銀河HP伝説   作:アレグレット

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たまには自由惑星同盟側もいいかなと思いました。


人格形成!最強の単語が出来上がるまで。

ダスティ・アッテンボローはヤン艦隊の中でも特に注目すべき存在の一人と言っていいだろう。

 

 若干20代後半にして中将に昇進、その艦隊運用の手腕はヤン・ウェンリーをして感心せしめ、特に疑似後退の指揮においては並ぶもののない名人とされている。さらにはヤン艦隊の名句である「伊達と酔狂」を最もよく象徴する一人として、また、最後までユリアンの側にいた一人としても有名である。

 

 だが、そんな彼の人生も必ずしも順風満帆とはいかなかった点があったのは事実である。彼はその時のことを誰にも話そうとしなかったが、肌身離さずつけている手帳にはそのことが克明に記録されている。その内容は見るものをして涙を誘わずにいられないものとなっている。

 

 彼が11歳の頃の事である。彼の性格はこのころから既に形成されていたと見え、たとえ上級生で有ろうともいうべきことは言うし、同級生はおろか下級生の面倒見もよかった。(むろんその面倒見に比して十倍余の皮肉が彼らに送られたのは言うまでもない。)

この事実の帰結の一点として当然あるべきことが彼の周りに起こる。

「ダ~~~~スティ~~~~!!!」

カスタードクリームの何十倍もの甘い声が学校から帰路につくアッテンボローの耳に届く。飛び上った彼が後ろを振り向くと、一人のポニーテールの女の子が彼に後ろから猛然と走り寄ってくる。

「待って!!ダ~~~~スティ~~~~!!!」

 答える代わりに一声悲鳴を上げると、彼は走り出した。全力で走った。あの子の顔立ちは決して悪い方ではないし、モテるという話も聞いている。あるいはあの子が「ツンツン」していたのであればこっちから気を引こうとしたかもしれない。だが、問題は向こうが「ダスティ~!」に完全に首ったけだということである。捕まればどうなるかわからない。いや、実際以前に捕まった際にはとんでもないひどい目に遭っていたのである。

 彼は走った。走りに走った。だが、悲しいかな、彼はオリンピックのマラソン選手ではない。当然走り続ければ息が上がる。だが、向こうは恋の威力なのか、神経がサイオキシン麻薬接種時並に麻痺しているのか、一向に息を上げようとしない。

(化け物だぁ~~!!!)

アッテンボローは内心そう叫びながら、とにかく捕まってたまるものかと頭を懸命にひねった。向こうが速度を上げればこちらも速度を上げ、向こうが疲れて足を緩めれば、チャンスとばかりに自分も足を緩め、一息を入れる。きっと、彼の退却戦の真髄はこのころから形成されていたのだろう。

「ダ~~~~スティ~~~!!!」

甘い声が背後で響く。そして、アッテンボローが一番恐れていたフレーズが、ついに所かまわずまき散らされた。

「ダ~~~~スティ~~~!!好き~~~!!大好き~~~~!!!」

途端に道行く人々が一斉に「ダスティ~!」に視線を浴びせる。穴があったら入りたい気持である。だが、あいにくなことにここは無機質なコンクリートで舗装された近代都市。道端には穴は開いていない。

 ついにアッテンボローは観念した。もはや走ろうにも足が言うことを聞かない。いっそどうにでもしてくれ!という気持ちで彼は道端にへたり込んだ。と、その5秒後、彼は熱烈な抱擁の中でもがいていた。所かまわずキスをされ、しまいには窒息死するのではないかとさえ思うほどの熱烈な接吻を受けた。

「ねぇ、ダ~スティ~!どうして逃げるの?私が嫌いなの!?嫌いじゃないわよね?私好き、大好き、ねぇ、聞いてるの?だ~~~~い好きなの!!」

アッテンボローはこの時思った。女というモノはつくづく怖い。怖すぎる。今まで姉たちに色々こき使われてきたが、まだ女の怖さをわかっていなかったようだ。結婚なんてするもんじゃない。あぁ、そうだ。こんな「ダ~スティ~!」を連発する女に一生捕まった日にはどうなるかわからない。

