その噂を耳にしたのは、毎年やってくる憎いあんにゃろう(スギ花粉)の活動シーズンも終わりに近づく5月を目前に控えた日。部活の休憩時間の雑談での事でした。
『鎧塚(先輩)と蔵守(先輩)がデキてる!?』
重かったり
「いや、あの、今は二人が互いに弁当を作る事になったってだけで、必ずしもそういう訳では」
少なくとも恋だの愛だの、そういう甘ったるい展開に入ったようには見えないし、R-18指定が入るような展開に入ったわけでも勿論ない。……と、あのお二方とクラス一緒な大野先輩はおっしゃいます。弁当のつくりっこしてて、甘ったるくないって事もないのではと思いますが。
詳しく話を伺うと、そもそものきっかけはこのところ疲労
「確かにこの前の図書当番の時も、ちょっと顔色よくありませんでしたねえ……」
その原因も直ぐに思い当たります。滝先生が真価を発揮し始めたので今はそれほどでもありませんが、少し前までは先生に反発する声が強く、先輩もそれをなだめるのに苦心していました。反発を抑えてもらう見返りに先生への抗議も引き受けたようなので、先生を支持する人達からの受けもイマイチよくありません。日和見を決め込んでるに違いないという陰口もチラホラ耳にします。
「先輩も大変ですねー。部活の為に身を砕いてるのに叩かれて」
何を根拠に、違いないなどと言えるのでしょうか。自分がその状況に置かれたらそんな風に行動する、という深層心理が働くからでしょう。つまりその人のこれまでの人生で
「まあ、みんな滝先生の事を認め始めたから。そっちの方は収まってくると思うけど、蔵守君にはまた別の頭痛の種ができちゃってね」
そんな蔵守先輩を思いやって、鎧塚先輩がお弁当を作ろうとしたまでは良かったのですが、その結果出来上がったのは箸にも棒にも掛からぬ世紀の駄弁当。残当ながら食あたりにあった蔵守先輩は恐れおののきつつも、鎧塚先輩を傷つけないよう「お礼に俺も弁当つくってくるよ」と
むむむ。図書室でのやりとりから怪しいなーとは思っていましたが、これは想定外の方向に事態が進行していますね。私はてっきり、蔵守先輩がじりじりと距離を詰めて、頃合を見計らって一気にガブッ!と行くのかと思っていましたが。
それにしても。あの寡黙に寡黙を重ねたような鎧塚先輩が攻めで、蔵守先輩が受けですか。
……自分で言ってて、ちょっとイケない想像をしてしまいました。うへへ。
「私的には被害が拡大する前に、逃げを打っただけだと思うんだけど」
「たとえ今は食あたりから逃げているだけでも、そこから恋に発展しないとは限らないじゃない!」
「アッハイ、ソウデスネ……」
大野先輩は食あたりから始まる恋もある、というシナリオがホントに謎なのか、考える事を止めた模様です。恋バナが三度の飯より好物な我らが打楽器パートの裏番、ボーイッシュな短髪にキリリとした目つきがちょっとコワい加山先輩はめっちゃ食いついてますが。
ま、せっかくのおいしいネタです。鎧塚先輩と蔵守先輩には悪いですが、今日はお二人を肴に大いに盛り上がる事にいたしましょう。
「そういえば井上も、蔵守と図書当番一緒だったよね。いいのかなー? 愛しの先輩を取られちゃっても?」
そんな
なんですかもう。私を当て馬にしないでくださーい。
「だって……ねえ? 委員会一緒になるのは普通にあり得るにしても」
「同じ部活の男子と当番が一緒って、普通は嫌じゃない? あらぬ噂を立てられかねないし」
加山先輩に続いて、大野先輩まで悪ノリしてきました。あらぬ噂って何でしょうね。言ってくれないとわかりませんよ?
……ええ本当は分かってますよ、分かってますとも。要するに私が先輩のこと憎からず思っているから当番一緒になるのをOKしたと、そう言いたいんでしょう? よろしい。まずはその思い違いを吹き飛ばしてご覧に入れましょう!
