ブラックブレット:破滅の風   作:i-pod男

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Stage V: The Doctor

「で?今度は何の用かね?エッチで怠け者で臆病で壊滅的に射撃が下手な蓮太郎君?少しは改善したのかい?射撃の腕はのび太君レベルに上がったかい?」

 

防衛省で影胤が乱入してから間も無く、蓮太郎は勾田病院に向かい、地下室にいる知り合いの医者、室戸菫に会いに行っていた。

 

「それは最初に来た時にもう聞いた。いい加減にしてくれよ、もう・・・・」

 

室戸菫は研究室を自室としており、放って置けば世界が終わるか食料が無くなるまでそこから出る事が無い重度の引き籠もりだ。それ故肌は病的な程に白いが、不思議な事にそれは彼女の美貌を損なうどころか、濃く暗い髪の色も相俟って不思議と引き立てている。

 

防衛省での経緯を搔い摘んで話してから一息つくと、更に質問を重ねた。

 

「先生、桐生正宗の事についてもっと教えてもらいたい。」

 

「プライバシーの侵害に当たるから患者の個人情報を第三者に漏らす訳には行かないからどこまで答えられるか分からないが・・・・・彼がどうかしたのかね?」

 

「個人情報は別にどうでも良いんだ。ただ、新人類創造計画の一員かどうか。それと先生から見てどう言う奴なのか。それを知りたい。」

 

「一つ目の質問の答えはイエスだ。君同様、私が自ら執刀した。良く覚えているよ。子供だてらにガストレア数体を一人で相手取って倒したと運び込んで来た自衛官が言っていたからね。大小様々な打ち身、切り傷、骨折は軽微な物から重傷まで様々あったが、運び込まれた時に一番目を引いたのは右胸から先が内蔵や骨を含めてごっそりと無くなっていた事だね。それでも残った左手は死ぬか生きるかの選択をする時以外は刀を握り締めて離そうとしなかった。片目の角膜の傷も酷かったから目にも少しばかり手術を施した。成長につれて義手を新調する時以外は来なかったが、来る時は必ず何かしら手土産を持って来ていたよ。最近では但馬牛のビーフジャーキーだった。なかなか美味だったよ。」

 

「二つ目の答えは?」

 

「遊び心を持った理性ある獣、と言った所かな?」

 

菫の不思議な言い回しに蓮太郎は当惑した。

 

「改造手術を施した日を境に、彼は何かに取り憑かれた様に戦場へと繰り出していた。一度戦う事が楽しいかと聞いたら、彼は笑顔で楽しいと答えた。強い相手と戦うのが特に楽しいと。会いに来る度に血や汗、ガストレアの体液に塗れていてね。だが決して殺戮に狂って我を忘れる様な事は無かった。良い話し相手だよ。」

 

「それ、明らかに完全に頭ぶっ飛んでる奴の症状じゃないのか?」

 

菫の説明では正宗が幕末に生きていた人斬りの化身が乗り移った精神を病んだ男にしか聞こえない。

 

「確かにそうかもしれないが、人間なんて生き物は多少頭のネジが幾つか外れていてなんぼの存在だ。」

 

そう言われて蓮太郎は言葉に詰まって押し黙った。引きこもりで死体愛好家でもある菫にそれを言われてしまうと反論のしようが無い。

 

「あれは彼なりに正気を保つ為の措置だよ。精神科は私の専門外なのだが、人間が溜め込めるストレスの量は限られていると言う事ぐらいは承知している。中途半端に緩いネジをギリギリまで待って一気に取り払った結果、少しおかしいのが一周回ってああなっているんだと思うよ。」

 

「なるほど・・・・じゃあ、もう一つ。あいつのIP序列は?」

 

「正確には分からないが、最後に会った時はもう既に千以上だった。」

 

ドアが開く音がして、二人はそちらに目を向けた。大きなレジ袋を三つ程片手に携えた正宗だった。

 

「おお、山下達郎。」

 

「里美蓮太郎だ!最早ワザとだろ!?」

 

「悪い悪い。菫先生、久し振り。美味いモン持って来たよ。」

 

「何時も何時もすまないね。奥に業務用冷蔵庫があるからそこに入れておいてくれないか?」

 

