北宇治高校ダブルリードパートへようこそ   作:言巫女のつづら

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第2章 滝先生・北宇治高校赴任1年目・4月
第10話 物怖じしないシンバル


 入学式から二週間が過ぎ、体験入部期間も終わりを告げた。

 音楽室には吹部の部員達の他に、ま新しい制服に身を包んだ一年生達が集っている。分かってはいた事だが女子が圧倒的に多く、男子の姿は二人しか確認できない。

 

「今年の新入部員は二十二人かあ。まあこんなものかな」

 

 小笠原先輩がほっとしたような表情をした。

 去年より減ってはいる。それでも弱小校である事を考えれば、まとまった人数が確保できたのは喜ぶべき事だろう。もっとも、隣にいる田中先輩は不満気だが。

 

「もっと気合い入れて勧誘すれば、三十人の大台に乗ってたかもしれないのに~。晴香は新入生が緊張するとかもっともらしい事いって勧誘はおざなりだし。後藤達は揃いも揃ってトンズラするし」

 

 滝野、それに後藤と顔を見合わせて肩をすくめた。

 

――暴れん坊将軍の練習しないで楽してたんだから、二年男子共は新入生のクラスをまわって勧誘してこい――

 

 田中先輩がミーティングでそんな命令を下すつもりでいる事を後藤経由で耳にするやいなや、三人揃って一目散に逃げ出したのだ。

 

「あのですね、田中先輩。高校から吹部に入ろうとする男子なんて、そうそういませんよ。そうなるとターゲットは女子を中心にするしかないんですが、見ず知らずなのに馴れ馴れしく話しかけてくる男子ってどう思います?」

「……あはは」

 

 光景が浮かんだのか、なんとも複雑な表情をする小笠原先輩。

 トロンボーンの野口先輩みたいなイケメンなら、まだ好感触を得られるかもしれないが。自分達が声をかけたところで引かれるだけだ。軟派な男子と思われるくらいで済めばまだいいが、校内であらぬ噂でも立てられたら目も当てられない。

 

「そうっすよ。俺は野口先輩みたいに、そこまでイケメンってワケじゃないんすから」

「……謙虚なふりして図々しいぞ」

 

 そういう後藤もイケメンというよりは武骨者。これはこれで筋肉好きな女子に需要があるんだろうが。

 

「まあ、滝野が客観的に見てイケメンという枠に収まるかどうかはともかく、そういう仕事に男子をあてるのはミスキャストなんですよ。どうしてもというなら後藤に一任すべきだったんです」

「だな」

 

 腕を組んで頷く滝野に、後藤が渋い顔をする。

 

「……なんで俺だけ」

「何かあっても一番ダメージが少ないからに決まってるじゃないか」

 

 一年生がいる手前、はっきり口にはしなかったが後藤と長瀬さんは去年の冬から付き合うようになっていた。

 普段の練習から何かと親身になってアドバイスを送る後藤に、長瀬さんも好感を抱いていたのは間違いない。そこに例の楽譜の一件だ。災い転じて福となす。我を忘れるほど怒ってくれた、それからも何かと気をかけてくれた。

 それですっかり長瀬さんのハートを射止めたらしい。……うまい事やりやがって。

 

 それはさておき。何か誤解が生じても、滅多に敵を作らない彼女が間に立てば下手な事にはならないのも確か。そういう意味では自分や滝野より適任ではある。

 

「三人とも淡泊なんだから~。初心者はこれからしばらく基礎練の毎日なんだし、今の内くらいおだてて夢見させる程度の腹芸出来なくてどうすんの」

「体験入部という名のお客様接待期間ですね分かります。それならなおの事、他の部員をあてて下さい」

 

 そういう役目こそ、口達者で抜け目ない田中先輩が適任だろうに。

 

「ほらほら二人とも、一年生が見てるよ。お喋りはそれ位にしてね」

「あ、すみません」

 

 いつの間にか、一年生の間からクスクスと笑い声が漏れ出ている。

 小笠原先輩はそんな新入部員達を見て人あたりの良い笑みを浮かべながら、部員達の前に歩み出て簡単な自己紹介を行った。

 

