ブラックブレット:破滅の風   作:i-pod男

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昨日ブラックブレットのライトノベル(既刊)を全て購入しました。これでもう少し執筆がスムーズになればなと思っております。


Stage IV: The Office (Part 2)

天童民間警備会社を去ってから程無くして正宗は未織から司馬重工本社に呼び戻された。マルチテナントのワンルームオフィスとは格から何から既に比べ物にならない。

 

「どうした、未織?」

 

「用事は三つや。一つはHFシリーズのプロトタイプ製作に使っとった刀の最終調整が終わったから受け取りに来て欲しかったんよ。もう一つは何で木更の所におったんか、や。」

 

口は笑みの形を作っていても、それは刺す程に冷たく、目も全くもって笑っていなかった。

 

「・・・・・そういや天童のお嬢とは蛇蝎の如く互いを嫌い合う仲だったな。」

 

そう言えば以前彼女が普段の落ち着いた雰囲気など欠片程も無く愚痴を零していた事があったな、と正宗は思い返した。あの時に確か木更の名が出た様な。

 

「間違ってもあんな所に移籍したらあかんえ?」

 

「いや、出自の事を答えたら是非ウチで働かねえかってオファーがゼロコンマ一秒後に来た。」

 

勿論断ったがな、と何か言われる前に急いで付け足した。社長令嬢の小言を拝聴するのはもうごめんだ。

 

「さよか。ならええわ。」

 

「三つ目は?」

 

「ご要望の外骨格(エクサスケルトン)がようやく完成したからテストをして貰いたいんよ。フルカスタム仕様のとんでもない額を一括払いした小切手見てうちのお父んもえらいびっくりしてたえ?億単位の額でよう不渡りにならんかったなぁ、て。」

 

「十五の時から十年間、ほぼ1日も休まずに高位、下位問わずガストレアを殺しまくって手に入れた金だ。出費を切り詰める為に風呂便所なしのボロアパート住まいを続けた甲斐があったぜ。」

 

「そないな事せんでもローン組めばええのに。」

 

だが正宗は小さく笑いながらそれは駄目だと首を横に振った。

 

「買い物ってのは品の値がどんなに高くても全額を一息に払うのがポリシーでね。行こうか。」

 

 

 

二人はエレベーターで地下深くにある戦闘訓練や新武装が行われるだだっ広い空間へと潜った。そこは映画のCGに使われるグリーンスクリーンの様な緑色のパネルがドーム状のその空間一杯に埋め込まれている。

 

「コイツがそうか。」

 

部屋の中心に置かれた台車の上に赤いラインが幾筋も走る白い機械の鎧が今腰に差しているムラサマと同じ形状の鞘に収まった二振りの刀が鎮座していた。鎧も戦国武将の甲冑の様な物ではなく近未来的かつシンプルなデザインだ。

 

「コイツはどの程度の攻撃を防げるんだ?」

 

「殆どが膂力を底上げするパワーアシストに機能を回しとるからなあ。可能な限り急所や当たったら動きに支障が出る様な所の防御機能は高めてあるんやけど、流石に戦車の砲弾が直撃したら無事では済まへんえ?」

 

「まあ、そりゃ当然だな。生憎と俺は普通の人間だし。」

 

「四方八方から飛んで来る銃弾を避けたり切り落とせたりする人を世間一般の皆様は普通とは呼ばへんのやで?」

 

今でこそ何時もの事だと流している未織だが、働き始めた頃に映画の中でしかあり得ない様な芸当を正宗が顔色一つ変えずにやってのけた時は思わず目眩で椅子から転げ落ちそうになった。

 

「うるさい。」

 

「あ、リクエストされた酸素カートリッジとマスクはしっかり搭載されとるから何時でもベストの状態で戦えるで。」

 

「了解。着替えるから管制室に上がっててくれ。」

 

「はいはい。ほな準備出来たら言うてな〜。」

 

外骨格(エクサスケルトン)の着心地はまずまずと言った所だった。肉体の電気信号をより正確に読み取る為に先にウェットスーツの様な物を着てから装着する事になったが、蒸れる様な事は無く、重量も一般的な衣服と殆ど変わらない。

 

ムラサマを腰から抜いて台車に載せると、代わりにHF正国と鞘に刻印された刀を取り上げ、台車をエレベーターの方へ押しやった。

 

