IS学園地下ブロック、学園内の特殊機密の巣窟にして、ちーちゃんが嘗て駈った専用機『暮桜』が封印されてる場所でもある。
「さて、残り時間三分とないし、ちゃっちゃと済ませちゃうよ」
デバイスを有線接続で端末に繋ぎ、封印を超高速で解除し始める。
「けどちーちゃん、ホントに封印を解いても良かったの?」
「くどいぞ束、弟や生徒を助けるためなら手段は問わん」
「けど、もしちーちゃんがVTSを倒したとして……もう機体は……」
暮桜は専用機の中でも超旧型の第一世代機、しかも束さんが学生時代にちーちゃんに作ってあげたもので、当時としては最高峰のスペックを持っていた。
けど、第二回モンドグロッソより少し前から機体のフレームや駆動系の摩耗が激しすぎ、ISの自己修復や整備では賄いきれない負荷が掛かっていた。
しかも封印されていた現在、いくら自己修復以外の機能は封印してたとしても、貯まった負荷を完全に無くすことは不可能、するにしても一度全解体しなければこの束さんでも無理だ。
「……正直に言えば、一夏が刃物恐怖症で無くなったとき、一合だけでも、アイツと切り結んで見たかったがな」
「……ちーちゃん」
「それでも、直接ぶつかることはできずとも、私の背中を見せてやることはできる。それでアイツがさらに強くなり……凰を救えるなら構わんさ」
その言葉に私はドキリとした。まさかちーちゃん……
「なに、アイツの彼女が入院してから暫くして、どういうわけか吹っ切れたような顔をしてたからな、しかも今まで着けてなかった右手の指輪……考えた結果、お前と似た物を持ったと思えば話は早い」
何故かこういうときの勘だけは優れてるちーちゃんに脱帽しながら苦笑するしかない。
「詳しい話はまた後でだ、それよりも終わったのか?」
「あ、うん!!封印は完全解除、あとはちーちゃんが乗るだけだよ」
「すまない」
そう言って降りてきた嘗ての愛機にちーちゃんが手を触れ、次の瞬間、白い光と共にそれを纏ったちーちゃんの姿が現れた。
「……やっぱり耐久が限界近い……長く見積もって10分、それが全力で戦えるタイムリミットだよ」
「ふん、あの程度……10分あれば充分だ」
そう言ってちーちゃんはスラスターを吹かせ浮き上がると、近くの扉が開く。恐らくちーちゃんの部下の仕事だね。
『織斑先生、そこから海上近くに出るハッチを開きました。スタジアムの上空を開けますので、そこから突入してください』
「了解した、山田先生は現状戦闘中の専用機持ちのオペレート支援をお願いします」
分かりました、と通信を切るちーちゃんの部下の言葉を聞いて、私もデバイスを端末から外す。
「……束」
「ほらほら早く、でないと本当にいっくんを助けられないよ」
「……分かった」
そう言ってちーちゃんは機体を動かし、空いた扉へと神速の如く飛んでいった。
「……ほんと、ちーちゃんには敵わないな~」
弾視点
「くそ、化け物かよ……」
目の前の漆黒の巨人……VTシステムと呼ばれる悪鬼の能力に、今更ながらクソだと叫びたくなった。
単純なサイズはISを纏った俺達と同じ、だが奴は他方向からの弾幕を剣で弾き、肩のシールドで防ぎ、さらには乗り手の肉体なんか無視した機動で回避し、手に持ったブレード一本で此方を壊滅近くまで追い込んだ。
既にダリル、フォルテ両先輩と俺と数馬、簪とマドカのSEは残り二割弱、ヒルダとセシリアは壁に吹き飛ばされて完全に沈黙、一夏は完全に恐怖症で固まって、ラウラのお陰で地上用出入り口近くまでは退避できてるが、それ以上動けばあの悪鬼がそっちに向かう可能性が高くてなんともできない。
「くそ、普段なら一夏の指揮で余裕でぶちのめすんだけどな」
「僕達の弱味が白昼に出るなんて、ホント最悪だよ」
俺の苦言に数馬も苛々としながら吐き捨てる。
