「はぁ……」
あの誘拐から約半年が経って、今俺は親友と共に近くのジャンクフードショップに居た。
「ちょっと一夏、ため息やめてよ。折角のポテトが不味くなっちゃうわよ?」
「そうは言うけどさ……なんていうか……今日も今日とて変わらないな~って」
事実、あの日以降姉さんの神格化はさらに上がって、それに伴うように僕を狙う暴力は尚更増していた。
「今日はなにされたんだっけ?」
「えっと、素振りと称した横腹金属バットに、女子達による集団リンチ、デザートに靴に画鋲の群れだね。最後のは鈴のおかげでなんとかなったけど」
「そ、そうかしら?そんなこと言っても何にも出ないわよ/////」
鈴は照れるように顔を赤く染め、俺はそんな鈴が微笑ましくて頭を撫でる。
「ふわぁ…………/////」
(なんか猫みたいで良いな~)
そんな時だった。
「おい!!織斑の出来損ない!!」
突然現れた男が僕の前に立つと、いきなり襟首を掴んで持ち上げる。
「てめぇの姉貴が優勝したせいで俺達男の尊厳がまた下がってんだよ!!どうしてくれるんだ?あぁ!!」
完全な言い掛かりだった。良く見ると瞳孔が少しばかり開いていて、どう見てもキマってる人間だった。
「ち、ブリュンヒルデの出来損ないがなんでこんなところに……」
「あの男も、千冬さまの汚点の弟もさっさと消えてくれれば良いのに……」
「むしろあの男が弟を殺してしまえば、千冬さまは至高の存在になるから……」
しかし、こちらを味方してくれる人間など存在しない。街の人間はおろか、警察でさえ女尊男卑に染まって男であり姉さんの汚点である僕に人権なんてそれこそ無かった。
「…………」
「なんとか言えや!!あぁ!!」
鈴も怯えてしまったのか声すら出せず、男の絞める力が少しずつ上がっていく。男はそれでも何も言わない僕に嫌気がさしたのか、懐からナイフを抜いた。サイズとしては小さく、折り畳みナイフよりも小型で、どう見ても脅しにしては小さいものだった。けど、
「……!!」
その瞬間、僕の心臓が一気に高鳴った。それと同時に言い様のない悪寒と震えが体を襲い、呼吸が一気に荒くなる。
「キヒヒ!!どういうわけか、てめぇが刃物を見るだけでダメになるらしいなぁ?どうよ、こんな小さいものでもダメなんだろ?」
男のその言葉は、呼吸が荒くなった僕には全く聞こえなかった。
『刃物恐怖症』、あの日からどういうわけか、包丁やハサミはおろか、食事用のナイフですら見ると呼吸が荒くなり、下手したら数日寝込む事があるほどに大変な状況に僕は陥った。
そのせいか、僕は今まで大好きだった、唯一の趣味だった料理をすることさえ出来なくなり、そのせいか、姉さんや保護者であるスコールさん達に料理を作ることが出来なくなり、学校でさえ一時期行けなくなってしまったほどだ。
「キヒヒ!!あっけねぇよな~、これだから出来損ないなんて言われるんだろうよ?」
「……ッ!!」
「そんじゃ、呆気なく死にさらせやこのガキィ!!」
男はそう叫ぶと手に持ったナイフを突き刺そうと振りかぶる。
しかし、襲ってくるはずの痛みは一切来なかった。恐る恐る瞑っていた目を開く。
そこにはナイフを持った男の手を軽々と掴む長身の銀髪女性……リイス・ウィンターさんが、眼鏡の奥のその優しい紅い瞳をこれでもかと鋭くして、男を睨んでいた。
「やれやれ、一夏くんが久しぶり学校に行けたと思えば……」
「て、テメェ!!放しやがれ!!」
男が振り払おうと腕を動かすが、まるで接着剤でも着いたようにびた一つ動かない。
「ありがとう鈴ちゃん、君がメールしてくれなければ、私は千冬に会わせる顔が無かったよ」
どうやら鈴は何も出来なかったのではなく、リイスさんたちにバレないように伝えていたらしい。
「で、でも一夏が……」
「あぁ、確かにこれ以上は一夏くんの精神的によろしくないね。だから…………一瞬で終わらせようか!!」
リイスさんはそう言って軽く男の腕をひねり、そしてゴキリ、と嫌な音が男の肘間接から聞こえた。
「ギャァァァァァァ!!俺の!!俺の右腕がぁ!?」
男はたまらずナイフを落として悲鳴をあげる。辛くて良くわからないが、どうやらリイスさんは男の肘を、文字通り
「悪いな、私は手加減をしてやれるほど善人じゃあないし、仮にとはいえ、家族に手を出されて黙っていられるほどお人好しでもない!!」
そう言うとリイスさんは男を放すと、次の瞬間、スカートだというのに右足を使って男の腹を蹴り飛ばした。男はまるで海老のように丸まって飛び上がり、天井に突き刺さった。