「ふふふ、私を恋バナのネタにするとは身の程知らずな。 海よりも深く、山よりも高い事情なんてないので心して訊いてくださいね」
「期待するなって事は伝わってきたよ……」
「あれは……そう。技や知識、
「何だって?」
「ですから、技と知識と詩のお出迎え」
「……大野、井上語の翻訳お願い」
「たぶん、この頃にやってる新書の仕入れ作業の事だと思います」
大野先輩、正解です。さすが、よくわかっておいでですね。
「うちの学校はふところ深くて、ラノベもOKなんですよ」
「持って回った言い回しから一気に俗っぽくなったよ……」
「ラノベにもいろいろありますけど、悪役令嬢モノっていうのもあるじゃないですか」
「あるね」
「悪役令嬢モノって、文字だけ見たらAVのジャンルみたいにも見えません?」
なんかこう……くっくっく。この性悪が、散々
「そう言ったら、みんな私と当番組むの嫌がるようになったんです。しくしく」
みんなマジメですか。私達くらいの年頃ならそのテの話の二十や三十くらい耳にしてるでしょうに。思春期なんですよ、女子だってアウトローに憧れるお年頃なんですよ。刺激の少ない生活を送っていると魔が差してしまうことだってあるんです。
「井上ちゃんはホントぶれないよね……」
「いやあ、それほどでもありますよ」
「別に褒めてないんだけどね」
まあそんなわけで。
「蔵守先輩とは図書委員会でも、清く正しく先輩後輩としてお付き合いしているわけですよ」
「要するに「お前んとこの後輩だろ、早く何とかしろよ」って押し付けられたんだね……」
そんな人を訳アリジャンク品みたいに……。大野先輩がわざとらしいため息をつきます。
ひどいです。私のピュアなハートはブレーク寸前です。誰か慰めてくれないと立ち直れません。
「わーん万紗子ぉ! 先輩達がいじめるぅ!」
「ひゃあ!」
なので、さっきから携帯ゲームをポチポチやってる同級生に泣きつきました。両肩のあたりまで伸ばした黒髪に、頭の後ろに結び目がくるように結んだ大きな赤リボン、そして人畜無害そうで罪作りな顔立ち。
え? それどんな顔だって?
要するに美少女といってよい顔だけど気は強くなさそうで、ちょっと優しくされたら男子が勘違いして次々とアタックするけど、本人にはその気がないので玉砕しそう。そんな顔ですよ。
そんなパッと見清純系美少女な万紗子ですが、休憩時間で自由行動が認められてるからといって、周囲と親睦を深めない姿勢はいただけません。実益と教育的指導を兼ねた行動です。
「な、なになに? いきなり抱き着いてこないで!」
「そんな事言わずに慰めてよー」
ぐすっとわざとらしく涙声で訴えながら、私は頭をぐりぐり押し付けます。万紗子は出るべき所が出て引っ込むべき所が引っ込んでいる、実に女の子らしいスタイルの持ち主さんです。抱きしめ心地抜群。羨ましい限りです。そんな彼女の柔らかな胸に顔をうずめて、優しく頭に手を添えられるのって最高に癒されま―。
「は・な・れ・て」
ぺりっと引き剥がされてしまいました。うう。万紗子のいけず。仕方ありません。押してダメなら引いてみろ理論で、ここは一旦引き下がることにいたしましょう。
それにしても……。
「じー」
「な、なに?」
「むむむ。やっぱり、私よりおっきいな」
胸囲の格差社会がここにはありました。
「!?」
「バストの神様、胸囲の神様、私もこんな風になれますようにー」
パンパンと柏手を打って、万紗子を拝みます。より厳密に言えば、万紗子の胸部あたりを。「バストと胸囲で名乗りが重複してる……」と先輩達の
「よぉしっ! これできっと多少はご利益が!」
「な、無いんじゃないかな!?」
「ならその手を貸せー! 貴様自ら揉んで大きくするがいいわー!」
前言撤回、やっぱり押しまくる事にします。揉んで揉んで揉みまくって、おっぱい大きくしたに違いない万紗子の黄金の手の力を借りる事にします。
「いやぁー!?」
「ああもういいなぁ。万紗子、どうやったらそんなに育つの?」
「知らないっ、勝手に育ったのっ!」
「勝手に育った……だと?」
それはつまり、揉んだりバストアップ体操したり、豊胸手術したりすることもなく、何の努力も金もかけずに恵まれた体躯を手に入れたということ。なんてうらやまけしからん奴でしょう。許せません。
「加山先輩、大野先輩、ジャッジを」
『ギルティー』