「良いぞ〜。」

 

「ほな行くえ?」

 

ドームの上に付いた窓から未織が手を振り、管制室の精密機械を操作し始めた。一瞬にして景色が破壊された市街地に変わった。正宗は腰を軽く落とし、HF正国の柄に手をかけ、気を巡らせた。

 

殆ど二発の銃声が同時に鳴り響き、正宗は抜刀して背後から飛んで来た銃弾を叩き落とした。再び刀を鞘に収めて敵がいると思しき方向に向かって走り出しながら鞘の引き金を引いた。先程の銃声よりも遥かに低く、重い撃発音と共に刀が鞘から矢の如く飛び出した。正宗は音速で空を切るそれを難なく掴み取り、遮蔽物ごと後ろにいる敵兵を真っ二つに叩き斬った。

 

更に別の方角から重武装した敵兵十人が二代の装甲車両で突撃して来た。全員防弾ベスト等の防具を身に付け、二台のルーフにはそれぞれM2ブローニング重機関銃が搭載されている。

 

「いざ、参る。」

 

短距離走の選手の様にクラウチングスタートの姿勢に入り、パワーアシスト機能をフル稼動させて地面が抉れる程強く蹴った。機関銃とその他の重火器から浴びせられる銃弾を弾き飛ばしながら肉薄し、装甲車のルーフに飛び乗った。M2の銃口を向けられる前に銃と兵士、そして車両を細切れにすると残った一台に飛び移って同じ事をした。

 

破壊された車両と死体はポリゴンになって消えて行き、更に兵士が現れた。全員ボディーアーマーや鉄帽などの防具で身を固めているが、誰一人として銃を持っていない。ナイフやスタンバトン、鉈、大型ハンマー、更には剣を持っている。

 

「良いねえ、ちょっと燃えて来た。」

 

正国の柄を拳で軽く叩くと、正眼に構え直した。外骨格(エクサスケルトン)の胸辺りに収納されていたマスク部分が顔に張り付き、酸素を開放した。深呼吸をすると普段より遥かに呼吸が楽になり三度目の深呼吸で息を大きく吸うと、吐き出さずにそこで止めた。

 

擦れ違い様に何人かを得物ごと斬り捨てた。小さく、鋭く息を小出しにして吐きながら深く腰を落とし、得意の居合いの構えに入る。

 

「絶刀。」

 

再び撃発音と共に勢い良く飛び出す刀を掴み取り、一太刀で更に数名がポリゴンと化した。

 

「酸素濃度、マスク動作、問題無し。HF正国、振動速度、振動数良好、と。」

 

しかし、まだ終わりではなかった。自分を取り囲む兵士達を撫で斬りにして間も無く、高層ビル程もある巨大な二足歩行のロボットと二十機前後の軍用ヘリが正宗が立っている辺りに深い影を落とした。

 

全ての敵を倒し終えた頃には日はもうとっぷりと暮れていた。酸素カートリッジによってスタミナ切れをある程度阻害する事が出来るが、流石の正宗も顔に疲労を色濃く見せていた。構えは残心の為に保ったままだが、顔は汗で光っている。外骨格(エクサスケルトン)の下も汗塗れになっているだろう。

 

『ほんまに凄いなあ!!流石ウチの民警部門の大物新人や。この難易度でクリア出来る人、そうはおへんえ?』

 

「だろう、な・・・・・」

 

残心を解いて刀を収めると、正宗は刀を台車に戻し、スーツを脱いだ。

 

「刀とスーツ、家に届けてもらえないか?流石に俺も疲れた。」

 

ある程度の余力はどうにか残している物の、HFムラサマに加えて更に二振りの刀と外骨格(エクサスケルトン)を持ってバイクで帰宅するだけの自信は無かった。加えて慣れていない外骨格(エクサスケルトン)の試運転が思いの外体力を削ったのだ。

 

『ええで〜、お疲れさん。あ、溜まってる書類も一緒に送るから提出よろしゅうに。』

 

「まだあるのかよ、畜生め。分かった。」

 

全身の軽い筋肉痛を無視しながら正宗はバイクを二十分程走らせ、二階建ての木造住宅の前で止まった。コンクリ—トジャングルとも呼ばれる東京エリアではどこか場違いなその家は和のテイストが強く、小振りな武家屋敷にも見える。

 

