無限の欲望と呼ばれる夏   作:ドロイデン

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40 残された者達

「……そうか」

 

 一夏達の反応が消え、山田先生と専用機持ち二人による捜索の報告を受け、分かってはいたが私はため息をついた。

 

 四人の登録コアの波形が無くなり、通信も取れない状況、束の筋書き通りに事は進んでいた。

 

「……それで、貴様の準備は終えたのか?シャルロット・トゥーレ」

 

「まぁ簡単な仕事ですから。ただ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……」

 

 束曰く人造人間の少女の言葉に、私はジロリと目を細める。

 

「……人の記憶はともかく、学園の個人データまでもクラッキングするとは思いもよらなかったがな」

 

「そっちは束さんのお仕事ですらかね、かくいう私は事情を知ってる人達以外の記憶を消すのは骨が折れましたけど」

 

 ここで言う事情を知ってるというのは、恐らくオータムやダリルといった裏の人間、そして今捜索に出てるシュリーフォークトの事だろう。

 

「……それで、もう立つのだろ?」

 

「はい、なので後の事はお願いします」

 

「…………一夏をよろしく頼む」

 

 私は少女の目の前で頭を下げる。思えば人のために……弟のために頭を下げるなど何時以来か。いや、そもそも始めてだったかもしれない。

 

「勿論、必ず()()を支えますから」

 

「……早く行け、急がねば喧しい生徒会長が来てしまうぞ」

 

「……それじゃあ、さようなら、織斑千冬さん」

 

 その言葉を最後に少女は霞と消え、ただ広い部屋に私一人だけが残される。

 

「……もう一度だけ、一夏の料理を食べたかったな」

 

 遥か遠くへと行った弟を思いながら、私はここに残ったものとしての役目を勤めようと気持ちを切り替えるのだった。

 

 

 

 

「…………」

 

 IS学園生徒会室、いつも綺麗に整理整頓されたその部屋は、今現在嵐にあったかのように荒れていた。いや、現在進行形で私が荒らしているといったほうが早かった。

 

「……お嬢様」

 

 虚ちゃんの嗜めようとする言葉すら今の私には荒れる原動力で、ただ胸に沸く怒りだけが心を支配していた。

 

 事の次第はしばらく前、私に連絡してきたとある暗部の部下からだった。この忙しい時に何をと言おうとして繋げた通信から聞こえたのは耳を疑うものだった。更識の血縁者そして暗部含め私と虚ちゃん以外の全員が、強制転移によって毒ガスの被害を受けた、と。

 

 何を言ってるのと、最初は季節外れのエイプリルフールかと思ったのだが、聞こえてきたその声に背筋が凍った。

 

『あ、お嬢様とお姉ちゃんに連絡してるのかな?』

 

「……え?」

 

 その声は間違いなく、今海へと行ってる本音の声そのものだった。なぜそこに本音ちゃんがいるのかと疑問に思ったがそれはすぐに分かった。

 

『あれ?もうこの人も意識無いや~、ちゃんと毒ガスに対する訓練をしないからだよ~』

 

 そう、犯人はこの子……本音が毒ガスをばら蒔いたのだ。

 

 この子の作る毒は解毒剤すら作らない悪質なもの、本人自身が毒に耐性があるせいで、たとえ訓練してたとしてもISの搭乗者保護機能がなければたちまち餌食になってしまう事を忘れていた。

 

『まぁいいや。それに丁度よかったよ~お嬢様達に色々言おうと思ってたから~……一族秘伝のロストロギア、ストレージデバイス『水天の書』を貰っていく事とか』

 

「な!?」

 

 水天の書……地球の数少ないロストロギアの一つであり、かつて古代ベルカ時代の戦乱期に地球へと逃れてきた、仏教で言うところの十二天将の一人と呼ばれた水天が持っていた、そして代々更識当主が守ってきた秘宝の一つだ。

 

 その能力はとてつもなく、所有者は水を自在に操り、さらに書の意思を屈服させれば、中に封じられてきた竜を操るとも言われている代物だった。

 

 ただし古代ベルカの魔法を更識は失伝してしまってる為に、たとえ奪ったとしても使うことなどできない筈だ。

 

『ま、そういうことだから……私とかんちゃんはこの世界から出ていくから』

 