 そう思うアッテンボロー少年の傍らで女の子は甘い声をいっぱいにまきちらしている。

「ねぇ、ダスティ~!どうしたの?具合悪いの?私、今日はう~~んとおしゃれしてきたのよ!!ね、見てみてこのポニーテールのリボン、お母さんがつけてくれたんだ!とっても可愛いでしょう!!これ、私のお気に入りなの。」

アッテンボローは薄目を開けた。抱擁でヨレヨレになったその姿は、まるでリングに横たわる敗残のボクサーのようだった。彼は精一杯の気力を込めて、女の子の顔を見つめた。期待に目を輝かせる彼女にアッテンボローはこう言い放った。

「それがどうした!!」

数秒後、怒りに満ちた両目のきらめきと、降り落ちてくる肌色の拳を最後に、アッテンボローの意識はそこで途絶えた。

 

 

 数年後、アッテンボローは士官学校を卒業し、少尉に任官。最初の勤務についていた。それはなんと巡航艦の主計課であった。それもこれもどれも、彼の士官学校時代の教官であったドーソンの嫌がらせと報復であるだろうことは明白である。彼はひそかに涙したが、めげることはせず、黙々と任務に就いていた。任務に就きながらも彼の胸の内は燃えていた。いつかドーソンの野郎に復讐してやる!あの野郎の口にジャガイモを押し込んでダストシュートに放り込んでやる!

「ちょっとダスティ~!」

甲高い声で復讐の夢を破られたアッテンボローは振り向いた。この時彼は調理場でジャガイモの皮をむいていた。むろんそのジャガイモをすべてドーソンの頭に見立てていたことは言うまでもない。

「何やってんの!?それじゃ皮をむいてんじゃなくて身を削ぎ落しているんでしょうが!!」

そう言ったのは同い年の軍曹階級の女性だった。黒髪をサイドテールにしたきりっとした目鼻立ちの美人である。士官学校を出ていないから少尉のアッテンボローとは雲泥の差があるのだが、ここではそういう階級は一切通用しなかった。調理場を支配しているのは女たちだからだ。ここで通用するのは「図太さ」と「腕の確かさ」そして「タフさ」と「女共に気に入られること」である。

「いいんだよ、ジャガイモの芽が入っちまったら困るだろ?」

「上手にとればいいだけでしょ?」

アッテンボローの言い訳はあっさりと論破される。

「も~~ただでさえ今補給艦が遅れて、まだ来ないのよ。ジャガイモ一個だって無駄にできないんだからね!」

「わかったよ。」

アッテンボローはボソボソと言い、この女性に逆らう愚を避けたとき、もう一人のアマゾネスが入ってきた。40代の曹長であり実質この調理場のボスである。通称を「給食のおばちゃん」または「調理場のオカン」という。

「ちょいとアッテン!何やってんだい!いつまでもノロクサしていたら、夕食に間に合わないじゃないかね!!」

「いや、それはそこのアマゾネスが俺の邪魔をしてきてですね、それに俺はアッテンじゃなくてダスティ――。」

「何アンタ人のせいにしてんの!?」

若い方の女性が怒り狂うのをしり目に、ズカズカと入り込んでくる偉丈夫の丸太のような腕にアッテンボローはあっさりと弾き飛ばされる。

「ちょいとちょいとちょいと!なんだいこれは!?これじゃあジャガイモの身よりも皮にくっついている部分の方が大きいじゃないかね!!あぁもったいない!!こんなにちんまりしていたんじゃ、いくらあっても足りないよ!」

「いや、それは――。」

「それに、これ!あんた今朝磨いた皿の端っこにまだ油汚れがくっついているよ!ああいうのは機械じゃなくて最後はちゃんと手で拭かなくちゃならないって何度言ったらわかるんだね!?」

「それは、その――。」

「聞いてよ!おばさん、ダスティったらまた床掃除サボってたのよ!!私が代わりにやったの!!酷いわよね!!女の子をこき使うなんて!!!」

「なんだって?!アッテン、もっと気を働かせな!!まったく、女の子に気を使うってのを知らないのかねぇ?」

目の前の二人のアマゾネスから降り注ぐ怒涛の攻勢にさすがのアッテンボローも限界が来ていた。朝から晩までいびり倒される生活はもうたくさんだ!!俺は少尉だぞ!!書類仕事は俺が全部しているんだ!!「厨房の魔王」はお前らかも知れないが、少しは俺に敬意を払ってくれてもいいだろう!!

