「一夏~解析済んだよ~」
シャルロットの間延びするような声が聞こえ、とりあえず研究を保存しながら彼女に近づく。
「サンキュー、それで、誰だか分かったか」
「一応ね。ほら、これ」
そう言って渡されたタブレットを受けとると、そこには一年生から順番にプロフィールが書かれていた。
・相川清香 一年一組所属
・更識 簪 一組四組所属 日本代表候補生
・更識楯無 二年二組所属 生徒会会長 ロシア代表生
・布仏 虚 三年三組所属 生徒会秘書
「これはまたなんというか……」
俺は若干だが頭が痛くなる思いがした。というのも問題の三番目、水色の髪にどこか小悪魔のような目付きをした緋目の少女……生徒会長という重要ポジにいる人間が鼠だと誰が思おうか。
さらについでに集めたのであろう彼女のISのスペックデータを見つけた途端、さらに空を仰ぎたくなる思いだった。
「あー、まぁ、一夏もそう思うよね」
「当たり前だよ。どこの世界にISの装甲板に
ガジェットの装甲板は、管理世界の鉱山惑星にある希少価値は低く、軽く加工しやすいのにかなりの硬度を持つそれは、特殊な精錬を行うことによって完成されるものだ。
当然ながら、管理外世界の地球にそんなものは存在するわけがなく、それを使用してる時点で明らかに管理局と繋がってるということがバレバレだった。
「機体は水をナノマシンで操るとか言ってるけど、半分は魔力操作だろうね。魔力変換資質かな」
「だろうな……てことは恐らく妹の方は……!!」
漬け込む隙が無いかと思い、彼女の妹のデータを確認すると思わずニヤリと嗤う。
「こりゃいいな……うん、こいつは利用できる」
その日の夜、俺は一人でその彼女の部屋へと向かった。恐らく楯無という姉も黙って見てはいないだろうが、そこは相棒の実力、封時結界と侵入防止結界、さらには魔力感知妨害の三重結界を張る準備が出来ていた。
「失礼、更識簪さんの部屋でしょうか」
ノックを三回、大きくも小さくもない音で返事を確認する。十秒、二十秒経った頃にドアが静かに開く音が聞こえた。
「……誰?」
「えっと、更識簪さん……で良いんだよね?」
「……ん、貴方は?」
どうにも不機嫌を張り付けたような表情をしているが、そこは笑顔で対応する。
「えっと、織斑一夏っていうんだけど、ちょっと用事があって来たんだ」
「……用事?」
「ちょっと君のお姉さんに聞かれたくない話なんだよね……中に入っても良いか?」
姉に聞かれたくない、その言葉に少しだけピクリと眉を動かすと、おずおずとドアを開けた。
「……どうぞ」
「ありがと」
軽くお礼を言うと、彼女は少しだけむすっとした表情を戻しながら部屋の奥へと進んでいく。
(さて、ここからは俺の商談次第だな)
部屋の奥へと向かうと、そこにはまるでぼろぼろに引き裂かれ、軍用ナイフが突き刺されたそれが出迎えをしていた。
(一夏、結界の展開終わったよ。存分にやっていいからね)
「(助かったトゥーレ)……さて、まず簪に確認したいんだけど……君が人の心を読める……正確には聞こえるってことは本当でいいのか?」
「っ!!……そう、だけど?」
「いや最初にそこを確認したかっただけだ。下手に勘ぐられるのも嫌だし、俺が嘘をつかないって証明にもなるしな」
俺がそう言うとふーん、と興味無さそうにテレビを着けようとする。
「率直に言う、簪さん、君のお姉さんに復讐したくはないか?」
「!!」
俺の言葉が意外だったのか、彼女はテレビのリモコンを落として目を見開いている。
「なん……どうしてそれを?」
「簪さんは魔法という存在は知ってるよね?一族として」
トゥーレに確認させたところ、更識とその部下の布仏は、代々一族として魔法の技術を地球で数少なく継承しているらしい。
