ようやくの昼休み、俺達三人は揃って学校内の食堂に圧倒されていた。
「……メニュー凄いな」
そこにはランチセットは元より、ラーメンや天津飯、グラタンやパスタ、あげくには寿司まで、ある程度の価格はするものの、それでもリーズナブルな値段で売られていた。
「んー、俺は回鍋肉定食にしようかな」
俺がそう決めてボタンを押そうとすると、隣のクラスメイトの女子が少しだけ笑うのが見えた。
「?どうかしました?」
「ううん、織斑君って専用機持ってるんでしょ?だったら学生証使えば良いんじゃないかな」
「学生証?」
いぶかしみながらも言われた通りに学生証をICリーダーに触れさせると、次の瞬間にはお金を入れてないにも関わらず全てのランプが赤く光った。
「これってもしかして」
「この学食って、専用機持ちと特別推薦もらってる人は1日3食分まで経費として払わなくても良くなるんだよ」
なるほど、そう考えるとある意味少ない専用機持ちは優遇されてると見てもおかしくないわけだが、それでいいのやら……
とりあえず俺は回鍋肉を、弾が鯖のみりん干しを、数馬は冷麺をそれぞれ大盛りで発券しカウンターに出すと、なんとものの数分でそれぞれがトレーに乗せられてやってきた。
「なんか……すげぇなおい」
まさに職人技とでも言うように弾が呟く。というよりどうやったらあんな早く持ってこれるのやら……と、その時だった。
「いーちーかー」
「!!」
このどこか聞き覚えのある、わざと間延びして気付かせるような言い方。まるで錆び付いたロボットのように振り向くと、そこには胸元をだいぶ開けてる、金髪碧眼のポニーテールのかなり際どい女性と、その隣には苦笑いで黒い三つ編みに頭ひとつ分くらい背の低い少女が立っていた。
「だ、ダリルさん……」
俺が苦手とする女性の一人にして、二つ歳上な先輩のその凄い笑みにトレーを持ちながら少しずつ後ずさる。
「フォルテ」
「はいはい、了解っすよ」
と慣れた手つきで俺に近づいてトレーをひったくって近くの大人数スペースに持っていってしまう。
「……」
「…………」
『……………………』
俺と先輩だけでなく、回りさえも緊張で音が消えて、そしてそれは起こった。
「会いたかったぜ~いーちーかー!!」
あろうことかいきなりのダッシュと共に俺に真っ正面から抱きついてきた。しかも頭をそのたわわに実った胸に押し付けるようにだ。
「ちょ、苦し!!ダ、ダリルしぁんくふしい!?」
「あぁいーちーかー!!この抱え心地が堪らない!!このまま持ち帰って良いよな!!うん、良いに決まってる!!」
間近で胸に押し付けられるかなりの恥ずかしさと、それと同時に口から鼻までがちょうどその間に埋まってるせいで呼吸ができず、もがいていた腕が少しずつ…………あぁ鈴、もうすぐそっちに…………
「」チーン
五分ほどして漸く解放してくれたのは良いものの、俺は食事する気力を奪われただただ先輩の抱き人形にされて膝の上に乗せられてる。
はっきりいって、どうしてこうなったとしか言いようがない。
「おーい、大人数ッスか?」
隣では慣れたように、どこから取り出したのか内輪で扇いでくれるサファイア先輩からの声が聞こえてくる。
「大丈夫なら今ここで窶れてませんよ?」
「そうッスよね~」
さて、この二人のことを簡単に説明しよう。
まず俺をこのようにした張本人、金髪碧眼のポニーテールの少女はダリル・ケイシー。アメリカの代表候補生であり、本名はレイン・ミューセル、つまりスコールさんの親戚に当たる人物だ。彼女とはIS学園入学に当たってスコールさんが直々に連れてきて引き合わされたのだが……どういうわけかこの人、俺を見るなり抱きつきたがるという謎の性癖というかなんというか……かなり積極的コミュニケーションを取ってくるのだ。
そして黒い三つ編みの少女は、俺達の一つ上でギリシャの代表候補生ことフォルテ・サファイア先輩。この人はダリルさんが連れてきて会ったのだが……なんとびっくり数馬に一目惚れしたとかなんとか。そのせいか入学前の春先など先輩自らデートに誘うなどしているらしい。
余談だが、二人ともスコールさんの知り合いらしく揃ってその組織に所属してるらしいのだが、詳しくは知ろうと思わないほうが良いだろう、うん。
「というか、入学初日に上級生から絞め落とされるとは思っても見なかったですよ」
