無限の欲望と呼ばれる夏   作:ドロイデン

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05 ノーヴェ

「う……」

 

 身体の痛みに襲われ、起き上がった私がまず見たのはいつもの自分の部屋の天井だった。

 

「私は……そうだ、模擬戦で……」

 

 あの戦いの最後をなんとか思い出すと、悔しさが否応なく込み上げてくる。戦闘機人の一人であり、最前線の近接戦闘を専らにしてるくせに、4割程度の力で、油断したとはいえほとんど実践で素人だったアイツに良いようにボコられて……考えただけで壁を穴だらけにしちまいそうだ。

 

「くそ……」

 

 しかたなしに、私は部屋に置いてあるパ○メンを抱き締めながら布団の上を転がる。

 

「……そういや、何で私部屋にいるんだ?」

 

 そう、思い返してみれば気絶したのは模擬戦用のフィールドで、私の部屋とはかなり遠いはずだ。

 

「お、ノーヴェ気がついたか~」

 

「セイン……姉様……」

 

 いつも騒がしい姉の侵入に、素っ気ない態度で返す。何時もなら勝手に入ってきたことに噛みついて追っ払うのだが、流石に疲労が残ってるためにやめた。

 

「凄かったよさっきの模擬戦。いや~非戦闘系の私じゃ三分保てば良い方って言うくらいに激しかったよ」

 

「あっそ、それであのイチカは?」

 

「AMF対策の訓練中、もうしばらくはクアットロ姉様とウーノ姉様が付いてるかな?」

 

 へぇ、と思いながら内心、あのファザコン一歩手前なウーノが、ドクターから離れるとは珍しいと思いながら、私はセインが差し出したお茶を口に入れる。

 

「……あれ?」

 

「お、ノーヴェも気づいた?」

 

「なんか……いつも飲んでる緑茶とは違うような……それでいて果物っぽい風味というか……」

 

白牡丹(パイムータン)っていう白茶……地球で言う所の中国茶らしいよ?イチカがノーヴェの為に淹れてくれたんだ」

 

「あっそ……」

 

 それも素っ気なく返すが、内心ではこの中国茶とかいう味が何となく美味しく感じ、照れ隠しにさっさと飲みきってしまう。

 

「つうかアイツ、お茶まで淹れられるのかよ……」

 

「ご好評で何よりだ」

 

「!?」

 

 突然聞こえた男の声に思わず飲んでいたお茶をセイン姉様に吹き出してしまった。

 

「アツッ!?」

 

「わ、ワリィセイン姉様!!……なんでこんなところにいんだよイチカ!!」

 

「なんでは無いだろ、終わったから茶菓子でも持ってきただけなのによ」

 

 そう言われて見てみると、その左手には皿に納められたチョコと、恐らくお代わり用の茶入れが乗せられていた。

 

「……それでも女の部屋に勝手に入ってるんじゃねぇよ」

 

「そう言うなら整理整頓ぐらいして欲しいな、部屋を片付けるのも一苦労だったぞ」

 

 その一言に私は思わず固まる。ちょっと待て、今コイツナンテイッタ?

 

「まさか、クッションで転ぶとは思ってなかったな……危うく鉄筋の床に頭からぶつけるところだったし」

 

「ちょっと待て……片付けたっての……」

 

「ん?気絶したノーヴェを部屋まで運んだら、足の踏み場もないくらいに埋め尽くされたクッションやらぬいぐるみの山でベッドが見えなくて、仕方なく片付けただけだが?言っておくが日常用で使うんだろう下着関連はそこにいるセインやトゥーレに頼んで処理してもらったから安心しろ」

 

 どう安心すれば良いのかさっぱり分からないんだが、まぁそう言うならそうなんだろうな……

 

「……ちなみにその……クッション達は?」

 

「あまりに多すぎたから、一部除いて隣の部屋に格納してあるから安心しろ」

 

「……おう////」

 

 若干恥ずかしかったが、とりあえずそれは気絶した自分自身が悪いんだからノーカンにしておこう。

 

「で、このパイムータン……だっけ?結構拘ってんだな」

 

「俺自身が気に入ってる茶の一つだからな。まぁ最も俺の彼女は烏龍茶系の方が好きみたいなんだけど」

 

「なるほどね~、てか菓子受けがなんでチョコなんだ?どう見てもチョコだったら紅茶かと思うんだけど」

 