満場一致で有罪判決。先輩方が絶対零度の視線を万紗子に投げつけます。さっきまでゴミを見るような目を私に向けてた気もしますが。
「では判決を言い渡します。被告人・堺万紗子、脂肪が都合のいい部分にだけ集中しているご都合主義により死刑!」
「え、待って、なんでそうなるの!? なんで先輩達まで両手をわきわきさせて近づいてくるの!?」
「大丈夫、痛くしないから……たぶん」
「たぶんって何!? え、ちょ、いやぁー!!」
こうして万紗子は、私達にかわるがわる「ぎゅー」「わしわし」される事になりました。
後日聞いた話によると、その時の万紗子の悲鳴は音楽室の防音レベルを飛び越えて学校中に響き渡ったそうです。
その日その後。
「だからゴメンってばー。ゆるしてよー」
「もう知らないっ!」
さすがにやりすぎました。
あの後、私は先輩方からたっぷりお説教を受け(なぜでしょう? 先輩達もやったのに)、音楽室から逃げ出した万紗子を追いかけ平謝りすることになりました。しかしここまで機嫌を損ねるのは、ちょっと想定外です。ぷんすか、といった擬音がこれほど似合う姿も無いでしょう。男にされたらセクハラなので、ガチギレするのも分かるんですが。*1
人通りの少ない廊下を速足で進む万紗子を、私はひたすら追いかけます。
「ほ、ほら! アイスおごるから機嫌直して♡」
「……」
「じゃあじゃあ、ハーゲンダッツ! ハーゲンダッツ買ってきてあげようか?」
「……」
返事がありません。税込み351円程度では万紗子の機嫌を直す事はできないようです。仕方ありません。ここは切り札を使う事にしましょうか。
「という訳でー。取り出だしたるは万紗子がさっきまで遊んでた携帯ゲーム機こと、ニンテ〇ドー3DS」
「ちょ!? いつの間に盗んだの!?」
「盗んだとは人聞きの悪い。抱き着いた時にくすねただけだもん」
「それを盗んだって言うんだよ!?」
やっと反応してくれた万紗子がDSを取り返しにかかりますが、私はのらりくらりと
ではでは、スイッチオン。
♪~
OP映像が流れます。舞台は中世ヨーロッパ的な雰囲気に魔法を加えたよくある世界観。そこでテニスみたいな何かに命を懸ける男とそれを見守る女たち。登場人物が現れては消え、現れては消えていきます。生意気そうな年下系イケメンとか、金持ちのボンボンの俺様系イケメンとか、あなた絶対サバ読んでるでしょ的な老け顔系イケメンとか、肩に羽織っただけなのに何故か落ちない上着装備系イケメンとか。
……イケメンしかいませんね。要するに女性向け乙女ゲームなのでした。
「返して! 返してよぅ!」
「まあまあ。こっからが面白いとこだから」
OP映像をスキップして、タイトル画面に移ります。ちなみにこのゲーム、私もプレーしてるんですが、タイトル画面にお気に入りの男ヒロインを設定できるという地味に嬉しい機能があります。
「ほほー、万紗子はこのキャラが好きなんだ」
「うわぁぁぁぁ! やめてぇぇぇ!」
万紗子は真っ赤になって顔を覆ってしまいました。かわいい。
さて、それでは万紗子に止めを刺す事にしましょう。音楽室を出る前に細工は完了、あとは仕上げを
ツンツン、ツンツン
「……何してるの?」
「万紗子のお気に入りキャラを、タッチペンでツンツンしまくってるの」
「そんな汚れたことやめてよ!?」
万紗子の制止を無視し、ツンツン、ツンツンし続けます。すると……
―やめろよ……////
―オレ、もう我慢できないよ……
―お前が欲しい……
―いいだろ……誰も見てないからさ……
「!?」
「このゲーム、ある条件をクリアしてタイトル画面の男ヒロインに触り続けると、イケボで反応してくれるようになるんだよねー」
「……!」
万紗子が驚いて目を見張ります。やっぱりこの裏技の事は知らなかったようですね。
「知りたい?」
「し、知りたくない!!」
無理しなくてもいいんですよー? さっきのお詫びにタダで教えちゃいます。
「そのある条件とはー、魔女の呪いイベントで子供を産めない体にされた主人公(♀)に、プレイヤー(神様)が "私の力で、貴方が元気で可愛いお子さんを
「……! はうう……」
あらら、目が><みたいになって気絶しちゃいましたよ。全くしょうがないですねえ。まあ確かに、ちょっとセクハラ入ってる発言といえなくもないですが、それだけで真っ赤っかのゆでだこ状態で気絶してしまうものなのか、と思うでしょう?