「知ってる……私もお姉ちゃんも、虚さんも魔法技能持ってるから……」
「けど、簪さんは家で冷遇された……だよね?」
俺がそう聞くと、彼女はコクりと頷く。
「更識の血族は……代々として魔力に水を操る能力を持つ魔法使いだった。けど、私にはその代々とした技能じゃなくて、相手の心が聞こえる特殊技能を持ってたから」
「一族の面汚し、ってわけか」
酷い話だ。ある意味では俺と似通った状況で生活してたのかもしれないな。
「でも別にそんなのはどうでもよかった。お姉ちゃんが優しくしてくれて……魔法の勉強も教えてくれた……それなのにあの女は……」
『あなたはなにもしなくていい、ただの無能のままでいなさい』
「あの女は……嘘が分かる私に本音でそう言ってのけた……今まで耐えて頑張ってきたものを全て無駄の一言でやめろって言ってきた」
「私には才能なんて一切無いのは知ってた。周りがその事で邪魔だと思っていたのも、養子に出してしまえばいいと思ってた事も知ってた。でも耐えてきた、お姉ちゃんが優しくしてくれたから……それなのにお姉ちゃんまで私を切り捨てた!!」
まるで取りつかれるように叫びだした簪は、ぬいぐるみに刺さったナイフを抜いては滅多刺しにし、中から綿が降り注ぐ。
「憎い、もうあの女には憎しみしか湧かない!!血の繋がりなんてどうでもいい!!私は、私があの女よりも強くて、優秀だって認めさせてやるんだ!!」
「……なら、俺達と一緒に来ないか?」
俺がそう言うと、簪は耳を疑うように俺を睨む。
「俺と一緒に来れば、すぐにとは言わないけど、必ず君の姉に復讐する機会を与えるって誓う、そしてさらに君がお姉さんに勝てるように策も与える」
「…………正気?」
「もちろんだとも、それがなにか?」
疑う眼差しは強くなり、目がかなり鋭くなってきた。
「……どうして私に?」
「そんなの単純な話だ、俺と簪は似てるからな、境遇がな」
俺は彼女に全てを話した。自分に両親の記憶が存在しないこと、千冬姉の影響の影で毎日のように暴力を振るわれたこと、自殺未遂をしたこと、そして、大事な彼女が意識を失ったこと。
「……彼女を救うために悪に落ちた……ね」
信じられないようだが、俺の傷跡と、自分自身の心を読む能力で納得してるらしく、俺の背中の皮膚を少し撫でる。
「……どうして、その子を救いたいの?」
「……彼女は、女尊男卑にわめく女子たちのなかで、唯一俺に手を差し伸べてくれた。ずっと一人だった俺に光をくれた……だから」
鈴の優しい声と笑顔が何度も何度も蘇ってくる。
「他の誰かなんてどうでもいい……俺は彼女の笑顔が……彼女の幸せな顔が見れるなら、この手を血で染めようとも、俺の命を賭けてでもなんでもやってやる……それが俺を救ってくれた、彼女へのたった一つの恩返しだから」
正義の味方じゃなくていい、悪人でもいい、ただ彼女の笑顔だけが見たい……それだけの為に俺は、全てを捨てる覚悟をした。
「……一夏、世間じゃそういうの、偽善者とか人格破綻者って言うらしいよ」
「そんなの「でも」」
「私は、それも立派なヒーローだと思う。誰かを助けるためなら他人なんてどうでもいい……そういうダークヒーローが正義のヒーローをしても悪くないと思う」
ダークヒーロー。そんな大層なものかね。
「うん、一夏は充分にダークだけどヒーローだよ。そんな君なら、私は十二分に信頼できる」
簪はそう言うと、俺の体に頭を垂れる。
「私、更識簪は織斑一夏の手足となり、この身を刃として、貴方の刃となる事を……ここに」
「あぁ、よろしく頼むな、簪」
俺はそう言うと、簪は黒く禍々しく、しかして信頼のおける笑みを俺の目に見せたのだった。
次回「19 司書と因子」