 彼はついに意を決した。轟然と胸をそらし、二人のアマゾネスに向かってこう言い放ったのである。

「それがどうした!!」

一瞬、動きをとめた二人のアマゾネスが、数秒後今までとは桁が違う怒りのヴォルテージを解放するのにそれほど時はかからなかった。最後に見た怒りに燃える両目、突き出される拳、覆いかぶさってくる巨大な腕の光景を最後にアッテンボローの記憶はそこで途切れた。

 

 

数年後、彼は少将に昇進し、栄えある二十代での若き提督となり、そしてヤン・ウェンリーの右腕として、イゼルローン要塞に赴任した。「イゼルローン要塞に赴任するヤン・ウェンリーの片腕!」「若き提督!」というフレーズが連日雑誌に並んだ。彼はアムリッツアで第十艦隊の残兵を統率して帰還した英雄でもあるのだ。そんな彼がイゼルローン要塞に赴任するという。当然そこにいる女たちは彼を放ってはおかない。シェーンコップやオリビエ・ポプランには及びもつかないが、彼は彼なりに人気があったのだ。

 

しかし――。

 

 もう女は沢山だ!!という彼の心の声は決して届くことはなかった。

 

 そうこうしているうちに彼は中将に昇進し、イゼルローン革命軍の司令官の一人としてますます重要な立場につくこととなった。それに伴い女性たちからの視線もヒ~トアップしたものになる。

「アッテンボロー提督。」

艦隊勤務が終わり、後をマリノとラオに託したアッテンボローは移動床を自室に戻っていくところだった。呼び止めたのはカーテローゼ・フォン・クロイツェルである。

「なんだい、カリン。」

カーテローゼ・フォン・クロイツェル伍長、通称カリン。シェーンコップ中将の隠し子である。当人は再三父親と衝突しようとするが、父親の方は闘牛士よろしく彼女の突進をひらりひらりとかわしていく。それがますます彼女の父親への態度に拍車をかける、という図式がここの所見受けられた。

 だが、今日の彼女は違った。少し赤い頬、うるんだ瞳、まるでヴィーナスのような素晴らしい美貌だった。いくらアッテンボローと言えども内心たじろがざるを得ない。

「あの・・・実は提督・・・・。少しご相談したいことがあるのですけれど・・・・。」

いつになく頬を染めたカリンはいきなりアッテンボローの手を取った。

「ここではなんですから・・少し離れたところで・・・・。」

アッテンボローの胸の中でシンバルが鳴った。それは過去の悪夢を思い出しての事だった。あの「ダスティ~!」と叫びまくっていた少女との熱い邂逅の日々。「給食のオカン」とその部下のアマゾネスたちからのイビられる日々。いずれもが彼にとって「女は厄介者だ」という概念を形成するのに一役買っていた。

 だが、今日のカリンは綺麗だ。とても綺麗だ。あんなユリアンなんかにはもったいない。この俺がもらっても一向にかまわないのではないか。向こうは革命司令官であるが、それでもまだ十代、一方で俺は二十代だ。こういう十代の女性という奴は年上の男にメロメロになってしまうものだ。カリンとは話をあまりしていないが、向こうはいつの間にか秘めた思いを持っていたと見える。

 いつの間にか彼の胸の中では勢いよくマーチが流れ出していた。

(おい、アッテンボロー。どうした?!女は二度とごめんじゃなかったのか。気を付けろ。)