私が言うのもなんですが、この子めっちゃピンク色なんですよ、頭の中。
気絶するに至るまで、いったい何を考えていたのか、それはたぶんこうです。
私の力で、貴方が元気で可愛いお子さんを授かれるようにします!
↓
元気で可愛いお子さん 私が産めるようにします!
↓
私が可愛い子産みます!
↓
私の体で子づくりしてください!
こんな感じに、自分で自分に言葉攻めして自爆してしまったのでしょう。とりあえず、このまま万紗子を放置しておくわけにもいきません。近くの教室にでも寝かせておきましょうか。
都合がいい事に、目の前の教室は3年6組。渦中の先輩達、ダブルリードパートの根城です。
「すみません、せんぱ…」
――希望通り強めでいくので、痛かったら我慢しないで言って下さいね――
――うん。大丈夫だから思いっきりやっちゃって?――
……なんでしょうか。今教室から聞こえてきた怪しい台詞は。
扉の隙間からのぞいてみると、
うう。譜面台と机が邪魔になって、二人が何してるかよく見えない……。
――じゃあいきますよ。力抜いてくださいね? せーのっ――
――あっ、やっぱだめっ。そんなにしたら壊れちゃうよぉ――
「……」
聞き耳を立てなくても響いてくる喜多村先輩の嬌声。もしかしなくてもお二方は大人の階段の~ぼる~的なアレのようでした。
――お楽しみのところ失礼しましたああぁぁぁ!!!!――
私は心の中で絶叫して、ドアを静かに締めてその場を離れようとしました。
が。
そこで重大な問題に気付きました。どう見ても18歳未満お断りな行為の真っ最中なお二人はすっかり失念してるようですが、ここは学校。こんな事が先生にバレたら退学……まではいかずとも何らかの処分が下るのは確実です。
「……仕方ありません。ここはひとつ、私が一肌脱ぎましょう」
決して私も混ぜて的な意味ではありません。秘密を守る的な意味です。貸しイチですよ先輩。
手始めに、私はのびたままで目覚める様子がない万紗子を隣の教室に廃棄処分。もちろん何の変哲もない北宇治の教室は、普通に前後に扉があるので本当は猫の手も借りたいところなのですが、起こして状況説明してもまた妄想こじらせて寝直すだけだと思うので、やるだけ無駄でしょう。それに扉を両方ともガードするのも「見られたら困ることやってます」感アリアリで、露骨に怪しいし。なので前の扉は「ワックス塗りたて、後ろからお入りください」と貼り紙して、私は後ろの扉に寄りかかってDSをプレー。カモフラージュ完了です。
さあ誰でもかかってきなさい! そして色ボケコンビは速やかに事を済ませて私を自由にしてください!
「……ここで何やってんの、練習は?」
そんな私の願いを、意地悪い神様は歪んだ形で叶えてくれたのでしょうか?