俺達の中で指揮官に向いてるのは一夏、それが分かってるから魔法でもISでも、俺達三人が組むときは一夏が指揮を執ってる。
だが逆に言えば、一夏が何かしらで封じられた瞬間、サシなら兎も角チームプレーをするのは格段に精度が落ちる。それが一人、二人と増えれば尚更、六人でレイドするなんてなればもうお手上げだ。
「言ってる場合じゃねぇだろ!!くそ、せめて楯無の阿呆が居ればよ!!」
「……あの愚姉に頼るなんて死んでもゴメン、寧ろあの愚姉ごとこの変態を殺してやりたいくらいだけど」
「うわぉ……一夏君から聞いてはいたけど簪ちゃんの闇深いッス、真っ黒ッス」
「……会話する余裕あるならなんとかしてくれ!!こっちはもうすぐレーザーのエネルギーが尽きて援護できんぞ!!」
マドカの叫びに、俺達は尚更に頬を引き攣らせた。
「くそったれ、どうする数馬、俺の銃も結構ヤバイぞ」
「だったら二人は実弾射撃を軸にしてくれ!!今の前衛自分一枚じゃどうやってもキツい!!」
「おい!!私の機体には実弾銃なんて装備してないんだぞ!!」
喧々囂々、そうして一瞬目を離したその瞬間目の前に悪鬼の肉体と剣が目の前に迫っていた。
「しまっ!?」
「弾!!」
数馬の叫びがスローモーションで聞こえ、少しだけ過去の思い出が嫌なほどに流れてくる。直感でわかる、この攻撃をまともに食らえばまず無事じゃ済まない。
(すまねぇ蘭、数馬、鈴……一夏)
最愛の妹、悪友であり親友達に心の中で詫びを入れ、歯ぎしりしながら目を閉じた。
しかし、いつまで経っても斬られた衝撃は伝わってこず、恐る恐る目を開いた。
そこには何時ものストレートヘアーをポニーテールに纏め、薄い桜色の鎧と光輝く日本刀を構えた武人……そして俺らが知るなかで最強のIS乗りの剣が、その悪鬼の剣を片手で防いでいた。
「千冬……さん」
「織斑先生だ馬鹿者」
何時もと変わらないその言葉に俺は、いや、この場にいた全員が安堵していた。ブリュンヒルデという最強が目の前にいる、それだけでだ。
「まぁしかし、よくここまでよく保たせた、後でそれぞれ賭博してた内容のは私が奢ってやる」
「ッ……千冬さん……」
「泣くな馬鹿者、それと……」
今まで防いでいた剣を逆手に一瞬で持ち替え、それによって体勢の崩れたVTシステムを蹴りの一発で壁へと激突させた。って今のは……
「い、一夏の『煉華』?」
「ふむ、見よう見まねだが随分と威力が出るな……」
どう見ても一夏のそれの本気と同等の威力を出しながら見よう見まね……本気でやればと考えただけで末恐ろしく思った。
「さて、お前たち、あと三分だけ時間を保たせられるな」
「さ、三分って……いったい何を?」
「ふん、少し眠ってる馬鹿に活を入れてくるのさ」
一夏視点
昔から、俺は千冬姉が憧れだった。凛々しく、強く、毅然としていたその姿は、まだ小学校に入学した頃の俺ですら尊敬に値する対象だった。
剣道を始めたのも、そんな千冬姉に追い付きたかったから、千冬姉が振る剣が好きで、自分も同じ剣を振りたいと思ったからだ。
けど、俺が千冬姉に憧れれば憧れるほど、周りはそれが千冬姉の弟だから当然だと、俺の姿を見ず、千冬姉の姿しか見てもらえなかった。
テストで100点取っても、剣道の試合で勝っても、忙しい千冬姉の変わりに料理を少し学んだのも、全て当然の一言で切り捨てられた。
当然、当たり前、普通、まるで俺は千冬姉の付属品として扱われるのが、俺はどこか気持ち悪くなった。
何時からか、その当然に慣れすぎて、勉強も剣道も詰まらなくなって……途中で全てを投げ出した。
ISが出てからは特にそれが顕著だった。いや、それ以上と言うべきか、俺を千冬姉の付属品として見る輩は軒並み増え、逆に出来なければ理不尽に暴力を振られた。