「……それでは一年生の皆さん、お待たせしました。これから担当楽器の振り分けに移ります。初心者もいると思うので、まずは楽器の説明をしていきます。そのあと各自、希望の楽器を担当する先輩達のところに集まって下さい。じゃあまず、トランペットから」

 

 小笠原先輩の言葉を合図に、楽器紹介が始まった。

 中世古先輩のトランペットに続いてホルン、トロンボーン、クラリネット、フルート、パーカッション、サックスと次々に各楽器の紹介は進み、いよいよ自分達ダブルリードの出番がまわってくる。

 

「じゃあ次。オーボエとファゴット、宜しくね」

 

 新入生の視線が集まってくるのに内心緊張しつつ、口を開いた。

 

「ダブルリードパートリーダーの蔵守です。このパートでは、オーボエとファゴットの二種類の楽器を使っています。オーボエというのは、この通りクラリネットに似た形をしていて……」

 

 オーボエの紹介は、身内から散々ケチつけられてすっかりやる気なくしていたので、味もそっけもないものになった。自分の後を受けて、喜多村先輩がファゴットを抱えて前に出る。

 

「ファゴットはこれでーす。お菓子のトッポを思いっきりでっかくした感じの楽器です。実は……今この楽器はストックがなくてメンバーの募集はしていません。やってみたかった人はゴメン!」

 

 北宇治高校のファゴットは二つしかストックがなく、先輩達の分で埋まっている。まさか百万は下らないファゴットを持参してウチに入部してくるような奇特な新入生はいまい。

 

「一応どんな楽器か説明しておくと、オーボエと同じで吹奏楽だと影が薄い! ファゴットなくても合奏できる曲なんて珍しくないし、オーボエみたいにソロをやる事なんて滅多にないし、音量も小さいから本番で吹き真似しててもそうそうバレないし、だから楽でいいよ!」

『……』

「あ、あれー?」

 

 どことなく白けた空気が音楽室に広がるのを察して、喜多村先輩に話しかけた。

 

「先輩、もしかしてファゴット嫌いなんですか?」

「そ、そんな事ないよ!?」

 

 じゃあ今の紹介は一体何なんだ。

 

「……もういいです。オーボエの方もストックが一つしかないので、オーボエのみ一名の募集になります。勿論、自前の楽器がある人はこの限りではないので是非希望してください」

 

「で、では次。低音の紹介です」

 

 微妙に(ゆる)んだ音楽室の空気を立て直そうと声を張り上げる小笠原先輩に、待ってました! と言わんばかりに田中先輩が飛び付いて部員の前に出てきた。

 

「低音パートリーダー兼副部長の田中あすかです! 楽器はユーフォです!」

 

田中先輩が銀色のユーフォを掲げる。後藤の話じゃ、アレって先輩の私物なんだっけ。

 

「ユーフォニアムというのは、ピストン・バルブの装備された……」

 

 田中先輩は去年自分が入部した時と全く同じ、またウィキペディア丸コピペのユーフォ紹介だ。楽器に対する愛情が感じられない。自分自身の言葉で語りましょうよ先輩。

 

「……などでは、指導者の方針により、ドイツ式バリトンやユーフォニアムなども……」

 

 と思ったら去年より長くなってる。原稿用紙十枚分だと!? どうやら原文の方を訳してきたらしい。

 田中先輩、訂正します。貴方のユーフォに対する愛情は安っぽくなんかない。でも歪んでる。

 

「それで、日本ではイギリスで発展したピストン式ユーフォニアムが一般的で」

「……はいカット。次お願い」

 

 最上級生二人のイレギュラーな楽器紹介に、小笠原先輩も苦々しい顔をしている。

 次は後藤のチューバ。

 

「チューバは低音で……メロディーがあんまりなくて……あと、重いです」

 

 綺麗に要点をまとめたな。でもそれじゃ希望者出ないぞ。

 後藤の正直すぎるチューバ紹介に、田中先輩が口を挟んだ。

 

「ちょっと後藤! それじゃチューバの魅力が全然伝わらないでしょ!」

「……いや、変に夢持たせても後で大変になるだけですし」

 

