「アア……疲れた……」
特訓から疲れて用意された学生寮に戻ってきた俺は、くたくたになりながらも一人歩いていた。
昼寝特訓はかなり難しく、姿勢の維持とスラスターの出力の均等化、さらに移動しないようにホバリングするという三つを組み合わせなければならないため、何度も地面に激突した。
痛覚としては馴れてるが、疲労に関しては蓄積し続けるために正直言うと、速攻でシャワーを浴びて寝たいというのが本音だった。
「っと、部屋はここだな……」
できれば一人部屋だと良いんだかな~と思いながら部屋の鍵を開けて中に入ると……
「ハァイ!!久しぶり一夏!!」
すぐに扉を締めた。直後にドンドンと激しい音が聞こえてきて抗議してきた。
「……ハァ」
もうどうにでもなれと再びドアを開けて同居人……トゥーレがぷんすかという風な顔をしていた。
「なんでお前がここにいるんだよトゥーレ……」
「ここではシャルロットって呼んでよね。それとボクがここにいるのは、ドクターと博士から頼まれた護衛の任があるからね、ちょっとクアットロ……じゃなくて四葉姉様に頼んで生徒の一人として紛れ込んだんだよ。ちなみに三組に所属してるよ」
「そうかよ……」
まぁ元々トゥーレは俺の相棒として調整されてるらしいから別に良いんだけどさ……
「あんまり驚かせてくれるなよ。で、とりあえずいつものアレはあるのか?」
「勿論、ちゃんと四葉姉様とセイン……六花姉様から貰ってきたからね。でも、まずはシャワー浴びた方が良いでしょ?」
そうするとだけ呟き、俺は着替えをトゥーレが持ってきたのだろう俺の鞄から取り出してシャワールームへと向かう。流石に女子の前で着替えするほど愚かでは無いしな。
「ファ~アァ……なんかすげぇ眠いな」
一先ず汗を流し終えると、俺は下だけを着替えて俯せにベットに横になる。トゥーレ……シャルロットもそれを見てからすぐに鞄から小さな瓶詰め……クアットロ&セイン特製の軟膏を持って近づく。
「それじゃあ塗るから、痛かったら言ってね。AMF及びIS発動、トランダイス」
そう言って彼女の指の軟膏が、まるで傷を沿うように滑らかに流れ、若干の痺れが体全体を襲う。
彼女のIS、トランダイスは相手の損傷やダメージの蓄積量、生体電気の流れを一目で確認、把握できる超高機能対人レーダーの力を持つ。それを用いることで相手の動きを目算することや、持ち前の器用さで治療を施すこともできるのだ。
しかし、俺の魔力が神経系と癒着してるためそれを把握するのが難しく、こうしてAMFを低出力で発動して見やすくしなくてはいけないのだ。
「う~ん、見た感じ傷の治りが遅くなってきてるね……軟膏が効きにくくなったのかな?」
「少なくとも同じのを数ヶ月は使ってるからな、それは有り得るだろうな……」
薬も使いすぎれば効力を失うとは良く言うものだし、何より長年のツケの影響だから仕方ないとも言える。
「うん、とりあえず今日の分は終わりだよ。ついでにAMFの負荷耐久も確認するから、ちゃんと言ってね」
おうと返事をすると、徐々に痺れが大きくなってくる感覚が伝わってくる。まるで正座のし過ぎで痺れるような不快感が全身を伝い、やはりどうにも馴れなかった。
「ん、ストップ」
「オッケーっと……うん、一ヶ月前に測ったよりもAMFの最大負荷値が上がってるね」
「そうか……今はどれくらいなんだ?」
「一応38%かな。最低基準の50%にはまだ届いてないけど、二年もすれば充分に越せると思うよ」
「道は遠いな……」
最低を超すには少なくとも一ヶ月に1%ずつ上げなくてはと考えると少しだけ憂鬱になってきた。と、そんなことを思っていると段々瞼が重くなってきた。
「……ワリィ、眠気がきつくなってきた」
「うん、一応夜食のおかずは作っておくね」
「済まない……恩に……き……」
言い切る前に眠気が勝ってしまい、俺の入学初日は幕を閉じた。
???side
私は他人が嫌いだ。周囲からは出来損ないとなじられ、皆が優秀な方へと近寄っていく。私に声をかけてくる人間も、大抵が同情染みた気分の人間が過半数だった。
何時だったからか、私に他人の心の声が聞こえるようになってから特にそうだ。意図せずに相手の心が聞こえてしまうせいで、ただでさえ不安定な時期に追い討ちをかけるように私の心を砕いていった。
『俺達が諦めたら、俺達を信頼してくれた人達を裏切ることになるんだ!!そんなことは許されない!!』
「……下らない」
私はヒーローが好きであり、それと同時に大嫌いだ。特に勧善懲悪は特にだ。ヒーローという正義の元に、悪を裁くのは確かに面白いし大好きだ。けど、彼らが活躍すればするほどに悪は力を増長させ、関係のない人間を不幸にしていく。
いたちごっこ、結局は勧善懲悪なんてものは警察と犯罪者のように増えて捕まえてを繰り返すだけの紛い物の正義なのだ。
『……そんな綺麗事だけで世界が救われるなら、悪は最初から生まれねぇんだよ』
「……」
私にとってのヒーローは、現実を認め、理想や信念ではなく自分の力のみで戦う……ダークヒーローというのが一番だった。
理想、信念、夢、そんな不確定であやふやなものだけで戦う完全無欠なそれより、例え誰からも認めて貰えず、ボロボロになって這いずってでも達成する、そんな不器用さが私は大好きだった。
「かんちゃん、そろそろシャワー浴びた方が良いよ~」
「うるさい……話しかけてこないで」
折角王道ヒーローがダークヒーローに負ける良いシーンを、ルームメイトである幼馴染みに邪魔され、イライラとしながら突っかかる。
「もう~電気消して暗いところで見たらダメなんだよ~?目が悪くなっちゃうよ?」
「そんなの私の勝手……集中してるんだから邪魔しないで」
テレビでは既に大型ロボット戦になっていてシュモクザメのような形をした右手で、主人公たちのロボットを尽く殴り付けていた。
「アハハ……もっと!!完全無欠のヒーローなんていらない、孤高で闇に落ちたヒーローこそが、本当に最強のヒーローなんだから……!!」
そして次の瞬間、体を形成していたワニのロボットの口からビームが放たれ、主人公達のロボットが敢えなく破壊、変身を解かれて地面に叩き付けられた主人公達から、ダークヒーローは動物の模型が入ったボールを奪って去っていったところでそれは終わった。
「闇を知るからヒーローは強い……私は闇……欠陥品という牢獄から地獄を見てきた絶望の闇の使者……」
過去は変えられないとしても、今はやりようによっては変えられる。だから私は……
「私が欠陥品じゃないって……教えてあげるよ……オネェチャン?」
憂いと絶望に染まった笑みで外の月を眺めながら、私は狂ったように笑いつづける。全ては私から何もかも奪った存在に復讐するために……
次回「16 理想という名の絶望を」