「……それは、織斑君達に付いていくってこと?」

 

『別に~、私達は私達がやりたいようにやるだけだからね』

 

 あ、そうそう、と本音は言うと

 

『これかんちゃんからの伝言だけどね、こうなったのはお嬢様の自業自得だよね……だって』

 

「……どういうことかしら?」

 

『うーん、私なりの解釈だけど、お嬢様がもう少し早くかんちゃんと縒りを戻す努力をして、お嬢様が更識を改革していれば、こんな事態にはならなかったということじゃないの?』

 

 ……一理どころか核心をついた言葉だった。確かに簪ちゃんと縒りを戻そうと努力はしていたし、あの堅物ばかりの更識を変えようとは思っていた。

 

 しかし、自分の臆病さと忙しさから遅々として進まず、結果としてこうなったのは言うまでもない。

 

『結局さ、お嬢様って中途半端なんじゃないの?なんでもできるのにね』

 

「……ッ!!」

 

『じゃあ伝えることは伝えたし……最後に一つだけ、お嬢様に忠告してあげる。……もう二度とかんちゃんにその顔を見せるな、更識刀奈』

 

 そう言って一方的に切られた通信に、私は何も言えなかった。

 

 そして現在、私は起こった全てを知った。リインフォースの復活、織斑君達の行方不明、そして学園から消滅した二人の個人情報。

 

 未然に防ごうと思えば防げた筈のものが、自分の不始末のせいで、彼らの目的のうちとはいえ大惨事を引き起こした。

 

「……虚ちゃん」

 

「……はい、お嬢様」

 

「今回のこと、全て私が慢心してたから、生徒会長であり優秀な魔導師だって傲ってたから起きた」

 

「はい……」

 

「……もう、更識は私と簪ちゃんしか居ないのよね」

 

「……ええ」

 

 ぽつりぽつりと呟く言葉に、虚ちゃんはしっかりと返事をしてくれた。

 

「私も暗部の一人で、人殺しだってやってきた。けど、私はそれをやめたいって思ってた」

 

「…………」

 

「多分、本音ちゃんのあの忠告は、私から顔を見せるじゃなくて、簪ちゃんの方から殺しに来るっていうメッセージ……私はそうされてもおかしくないほど、簪ちゃんを苦しめてきた」

 

 もしあの日、簪ちゃんに心を読むレアスキルが開花しているのを知っていれば、もし少しでも簪ちゃんと話をできていれば、もし簪ちゃんを邪魔者と思う親戚からどんなことをしてでも守ろうとしていれば……

 

 そんなもし(if)は後悔となって私の心を押し潰す。

 

「簪ちゃんが私を殺そうとするなら、私はそれを殺してでも止めてみせるわ」

 

「……」

 

「それが、私にできる唯一の償いだから……!!」

 

 そう言った次の瞬間、私の頬に鋭い痛みが走った。

 

「……いい加減になさってくださいお嬢様」

 

「虚ちゃん?」

 

 それは普段温厚な虚ちゃんの放った鋭い平手打ちだった。

 

「さっきからウダウダと、何時もの能天気さは何処へ行ったんです」

 

「の、能天気って」

 

「事実ですよね?生徒会長としての仕事は勝手に抜け出す、気に入った女生徒の胸を揉みしだく、暗部としても管理局員としても自覚が全くない、ここまで来ると能天気を通り越してウジでも湧いてるのかと思うくらいです」

 

 グサリと心に刺さるが、虚ちゃんはそれでもやめない。

 

「それに殺してでも止める?それが唯一の償い?だからお嬢様はかたなし等と言う不名誉な渾名を頂くんですよ」

 

「ちょ、なにその渾名!?本名と被ってるじゃない!?」

 

「そんなことはどうでも良いです!!」

 

 ビシリという効果音が付きそうなほどに突きつけられた人差し指に、私は思わずたじろいだ。

 

「本当に償うならば、殺すのではなく、簪様とちゃんと正面からお話をするべきです。たとえそれが簪様が受け止めずとも、姉妹で殺しあうなど以ての外です」

 

「……けど、私に簪ちゃんを止めることなんて」

 

 前に一度だけ、それもお互いに小学生の頃、親の言いつけで薙刀の試合をしたとき、簪ちゃんはまるで私の手先を読んだかのように攻防した。

 