アッテンボローは自分にそうカツを入れたが、それでも内心舞い上がってしまうのをこらえるのは次第に難しくなっていた。

「あの、提督・・・・。」

人気のない休憩室の一画に自分よりはるか上の階級の将官を連れ込んだカリンは腕をつかんでいた手を離した。視線を俯かせている。

「どうしたんだい?何か悩み事でもあるのか?」

「それが・・・・。」

カリンはますます頬を赤らめる。そして意を決したようにアッテンボローを正面から見つめてきた。うるんだ瞳、熱を帯びた頬、綺麗な髪からは甘い匂いが漂ってくるのは気のせいだろうか。いつの間にかアッテンボローはしびれた様に彼女の瞳を見つめ返していた。いや、瞳から目をそらせないでいる。

「実は・・・私・・・提督の事が・・・・・。」

「カリン・・・・。」

これが恋というモノなのか、これが恋愛というモノなのか、もう何も考えられない。これは不味いのではないか?そう、艦隊司令官ともあろうものがまだ十代の女の子と、こうして、こうして――。

 

コウヤッテ――。

 

「おい。」

急接近する二人の顔の距離が10センチを切ったところで、不意に声がかかった。アッテンボローの全身を強烈な電流が駆け抜けた。それは今まで感じていた痺れとは180度違うものだった。

「何をやっているのかね?カーテローゼ・フォン・クロイツェル伍長殿、そしてダスティ・アッテンボロー中将殿。」

ワルター・フォン・シェーンコップ中将が入り口のドアにもたれかかり、腕組みをしながらこちらを見ている。その顔には一点の柔らかさもない。

「シェーンコップ中将。私たちが何をしようともあなたの知ったことではないはずです。」

カリンが先ほどまでとは180度違う性質の声を出す。

「むろんそうだろうとも。あくまでプライベート時には、だがね。しかし、俺の記憶違いじゃなければ、君はまだ勤務中だったはずだ。アッテンボロー提督は知らないがな。」

シェーンコップ中将は腕組みをした手をほどくと、つかつかと歩み寄ってきた。

「頭のよく回る娘だ。」

吐き出されたのは40%のあきれと10%の怒り、50%の当惑さがミックスされた吐息だった。

「ええ、こうでもしなければあなたは私にまともに対峙してくれませんから。」

「え!?」

我ながら間の抜けた声だったとアッテンボローは思う。だが、そうはいっても「え!?」は事実だった。この一言で今まで自分がどれだけ間抜けで自惚れだったのかを自覚しないわけにはいかなかった。

「よりによってアッテンボロー中将をダシにするとは、いやはやとんだおてんば娘だな。あるいはじゃじゃ馬、と言った方がよいかな。」

「おいおいおい!!それはあまりにも――。」

「閣下は黙っていてください。」

鋼鉄の声がアッテンボローから言葉を奪い去った。

「カリン、まさか、君は・・・・・。」

「だましてしまってごめんなさい。でも、こうでもしなければ父と話すことはできませんから。・・・・どうなさろうと構いません。後で好きなだけ罰していただければ。」

普段の冷静なアッテンボローならばここで引きさがっていただろう。だが、一度リミッターが解除され、どんでん返しを受け入れられないでいるアッテンボローはまだあきらめきれなかった。

「カリン、ユリアンと俺と、いったいどっちがいいんだ?いや、ユリアンなんかより俺の方がいい。絶対いい。あんなモヤシ野郎よりも俺の方がまだ男らしい――。」

怒りの色がカリンの両目に浮かんだ。次の瞬間風を感じたかと思うと、アッテンボローは宙を3メートルも舞い、したたかに壁に激突して意識を失った。

 

 医務室のベッドの上でアッテンボローは意識を取り戻した。頬は青黒く腫れ、口は切れ、歯が一本折れてサイドテーブルの上に載っている。全身を苦痛が襲い、うめき声が出た。

「大丈夫ですか?一体何があったんです?まるで戦地から帰還したての兵士のようにボロボロですよ、アッテンボロー提督。」

心配そうな声がする。顔を向けると、そこにはユリアン、そしてシェーンコップ中将がいた。ユリアンは心配顔で、シェーンコップ中将は面白そうに。

 

 もうたくさんだ!!今度こそもうたくさんだ!!女なんか、女なんか、もうたくさんだ!!

 

 アッテンボローは内心そう叫びまくりながら、その思いを一言に凝縮して言い放った。

「それがどうした!!」

 


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