バイクをガレージに押し込んで家に入ると、台所からバターを溶いた味噌汁の独特なまろやかさを孕んだ匂いが玄関まで漂って来ていた。

 

「あ、正宗お帰り〜。」

 

真由がしゃもじを片手に藍色と深緑のタータンチェック柄のエプロン姿で出迎えた。室内だからかモッズコートは着ておらず、Tシャツと少しだぼついた膝丈のズボンを穿いている。その為露出している肌からエプロンの深緑よりも濃い色の鱗や鱗板がびっしりと生えているのが見える。

 

「目刺がもうすぐ焼けるからちょっと待って。あ、それと、刀とスーツと書類が詰まった箱が速達で来てるから。」

 

「ああ。悪いな、外骨格(エクサスケルトン)の試運転で料理当番替わって貰って。」

 

「正宗が料理すると野菜と肉と魚とその他の比率が5:1:1:3ぐらいになるから別に良い。」

 

テーブルの方を見ると、確かにそこには肉、魚を使った料理が多く、野菜は漬け物と味噌汁の具に使った青ネギ程度しか無い。

 

「本来なら肉と魚を使い過ぎだと言いたい所だが、まあ、今回は丁度筋肉痛だからありがたいよ。先に食ってるぞ。」

 

「ん。」

 

欠伸をしながら席について手を合わせると、まず漬け物に箸をつけた。程よい歯応えと噛めば噛む程滲み出る味に満足し、咀嚼して飲み込んだ所で握り飯を手に取った。ごま塩の簡単な味付けだが、その単純さ故の深い旨味が楽しめる。加えて試運転で汗をかきまくったので、塩分補給には丁度良かった。

 

焼けた目刺を一匹爪楊枝の様に銜えてもぐもぐしながら残りを載せた皿をテーブルに置き、真由も黙々と食べ始めた。

 

食事を終えた頃には皿は全て空になっており、片付けを済ませてから二人は浴室と洗面所以外がぶち抜かれた大きな畳が敷かれた和室で大の字に寝そべっていた。

 

「・・・・食い過ぎたな。」

 

「うん。今更ながら反省・・・・・」

 

無遠慮なげっぷが二人の口から漏れた。

 

「まあ良いさ、このカロリーは明日消費すりゃ良い。ああ、そうそう。お前、昼飯何食った?」

 

「大盛り卵かけ牛丼二杯とけんちん汁三杯。」

 

「聞いただけで胃がもたれそうだな。本当は駄目だが、今回は特別にこのまま寝る。」

 

自宅で神経を解してからどっと疲れが押し寄せて来て、俄に正宗の瞼が重くなり始めた。まだ九時にもなっていないし、片付けなければならない書類が箱一杯に残っている。まだ寝る訳には行かないと思いつつも、強力な睡魔はやる気と体を動かす力をどんどん奪って行った。

 

「火事か空き巣かガストレア侵入じゃない限り起こすなよ。」

 

「おやすみ〜。」

 

 

 

 

 

 

やかましく且つしつこく鳴る携帯の着信音に二人は目を覚ました。液晶には未織の名がある。

 

「もしもし?」

 

携帯に一番近い真由が目を擦りながら電話に出た。

 

『あ、真由ちゃん?』

 

「ん。おはよーしゃちょー。」

 

『おはようさん。言うてももう十時過ぎなんやけどね。起き抜け早々で悪いんやけど、正宗君と防衛省に大至急行ってくれへん?久し振りの大仕事や。正宗君以外にも後二組ぐらい送るつもりなんやけど、代表として先に行って貰いたいんよ。』

 

「りょーかい。伝えとく。」

 

『ほな、お気張りやす〜。』

 

通話が切れると真由は正宗を揺すり始めた。

 

「正宗〜、しゃちょーの呼び出し。」

 

「分かってる、聞こえてたよ。防衛省だろ?」

 

何時もの気さくで人を食った様な笑みはどこへやら、安眠を邪魔された苛立ちが在り在りと顔に浮かんでいた。起き上がって胡座をかくと首を捻った。ポキポキと小気味の良い音がした。

 

「そうゆっくり朝飯は食ってられないか・・・・コンビニで適当に買ってくぞ。」

 

「ねぎとろ巻寿司とツナマヨ食べたい。」

 

「うん、あったらな。」

 

