ブラックブレット:破滅の風   作:i-pod男

6 / 7
注意:原作と大して変わりありません。


Stage VI: The Real World

「随分とお疲れの様子だね、里見君。」

 

蓮太郎の手は反射的に腰の銃に伸び、声がした方にそれを向けていた。ゆっくり背後を振り向くと、自分にも拳銃の銃口が鼻先に突きつけられていた。かなりの改造を施した銀色の銃は深夜の街を照らす街灯の光を反射し、剣呑な光を放っていた。銃の原型はベレッタらしく、マズルポートにはCQCで使うマズルスパイクが装着されていた。反動を抑える為の大振りなコンペンセイターには脱着可能な刃、そして装弾数が底上げされた延長マガジンもグリップの底から伸びているのが見える。スライドの左側には『Give life with dignity』、右側には『Otherwise, give death as a martyr』の文字があった。グリップ自体には邪神クトゥルフの姿が彫られたメダルがはめ込まれており、ネジも同じデザインが施されていた。

 

「随分と悪趣味な銃だな、蛭子影胤。」

 

「ヒヒヒ、こんばんわ、里見君。」

 

タキシード姿の仮面の紳士は銃を下ろした。驚いたことに、もう一方の手にも同じようにカスタマイズされた黒いベレッタが握られている。

 

「この黒い銃は『スパンキング・ソドミー』、銀は『サイケデリック・ゴスペル』。私の愛銃だよ。」

 

「何でここにいる?と言うかどうやって俺の居場所が分かった?」

 

「君と話がしたいだけだよ。それと、私は人を探すのが得意なだけさ。君が思っている程難しい事では無いのでね。銃を下ろしてくれないか?」

 

「断る。」

 

「おやおや。」

 

影胤は指を鳴らした。

 

「小比奈、あの邪魔な右腕を切り落としなさい。」

 

「はい、パパ。」

 

連太郎は即座に後ろに飛び、鋭い風切り音と共に先程立っていた所で一対の黒い刃が交差した。その持ち主は黒いドレスに身を包んでおり、影胤の隣に立った。小比奈の歪んだ冷笑を見て、蓮太郎の背筋を冷や汗が滴り落ち、肌が泡立った。

 

「動かないで。首、落ちちゃう。」

 

全くあの斬撃が見えなかった。あの時は運良く躱せたものの、次は間違いなく当てられる。再び土煙を上げて踏み込んで来た。しかし彼女の動きについて行けない蓮太郎は為す術無く目を閉じるしか無かった。

 

しかし当たるかと思った瞬間、空中で金属質な物同士が激しくぶつかり、擦れ合う音が夜の空に響いた。

 

「蹴れなかった?」

 

「あれ?斬れなかった?」

 

目を朱色に染めた延珠が蓮太郎の隣に降り立った。

 

「蓮太郎、此奴らは何者だ?」

 

「敵だ。」

 

小比奈は刀の切っ先を二人に向けたままジリジリと距離を詰め始めた。表情は少し前とは打って変わってしっかり足場を確保し、バラニウム製の黒い剣を交差させながら構えを取った。

 

「パパ、気をつけて。あの子・・・・強い。多分蹴りに特化したイニシエーターだよ。」

 

「ほう、小比奈にそこまで言わしめるとは、余程凄いイニシエーターなのだろうね。」

 

「そこのちっちゃいの、名前教えて。」

 

「お主だってちっちゃいであろう、無礼な!」

 

延珠は小比奈の呼びかけに顔を真っ赤にして飛び跳ねた

 

「妾は藍原延珠、モデル・ラビットのイニシエーターだ!」

 

「延珠・・・・覚えた。モデル・マンティス、蛭子小比奈。接近戦では私は無敵。あの兎、首だけにするから斬って良い?」

 

「何度も言っているだろう?愚かな娘よ。ダメだ。」

 

「ブゥ〜・・・・パパ嫌い。」

 

しかし小比奈はそう言いつつも影胤の側に立ち、動く事は無かった。

 

「さて、里見君。どうやら膠着状態に陥ってしまった様だが・・・・・本当にここで戦うつもりかね?」

 

相手が相手なだけに辺りを見回す間も、蓮太郎は決して警戒を疎かにする事は無かった。居住区でペア同士が戦えば被害は甚大なものになる。最悪巻き添えを食って死者が出るかもしれない。下唇を強く噛みながら、蓮太郎はゆっくりと銃を下ろした。

 

「言いたい事があんならさっさと言え、馬鹿野郎。眠い上に明日の小テストの為に復習しなきゃ行けねえんだよ。」

 

影胤は仮面の奥で小さく笑いながら銃をホルスターにしまい、月をバックに手を伸ばした。

 

「ならば、単刀直入に言おう。私の仲間にならないか?」

 

「はあ?」

 

「正直に言うと、何故だか最初に会った頃から君に興味が湧いてね。どうしても本気で殺そうと言う気が起きないのだよ。手を組むと言うのなら、命は取らないでおくが、どうかな?」

 

「・・・断る。」

 

「ではもう一つ。君はこの不条理な世界を変えてみたいと思った事はないか?東京エリアのあり方が間違っていると、そう思った事は一度も無いかね?」

 

その質問に蓮太郎は顔を伏せた。もし変える事が出来るなら勿論変えたい。今朝方の胸糞が悪くなる出来事が蘇った。

 