 中学の時のチューバ担当も、大きくてかさばるし重いとグチっていたのを思い出す。リズムを刻んだり重低音を長く響かせる地道な作業がメインの楽器なので、女子ウケは悪い。シミュレーションゲームとか、数値をコツコツいじるのが好きなタイプの男子には合うかもしれないが。

 

「貴方達! もっとまともなスピーチ考えてきてよ!」

 

 とうとう小笠原先輩から雷が落ちた。

 

「あ、あのー」

『?』

 

 小笠原先輩の怒号に小さくなっている低音パートの二人に、ふわふわした猫っ毛のちっこい一年生がおそるおそる話しかけてきた。

 ちなみにもう一人の戦犯は自分の背中に隠れてる。人を盾代わりにするの止めてくれませんか?

 

「ここの吹部には、コンバス無いんですか?」

「いんや、担当者いないから紹介後回しにしてたんだけど……。なに、もしかして経験者!?」

 

 目を輝かせる田中先輩に、一年生の子は真剣な表情で食いついてくる。

 

「はい、聖女でやってました」

『聖女!?』

 

 部員達が目を丸くする。自分も危うく腰を抜かしそうになった。

 聖女といえば、毎年吹奏楽コンクール全国大会に顔を出しては金賞をかっさらう中学屈指の超強豪校。自分の母校は言うに及ばず、傘木や鎧塚さんの南中と比べても格が違う。

 二十人も新入部員がいれば一人二人は突き抜けたのが出てきても、別におかしくないのかもしれない。去年はたまたまそういう手合いが多かっただけか。

 他に誰もいないコントラバス担当に立候補するあたり、相当に肝が太い彼女を眺めながら、そんな思いに囚われた。

 

 

 

 

「それじゃあ一年生のみんな、それぞれ希望のパートのところに並んで下さい。ただし、希望が多い楽器は選抜テストになるからね」

 

 部長の指示に従って、一年生が思い思いのパートにちらばり始めた。自分と鎧塚さんも愛用のオーボエを机の上のスタンドに立てかけて、希望者がやってくるのを待ち構える。

 しかし……

 

プゥー。

 

「一年生、来ないね」

 

 先輩達はファゴットを片付けに行ったまま戻ってこない。どこぞで油を売ってでもいるのか。

 ストックがないので、新入部員の勧誘をやらなくていいとはいってもパートは同じ。オーボエの勧誘を手伝ってくれてもいいのに。

 

「……見た感じ、経験者もいない。難しい楽器だから無理に誘う事もないと思う」

 

プゥー。

 

「……それより、さっきから何してるの?」

「見て分かんない? 風船膨らましてるんだよ。肺活量強化の練習にもなるし」

 

 管楽器を演奏する上で一にも二にも大事なのが肺活量。それを鍛えるトレーニング方法はいろいろあるが、自分は風船を利用している。

 風船を膨らませては(しぼ)ませる手順を繰り返す事で、肺からより多くの空気を勢いよく、長時間にわたって吐き出せるようになる。

 しかし今回は、膨らませるだけに(とど)めた。

 

「そうじゃなくて。どうして今そんな事を……」

「高校からオーボエやろうっていう気合い入った子が来たら、プレゼントしてあげようかと思ってね。……よし、体の方はこんなもんでいいか。

頭の部分に" ・・ "つけて、

それから" ∞ "つける」

 

 風船をねじり込んで、後ろ足、胴、前足を形作っていく。さらに頭を形成して、油性ペンで目と鼻を書き込めば、後は最後の仕上げを残すだけ。

 

「……?」

「次。小さい風船をねじって輪っかにして、頭に被せてと……。出来た、即席ポンデライオン」

 

 たてがみ代わりにポン・デ・リングを取り付けたマスコットキャラが出来上がる。

 本当はこんな遊び半分では効果は薄いが、今日は特別だ。

 目を丸くする鎧塚さんに、ポンデライオンを見せびらかした。

 

「欲しい?」

「別に。欲しくない」

 

 そう言って鎧塚さんはぷいっと顔を背けたが、ちらちら視線をポンデライオンに向けてくる。

 素直じゃないな。

 