バイクを全速力で飛ばして昼の少し前に防衛省に着いた二人は、その場でばったりと蓮太郎と木更の二人に出くわした。

 

「あ。」

 

「あ。」

 

「おお。よう、お二人さん。お前らも呼ばれたのか?」

 

「まあな。昨日あんたの事を少しばかり先生に聞いてみたよ。」

 

「先生・・・・?ああ、菫先生の事か。そう言えば挨拶に行くの忘れたな、あの引き籠もりの色白い美人さんに。で?彼女は俺の事をどこまで話した?まあ俺が後で確認すれば済むが。」

 

「そんな立ち入った質問はしてねえよ。」

 

「そうか。」

 

「あのぉ、この子は・・・・?」

 

「正宗のイニシエーター。名前は入江真由。好きな物は肉と魚介類全般。よろしく。」

 

木更の質問に真由はモッズコートのフードの奥から欠伸で若干不明瞭な挨拶をした。

 

若干剣呑な雰囲気のまま、三人は第一会議室まで従業員に案内された。

 

小さいドアとは裏腹に会議室は想像以上に広かった。高級スーツに袖を通した民間警備会社の社長達は会議室の中心にあるテーブルに座っていた。その後ろでは何組ものならず者としか言えない様な出で立ちの民警ペアが左右の壁を背に並んでおり、プロモーター達は皆例外無く銃やバラニウム合金で出来た得物を何かしら携帯していた。

 

三人が入室した所で雑談は一瞬にして止み、主に木更と蓮太郎に敵意の視線が突き刺さった。

 

「おいおい、最近はガキまで民警ごっこか?部屋間違えたか?社会見学に来たんなら回れ右しろや。」

 

巨漢のプロモーターの一人が進み出て三白眼で蓮太郎と木更を睨め付けた。

 

鉄板の様な分厚い胸板を持った彼はタンクトップを着ており、炎の様な色の髪の毛を尖らせて顔の下半分を髑髏模様のスカーフで隠していた。

 

背中には十キロは間違い無くある身の丈程の黒いバスターソードを背負っている。

 

「用があるならまず名乗れよ。」

 

木更を庇う様に前に出ると言う蓮太郎の行動に男は神経を逆撫でされた。

 

「何だてめえ?随分貧弱そうだな?」

 

「人を見た目で判断するのはどうかと思うぜ?」

 

「胸糞悪ぃガキだな、ぶった切るぞコラ!」

 

入室早々空気が張り詰め始めた。

 

「下がれ、熊公。」

 

「ああ?」

 

蓮太郎達が揉めている反対側の奥の壁に凭れ掛かっている正宗が闖入した。

 

「IP序列や年齢はどうあれ、ここに通された以上彼らも歴とした民間警備会社の人間だ。少しはプロ意識を持てよ、筋肉達磨。」

 

薄ら笑いの嘲りに男の怒りは頂点に達し、背中のバスターソードに手をかけた。

 

「やめたまえ、将監。」

 

正に抜き放つ直前で座っている男の一人が良く通る声でそのプロモーターを制した。姿勢は疎か視線すら動かしていない。恐らく将監と呼んだプロモーターの雇用主だろう。

 

「冗談だろ三ヶ島さん!!」

 

「この場で流血沙汰を起こせば迷惑を被るのはお前だけではない。私の指示に従えないなら今すぐこの場を立ち去れ。それに、お前ではあそこにいる男には勝てない事はお前が一番良く分かっている筈だ。」

 

「・・・・・へいへい。」

 

不気味な程に落ち着いた将監は柄から手を放し、自分のプロモーターが立っている壁際まで大股で歩いて行った。

 

「桐生君、天童社長、我が社の者が申し訳無い事をした。何分気が短い性分でしてね。」

 

正宗は微笑を浮かべて何も言わずに部屋の奥へと進み、木更も小さな作り笑いのまま無言で会釈をし、入り口に一番近い席についた。

 

「一番端かよ・・・・」

 

蓮太郎は不服そうに呟いた。

 

「仕方無いでしょ、この場では私達は格下なんだから。」

 

木更は小声で文句を垂れる部下を窘めた。

 

「なら何でその格下の連中をここまで呼んだんだ?」

 

「すぐ分かると思うわ。それと里美君、さっきの大男、知ってる?三ヶ島ロイヤルガーター所属、IP序列1584位の伊熊将監よ。」

 

