音の部屋に行って見たものは口から血を流して倒れてるうえに、息を荒くしてる彼女の姿だった。

 

 私は思わず悲鳴をあげた。いくら暗部の娘とはいえ当時はまだ小学校低学年、某小学生探偵みたいに流血沙汰を見て冷静な反応ができるわけがない。

 

 その後すぐさま本音は更識の息がかかった病院へ搬送され、私も第一発見者として一緒に病院へ向かったのだった。

 

 

 本音が目を覚ましたのは病院に到着してから1時間後、私は病院に備え付けられていた椅子に座って本を読んでいた時だった。

 

「あれ~かんちゃんどうしたの~」

 

「……」

 

 ここにきてまでマイペースを崩さない従者にキツいジト目をぶつけると、本音も流石にばつが悪いようで表情を普通に戻す。

 

「本音、なんで毒を自分で打ったの?」

 

 医者曰く、本音が吐血したのはかなり危険な毒物で、致死量ギリギリに止められてから良かったものの、1歩間違えば死んでもおかしくない程だったという。

 

「……そういえばかんちゃんが読んでるのって、私の本だよね?しかもお気に入りの」

 

「誤魔化さないで。それにこの本は一応本音が退院するまで暇だろうから持ってきただけ」

 

 まぁ流石に絵本じゃなくて単行本の『あらしのよるに』を読んでるとは思わなかったけど。

 

「……う~ん、私は結局羊だからね~」

 

「羊?この本の?」

 

「うん、だって私はかんちゃんを守る力が何もないから」

 

 あっけらかんに言う本音に私は思わずイラッとした。何が羊だ、どうせ魔法技能も私より――

 

「そもそも私は、魔法が使えないから」

 

 まさかのその言葉に私は愕然とした。嘘だ、はったりだ、更識の従者が魔法を使えないわけがない、そんな否定ばかりが脳裏に浮かぶ。

 

「私ね、生まれつきリンカーコアが無いんだって……だから魔法を使うことができないんだ」

 

「……なら、なんで私の従者に?」

 

「う~ん、お父さんが言うには落ちこぼれ同士で傷を舐めあえって事じゃないかな」

 

 落ちこぼれ……本音自身の言葉じゃないにしろ言われてうれしい言葉ではない。寧ろ私に対する侮蔑しか込められてない言葉だった。

 

「私は別に落ちこぼれでも良いって思ったんだけど……かんちゃんを見てたらそんな風じゃダメかな、って」

 

「私を見て?」

 

「だってかんちゃん、更識の人達から教えてもらえないのに、自分一人で努力してたでしょ?武術も作法も、それに魔法も」

 

 意外だった。いつも私が一人で頑張ってた時本音は何時も本を読んだりお菓子を食べたりしていた……それが実はちゃんと私の事を見ていたとは思えなかったからだ。

 

「だからかな~かんちゃんの従者なら、もっとしっかり何かができるようにならなきゃって思ったのは」

 

「……もしかして、それで毒を?」

 

「落ちこぼれでも蔵書を読んだりはできたからね~少しずつ毒を作って、効力を自分で確かめる。そうすればある程度の毒は自分の体が耐性を作ってくれる」

 

「いや予防接種じゃないんだから」

 

 けど何となく本音が努力してるのはわかった。わかったとしても……

 

「とりあえず、暫くは毒を自分に射つのは禁止ね」

 

「え~」

 

「当然、そうして入退院を繰り返されたら私の従者じゃなくなっちゃうでしょ」

 

「む~、なら一つだけお願いなんだけど」

 

 珍しい本音のお願いに、私は首を傾げながら言葉を続けさせた。

 

「かんちゃんは無理に努力しないで」

 

「……それは私に対する嫌み?」

 

「そういうことじゃなくて、かんちゃんらしさを努力してってこと」

 

 私らしさ?

 

「だってかんちゃん、何時も刀奈様の事ばかり見て、刀奈様と同じようなことを張り合ってやってるでしょ?」

 

「……」

 

 本当に意外ながらちゃんと見てる彼女に、なら態度を改めなさいと思ったが口にしなかった。

 

「けどかんちゃん、かんちゃんにはできて刀奈様にはできないことがちゃんとあるはず」

 

「私にしかできないこと……」

 

「うん、かんちゃんは魔力の量なら刀奈様にも負けない。ならかんちゃんにはかんちゃんだけの力がちゃんとあるんだよ」

 

 考えたこともなかった。私はただ姉さんと同じように強く、皆の中心になれるようになりたいとばかり思っていた。

 

「私もかんちゃんも羊。刀奈様やお姉ちゃんみたいに強い狼にはなれないけど、羊らしい強さを磨けば良いんだよ」

 

「……まるで狼になりたかった羊みたいな言い種」

 

 呆れながら、私は持っていた本を本音のベッドに置く。

 

「……とりあえず本音は元通り動けるようになるまで大人しくしてて」

 

「は~い」

 

 私はそう言って立ち上がり、病室から立ち去ろうと歩みだし、

 

「それと、本音の部屋は私の隣に移すことにするから」

 

「ほぇ?」

 

「だから……ありがと、ちゃんと私を見てくれて」

 

 それだけ言葉を残して私は病室から出ていった。何となく本音のことを大切なパートナーだと思えるようになったのはこの日からかもしれない。


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