「さて、大丈夫かね一夏くん」
「ハァ……ハァ……」
リイスさんは駆け寄って心配してくれるが、今現在、吐き出さないだけまだマシだった。
「よしよし……良く堪えたな……それに良く手を出さなかった」
リイスさんはそう言いながら、鈴にスコールに電話してもらうよう頼み、鈴はすぐに了解して外に出た。
「ハァ……ハァ……いえ、もう……大丈夫ですから」
「バカ言うんじゃない、呼吸も荒れて汗の量も尋常じゃない、これで大丈夫なんてわけがないだろ」
するとリイスさんは僕の右肩を背負って立ち上がる。
「とりあえず落ち着こう、済まないがお手洗いを借りても良いかな?」
リイスさんは店の中の人間に訪ねるように聞いた。
「はぁ?千冬さまの出来損ないに貸すものなんて当店には置いてないわよ、さっさと出ていきなさい」
が、店の人間は当たり前のように断る。
「ていうか、そこの出来損ないのせいでこっちは営業妨害を受けてるのよ。損害賠償で訴えないだけマシだと……ゥガ!!」
次の瞬間、僕を支えたまま、リイスさんは店員の女の首をこれでもかと握りこむ。
「そうか、お前達には倫理というものが存在しないのだったな?なら言い直そう、貸せと言ってるんだ、この
「が……あ……」
リイスさんの言葉に店員はそれでも頑なに断ろうともがく。それに業を煮やしたのかさらに握る力を上げていく。段々店員の顔が青白くなっていく。
「申し訳ありませんでした、お客様!!」
と、見かねたのかたまらず店長さんらしき男性がその場に現れる。
「いえいえ、別に構いませんよ。ただこんな腐りきった人間を雇うなんて、この街も末だなと思いまして」
「申し訳ありません、この者には私共からなんとか言い聞かせますんで、何卒……」
「そうですか、ではお手洗いを少しお借りしますね?」
リイスさんは笑顔でそう言って掴んでいた女の首を放す。女は吸えなかった息をこれでもかと吸い込み、僕たちの事を睨み付けている。しかし、
「運が良かったわね。もし店長さんが来るのがもう少し遅かったなら、貴方、今ごろこの世とおさらばしてたわよ」
リイスさんのその一言に胆が冷えたのか、店員はガクガクと脚を震えさせていた。
「さて、とりあえず少し落ち着いてきたまえ、私は警察の方を呼んでくる」
「…………はい」
僕は頷いてゆっくりとした足取りで御手洗いに入る。その瞬間、今まで耐えていた吐き気が一気に催し、膝を着けて崩れ落ちる。
「……ハァ……ハァ……ウプッ!!」
吐き出されたそれの酸っぱさに喉が焼けつき、そのせいで胃のなかの物がさらに出てきてしまう。
だが、それ以上に後悔の念が、自分のなかに残っていた。
「(また、居なくなりたいって思ってた……そんなことダメなのに……!!)」
実際、自殺をしようと図ったことは、事件前からも今まで何度もあった。その度に姉さんや鈴のおかげで立ち止まる事ができた。
最近では、カウンセラー資格を持ってるアリス・スプリングさんのカウンセリングのおかげでそこまでではないが、それでも今でも不意にそう思うことは何度かあった。
「……僕は、どうすれば良いんだ……」
スカリエッティside
「ふむ、彼の情報は今はこんなものか……」
彼に関する情報をある程度纏めている最中、それは起こった。
「む?施設に侵入者?……管理局か」
やれやれと思い監視カメラで確認する。そこには茶髪の大男に薄紫のストレートの女性、そして藍色のポニーテールの女性の三人が映っていた。
「ふむ?かのゼスト隊か……厄介なものだね、ウーノ」
「そうですね。如何しますかドクター?」
「何、ガジェットを全体の二割ほど出して足止めしてくれたまえ、その間に施設の設備を全て予備の施設に転移させる」
「了解しました。それでは……」
「あぁ、ウーノ、ついでに
私のその言葉に、ウーノは呆れ半分な表情を浮かべる。
「分かりました。念のためセインを護衛に着けます」
「それでいい。さて、誰が釣れるかね……」
私はそう言いながら書類とデータを全て一ヶ所に纏め、中のデータを全て完全に、サルベージできないように完全消去する。
そして数十分後、管理局地上本部に、ゼスト・グランガイツの行方不明、クイント・ナカジマの死亡、さらにメガーヌ・アルピーノの昏睡状態の報告が上がることになり、これにより、地上本部の戦力不足は更なる深刻化を免れない事になるのだった。