「白茶は紅茶で言う所のフルーツティーに近い香りがあるんで、チョコみたいな洋菓子とも釣り合えるんですよ。それに、流石に饅頭はお口に合うか分からなかったので」

 

 ……まぁ、何となく言いたいことは理解できたし、こういう感じのお茶も嫌いじゃないからまぁいいや。

 

「……だったらいっそのこと料理でもすれば良いんじゃね?」

 

「残念ながら包丁というか、刃物全般ダメだから無理だな」

 

「魔力刃で切れば良いじゃん!!元々イチカって料理得意なんでしょ?」

 

「勝手が違う上に、食品衛生的に何か合ったらどうするんだよ」

 

 その通りだと思う。つうか魔力刃でやったらまな板ごと真っ二つになりかねない。

 

「んで、いつまでここに居座るつもりだよ?こっち移住してくるんじゃねえんだからよ」

 

「残念ながら、どっかの誰かが起こした空港火災のせいで表向きに帰れないからな。数日は滞在するさ」

 

 そういいながらお茶を飲むイチカに少しだけムッとして、軽く奴の腕の肉を思いっきり摘まむ。だが、

 

「!?」

 

 触った瞬間に嫌な感触を覚えた。まるで火傷か転んで傷を負ったような皮膚のそれに、内心冷や汗が止まらなかった。

 

「ん?どうした」

 

「……おい、上着脱げ」

 

「おお!!ノーヴェが積極的nアギャバ!?」

 

 なんか失礼なことを言われる前にこの残姉を黙らせる。

 

「えっと……ごめん、何て言った?」

 

「さっさと上着脱げ、触った感触だけだがなんか嫌な肌触りだったからな」

 

「……拒否権は?」

 

「顔面整形出きるくらいに蹴られたいなら良いぞ?」

 

 私がニコリとして言うと、仕方ないと言わんばかりにため息を吐いて、イチカはその上着を脱ぐ。

 

「ッ!?!?」

 

 そこにあったのは無数の傷痕だった。今日の模擬戦や訓練だけで負うようなそれとは全然違う、打撲痕や刺傷、さらに火傷やスタンガンのようなものまで、それらが皮膚全体を覆うように上半身、特に腕や背中にびっしりと埋め尽くされていた。

 

 そして再びその皮膚に触れると、傷の影響なのか、皮膚本来の柔かさはあるものの、それ以上に嫌な意味で固くなった感触に目をそらしたくなった。

 

「……いつからだ?」

 

「小学校二、三年生の頃からだから、もう六年近くぐらい前からだな」

 

「…………ッ!!」

 

 そこで漸くクアットロ姉様か言ってたコイツの特異体質の根源を分かった、分かってしまった。毎日のように繰り返される暴力に、肉体は悲鳴を堪えるために元々の変換資質を神経と繋げてまで、それを家族にバレないように生活してきた。

 

 家族という概念が私たちにとっての姉妹と同じならば、コイツは酷く()()()()()

 

「……起きてんだろセイン姉様」

 

「あり?バレてたんだ……ッ!!」

 

「見てるならさっさとクアットロ姉様に頼んで軟膏なりなんなり貰ってきてくれ。頼む」

 

 私がそういうと、セイン姉様はすぐに頷いてIS《ディープダイバー》を使って出ていってしまう。

 

「そんなこと別に……」

 

「だぁほ!!皮膚が固く変質するほどの大怪我だぞ!!普通なら感染症食らって病院行きになってもおかしくねぇんだよ!!」

 

「グ……似たようなことリイスさんに言われたな……」

 

 どうやらこれを知ってる人間も居たようで、そればかりは救いだと感じた。

 

「はいは~い!!お待たせノーヴェ」

 

 と、すぐにやって来たようで、クアットロ姉様の手には救急箱と薬箱がそれぞれ掴まれていた。

 

「姉様、頼んで良いですか?」

 

「当然よ、私にとっても彼は大事な素体(人間)なんだから、これぐらいは必要手当みたいなものよ」

 

 そういうとクアットロ姉様は消毒液をピンセットで挟んだ綿に着けて、イチカの肌にそれを当てる。

 

「イダダ!!」

 

「我慢なさい!!ドクターから、貴方にもしものことがあってドヤされるのは私達なのよ、そう思ったら少しは耐えなさいな、男の子」

 

「分かった!!分かったから!!だから押し付けないギャァァァァァ!?」

 

「姉様!!ピンセットの先が刺さってるから!!」

 

「え!?それ先に言いなさいよノーヴェ!?」

 

