「はぁ」
職員室、漸く休めると安物椅子に腰掛けながらとある雑誌を眺めていた。
「あれ?織斑先生珍しいですね、そんな古い料理雑誌なんて眺めて」
「ん?あぁ……まぁ、色々な」
同僚であり部下の山田先生に言われ、なんとも形容しがたい不明瞭な言葉でお茶を濁す。
「……何か悩みごとでもあるんですよね?私でよければ相談に乗りますよ?」
「……」
正直な話、これを他人に聞かせても良いのか微妙だったが、まぁどうにでもなれと再びため息をついた。
「……少し昔の事を思い出してな」
「昔の事……ですか?」
「そうだ、あれはまだ私が9歳の……そして一夏がやって来た日だ」
元々織斑の血筋は、元々特殊な体内のエネルギーを操作させる血脈で、さらに近親婚でそれを強めていく家系だったらしい。というのも私が生まれた頃には既に両親の祖父母は他界し、親戚一同、流行り病で全て亡くなってしまった為に、没落したといっても過言ではなし、私自身その手の力はいくら鍛えても使えなかった為に途絶えたのだと考えていた。
その日、何時にも早く帰ってきた父と母に疑問に思っていると、母の腕には見知らぬ赤子が抱き抱えられていた。まだ小学四年生だった私がその赤子の事を聞くと、母は私の弟だと言うだけで、他に何も言わなかった。だが今にしてみれば、母が妊娠したなどという話はその時聞いたためしがなかった。
だが私はそんな疑問をすぐに忘れてしまうと、母へ名前を聞いた。一夏……母は確かにそう言った。
姉弟仲は悪くはなく、一夏のおしめを取り替えてあげた事だって少なくなかった。習っていた篠ノ之流の剣道もあって中々に忙しい毎日は、それなりに充実した日々でもあった。
しかし、それが長く続く事はなかった。一夏が小学校に入学したころ、科学者だった両親が共に逮捕されたのだ。理由は人間のクローンの作製……つまり一夏だった。
これは後々知った話だが、両親は織斑の血脈を残すために、お互いのクローンと、娘である私のをそれぞれ一人ずつ作っていたらしい。
現状で確認できているのは父親のクローンである一夏、オータムが保護したという私のクローンであるマドカの二人。もう一人母のクローンはテロメアの問題で二年前に亡くなったという。
「ということは、織斑君とマドカさんは遺伝子上だと親子になるんですか?」
「そうらしい。この間刑務所にいる父親に聞いてみれば、作った三人のクローンの中で、一夏が一番織斑の力を使いこなせる資質を持っていると狂ったように話してたな」
「でも……そう考えると織斑先生としてはどう感じるんです?自分と父親のクローンを教え子に持つって」
そうだな……と、私は少し考えた。
「別段対した風に思っては居ないな。私もそうだが、一夏もマドカもそれぞれに自分の道を進もうとしてるんだ、過去がどうとか生まれがどうとかなど、そんなものどうでもいい」
それに一夏には既に私自身認めた
「まぁ、ラウラを鍛えてやったのはある意味、アイツを一夏と被せてたのかもしれんがな」
「そう言えば織斑先生はドイツ軍で教官もしてましたね」
「教官と言っても、私が普段行っている基礎訓練をやらせただけだがな」
「あー、私もそう言えば一度だけ訓練を付き合った事ありますけど、半分三途の川でお祖母さんが手を降ってたのを幻視しましたし」
失礼な。そこまで鬼な内容では無いはずだが
「整備されてない山道ランニング3キロに、30キロの重りを着けて素振り1000回3セット、挙げ句の果てに3G(重力の3倍)の特殊訓練ルームでウェイトトレーニングなんてやらされたら一日で死にますから、普通」
「む?前に一夏とアイツの彼女を連れていったらそこまで息が切れてなかったぞ?」
「人外ですか!!織斑家関連の人達は!?」