「あはは。愉快な先輩ですね」

「ん?」

 

 背中から声がしたので振り返ると、栗色の髪を肩まで伸ばした一年生が、口元に笑みを浮かべて自分達の様子を(うかが)っていた。初対面の、それも先輩相手に物怖じせずに話しかけてくるあたり、なかなか元気そうな子だ。

 

「君、オーボエに興味あるの?」

「全然ないです♪ 先輩達が面白そうな事してるので気になって」

「あ、そう……」

 

 そこまではっきりきっぱり言われると、オーボエ担当としてちょっと傷つくぞ。

 苦笑いする自分を意に介さず、一年生の子はポンデライオンを手にとって可愛いと(つぶや)いている。

 

「これってバルーンアートって言うんですよね。他にも何か作れるんですか?」

「そうだね……。出目金とか、花を模したブレスレットとかなら」

「ダメ金?」

 

 耳が遠いのか何なのか、隣から不愉快な単語が聞こえてくる。

 中学時代三年間ダメ金すら取った事ない自分へのイヤミか?

 

「……ははは。とりあえず鎧塚さんは耳掃除でもしてて。あと、イヤホンつけてリズムゲームするのもほどほどにしときなよー。耳悪くするし、どうせ大した点数叩き出せてないんだし」

「む……。余計なお世話」

「あ、あの~。先輩?」

『?』

 

 やや険悪になりかけた空気にびびったか、一年生の子がおずおずと尋ねてきた。

 

「厚かましいとは思うんですけど、よければこのポンデライオンもらってもいいですか?」

「ああ、別に構わないよ」

 

 見た感じ、他にオーボエやろうって子もいないようだし、手元に残しておいてもしょうがない。

 

「やった!」

 

 随分と気にいってくれたようだ。満面の笑みで即席ポンデライオンを抱きかかえながら、名前どうしよ~と(つぶ)いている。

 そういえば。

 

「まだ君の名前聞いてなかったね」

「あ、申し遅れました。私は井上順菜(いのうえじゅんな)っていいます。中学も吹部で、シンバルやってました。こっちでも続けるつもりです」

 

 シンバルか。

 ナックル先輩や加山先輩が大喜びするだろうな。ただでさえ人手不足なところに経験者がやってくるんだから。

 でもウチのパートには来てくれないのか。ちょっと残念。

 

 

「ウチのパート、サファイアちゃん以外まだ1人も来てないんだけど……」

 

 ん?

 

「ウチのパート、サファイアちゃん以外まだ1人も来てないんだけど……」

「ウチのパート、サファイアちゃん以外……」

「あ、あの。何で三回も言うんですか……」

「君鈍いのかにゃ~。私は勧誘しているのだよ君のコト!」

 

 まだ希望する楽器が決まっていないのか、音楽室の真ん中に残っていた一年生を田中先輩が籠絡(ろうらく)してる。去年自分を勧誘した時と変わらない、相変わらず相手の意向を全く気にしない人だ。

 

 ……ふむ。

 

「井上さん。ウチのパート、君以外まだ一人も来ていないんだよ」

「あ、そうみたいですね」

「……ポンデライオンあげたのに来てくれないの?」

「え!? ええっとお……」

「……ウチのパート、君以外まだ一人も来ていないんだよ」

「わ、私はシンバル続けたいかなー。なんて……」

「そうかそうか、つまり君はそういう奴だったんだな?」

「あわわ……。私は悪漢ということに決まってしまいました!」

 

 ノリ良いな、この子。

 言葉ほどにはうろたえた様子を見せない彼女と、もう少しやりあってみるのも悪くない。

 

「女なのに悪漢とはこれいかに」

「じゃあ悪女ですか? うわ、高校生なのに悪女って凄いビッチみたいでやらしいんですけど! ……それはともかく、あの話って主人公の方が悪くありません?」

「確かにね。他人の標本盗んで壊しておいて、一番大事にしてた自分の標本を譲らずに、まずおもちゃで片をつけようってあたりはちょっとね。エーミールも性格悪いとは思うけど」