けど、俺は千冬姉の戦う姿がかっこよかったから、唯一俺を織斑一夏として見てくれた鈴が居たから、それでも何とかなっていた。
でも、何時からか分からないけど、それと同時に考えるようになった。俺は千冬姉がいる限り絶対に周りから認められない、と。
そしてそんな折りに起こった誘拐事件、最後に見た千冬姉の剣を、姿を見たとき、思ってしまったのだ。俺は千冬姉は俺を何とも思って居ないのだ、と。
思っているなら、俺が捕まったと聞いて焦らないわけがない、何としてでも救う、そう思ったに違いない。けど実際は助けに来なかった、つまり何とも思っていない、赤の他人だと思ってるのだと。
誘拐事件から暫くしてもその矛盾は膨れ上がっていき、やがて俺はあの試合の日の事を思い出すのが苦痛になって……好きだった料理を、包丁を、刃物を持つことが出来なくなった。
PTSDによる刃物恐怖症だと言われたが、俺はそうじゃないと薄々感づいていた。俺は、
現に今、千冬姉の暮桜に似た姿の機体を前にして、俺は竦んで動くことすら……
「一夏ぁ!!歯ぁ食いしばれぇ!!!!」
その怒声と共に殴られた一撃で、俺の目の前に光が戻り、その眼前に殴った張本人……千冬姉の姿があった。
「不様だな一夏」
「ッ!!」
いきなりの苦言に俺は俯きたかったが、その眼光がそれを許さなかった。
「慰めるとでも思ったか?甘ったれるな、貴様……それで本当に自分の彼女を救えるのか? 」
「……」
「一夏、お前が何を悩んでいて、何を思っているかを聞かなかった私にも責任はある。だがな、それは、自分の大事な人間を守れないくらいに重要なものか?
違うだろ、一夏。お前が私に憧れていたのは知っている、故にそれに対する思いもあるだろう。だがな、お前は私には成れん。当たり前だ、お前と私は姉弟であって同じじゃない。
ついでに言ってやる、私はお前が嫌いだ。当然だろ、料理をやらせれば私より上手で、家事掃除を細々と小姑宜しく煩くするわ、挙げ句の果てに彼女まで出来てると来た、これ以上妬む要素を兼ね備えて好きだと言える方がどうかしてる、寧ろその主婦スキルを此方に寄越せと叫びたいくらいだ」
だがな、とそこで一瞬言葉を止める。
「私は家族としてはお前を愛してると大声を挙げて叫んでも良い。たった二人しか居ない、ちゃんと血の繋がったかけがえの無い存在なんだ、こればかりは好き嫌いなんてものは関係ない。だから……」
そう言って千冬姉は俺の襟首を摑んで無理矢理に立ち上がらせ、そして乱雑に俺の頭をくしゃくしゃと掻き込んだ。。
「たまには、辛いときぐらい私に頼れ。家族に頼られない事ほど、辛いことはないんだ。そこの更識妹のようにな」
それだけ言うと千冬姉は背中を向けてあのVTシステムの方へ向き直る。
「貴様に立ち止まる余裕があるのなら、たかがトラウマの一つや二つ己の意思で捩じ伏せろ。そうでなければ、貴様はまた大事なものを失うことになるぞ」
そう言って剣を抜いて、千冬姉はあの悪鬼の方へと行ってしまった。
「……たく、色々好き勝手言いやがって」
「だが、あそこまで雄弁な教官なんて珍しい、それほど大事に思われてるのだろ」
俺の言葉に、隣にいたラウラが静かに笑いながらそう言った。
「ホント……追い付けねぇな千冬姉には」
「だが、追いかけるのは止めない、そうだろ?」
「フッ……当たり前だよ!!」
俺はスラスターを吹かせ、落ちていた『光式・雪片』を掴み取り、千冬姉の後へとピッタリとくっつく。
「行くぞ千冬姉!!」
「ふん、少しでも遅れたら承知しないぞ?」
「何年千冬姉の動きを間近で見てきたと思ってるんだよ!!余裕で付いていくさ!!」
「ならば……最初からクライマックスで行くぞ!!」
桜と雷、姉と弟、二つの符丁が今、最初で最後の剣撃の焔を掲げ始めた。
次回「30 一合の誓い」