「何言ってんだ。役得だと思っとけ役得だと、今時アメリカでも女性からこんなアプローチしてくれる奴なんて居ないんだぜ」
「そもそも俺には彼女が居るんですよ!!今はここに居ませんけど、知られたらどんな目に合うやら……」
少なくとも鈴から嫌いなんて言われたら首吊って自殺しても足りないな、うん。
「たく、日本の煎餅みたいに固すぎだぜ。別にセ○レとかでも良いじゃねぇかセ○レで」
「なんとなく後が怖いんでやめてくださいお願いします!!」
もしレインさんとヤったりなんかしたら、鈴どころか千冬姉やスコール、オータム等から冷やかな視線が来るのは簡単に想像できる。
「ちぇ~まぁいいや。ところでお前ら今日の放課後は空いてるよな?」
「えぇ、元々できればISの訓練をしようかと思ってたんですけど、アリーナ全部予約されてて」
「よし、ならアタシらとやろうぜ。お前らはほぼ初めての搭乗だし、アタシらが監督しとけば織斑先生も文句は言わねぇだろうしな」
なんと心強い言葉だろうか、まさしく先輩の、代表候補生の鏡というような対応に俺達三人は揃ってひたすら頷く。
「……悪いけどアタシも一緒に良いか?」
と、ここで入ってきたのは俺のクラスメイトであり、束さんからの刺客であるイタリア代表候補生のヒルデガルトさんだった。
「ん?お前は?」
「アタシはヒルデガルト・シュリーフォークト、イタリアの代表候補生だ。一応あのウサギ野郎からこの三人の護衛役を頼まれてるんだよ」
「ウサギ……あぁ
「そこの三人に危害を加えなければ告発はしないらしいってよ。アタシとしても先輩から直接指導してもらえるなら願ったり叶ったりっつうか」
なんとも歯に衣着せぬというか、率直に言ってくる姿はかなりの好感を覚えた。
「イタリア……あぁ、もしかして最近有名な『イタリアの三銃士』の一人ッスか?」
「……なんです?それ」
「なんでも最近のイタリアの代表候補生の質がかなり高いのが三人もいて、知略、戦闘、カリスマ性にそれぞれが特化してるって話ッス。多分この子は戦闘じゃないッスか?」
フォルテ先輩の説明に俺達三人はへぇーと驚き、彼女の方は少しだけ微妙な表情をしている。
「その言われ方嫌いなんだよ……なんでもかんでも纏めやがって……」
「そうっスか?カッコいいと思うッスよ、『紅蓮のヒルダ』って二つ名」
「そりゃアタシの機体と髪の毛が紅いから付けただけだろうが!!ふざけんなっての」
どうにも気にくわないのか、かなりイライラしているのが見てとれる。
「う~ん、まぁいいか。フォルテ、織斑先生に話通しておけよ」
「うへ~分かりましたッス」
なんともダレた声で言ってるが、内心では数馬と一緒にいられるッてだけでかなりヒャッハーしてるんだろうけどな。
そんなこんなで漸く昼飯を食べ始めるが、先輩コンビの気遣いか、ISの能力で温めてくれたらしく、出来立てのような暖かさだった。
「けどお前らも大変だよな、いきなりあのイギリスと戦うことになってよ」
「そうっスね~」
「サフィ先輩がそう言うってことは、結構有名だったりするの?」
数馬がフォルテ先輩にそう聞くと、絡めていたパスタを巻きながら答える。
「一夏君達がふっかけたのは、あのオルコット財閥の現長なんスよ。なんでも家を守るためにISに乗ったとかなんとかって」
「家を守るために?なんともスケールの大きいというか……」
「話によれば、そのオルコットって娘の両親……先代のオルコット家当主とその妻が事故で亡くなってるらしくてな、代表候補生も国が資産を守るという契約の元らしいぜ、詳しくは知らねぇけど」
それはまたなんというか……俺といい鈴といい、近くに寄ってくる人間は親が居なくなるのがお約束なのかよ。
「資産を守るねぇ……食い潰すの間違いじゃねぇのか?」
「どうにもオルコット家はイギリスの名家でな。そこが一族断絶するのだけは防ぎたいだけだろっつうのがヨーロッパ圏であの痛姫様の事を知ってる連中の共通認識なんだよ」
アップルパイを咀嚼しながら言うヒルダはまるでどうでもいいというような感じだが、そこにはどこか憐れみのようなものが感じられた。
「ま、互いに気をつけようぜ。相手は曲がりなりにもティアーズの使い手だからな」
「大丈夫だ、二人がその程度を躱せない訳がないしね。勿論俺もだけど」
軽く宣戦布告のようなものをしながらも、互いにいい笑みを浮かべあって昼休みは過ぎていった。
次回「14 怨嗟の焔」