蓮太郎は喉の奥で小さく呻いた。彼でも知っている最大手の民間警備会社の一つで、手練のペアを何組も雇っている。

 

「千番台・・・・」

 

イニシエーター・プロモーター序列、通称IP序列は国際イニシエーター監督機構(IISO)がガストレア討伐やその他の戦績を元に設定したペアの実力を現す格付けだった。

 

「彼は世界に七十万以上存在するペアの上位一パーセント以内に属してるわ。」

 

そんな相手に喧嘩を売りそうになったのか。蓮太郎は嫌な汗をかいた手をズボンで拭った。もしあのまま戦闘に入っていたら、恐らく将監が脅した様にぶった切られていただろう。

 

「じゃあ、桐生は・・・・」

 

「三ヶ島社長の言い方じゃ、彼は間違いなくその更に上ね。」

 

しばらくしてから自衛官の制服を着た初老の男が部屋に入って来た。男は部屋を見渡し、テーブルの席が一つ空いているのに気付いた。大瀬フューチャーコーポレーションのプラカードが鎮座している。

 

「空席は一つ、か。依頼の詳細を話す前に、依頼を断りたい者は今直ぐに退席してもらいたい。警告しておくが、依頼を聞いてしまえば断る事は出来ない。」

 

軍服姿の初老の男の言葉に部屋は少しばかりざわついた。しかし誰一人としてその場を動く事はなかった。

 

「これより依頼の説明を行う。」

 

楕円形のテーブルに背を向けると、男は巨大なスクリーンに向けて一礼した。次の瞬間、二人の人間の姿が液晶に映し出された。

 

『御機嫌よう、皆さん。』

 

スクリーンの向こう側にいる人物を見て、社長達は居住まいを正し、背筋を伸ばして慌てながら急いで立ち上がった。

 

雪の如き真っ白い服を身に纏った少女はまるで御伽話の中から出て来た様な幻想的な雰囲気を身に纏っていた。肌は勿論の事、髪の毛も紡ぎたての絹の様な光沢を放っている。その横には見事なひげを蓄え、紋付袴を着こなした老人が控えていた。

 

聖天子と天童菊之丞。国家元首と補佐官御自らの依頼と言う事だ。不謹慎にも興奮でにやけてしまっている正宗だが、隠そうにも隠せなかった。菊之丞と木更の視線が交差した瞬間に火花が散ったのを見逃さなかったからだ。

 

「エリアを挙げての依頼だね。」

 

真由もフードの奥で笑っていた。

 

「しかも、天童社長は補佐官閣下の孫娘だ。益々面白くなって来たな。」

 

『依頼は二つあります。一つは昨日東京エリアで感染者を出した感染源ガストレアの排除。もう一つは、このガスとレアの体内に取り込まれているケースを無傷で回収する事。以上です。』

 

スクリーンにジュラルミンのスーツケースと報酬金額を現す数字が現れた。その莫大な額に、会議室は色めき立った。

 

「はい、質問。」

 

質問の許可を求める学生の様な軽い声音で正宗が手を挙げた。

 

『何でしょう?』

 

「こんなにゼロが多い報酬を提示するんだったら当然相応の危険が付き纏う事を暗に意味してる。ケースの中身には毛程も興味は無いが、せめて危険度をお教え願いたい。」

 

『残念ながらその質問には答えられません。』

 

「聖天子様、それではこちらも納得致しかねます。」

 

今度は木更が挙手と同時に発言した。

 

『貴方は?』

 

「天童民間警備会社、天童木更と申します。」

 

聖天子は驚きに少しばかり表情が崩れた。

 

『お噂は聞いています、天童社長。納得致しかねる、とは?』

 

「単一因子のステージ I ガストレアなら、我が社のプロモーターを一人向かわせれば充分に対応出来ます。それを何故東京エリアトップクラスの民警のお歴々に依頼をするのでしょうか?彼が言った様に、破格の報酬に見合う危険がケースにあるのでは?」

 

『それは知る必要の無い事です。中身についてもプライバシーの侵害に当たりますのでお答えする事は出来ません。』

 

どうあっても教えるつもりは毛頭無いと言う意思表示を強める為か、聖天子の語気が僅かばかり強まった。

 

それから数秒が経過し、部屋に大きな高笑いが響き渡った。

 

『誰です?』

 

「私だ。」

 