「たまには外に出てくれよ。これより美味い奴がある所、幾つも知ってるし。奢るよ?昼でも夜でも。」

 

冷蔵庫にレジ袋の中身をしまいながら正宗が誘った。

 

「申し出はありがたいが、どうしてもと言うのなら出前を頼むかここで君が料理を作ってくれたまえ。私はここを出るつもりは無い。」

 

ナンパが今正に目の前で繰り広げられていると言う事実にようやく頭が追い付いた蓮太郎は口の端がピクピクと引き攣るのを感じた。

 

「所で、夕方に運び込まれたステージ I ガストレアは君が倒したのかい?君が銃を使わない流儀を曲げるとは思わないが、切り口や断面が相変わらずまるでメスだったからね。」

 

「オフレコで良いなら。」

 

菫は頷いた。

 

「ああ。俺だ。新調した武器の試し切りで獲物を分捕っちまったから手柄と報酬はそこの劣化版のび太君に譲ったがな。」

 

「お前・・・・またドアの外で聞いてやがったな・・・!?」

 

「聞こうと思って聞いた訳じゃねえよ、聞こえて来たんだ。妙に惹かれてな、お前の会話は聞いていて面白いんだ。まあ、許せ。で?コイツがここにいるのってやっぱり俺の素性を探る為か?」

 

「まだあんたを信用してる訳じゃないからな。」

 

「手厳しいな。まあそれ位の危機感があって丁度良いんだろうけど。」

 

食料を冷蔵庫に仕舞い終わて扉を閉めると、正宗は蓮太郎に向き直った。

 

「影胤とは確かに古い付き合いがある。なんせ同じ戦場で戦って同じ包みのレーションを食った仲だ。ガストレア大戦、第一次、第二次関東会戦と続けてな。その後暫くはフリーランスの民警として時折一緒に仕事をしていたが、ある日突然ぷっつりと連絡が途絶えた。念の為住んでいた所やもしもの時に用意していた隠れ家を調べたが全部引き払った後だった。更には仕事の時の為に控えた携帯の番号にも出なかった。あの日を境に会ってない。別にプライベートの付き合いがあった訳じゃないから探す義理も無いしな。それに、あいつは元々頭のネジが人一倍多く外れている節があった。自称健常者の俺が言うのもなんだが、影胤の考えてる事は本人の口から全てを直接聞かない限り分からん。まあ聞いたとしてもどこまでが本当でどこまでが嘘かも怪しい。お前も見たろ?あいつのイニシエーターの血まみれの武器。10歳児の娘があそこまでぶっ飛んでるんだ、そいつの父親なんぞ顔に止まった蠅を叩き潰すみたいに会議場にの奴らを皆殺しに出来る。」

 

思い出すだけでも背筋が寒くなる。新人類創造計画の改造手術を受けて生き延びた以上、一騎当千の戦闘能力を有している事は明白だった。おまけにあの斥力フィールドと言う全距離に対応出来る反則級の恐ろしい武器もある。あの時飛んで来た銃弾を跳ね返さずに去ったのは不幸中の幸いだった。容易に攻略は出来ないだろう。

 

「それは兎も角、一つだけハッキリさせておく。」

 

正宗の朗らかな明るい声は、一瞬にして底冷えする低い物に変わった。目の奥には明確な殺意が宿っており、薄ら笑いの表情が張り付いている所為で殊更恐ろしく見えた。影胤の飲み込まれる様な猟奇的な気配とは違う、全身を針で貫かれている様な気分だった。

 

「次に俺に武器を向ける時は引き金引くつもりで向けろ。迷えば、打ち身擦り傷程度じゃ済ませないぞ。」

 

研究室の扉が閉じるまでその殺気は辺り一帯を支配し続けた。それが完全に消え失せ、蓮太郎は身震いしながらほっと息をついた。下を見ると、自分の脚が気付かないうちに半歩後ずさっている事に気付いた。

 

「彼をあまり怒らせる様な事はしない方が良い。今の君では彼の脅し通り無様に殺される。根は良い奴なんだがね。小さい頃から綺麗な物より汚い物をより多く見て来て、尚且つ戦い過ぎて、殺し過ぎて、色々と歪んでしまっているんだ。」