「ですよねー。そもそもあの主人公、他人の家に断りなく立ち入って」

「不法侵入だよね」

「標本盗んで」

「窃盗だよね」

「そして壊しちゃうんですよね」

「器物損壊だよね」

 

 一晩で三件もの犯罪行為をこなすとは、とんだ悪童である。あげく、いい年した大人になってそんな黒歴史を他人に語ろうとするんだから、もともと頭のネジの一本くらいは抜けていたのかもしれない。

 

 それからしばらく彼女と雑談に興じた。絶え間なく話を繋げて、時間の経過を気付かない様にさせながら。

 振り分けの残り時間は、あと()()

 

「……井上さん。そろそろ振り分け終わる。シンバルやるなら早くパーカスに行った方がいい」

「はっ! そうでした、このままここに居残ってちゃオーボエやらされちゃう!」

 

 ちっ。鎧塚さんも余計な事を。

 

「危うく丸めこまれるところでした。もー、先輩も油断ならないなあ」

「ひとたび網にかかった獲物は逃さない主義だから。今回は見逃してあげよう」

「ひえっ。なんかクモみたい」

 

 後ずさる井上さん。そんなマジに怖がらなくてもいいじゃないか、軽いジョークなのに。

 

「まあ冗談はこれ位にして、シンバル続けるって決めてるんでしょ? なら今からいっても間に合うよ」

「……ホントに冗談だったんですか? それで……蜘蛛守(くももり)先輩?」

蔵守(くらもり)、ね。何?」

「ホントにこれ、(もら)っちゃっていいんでしょうか。なんか貰い逃げみたいになっちゃいますけど」

「全然いいよ。手間かけさせたちゃったしね。お詫びがてら、もっていってちょうだい」

 

 

 裏切り者には作ってあげないけどね。

 

 空気読まない相方にそう(ささや)いたら、捨てられた子犬みたいな顔してら。

 

「わーい! ありがとうございます!」

 

 はしゃぎながら井上さんが向かった先では、ナックル先輩達が打楽器のデモンストレーションを行っている。

 小太鼓(スネアドラム)大太鼓(バスドラム)・ティンパニ・シンバル・木琴(シロフォン)鉄琴(グロッケン)・チャイム・タンバリン・トライアングル。およそ思いつく有名どころの打楽器が一つ所に並べられた様は圧巻で、毛色の異なる楽器一つ一つの紹介は素人目にも大変そうだ。

 

 誰にもらったの、とでも聞かれたのだろうか。同じパーカス希望の一年生……頭に赤いリボンを付けた子と眼鏡の子にポンデライオンを見せびらかしていた彼女が、自分の方に向き直った。

 目が合ったので軽く手を振って愛想笑いすると、一年生の子達も軽い会釈を返してくれる。

 

 眼鏡の子の方はどうという事はないが、高校生にもなって頭からはみ出る大きなリボンをした子はちょっと少女趣味じゃないのかと思う。

 ま、あれの三倍は少女趣味なデカリボンつけてるのがウチの部にはいるしな、似合ってるし深くは考えまい。

 

「なんか初々しくっていいね」

「……そう」

「パーカスの新入りは三人か。一気に人手不足が解消だね、いいなあ」

「……そう」

「……」

 

 すっかり意気消沈してる。ただでさえ暗いのが三割増し状態なので鬱陶(うっとう)しい事この上ない。そんなにポンデライオン欲しかったのか?

 

 

 

 

「で、結局今年はゼロと。もうちょっと頑張れない?」

「そう思うんなら、少しは勧誘手伝って下さい」

 

 どこぞで駄弁っていた先輩達は戻ってくるやいなや、がっくりと肩を落とした。

 音楽室では女子に人気の楽器……フルートやサックスの選抜テストから漏れた子達が、第二志望の楽器に群がっている。

 でもダブルリードパートには寄ってこないんだなこれが。

 

「惜しかったんですよ。あとちょっとで一匹ゲットできそうだったんですが」

「一匹って。やっぱりパートに加えるつもりだったの……?」

「だって他の子来なかったし」

 

たしなめるような口調の鎧塚さんを、適当に受け流した。

 