折悪しくやってきたのは、この教室の放課後のヌシ。ゆるふわウェーブした黒髪はサイドポニーにまとめられ、スタイルも均整がとれていて、脚も黒タイツで完全武装。どこに出してもクラスカースト上位は固そうな、垂れ目のイマドキギャルといった雰囲気全開のもう一人のファゴット担当・岡先輩と、いま一人は図書室でのなんだかんだで割と顔見知りになった鎧塚先輩でありました。
……これは困りました。「今ダブルリードの人は全員留守で、楽器をいじられたり盗まれたりしないよう見張ってるの」とか、それっぽい言い訳は考えたのですが初手でガチ関係者は反則です。まだ何にも思いついてません。
「そこ退いてくれる? 教室に入れないんだけど」
「い、今は入らない方が。台風で堤防が決壊したとかなんとか……、あわわ」
パニック状態の私の口からあらぬ言葉が。自分で言ってて何ですが、なんでしょうこの微妙に生々しい言い訳は。
「ああ、そういう事」
要領を得ない私の返答でしたが、岡先輩は察してくれたみたいです。
「手間かけさせたね、後は私に任せて」
そう言って、先輩はいい笑顔で私の肩を叩きました。身内の不始末を察しても何ら慌てる様子を見せず、泰然自若。不測の事態において年長者はかくあるべし。2歳しか違わないはずなのに、大人の貫禄を感じます。
この人なら任せられる。この人なら何とかしてくれる。
そう思ってました。
だから。
だから先輩の爆弾発言に大声をあげたのはワザとじゃないんです。
「1年にはまだちょっと刺激強いかもね~。アタシも混ざろっと」
「混ざる!?」
まさかの3〇!? ダブルリードパートの風紀って一体どうなってるの!?
ただれまくった先輩達の関係にドン引きする私の事などお構いなしに、岡先輩は教室の中へ姿を消していきました。
――おつー。蔵守、私もお願い――
――お疲れ様です。なんか大声しましたけど、外で何かありました?――
――何にもないよー。ほら早く早く――
今度は岡先輩の方がリードするの!? まさかの姉女房!?
いったい何なんですかこの人達!? 先輩と先輩と先輩が×××して△△△で〇〇〇なんてっ! えっちい事はいけないと思います! いやでももう高校生なんだし、これはこれでアリかも。後学の為に見学していたい……。
ああ、頭の中で天使と悪魔が駆け巡ってます。
いろんな意味で傍観者でいるのに堪えられなくなってきた頃、それまで無言を貫いていた鎧塚先輩が口を開きました。
「何か勘違いしてるみたいだけど……別にやましい事はしてない。蔵守君は先輩達の肩揉みしてるだけ」
「肩揉み?」
「ファゴットは結構重い。それを首にストラップかけて支えているから、長い時間そのままだと肩や腰に負担がかかる」
「……なるほど」
言われて再度、教室を覗きこみました。岡先輩が譜面台をどかしたのか、視界はずいぶんすっきりしました。そこには岡先輩の肩に手を掛ける蔵守先輩の姿が。なるほど確かに肩もみです。
ですがそれにしても……
――最近胸が痛むんだよね。オッパイ大きくなってるのかなー?――
――先輩、猫背気味でしたから。胸部の筋肉が圧迫されてたせいだと思いますよ――
――マジレスやめて――
――それも滝先生に矯正されましたし、すぐ良くなりますって――
――だといいけど――
「ファゴットの先輩達も男子に触られてるのに
なんかあやしいなー。
「……3人とも、中学から一緒に吹奏楽やってたそうだから。距離感近く感じるのはそのせい」
「へえ~」
それはそれで、おいしいネタを掴んじゃいました。
「……みんなに喋っちゃ駄目。噂になると困るから」
「はう」
私の内心を見透かしたかのように、鎧塚先輩が釘を刺してきます。あれ、でも……。
「私には話しちゃっていいんですか?」
「妄想
鎧塚先輩も、無気力そうな顔して鋭いなあ。
でもこうしてじっくり見ていると、ファゴットのお姉さま方ってホント美人ですよねえ。なんといいますか、大人になりきれない可愛さと、大人の色気が入り混じっているというか。可愛さなら私や万紗子も負けてないと思いますけど、
そんな美人さん達のガードがああも緩くなるなんて。蔵守先輩は早くも女運を使い切ってる疑惑が浮上です。
「本当に仲いいみたいですね」
「うん。……ああいう気張らない関係って、ちょっとうらやましい」
うらやましい?