 結局は私が勝てたものの、もし一手でも間違えれば負けてたのは私だった。

 

 しかもその時はまだ心を読むレアスキルが発現してなかった頃だ。もし今戦えば……恐らく十中八九負ける……つまり死ぬ可能性がある。

 

「そこは……まぁお嬢様が何とかしてください。私は本音を何とかしなければなりませんので」

 

「えぇ……」

 

「兎に角、たった二人の姉妹が殺しあうなど以ての外です。……それに」

 

 虚ちゃんはそこで言い淀むと、ため息をついて此方を見た。

 

「お嬢様は秘書役……いえ、護衛役である私や本音がどう選ばれるか知っておいでですか?」

 

「……いえ、私はただお父様……先代楯無が選んだとしか」

 

「……本音は特殊ですので省きますが、護衛役の選出はたった一つ、自分一人になるまで他の護衛役候補を殺しあうこと」

 

「え?」

 

「選ばれるのは更識の部下である一族で、対象の同年代、または一つ差であること。私のときは……15人ほど居りました」

 

 想像を絶句する言葉だった。暗部とはいえ、そこまでやるのか……と。

 

「広い空間にナイフを一人1本、長ければ二日ほどかかるその殺し合いで恐慌状態だった他の中、私は何の感情も沸きませんでした、無、まさしく虚無というような感覚でした。

 

 殺すのに躊躇いはなく、殺した少年少女の地肉をハイエナのように食らい……気付いたときには私の顔や服は血で染まっていて、感情というものを失ってしまいました」

 

 おかげで今も無愛想で男子にはモテませんでしたが、と自嘲する虚ちゃんに、私は何も言えなかった。

 

「……お嬢様、お嬢様は私とは違います。ちゃんと話し合うこともできて、殺さずに止めることもできる力も持ってる。

 

 ならば、殺すのを躊躇わなくなるのではなく、互いに分かりあうことを躊躇わないでください。実の妹を、簡単に殺すなどと言わないでください」

 

「……」

 

 更識に生まれて、今日は踏んだり蹴ったりの一日だった。親や暗部の部下達は死に、妹からは拒絶され、大切な親友であり優秀な部下だった彼女によって知った更識の闇……恐らく、まだまだそれは残ってるのだろう。けど、

 

「……そうね、それに……もう楯無って振る舞うのも疲れたのよね」

 

「……お嬢様」

 

「……暗部更識は潰えて、楯無なんて可愛らしくもない名前も捨てて……私を覆う仮面も捨てようかしら」

 

 そう言って私を扇子を開き、そこには何時ものような達筆で前言撤回と書かれている。

 

「今日ここで更識楯無は死んだ。今の私は刀奈……ただの刀奈、更識も何もない、ね」

 

「……お嬢様」

 

「もうしがらみばかりの人生なんて送ってたまるか!!虚ちゃん、すぐにアースラと連絡とって、正式にミッドチルダに移り住むから」

 

「分かりました……では、そのように手配します」

 

 そう言って虚ちゃんが出ていくと、私は伸び伸びしながらスマホを取る。

 

「あ、カリム?お願いなんだけどそっちに空き部屋ってあるかしら?え?なんで?移住よ移住、え?仕事手伝うなら虚ちゃんの分も用意する?分かったわよ、ただシスター服は着ないからね、振りじゃないわよ?じゃあまたあとで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 互いの信念が、それぞれの思惑が交差する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、時は三年の月日が経った。

 

「……随分と様になったじゃないか」

 

「まぁ、三年も経てばそれなりにはな」

 

「そういえば聞いた?あの三人娘が部隊を作ったって、それも陸にって」

 

「しかも対象はレリックか……こりゃ厄介だね」

 

「だが、君らも私も、すでに止まることはできない身の上だろ?」

 

「そうだな……」

 

 とある研究室、白いマントを来た青年は、未だに眠り続けるポッドの少女を眺める。

 

「おい、一夏!!レリックが見つかったって話だ。局に先越される前に取るぞ!!」

 

「あぁ、分かってる……行ってくるよ、鈴」

 

 舞台は魔法が行き交う管理世界……ミッドチルダへと移行するのだった。




次回「sts01 起動六課」

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