銀河HP伝説   作:アレグレット

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逆襲のエルフリーデ

 エルフリーデ・フォン・コールラウシュは憎悪の眼を室外に向けていた。もしも視線が具現化できるならば、今目の前にいる相手は当の昔に滅びているだろう。チリ一つ残さずに。

 

「ほう・・・・・。」

 

 目の前のヘテロクロミアの眼をし、ダークブラウンの頭髪をかきあげた男は冷笑を浮かべた。

 

「随分と念の入った歓迎だな。ローエングラム公にお仕えし、統帥本部総長の重責を預かる重臣たるこの俺も、まだまだ女性の熱烈な視線を受けるに値する一人の青年であったというわけか。」

「視線が熱を持つというのならば、お前なんかとうに焼き殺されているわ。愛情とは正反対の憎悪という熱によって。」

「憎悪であろうが無関心よりもはるかにいい。少なくとも関心は持ってもらえるのだからな。」

 

 オスカー・フォン・ロイエンタールは一層冷笑を浮かべた。その冷笑の度合いが少しく以前の物と違っていることを女は微妙に感じ取っていた。その変化は女に、と言うよりも自分自身の内面に向けられているようであった。

 

「いつかお前を私の足元にひれ伏させ、二度とそのような口がきけないようにしてやるわ。」

 

 エルフリーデ・フォン・コールラウシュは前にもまして憎悪の視線を浴びせた。今度こそ、今度こそと思っているが、この男はいっこうに隙を見せず、屈服する様子がない。エルフリーデの憎悪は活火山のマグマのようにたぎっているが、その実彼女自身にも不思議な感情があった。どうにかしてこの男をひれ伏させたいという不思議な熱意が。

 

「それは楽しみだ。俺もいい加減お前の力量とやらが見れる頃合いを推し測り兼ねてきたところだ。如何なる拘束もこの屋敷では受けておらぬ。せいぜい俺が目を向けるだけの努力を傾けることだな。」

「ええ・・・・・。」

 

 ぞっとするような声音をエルフリーデは吐きだしたが、ロイエンタールは意に介していない。だが、それも今のうちだとエルフリーデは思う。後数分後にはこの男が味わったこともないような苦悶を受け止め、のたうち回る光景がみられるだろう。

 

「それで、今日のメニューは何だ?」

 

 エルフリーデは待っていたといわんばかりにソファーから立ち上がった。そしてわざとらしく芝居がかったしぐさで彼をテーブルに導く。

 

「クク・・・これを見てもお前はまだその態度でいられるかしら?」

 

 目の前には赤い色の真っ赤な皿があったが、その中にある液体はさらに赤かった。まるで地獄からよみがえったマグマのようだ。

 

「フ・・・・。」

 

 ロイエンタールはさっと食卓に着くと、スプーンを無造作に取り上げた。

 

「そのスープにはハバネロの十倍の辛さが仕込まれているわ。お前に耐えられるかしら?味見をした人間はほんの数滴舌にのせたとたん・・・・・。」

 

 エルフリーデは微笑を浮かべた。

 

「のたうち回ったわ。床にひっくり返ってね。」

 

 ロイエンタールはそれを聞き流しながら、スプーンを取り上げ、ひとさじ救うと口元に持っていった。味わうようにそれを飲み下したが、いっこうにその表情は変わらない。エルフリーデの顔から微笑が消えた。帝国軍統帥本部総長はまるで事務処理決裁を行うように淡々と皿からスープを掬い取り、同じ速度で手を動かし続け、そして見せつけるように皿の底まで掬い取り、綺麗に空にした。

 

「もっと、手の込んだものを想像していたがな。」

 

 ロイエンタールはエルフリーデをわずかに顧みて頬をゆがめた。

 

「お前の悪い癖ね。見た目だけで判断するところは大方呪われたお前の両親の血を引いているのでしょうよ。」

 

 ロイエンタールの眉が一瞬上がった。激辛スープよりもその一言の方がロイエンタールの心をえぐったようだった。

 

「よし、もういい。今度は俺がお前を試してやろう。そう・・・・互いに試しあう事こそが、本質を掘り当てることだとお前は以前そう言ったな?」

 

 顔面蒼白になるのを抑えながら、エルフリーデは近づいていくる男の手を振り払ったが、むなしい努力だった。恐れていた時間を戦慄のうちに迎え入れながら、エルフリーデはむなしく男の万力よりも強い手に自由を奪われ、連行されていったのである。

 

* * * * *

「・・・・・・・。」

 

 エルフリーデは眼を見開いて目の前の光景を見つめた。テーブルの上にあったのは、茹で上がったスパゲッティの皿。そこには丸々とした青唐辛子が添えられている。そしてスパゲッティ自身も真赤な色をしていた。

 

「今更青唐辛子ごときで私を屈服できるとでも思っているの?」

「フ・・・・・。そうであろうな。」

 

 ロイエンタールはゆっくりと懐に手を入れると、赤い粉の詰まった瓶を取り出す。まるで地獄から湧き上がってきた死神を見ているような顔をしているエルフリーデに見せつけるようにゆっくりと。

 

「ほう・・・・その顔は知っている顔だな。トリニダード・モルガ・スコーピオン。遥か昔地球と言う惑星で採取できたトウガラシの一種でな。赤い悪魔と呼んで恐れたという。」

「随分と大仰な名ね。そんなものはこけおどしにすぎないわ。」

「どうかな?」

 

 ロイエンタールはその瓶から数つまみ分の量を既に赤い色をしているスパゲッティに振りかけた。その様子をエルフリーデは微動だにせず見つめている。

 

「さて・・・・どうする?俺に慈悲を乞うてやめるか――。」

「冗談ではないわ!!お前に慈悲を乞うくらいならば、死んだ方がましよ!!」

 

 エルフリーデは勢いよく食卓に着くと、フォークを取り上げた。

 目の前スパゲッティの皿からは、鼻孔に刺激が静かに、そして確実に伝わってくる。

 これ以上待っていたら躊躇するだけだと、エルフリーデは勢いよくフォークを動かし始めた。

 

 一口口の中に入れた瞬間、エルフリーデは貫かれたかのように身をそらせた。それを懸命に意志の力で抑え込む。口中に無数の針が突き刺さったような痛みが走り抜け、目に鼻にみるみるうちに何かが湧き上がるのを感じる。だが、エルフリーデは手を止めようとしなかった。この男に対する強靭な憎悪だけが手を動かし続ける原動力であった。

 

「この程度の物で私を屈服できると思っているの?」

 

 空になった皿ごしにエルフリーデは誇らしげにロイエンタールを見やった。ヘテロクロミアの青年提督ははた目には泰然としていたが、その眼はもはや笑ってはいなかった。

 

「明日はどんな趣向を示してくるか・・・楽しみにしていよう。」

「明日こそお前がのたうちまわる番よ。生きているのが嫌になるほど、たっぷりと地獄を味あわせてやるわ。」

 

 エルフリーデは微笑を浮かべながら言い放った。胃がけいれんを起こしつつあるのを感じながら、なおロイエンタールが部屋を去るまでエルフリーデはトイレに駆け込もうとしなかった。

 

 

 続く――。

 


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