 わーわーギャーギャー騒ぎながらも手当てを終えて、包帯を包むように体を巻き終える(一回巻きすぎてミイラ状態になったときはクアットロ姉様に笑われたが)と、イチカはぐったりと倒れそうになる。

 

「おら、倒れるなら自分の部屋……ってあるのか?コイツに」

 

「ええ、丁度ノーヴェの隣の部屋ね。――あ、ノーヴェのぬいぐるみの部屋じゃないから安心なさい――どうせだし、セインが作る夕飯まで寝てなさいな」

 

「……ならそうさせてもらうよ」

 

 イチカは千鳥足で立ち上がり、ふらふらと出ていった。

 

「……ところでノーヴェ」

 

「ん?なんだよ」

 

「イチカくんのこと、改めてどう思った?」

 

「別に、甘ちゃんで甲斐性が無さそうで、あんなのが私より強いと思うと悔しく思う」

 

 それは前々から変わらないし、前者は多分アイツの本質なんだと思う。

 

「……けどよ、」

 

「?」

 

「私達より闇が深いのに、それなのに私のことを思いやれて……歪で不器用だけど優しすぎて……なんつーか……」

 

 そこまで来て頭を掻きむしりたくなった。考えてることは理解できる、理解できるがそれでも……

 

「……見てるこっちが支えたくなっちまう」

 

「!?…………フフフ」

 

「んだよ?気持ち悪い笑み浮かべやがって……」

 

「何でもないわ……ねぇノーヴェ、ドクターが言ってたんだけどね……」

 

 そこでクアットロが話したのは驚きの事実過ぎて卒倒しそうになった。

 

「イチカを二代目にするだぁ!?」

 

「そ、ドクター曰く『彼以上に私の後継者に相応しく、かつ私以上の素質を持つ人間は存在しない』らしいわ……そうなったら、貴方はドクターに仕える?それともイチカ?」

 

「んなこと言われても……」

 

 余りに急すぎて、話に理解が追い付かないというのはこう言うことなのだと感じた。

 

「そう?私は断然イチカ君に着くわね。ついでに彼の子孫でも産もうかしら?」

 

「んな!!けどイチカには彼女が居るって」

 

「それは当然正妻優先よ?けどね、側室だろうとなんだろうと、チャンスは色々あるんだからねw」

 

 何やら毒蜘蛛のような怪しげなオーラを漂わせながら、クアットロ姉様はその眼鏡の奥で暗躍し始めてる。

 

「まぁ本当のところは、私より上の三人は多分、イチカよりドクター側に着くだろうし、そうなったら二代目として、研究者としての補佐は必要になるでしょ?彼、多分いきなり全部一人でってなったらてんやわんやしそうだし」

 

「……」

 

 いや、誰でもそうなるだろうとは思うが、まぁとりあえず姉が(比較的、とても比較的に)まともな考えであることにホッとする。

 

「なんか失礼なことを考えたわね……それで、ノーヴェはどうするのかしら?」

 

「…………」

 

 そう言われて、少しだけ顔が赤くなる。

 

「……なぁ姉様、大体イチカって倍率どれくらいになるかな?」

 

「そうね~?少なくとも私達ナンバーズでとなると、もしノーヴェが含まれるなら……四~五人かしらね?」

 

「……そっか……なら私は……アイツを支えてやりたい」

 

「そ、決まりね」

 

 そう言うとクアットロ姉様は伸びをして立ち上がる。

 

「そうと決まれば、私とノーヴェはこっちで彼をどんなことがあっても守るわよ?地球ではトゥーレと、彼の支援者達が守ってくれるだろうけど、こっちでは私達が頼りなんだから」

 

「……おう!!」

 

 小さく頷いて立ち上がろうとすると、突然クアットロ姉様が私の首根っこを……ってあれ?

 

「ついでにノーヴェは奥手そうだし、色々と教えてあげないとね~♪」

 

「えっと……拒否は?」

 

「させると思ってるのかしら♪」

 

 デスヨネー。あ、そこは、やめ、アアアアァァァァァ♡♡♡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして数十分後、夕食というかパーティーの席にて妙に艶やかなクアットロと、だいぶげっそりした私の姿があったのだが、真相は闇の中である。




次回「06 友と絆と」
ノーヴェ「リリカルマジル……ガンバるぞ……」
クアットロ「あら?もう少しお勉強が必要かしら?」
ノーヴェ「い、今は勘弁してくださいお姉様!?」

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