失礼だ……と言いたいが、何となく自分が人外的な腕力や怪力を持ってるのは何となく分かってるので自重する。
「失礼します教官」
と、まるで見計らったようにラウラが何やら申請書らしき紙切れを片手にやって来た。
「ここでは織斑先生と呼べ、私はもはや軍の訓練指導役ではない」
「いえ、私にとっては教官は教官ですから」
「まったく、そんなことを言っても教官に戻るつもりは一切無いぞ」
心得てますとラウラも苦笑いしており、初めて会った頃に見受けられた危なっかしさは見受けられない。
「それで、その申請書はなんだ?」
「は!!今日の放課後、教官の弟と私とで模擬戦をしたいと思いまして、主に近接格闘戦での対戦を主軸に」
「ふむ……」
血気盛んというべきか、それとも好奇心旺盛というべきか……
「……織斑とは話が付いてるのか?」
「先程食堂にて許可を得ました。日本とイタリア、アメリカの代表候補生と他の男子も一緒に居ましたので確認されても構いません」
「ずいぶんと行動が早いな……流石は小隊長というべきか」
もっとも個人的には、一夏がそれに乗ったという点でも驚きなのだがな。
「……一つ聞くが、何故織斑と戦おうと思った?私怨というならば悪いが許可は出来んぞ?」
「……確かに最初は教官が彼の方が強いという事に敵対心があったのは事実です。ですがそれ以上に、教官が強いと言ったその理由を知りたい……そう思いまして」
つまり、軍人以前に武人として戦いたいと言うことか……感化されるにも大概があるだろう。
「まったく……すぐにでもタッグマッチトーナメントがあるというのに……それまで待てなかったのか?」
「失礼ながら教官、彼は自他共に認める刃物……主に金属刃恐怖症です。ISの専用機持ちは当然、トーナメントで使われる訓練機ですら近接用ブレードが装備されてるのはある種の当然です。そんな中出るのは体質から考えればまず不可能です」
……なんとも理路整然とした正論だ。一夏自身、特別な事情がない限りはIS関連のイベントはボイコットするのは分かりきってるからな。
「……良いだろう。専用機のテスト行為という面目での模擬戦を許可する。どっちにしろアイツの専用機のデータも提出しなければならないからな」
「ありがとうございます、教官!!」
「……ラウラ・ボーデヴィッヒ、一つ聞こう、貴様は何者だ?」
「……自分はただの黒ウサギ隊小隊長のラウラ・ボーデヴィッヒです、それ以上でもそれ以下でもないです」
……そこは小隊名と役職を言わなければ尚良いんだがな。もっとも、生真面目なコイツがここまで悩まず言えるだけマシだと思うべきだろうか。
「なら一つだけ忠告しておくぞ……アイツの間合いで防御に回るな、私ですら純粋な体術だけなら一撃貰いかねない実力者だ、ISならば肉体の無理を関係無しに捩じ込んでくるぞ」
「……ご忠告、痛み入ります」
そう言って去っていくラウラの背中に、やれやれと肩をすくめる。
「教え子に実の弟、山田先生ならどちらを応援するべきかと思う?」
「……正直、私は一人っ子なので良く分かりませんけど、公平に見守ってあげれば良いんじゃないですか?」
「ふ、そうだな」
私はそう言って手に持っていた古い雑誌を机においた。
「所で織斑先生、その本は?」
「ん?なに、両親が逮捕されてすぐに料理を覚えるために買って、失敗ばかりしていた頃の思い出だよ」
今ではそれなりのは作れるがな、と自嘲する私を山田先生が何時もの笑顔を浮かべている。
「今度、織斑先生のお料理食べに行ってもよろしいですか?」
「ふ、それなりの酒を用意するならな」
しかし私は思ってもみなかった。二人の対決が、私達の運命をさらに狂わせていくことになる……その序章であることなどとは……。
次回「27
※カードゲームは関係ありません、はい、ホントに