 

「そう、だよな・・・・・」

 

人が化け物に食われる。人が化け物に変わる。人が化け物を殺す。日常からあまりにもかけ離れた凄惨な光景を目の当たりにし続けて心に闇を溜めない方がどうかしている。

 

「じゃあな、先生。また後で。」

 

「ああ。またおいで。木更にもよろしく伝えておいてくれ。」

 

 

 

 

正宗は勾田病院を後にすると、当ても無くバイクを飛ばしている内に、天高く聳え立つバラニウムで出来たモノリスの前に辿り着いた。東京エリアと最早人類が生活出来ない、ガストレアが犇めく地獄とを隔てる境目の標だ。このモノリスが東京エリアの中心から半径五十キロ圏内に幾つも建造されており、結界となってガストレアの侵入を防いでいるのだ。

 

正宗はバイクをその近くに止めると、結界の外へ足を踏み出し、どんどん奥へ奥へと進んで行く。一時間程歩いた所でようやくガストレアに出くわした。四足歩行の動物で哺乳類がベースなのは間違いないが、ネコ科の動物で目が八つあり、ヤマアラシのような針毛を持つ物は存在しない。

 

鞘の炸薬式パイルの機構を一切使わず、至極無感動に大口を開けて迫って来たそれの首を胴から切り離し、返す太刀で腹を掻っ捌いた。

 

「さあ来い、さあ来い、さあ来い、さあ来い。さあ来い!!」

 

肌が徐々に泡立ち始め、美酒に気持ち良く酔った時に似た高揚感に任せて声を張り上げ始めた。それに釣られて大小様々なガストレアが群がり始め、正宗はそれを片っ端から切り捨てて行く。三十分ほど経過してからハーレーに飛び乗ってエリア内に戻り、十分程待って軽く熱りを冷ますと再びエリア外に飛び出し、ガストレアの撫で斬りを再開した。

 

これを再三再四繰り返している内に日が暮れ始め、気が済んだ所で血路を開きながら東京エリア内へ取って返し、ツーリングがてらハーレーを走らせて自宅へと戻った。

 

そんな時に、ナビとして使う為にハーレーに固定されてあるスマートフォンが非通知番号からの着信を告げた。一旦脇道に反れてエンジンを切った。

 

『やあ、戦場の古き友よ。会議では碌に話もせずに遑をしてすまなかったね。』

 

「お前・・・・・どうやって俺の番号調べた?」

 

『君が思っている程難しくは無いよ。それに諜報活動は私の十八番だと言う事をお忘れかね?』

 

そう言えばそうだったな、と正宗は鼻をフンと鳴らした。

 

「で、何の用だ?俺の携帯番号と住所が分かったって自慢しに電話をかけた訳じゃ無いだろ?」

 

『話をしたいだけさ。君は相変わらずの快楽主義を貫いているのかい?』

 

「まあ節度を適度に守りながらな。人間命は一つしか無い。美味い物の飲み食い、美しい女との一夜、高価な物の購入・・・・やりたいと思った事は出来る内にやっとかなきゃ無駄な未練が残る。その後はどうせ糞して死ぬだけだ。人間いつどこでどうやって死ぬかを決める事はほぼ不可能に近いからな。楽しめるだけ楽しんだらとっととおさらばするさ。死後の世界があるのか無いのか、そこにどんな楽しみが待っているのか、考えて見るのも面白いしな。」

 

『確かに、それもまた一興だね。生憎まだまだ見たいと言う気は起きないが。この世界もあまりに楽しすぎる。早死にするのは勿体無い。』

 

「違いないな。この世界には強い奴がゴロゴロいる。ガストレアも、プロモーターも、イニシエーターも。楽しみがある内は死んでも死にきれない。」

 

『楽しんだ者勝ち、という事かい?』

 

「左様であ〜る。いつものあれ、頼むぜ。」

 

『抜かりは無いよ。こちらとしても面白い投資だと思っているからね。』

 

「じゃあ、レースで会おう。」

 

『会えなければ?』

 

「いずれ地獄で。」

 

お馴染みのやり取りの後に通話は途絶え、それを知らせるツーツーという音だけが続いた。

 


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