羨望の眼差しで教室を覗く鎧塚先輩の姿に、私は違和感を覚えました。
鎧塚先輩には傘木先輩という親友がいる。
数日前、図書室で蔵守先輩は確かにそう言っていましたし、鎧塚先輩もそれを否定しませんでした。
「鎧塚先輩は、傘木先輩とあんな風になったりしないんですか?」
鎧塚先輩は少しの間、黙り込んで、小さな声で呟きました。
「……たぶん、私と希美は、あんな風にはなれない」
「どうしてです?」
「私が希美に依存してるから」
それだけ言って鎧塚先輩はまた口を閉ざし、私がその言葉の意味を訊ねる間もなく、教室の中に消えていきました。
私、何かまずい事聞いちゃったんでしょうか。
「……というわけなんですよ」
「へえ。鎧塚さん、傘木の事を話したんだ」
翌日。
私は先日の鎧塚先輩の言葉がどうも引っかかったので、思い切って蔵守先輩に事の次第を打ち明けてみる事にしました。
「あんな思わせぶりな言い方されたら、気になって図書室でのお昼寝も浅くなって、困っちゃいますぅー」
「結構、結構。その調子で本の整理を頑張ろう」
「ぶー」
脚立の上でぶー垂れる私に対し、両手に本を山と抱えた先輩はにこにこ顔。読んだあと適当に戻されて、整理番号*2順の並びからところどころ逸脱した本を元に戻すという、そんなの究極にごちゃごちゃになってから片づければいいでしょと思うような作業なのに、妙に張りきっています。図書委員になるくらいですから、とにかく本と関わる仕事は何でも楽しいのでしょう。異端な私には理解しがたい性癖です。
「はっきりした事は分かりませんけど、どうもお互いの熱量に偏りがありそうな事を匂わせていましたし……」
「鎧塚さんはあの通り大人しい性格で交友関係は……それほどは広くない。そして傘木は社交的で交友関係も広い。だから鎧塚さんの傘木に向ける熱量が、傘木の鎧塚さんに向けるそれより重くなっちゃうのは無理もないさ」
「あえて狭いと言わない辺りに愛を感じますねぇ」
要するに友達がほとんどいない鎧塚先輩にとって、傘木先輩は文字通りナンバーワンでオンリーワンなのでしょうが、友達が多い傘木先輩にとって鎧塚先輩はナンバーワンでもなければオンリーワンでもないという事なんでしょう。それで鎧塚先輩は傘木先輩にしがみつく。あまり良い状況とは思えません。鎧塚先輩の望みと傘木先輩の望み。もしそれが対立する時がきたら、先輩はそのジレンマに苦しめられるのではないのでしょうか。
――傘木を大切に思うのはいい、でも時にはぶつかってもいいんだよ――
そんな風に鎧塚先輩を支える第2、第3の友人が現れないものでしょうか。
「かといって鎧塚先輩みたいなタイプがポンポン友達を作れるとは思えないし……。いや、それなら傘木先輩の友達を減らせばいいのかも?」
「発想が単純で黒い……」
冷や汗を流す蔵守先輩。いいじゃありませんか。シンプルイズベスト。
まあ後者は最後の手段として、現実的には前者でいくしかないですね。友達をポンポン量産するのは見込み薄ですが、少数精鋭方針なら目当てがない事もありません。一応その有力候補が目の前に突っ立っていますから。何と言っても弁当作られるぐらいですから全く気がないって事もないでしょう。
「というわけで先輩はこれまで以上に鎧塚先輩と仲良くなってください。それが鎧塚先輩の為になるのです」
「どうやって」
「それはですね……」
耳打ちする為に脚立から降りようとしたら、
ぐらっ。
足を滑らせてしまいました!
「ぎゃー!?」
「危なっ……ぐげっ」
間一髪。すんでのところで私の下敷きになってくれた先輩が、潰れた蛙のような声を出しました。
「……大丈夫ですか?」
「……大丈夫なもんか。背中打ったぞ今」
先輩は痛みに顔をしかめながら、背中を床から起こそうとします。自然と先輩の身体の上に乗ったままの私と、至近距離で目が合いました。
あ、今気付きましたけどこれ、先輩を押し倒して馬乗りになってる体勢ですよ。しかも私のスカートの中がちょうど、その……、股間の上に乗っかっておりまして。
「あああすいません先輩今のなし忘れてください!」
慌てて飛び退こうとして。
ガッ
「ふおおおおおお!」
倒れた脚立の角に盛大に足首をぶつけた私は、悶絶してその場でのたうち回ります。
「いたひ……」
「だ、大丈夫か?」
「だいじょばないですぅ……」
「どっちだよ……ちょっと待ってろ。今、湿布貰ってくるから」
程なくして戻って来た先輩は、涙目の私を心配そうに覗きこんできます。
……ちょっと距離が近くありませんかね?