「経験者だし……素直にシンバルやらせた方が良いと思う」

「どうせ今年のコンクールも府大会で終わるだろうし、何やらせたって一緒だよ。

なら後継者を確保しておいたほうが良いと思わない?」

 

 だいたいあの入学式の演奏を聞いたうえで吹部に入ろうとしているのだ。

 経験者なら、コンクールでは上にいけそうにないって事も察しているだろう。

 それなら違う楽器に転向させるのも悪くない。

 後輩にしたって、顔も知らないOBやOGより先輩に指導された方が良いに決まっている。

 

「それだけ?」

「え?」

 

 岡先輩がニヤニヤしながら話に割り込んできた。

 

「本当はパシリが欲しいとか思ってんじゃないの?」

「……正直なところ、それもちょっと。男子が来てくれれば言う事なかったんですが、贅沢は言ってられませんから」

 

 今年の新入部員男子二人は、それぞれトロンボーンとサックスにおさまってしまった。どちらのパートも去年辞めた部員が多いだけに、こちらに回してくれとは言いにくい。

 

「でもあの子……井上さん、シンバルやりたがってた」

「ま、シンバルなんて叩くだけだし。いざとなれば初心者にやらせりゃいいしね」

 

 岡先輩が暴言を吐いた。

 慌てて周囲を見渡すが、幸い他のパートのメンバーは一年生との歓談に花を咲かせているようだ。聞かれた様子は無い。

 

「岡先輩……、何てこと言うんですか。ナックル先輩達に聞かれたら殺されますよ」

「そんな事言って。アンタもそう思ってんじゃないの?」

「冗談で済まないから、あえて口にはしなかったんですが」

 

 一見簡単そうに見えるのは確かだが、あれで叩き方の強弱の付け方とか結構大変らしい。実際にやったことはないのでよくは知らないが。

 

 

「……さ~て。ユーフォやってたのに黙ってた理由、とっとと吐いてもらおうか」

「いや、その、だってユーフォって吹奏楽とかマーチングくらいにしか使えなくて潰しがきかないし、後ろのトロンボーンの人からスライドぶつけられるし、地味だし」

「言うに事欠いてそれかぁ! 地味な顔しておいて!!」

「意味わかりません!!!」

 

 田中先輩のところには新入部員が三人。先程捕まっていた子も結局先輩の舌先三寸で丸めこまれたらしい。何やら大声で言い合いつつも他のパートに移る様子は無い。人気のない低音楽器のはずだが、しっかり頭数を揃えるあたりさすがに先輩は敏腕だった。

 

「……それにしてもびっくりだよ。コンバスの子、聖女出身だなんて」

 

 口やかましい低音パートの面々を横目で眺めながら、喜多村先輩が机に腰掛けた。

 あまり羨ましそうでないのは、やはり超強豪校出身のサラブレッドとなると扱いが難しいのが容易に想像できるからだろう。

 

「ホント、今年もまた場違いなのが入ってきたよね。去年みたいな事にならなきゃいいけど」

「さすがにそれはないでしょう。傘木達の時みたいに団体様ご一行で来たワケじゃないんですから」

 

 岡先輩の心配はさすがに杞憂だ。低音パートは田中先輩の縄張り(シマ)。長瀬さんや後藤もいる。

 来そうもない学校からやってくるあたり、ワケありなのは間違いないが。

 

 

 

 

「鎧塚さん、そろそろ移動しないと授業に間に合わないよ」

「待って、今行く」

 

 楽器振り分けの翌日の昼休み。

 読書に夢中になっているのか、席を立つ様子がない彼女に声をかけると、慌てて読みかけの文庫本を閉じて駆け寄ってきた。

 

 移動教室の時間になると、そそくさと自分の後について来る。

 鎧塚さんがそういう行動を取り始めたのは去年の二学期初めからだった。

 

「大野さんから聞いた? 今日から新しい顧問の人が来るって。滝先生って言うらしいよ」

「うん。そう聞いてる」

 

 無言でいるのも気まずいので適当に話を振るが、鎧塚さんも口達者な方ではないし、自分も彼女が喰い付いてきそうな話題などわからない。部活から離れて普通の学生生活に戻れば、彼女とはそこまで頻繁に言葉を交わしてはいない。自然と、いつも部活関係の話題に終始した。

