無限の欲望と呼ばれる夏   作:ドロイデン

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プロローグ5

 あれからまた時間が経ち、僕は中学二年になった。相も変わらず僕に対するいじめは横行してるが、それでも鈴やクラスの男友達が助けてくれたりと、二年前までだったら考えられないほど状況は変化していた。

 

「なぁ一夏、今日お前んち泊まって良いか?久しぶりに遊び尽くしたいし」

 

「別にいいぜ数馬、けど今日オータムさん居ないからあんまり凝ったものは夕飯に出せないぜ?」

 

「大丈夫だって鈴も居るし、ていうかお前包丁握れないじゃねぇかw」

 

「べ、別にそこまで料理上手じゃないわよ!?それに弾も料理得意じゃない」

 

 そんな話をしながらの昼飯は、中々に楽しいもので、あの頃に比べたら随分とマシになったと思う。

 

「いや、そりゃ俺も料理屋の倅だからそれなりにはな、けどやっぱり女の腕にゃぁ負けるな」

 

「確かに、最近鈴も中華だけじゃなくて和も洋もそつなく作れるようになってるし、しかも友人目線抜きで可愛いうえに彼氏持ちとか、毎日お熱いことで」

 

「もう一夏と結婚しちまえよ、この公認カップル」

 

「「////」」

 

 何時ものことだが、この二人のこの口撃には僕ら二人揃って顔を赤くせざるを得ない。

 

「ま、それは置いといて、実際二人はこれからどうするんだ?進学するもいいが、一夏は……」

 

 数馬は心配そうに呟く。確かに僕は今も尚抱える虐めというトラブルのせいで一年時はほぼ出席してないも同然で、内申点なんて女尊男卑+千冬教狂信者のバカ教師共のせいで無いどころかマイナスになってる筈だ。

 

「……心配すんな。それに、僕にはやりたいことがあるんだ」

 

「あ、それって確か一夏の恩人だっていう……」

 

「『無限の欲望』……ジェイル・スカリエッティを、探して、弟子にしてもらおうってね……」

 

 それは、ある意味で僕の一番最初の願いだった。僕を助けたという謎の医者であり科学者、正体不明のその人物に直接顔を会わせたことは無かったが、それでも、初めて純粋に僕を助けてくれた彼を追うことに、僕は何時からか自然と決めていた。

 

「けど幾らその人の情報を探しても出てこなかったんだっけ?」

 

「あぁ、技術者で医者なら少なくとも情報があると思ったんだけどね……」

 

「それに、アンタ前よりかは良くなったとはいえ刃物は……」

 

 耳が痛い言葉だ。実際のところ、食事用ナイフ程度なら問題なく見れるし使えるようにはなったものの、やはり包丁やナイフ等といったものは見ることはできても持つことはできない。

 

「……それでも、僕は彼を見つけたいんだ……なんで僕なんかを助けようなんて思ったのか、それを聞くために」

 

「そっか……。けど、その時は私も一緒だからね」

 

「おう、鈴の酢豚が食えないのはある意味生き地獄だしな」

 

 言い過ぎよ、と謙遜する鈴だが、個人的に言わせれば多分そこいらの中華料理店の酢豚に比べたら断然美味しいのは、僕たち全員の知るところだ。

 

「最近じゃ、親父さんから免許皆伝貰ったって聞いたぜ?充分プロの料理人としてやっていけるだろうよ」

 

「あー、私は一夏とか友人関係とかそういう身近な人に作るには気が乗るんだけど、知らない人に作る気は更々無いわ」

 

「そっか、なら今日は俺と鈴の二人でどっちが上手いか勝負と行くか!!」

 

「望むところよ弾!!ていうか、ゲームで負けて料理で負けたら立つ瀬無いしね」

 

 鈴がニヤリと八重歯を光らせながら言うのを見て、俺ら全員が朗らかに笑う。こんな日常が、毎日続けばいい、そんな風に思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――けど、それは儚くも脆い幻想だった。

 

 

「おい、鈴!!鈴!!」

 

 僕は道路に倒れる彼女を抱え、必死に叫ぶ。その胸にはナイフが突き刺さり、ぽつりぽつりと、静かに血の雫が路面に滴る。

 

 それは放課後、何時ものように帰ろうとした僕達に降りかかった災厄。仲良く話していた僕たちの目の前に現れた女……()()()()が俺に公衆の面前で大型のナイフを持ち出して切りつけてきたのだ。

 

 それを鈴が、僕を庇うように前に出て、そして、その凶刃を身に受けてしまったのだ。激情した僕達は鈴の母親だった女を殴り飛ばし、二人は警察と救急車を、俺は鈴のそばに居ることしかできなかった。