延珠の買い物に付き合わされて街に繰り出していた時、煤けた顔の少女が追われていた。継ぎ接ぎだらけの服と裸足である事から明らかに文明から離れた外周区に住んでいる事が見て取れる。しっかりと抱えた食べ物が入ったカゴの様に、服もまた盗んだ物なのだろう。帽子の奥から延珠と同じ赤い目をしている、『呪われた子供達』だ。

 

逃げる少女を数多の手が背後から掴むと、乱暴に彼女を地べたに放り投げた。明らかに骨が折れる音がしたが、彼女の追っ手はそんな事は意に介さない。手を離れた野菜や果物はカゴから飛び出し、蓮太郎の足元へ転がった。

 

「離せっ!!」

 

顔をアスファルトに押し付けられた少女は怒りに顔を歪ませながら歯をむき出し、野生の虎の様に腕を振り回して抵抗した。

 

「お前みたいな化け物は東京エリアのゴミだ!」

 

「ガストレアめ!」

 

「ギャーギャー騒ぐな、人殺しの化け物が!」

 

蓮太郎は口々に叫ぶ連中の一人の肩を叩いた。

 

「おい、何が–––––」

 

「何が、だと?このガキが盗みを働いて警備員が声をかけたら半殺しにして逃げやがったんだ!」

捕まった少女は延珠に手を伸ばしたが、蓮太郎はその手を払い除け、彼女を睨んだ。

 

–––––やめろ、延珠を巻き込むな、と。

 

やがて騒ぎを見て誰かが通報したのか、警察官が二人現れて野次馬をその場から退散させた。

 

蓮太郎はようやくリンチが終わると思い、小さくほっと胸を撫で下ろした。が、その警察官二人の対応が引っかかった。周りの人間にろくな事情聴取もせずに少女に手錠を嵌めてパトカーに押し込むと、彼らに礼を述べるとそのまま走り去ったのだ。

 

そして後を追った結果、その引っかかりは見事に最悪の形で的中した。パトカーは外周区で停められており、物音がした方向へ忍び足で向かった結果、その少女が警察官に銃弾を浴びせられる現場を目撃した。

 

普通の人間ならば頭に銃弾を喰らえば即死だが、少女はガストレアの因子をその身に宿している。バラニウムでない限り簡単に死ぬ事は無い。しかし彼女が浴びせられた銃撃の痛みは計り知れないだろう。何せ彼女はかろうじてだがまだ生きているのだから。出血でどんどん体温が下がっていく彼女を血で汚れるのも構わずに蓮太郎は彼女を抱き締めた。目も眩む様な怒りに歯がギリギリと軋り、体が震え始めた。

 

民警は無辜の民を守り、正義を保つ事が仕事のはずだ。なのに今自分は、子供が殺されるのを見殺しにした。蓮太郎は悔しさと情けなさで泣く一歩手前まで追い詰められていた。敵はガストレアであって『呪われた子供達』では無いはずだ。感情のやり場が見つからず、蓮太郎は少女を抱き上げ、走り出した。可能性は低いかもしれないが、彼女を救わなければ。

 

結果的に彼女は八時間にも及ぶ手術の末に命を取り留めたが、警察に届けるべきだと医者に進言された時には苦笑いを浮かべるしか無かった。

 

あの時の射殺されるかもしれないと言う恐怖をどこかで感じていた臆病な自分は生涯忘れる事は無い。

 

蓮太郎の躊躇いを感じ取った影胤は白い布をポケットから引っ張り出して地面に落とした。三つ数えてそれを取り払うと、その下から大きなスーツケースが現れた。

 

「聞いた所によると懐事情はそこまで芳しくないそうだね。」

 

それを蓮太郎の方へ蹴ると蓋が開き、ぎっしりと敷き詰められた札束が露わになる。

 

「私からほんの気持ちだ。」

 

「君は、延珠ちゃんを普通の子供のふりをさせて学校に通わせているそうだね?何故わざわざそんな事をする?彼女達はホモサピエンスを超えた次世代の人類だよ?大絶滅の後に生き残るのは我々力のある者達だけだ。私につけ、里見蓮太郎。」

 

答える代わりに蓮太郎はケースを力一杯蹴り返し、それに向けて三度銃を撃った。ケースは小さく跳ね、穴が空いた紙幣が紙吹雪の様に舞い、辺りに散らばった。

 

「君は大きな間違いを犯したよ、里見君。」

 

「ああ、分かってる。最初に会った時にお前を殺さなかった事だ!蛭子影胤!」

 

「君は愚かだ。君がいくら奴らに奉仕したところで、奴らは君を何度でも裏切る。」

 

両者はしばらく睨み合っていたが、パトカーのサイレンが近づいてくるのに気づいた。先程の銃声が聞こえたのだろう。

 

「水入りだ、里見君。明日学校に行ってみるといい。そして現実を見るんだ。」

 

そう言い捨て、影胤は小比奈と共に闇の中へ溶け込んで姿を消した。

 

「延珠、あのイニシエーターどう思う?」

 

「強いぞ。怖いぐらいだ。」

 

「もし戦ったとして・・・・お前なら勝てるか?」

 

「分からない。」

 

「そうか・・・・」

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。