 去年のクラスは吹奏楽部員が他にいなかった。それで特に気にも留めずにいたが今は大野さんがいる。ことさら自分と一緒に行動する必要はないはずだが。大野さんは大野さんで、仲がいいねと冷やかしてくるし。

 

 ふと、先程までの本を読んでいる鎧塚さんの姿が頭に浮かんだ。

 

「さっき何読んでたの?」

「グリム童話の、星の銀貨」

「ああ、主人公の女の子が困ってる人達に持ち物を分け与えて最後にはマッパになっちゃうあれか」

 

 子供心に、画面に映される下着姿の女の子を見て、あんなの公共の電波で流していいのかと思ったが。

 

「鎧塚さんも、案外ムッツリだね」

 

 そうからかったら、無言で小突かれた。

 

「……むぅ」

「ごめんごめん。で、夢中になっていたのはどの辺り?」

 

 主人公も年頃の女の子だし、自分自身に身を置き換えてたりでもしていたのだろうか。

 

「あの話の最後。女の子は集めた銀貨で裕福に暮らしたというくだりで幕を閉じてるの」

「確かそんな感じだったね」

 

 もうあまり細かい事まで覚えていないけれど。

 

「結局世の中お金がないとままならない、そう伝えようとしているのが琴線に響く」

 

 本当はドライ、グリム童話。

 

「善行は報われる、どうしてそう素直に受け取らないかなあ……」

 

 思わずため息が出た。

 鎧塚さんも(ひね)くれている。この人はいつもこんな風に(しゃ)に構えて本を読んでいるのだろうか。

 

「良い事をすれば神様がご褒美をくれたり、頑張れば結果がついてくるとか、現実はそううまくはいかないから」

「……」

 

 中学最後のコンクール。文字通り部活漬けの毎日を送っていたにもかかわらず銀賞で終わった事が、鎧塚さんを変に屈折させているのかもしれない。

 そのあたり、傘木の方は高校で金賞とれればいいと割り切っていたようだが。

 

「そういえば、傘木とはどう? なんか去年の事で自分とは顔合わせづらいのか、クラスにも顔見せに来なくなったし」

「……LINE(ライン)で近況は教え合ってる」

「ふうん。直接会ってはいないんだ」

 

 何か含んだ物言いだったが、鎧塚さんは口数が少ない。スマホ上での絵文字やスタンプを介したやりとりの方が話は盛り上がるのかもしれない。

 

「……市民楽団の方で忙しくて、学校終わったらすぐ家に帰ってる。集まって練習できるのは休日だけで合奏練習しか出来なくて、それまでに自分が吹く所は形になってないとダメだから。邪魔しちゃ悪い」

「そっか。社会人の人も大勢いるだろうし、部活みたいに毎日パート練習って訳にはいかないか。鎧塚さんはそっちに移ろうとは思わなかったの?」

 

 二人は仲が良かったし、コンクールが済んでしまえばもう後腐れもない。二学期以降は傘木のいる楽団に籍を移すとばかり思っていたが、今の今まで吹部に居残る理由を聞けずにいた。

 

「……オーボエの定員、埋まってたから」

 

 微かな違和感を感じた。

 フルートは横に構えて演奏する優雅なスタイルから、女子の人気が高い楽器だ。

 楽器自体も比較的安価と言う事もあって、楽団ではどこも供給過剰気味と聞いている。フルートの枠が空いているのに、為り手が少ないオーボエの方が足りているなんて珍しい。傘木は古参メンバーが引退した枠にでも潜り込んだのだろうか。

 

「なら仕方ないか。こっちはこっちで銀賞目指して部活頑張ろう。オーボエの枠が空いた時になって移りたくなっても、練習足りなくてブランクできてたら不味いしね」

「……うん、銀賞、取る」

 

 冷めたもので、どちらからも金賞という言葉は出てこない。それでも、銀賞という言葉は出る。

 それが去年のコンクールが終わってから八ヶ月、万年銅賞の吹部が地道に軌道修正を積み重ねた末の収穫と言えば収穫だった。

 

 


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