ですが先輩は非常事態にそんなの気にしてる場合かと言わんばかりに
「動くなよ。すぐ終わらせるから」
「はい……」
先輩は言葉通り、手早く湿布を貼ってくれました。先輩の大きな手が優しく患部を包んでいるのを意識すると、それだけでどきりとしちゃいます。
「手間かけさせちゃって、すみません……」
「いいよ。自分が脚立の上に立てばよかったんだし」
「遠まわしに仕事任せられないダメな奴って言われた気がする……!」
どうせ私なんてぇと落ち込んでいると、先輩が私の頭に手を乗せて、くしゃくしゃと髪を撫で回してきます。
「そんなつもりで言ったんじゃないから。ほら、元気出して」
「もうっ。先輩は子供扱いしてぇ」
髪型崩れるからホントはやめて欲しいんですが、醜態を晒した手前、我慢して受け入れることにします。……と思ってたんですが。コレ、意外と悪くありません。先輩の手がぬっくいせいでしょうか。されるがままに頭を預けてしまいます。男子の手ってあったかいんですね。女子の方が冷え性に悩まされるのが分かった気がします。
しばらくこのままでいたかったんですが、やがて先輩の手が離れていきました。
「あー、湿布ってスーッとするんですよねぇ。きもちーですぅー」
ちょっと名残惜しいですが、そういう事はおくびにも出しません。
ここで「先輩……もっと撫でて♡」などと言い出したらどこに出しても恥ずかしいチョロイン免許皆伝です。私はそこまでやすい女じゃありません。
「それは良かった。じゃ残りの作業、頑張ろうか」
「はーい。がんばりまーす」
先輩に手を引かれて立ち上がり、作業に戻る私。そんな私の心の中では、ほのかな感情が芽生えていました。私はチョロくありません、これくらいで熱に浮かされたりしません。だけど。
……鎧塚先輩。あんまりぐずぐずしていると、私も本気になっちゃうかもしれませんよ?
「……みたいな展開になれば、鎧塚先輩も焦って先輩との距離を縮めたりすると思うんですよ」
「……さすがに出会ってひと月足らずの女子相手にナデポはちょっと」
恋愛小説を読み込んで読み込んで読み込んだ私渾身の作戦をドヤ顔で披露しましたが、返ってきたのは絵に描いたような草食系男子の言い訳。そんなだから少子化が進むんですよ。ヤらないで後悔するよりヤって後悔したほうがいいって偉い人も言ってるじゃないですか。
「肝心なところでヘタレないでくださいよ。ここぞという見せ場で一発決められないカタログスペック通りのフツメンに一体誰が惚れるというんですか。最弱とか凡人とか言っておいて、いざ蓋を開けて見れば最強でしたと腹立つほどスペック詐欺な、なろう系主人公を少しは見習ってください」
「井上は俺をけなす事が一番楽しい生き物みたいになる時あるよね……」
「はて、何のことでしょう?」
てへぺろ☆
「可愛いけど可愛げがない……」
「ふふーん。褒めても何も出ませんよ?」
「褒めてないよ!?」
こうして。
私と蔵守先輩の、和気あいあいとした時間が過ぎていきました。これも私の計画通り。プランBは成功です。
相手がこちらの思い通り動いてくれない? NPCじゃないんですから、そんなの当たり前。策士たるもの、二の矢三の矢を用意しておかねばなりません。
「……」
いつも通り、本の返却に来た鎧塚先輩が、図書室の出入り口から少しだけ頭を出して。ちょっと寂しそうな、入りづらそうな様子でいるのも、私は全部知っていたのです。
本作で、なぜシンバルちゃん達がこんな風になってしまったかというと……。
シンバルちゃんやバスドラちゃんも、自分の作品で出したいな
↓
でも無闇に登場人物増やしても、キャラを書き分けられず没個性化しそう……。でも出したい。
↓
二人とも元々モブキャラで台詞も(アンコンまでは)片手で数えるほどしかないし、性格なんてあってないようなものだったから、好きなようにアレンジしてもいいか
……とまあ、こんな流れで本作の構想段階から「こういうキャラでいこう」と決めていました。なので「この作品ではシンバルちゃんはこういうキャラなんだな」と割り切っていただけると幸いです。