大瀬フューチャーコーポレーションの社長が座る筈だった椅子に、いつの間にか一人の男が脚をテーブルの上に伸ばして腰掛けていた。仮面を顔に張り付け、シルクハットを被り、ワインレッドのパーティースーツに身を包んだその男の姿に蓮太郎は目を見開いた。両隣に座っていた社長達は驚きのあまり椅子から転げ落ちた。

 

笑い声を上げるまでこの部屋にいる誰もが、全く彼の存在に気が付かなかったのだ。

 

男は椅子を後ろに倒し、勢いを付けて前に倒れ込む勢いを利用してテーブルの上に飛び乗った。

 

『名乗りなさい。』

 

「私は蛭子、蛭子影胤と言う。お見知り置きを、無能な国家元首殿。」

 

シルクハットを脱いで恭しく聖天子に向かってお辞儀をした。

 

「私の正体は、端的に言うと君達の敵だ。」

 

ゾクリと背筋が寒くなった蓮太郎は銃を引き抜いて構えた。

 

「お前・・・」

 

「ハハハ、久し振りだね里美君、私の新たな友よ。」

 

「どこから入ってきやがった!?」

 

「正面から堂々と。尤も、寄って来た蠅みたいなのは全部殺させたけどね。紹介しよう。小比奈、おいで。」

 

「はい、パパ。」

 

蓮太郎と木更の後ろを短いウェーブの掛かった髪の毛を持つ黒いワンピースを着た少女が通り過ぎた。背中には交差した鞘が二本あり、小太刀が二振り収まっている。彼女の声を聞くまで蓮太郎は彼女の存在に全く気付かなかった事に、蓮太郎は再び肌が泡立つのを感じた。

 

「よいしょっと。」

 

多少苦戦しながらもテーブルの上によじ登り、影胤の隣に立つとスカートをつまんで聖天子に向かってお辞儀をした。

 

「蛭子小比奈。十歳。」

 

「私のイニシエーターにして、娘だ。」

 

「おい。流石にガン無視は酷いな。ちょっと傷付くぞ。」

 

正宗もいつの間にかテーブルの上に載っており、真由もフードを脱いで顔を晒していた。

 

「これは失敬。久し振りだね。」

 

「ああ。元気そうだな、蛭子。派手好きな服の趣味も健在で何よりだ。その服と仮面、幾らした?」

 

「八百飛んで八万六千九百円だ。君も相変わらず刀がどんどん様になって行くね、正宗君。いや、もう何年も会っていないから親愛を込めてサム、と呼ぶべきかな?戦場の古き友よ。」

 

「ねえパパ、あいつ鉄砲こっちに向けてるよ。斬って良い?」

 

「よしよし、まだだよ。我慢なさい。」

 

銃口を向ける蓮太郎を凝視し、今にも背中の小太刀に手を伸ばさんと指を曲げ伸ばししている小比奈の頭にポンと手をやって窘めた。

 

「話を戻そう、国家元首殿並びに民警一同。私がここに来たのは、このレースに参加する事を伝える為だ。」

 

「レース?何の事だ?」

 

「『七星の遺産』は、私が手に入れる。」

 

それを聞いた聖天子は一度きつく目を閉じた。

 

「蛭子、説明よろしく。」

 

「本来ならそんな義理は無いが、旧友のよしみに免じて皆にも教えておこう。あのジュラルミンケースの中身だよ。」

 

「じゃあ、あの時あの部屋にいたのは———」

 

「ご名答。ガストレアを追っていたが上手い事逃げられてしまってね。手掛かりを探している最中に警察が窓から突入して来た。驚きのあまり反射的に殺してしまったよ!」

 

影胤は笑いながら仮面に隠された顔を手で覆いながら笑った。

 

人を殺した事に対して一片の悔いも見せない影胤に、蓮太郎は憎悪を禁じえなかった。

 

「では諸君、ルールの確認をしよう。勝敗を決するのは君達か私か、どちらがあのガストレアを見つけ出して七星の遺産を手に入れるかだ。賭け金は、そうだね・・・・・君達の命、で如何かな?」

 

「グダグダうるっせえんだよ!!!」

 

端の壁にいた伊熊将監は巨体とは裏腹にかなり敏捷で、一瞬の内に背中のバスターソードを抜いて影胤に肉薄していた。

 

「ぶった切れろや!!」

 