 

「い…………ちか…………」

 

「鈴、喋るな!!もうすぐ救急車が!!」

 

「わ……たし……いちかの……こと……守れた……かな?」

 

「あぁ!!守った!!守ってくれたさ!!だから今度は僕が……俺が……!!」

 

「そう…………あり……が…………と………………」

 

 その最後の言葉と共に、鈴はまるで眠ったように目蓋を閉じる。慌てて俺は鈴の脈を図ると、その鼓動はまだ微かに、だが確りと動いていて、彼女が気絶しただけだと安堵した。

 

「織斑……一夏ァ!!」

 

 その時、女がまるで獣のような咆哮と共に、その血走った目でこちらを睨んできた。

 

「お前が悪いんだ……お前が娘を……鈴を誑かしたからァ!!」

 

「誑かした?違う!!鈴は俺のことを……」

 

「五月蝿い!!お前が居なければ、鈴は私と一緒に祖国に戻って代表候補生になって、そうすれば将来が約束される筈だった!!それを、お前みたいな低脳の屑に誑かされたせいで!!あの子は私の言うことを聞かないで!!」

 

 女の言葉はまるで支離滅裂だった。けど、それ以上に俺はとてつもなく腹が立った。

 

「ふざけるなよ……」

 

「アァ!?」

 

「ふざけんな!!鈴は、アイツはいつも一人だった俺を正面から受け止めてくれた!!鈴が俺に惚れたんじゃない、むしろ、俺が、俺がアイツの……何時でもまっすぐなアイツの瞳に惚れたんだ!!」

 

 それを……たかが自分の思い通りにならないからと……そう考えるだけで胸の奥が熱く、そして痺れるような怒りが湧いてくる。

 

「ヒッ!!な、何よ……それ!!」

 

 女がまるで訳がわからないという風に俺を見る。不思議に思うと、俺は何となくそれに気づいた。俺の体に、腕に、白っぽいレモンイエローの電撃が、まるで纏うようにバチバチと弾けていた。

 

 だが、俺には全然気にならない、むしろこの女を殺せるいい物だと思ってしまった。

 

「う、ルァァァァ!!」

 

 そして、俺は躊躇わずに地面を蹴り、女に近づいて右手をまるで手刀のように構え、そして、

 

「ぐ……」

 

「ダメだぜ一夏、怒りに呑まれたらな……」

 

 女を貫く前に、恩人が……オータムさんが割り込むように腕を掴み、それを止めるのだった。

 

「離せ!!俺は……俺は!!」

 

「落ち着け、お前がこいつを殺したらそれこそ、鈴が悲しむことになるんだぞ」

 

「!!鈴……!!」

 

 その言葉に俺は漸く落ち着き、手刀を直す。その瞬間弾けていた電撃がまるで消えてなくなり、途端に力が一気に抜けてしまう。

 

「おっと……たく、そういや、一夏がこんなに怒るなんて、初めてだったな……」

 

「俺は……僕は……鈴を……」

 

「大丈夫だ、鈴なら必ず助けてやる、だからお前は安心しろ」

 

「よか……った……」

 

 オータムさんが抱き上げるようにそう言ったのを最後に、僕の意識がゆっくりと飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スカリエッティ視点

 

「ククク…………アハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 珍しく私は人目を憚らず笑いあげた。モニタリングしていた彼の……織斑一夏の覚醒は、私にそうさせるだけの熱があった。

 

「ウーノ、今すぐにトゥーレを連れてきなさい!!私と彼女で彼に会いに行く」

 

「分かりました。ですがその場合計画にだいぶ支障が……」

 

「構わんさ、むしろ今回の一件、彼を此方側に引き込むには充分なものだろう」

 

「……そうですか、ドクターがそう言うならば異議を挟むのは無粋ですね」

 

 流石は我が因子を受け継いだナンバーズ、私と似たような思考回路で助かるよ。

 

「あぁそれと、彼に合うようなデバイスの作製を頼みたい。クアットロに頼んでおいてくれたまえ」

 

「……クアットロにですか?しかし彼女がすんなりと……」

 

「なぁに、恐らく彼を見ればすぐに気に入って仕事に掛かるさ」

 

「……ドクターがそう言うなら、そう通達しておきます。それで、デバイスは彼の身体的魔力的長所を活かすもので?」

 

「流石は我が娘だ、そこのところは頼んだ」

 

 ため息をしながら呼びにいく彼女の後ろ姿を眺めながら、私はモニター先に映る、静かに眠る彼を見つめる。

 

「……しかし、なぜ……」

 

 疑問に思うこともあるが、今は彼との取引だ。上手くいくことを切に願うとするか……。


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