風を巻き起こす程の凄まじい勢いで振るわれる将監の一撃は距離もタイミングも完璧だった。

 

「嘘だろ・・・・!?」

 

しかしその一撃は、呆気無く止められた。

 

「刀身の幅が広くて助かったぜお。お陰で無刀取りがこんなにもすんなりと出来た。」

 

合掌する様に両手を合わせた正宗は影胤と将監の間に割って入っており、バスターソードを挟み込んでいた。その状態から器用に将監の手を蹴り上げ、バスターソードは宙を舞ったが、彼のプロモーターがそれを落下する前にキャッチした。

 

「てめえ・・・コイツの仲間か!!」

 

「ガストレア大戦時代の戦友、腐れ縁だ。後、止めたのが俺で良かったと思え。でなきゃ確実に血祭りに上げられてたぞ?」

 

「下がれ将監!!!」

 

三ヶ島の叫び声に将監はすぐ反応し、後ろに飛んだ。その直後、正宗と影胤二人に向けて社長達とプロモーターが弾切れになるまで死に物狂いで銃撃を浴びせ続けたが雷鳴の様な轟音と共に青白い光が迸り、バラニウム製の銃弾はどれも例外無く影胤と小比奈、そして正宗から三十センチ程離れた所で完全に静止していた。

 

部屋は奇妙な沈黙に包まれ、硝煙の匂いが強く鼻をついた。

 

「私に対しては構わないが、旧友を巻き添えにするのは出来ればやめて貰いたいんだがね。」

 

「バリア・・・?」

 

「正確には斥力フィールドだ。私はイマジナリ—・ギミックと呼んでいるがね。」

 

「お前、本当に人間なのか?」

 

「勿論人間だとも。ただこれを発生させる為に内蔵の殆どをバラニウムの機械に詰め替えてあるんだがね。改めて名乗ろう、里美君。私は元陸上自衛隊東部方面第七八七機械化特殊部隊、『新人類創造計画』蛭子影胤。」

 

「七八七・・・?対ガストレア用特殊部隊?!実在したのか・・・・!?」

 

「信じる信じないは、君達の勝手だ。」

 

影胤が指を鳴らすと同時に銃弾はバラバラと落ちて行き、テーブルに当たる度に小気味の良い音を立てて跳ね、床に散らばっていく。

 

「そうそう、里美君。君にプレゼントがある。」

 

マジシャンの様な鮮やかな手際で白い布を手にかぶせ、三つ数えて取ると、リボンを結び付けられた箱が現れた。それをテーブルに置くと、窓を蹴り破った。

 

「絶望したまえ、諸君。滅亡の日は近い。」

 

そう言い残し、影胤は小比奈と共に開通した穴から飛び出して姿を消した。

 

皆あまりの出来事に皆呆然としていたが、プロモーターの内何人かは銃に弾を込め直して正宗に向け始めた。蓮太郎もその内の一人だ。

 

「何の真似だ?」

 

「とぼけんな。あいつとは面識があるんだろ?あのアパートに来たのも、偶然な訳が無い!」

 

「俺があいつとグルだと?まあ、確かに状況的にはそう見えるか。だがあれは本当に偶然だ。影胤ともここ何年か連絡が取れていない。」

 

『皆さん、桐生さんの素性と先程の言葉の真偽については、私と私の補佐官が保証します。銃を下ろして下さい。』

 

プロモーター達は釈然としなかったが、東京エリア統治者に逆らう訳にはいかず、渋々銃を下ろした。

 

「た、大変だ!しゃ、社長が自宅で殺されてて、死体のく、首が見つからなくて・・・・!!」

 

会議室に飛び込んで来たのは、大瀬フューチャーコーポレーションの社長秘書だった。息をする度に肩が大きく動き、目も血走っていて錯乱しているのは誰が見ても明らかだ。

 

影胤が残して行った『プレゼント』の箱の底から血が滲み出したのを見て、蓮太郎は毒突いた。確認しなくとも分かる。箱のサイズからして恐らく中身は無くなっている社長の首だ。

 

『状況が変わりました。依頼達成の条件をもう一つ加えます。あの二人より先にケースを回収して下さい。ケースの中身は悪用されればモノリスの結界を破壊し、東京エリアに大絶滅を引き起こす、封印指定物です。』

 




久々に一万文字突破した・・・・・超気持ち良い!!!!

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