捻くれた少年と真っ直ぐな少女   作:ローリング・ビートル

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第84話

 

「あなた……起きてください。あなた……」

「…………海未?」

 海未が優しく体を揺すりながら起こしてくる。

 しかし、冬の布団の誘惑に打ち勝つのは容易なことではない。ナチュラルがコーディネーターに勝てないのと同じだ。違うか?違うな。

 そういや今、貴方って呼び方のニュアンスがいつもと違ったような……。

「そろそろ起きないと、仕事に遅れてしまいますよ?」

 仕事?新年早々、何の冗談だろうか。

「いや、俺は専業主夫のはずじゃ……」

 冗談には冗談で返すと、海未は心底呆れたような溜息を吐いた。

「ふぅ……社会人三年目で何を言っているのですか。早く起きないと、この子に笑われますよ?」

 社会人三年目?いや、それより……

「あぶっ、あばっ、ぱ、ぱ~」

「え?」

 よく見ると、海未はおんぶ紐を装着しており、背中には…………赤ちゃんがいた。しかも、こっちに向かって、小さな手を伸ばしている。

 …………か、可愛い!

 なんだこれ、天使か。このくりくりした目といい、無邪気な笑顔といい、可愛すぎて罪なくらいだ。喜んで無罪放免にしちゃうけど!

 そして、気づいたことがもう一つ。

 なんというか……海未が色々と成長している。

 控え目な胸だったはずなのに、ぶっちゃけ大きくなっているし、腰回りのラインも女性らしさを増して、無駄に色気がある。

 彼女は俺の視線に気づくと、そっぽを向いた。

「も、もう!朝から何を考えているのですか?」

「いや、あれだ……何でもない」

「あ、あなたがこんなにしたんですよ?」

 海未は恥ずかしがっていたかと思えば、今度は妖艶な笑みを浮かべ、顔を近づけてきた。一体どうしたとか、何が起こった、なんて疑問は思考の隅っこにずらされた。

 そんな濃厚な甘さ漂う空気の中、なんとか口を開く。

「どうやって?」

「こうやって、ですよ?」

 海未は俺の両手を自分の胸へと……

「っ!?」

「…………夢?」

 目の前には海未の顔がある、がその顔は紅潮していき、わなわなと震えだした。

 理由を確かめようと、寝ぼけまなこで現状を確認すると、俺の両手はしっかりと彼女の控え目な胸を掴んでいた。

 なんだ夢か。それでも少しほっとする。やはり大事な課程をすっ飛ばしてはいけない。それに、俺は巨乳好きでもない。ハチマン、ウソ、ツカナイ。なので、この控え目なサイズでも…………あ。

 と、とりあえず……新年の挨拶はしないとね!

「……あけましておめでとう」

「っ~~~~きゃあーーーーっ!!!」

 新年は海未の必殺・空手チョップから始まった。

 

「……悪かった……ごめん」

 態勢はそのままで海未に謝る。ていうか顔以外動かせない。

「いえ、私も決して嫌ではないのです。ただ……私も女子の端くれとして、もう少しこう……雰囲気というか……」

 そう言われると、昨晩の事を思い出す。

 あの後、交代でシャワーを浴び、そして寝た。無論、別々の部屋で。

 実にあっさりしていると思われるかもしれないが、お互いに気恥ずかしさから、目を合わせただけでゆでだこ状態なのだ。同じ部屋で眠るのは無理がある。

 まあ、昨晩のことはさておき、確かに雰囲気づくりは大事かもしれないが……。

「そう、だよな。つーか……」

「?」

「何で俺の上で馬乗り態勢なのか、教えてくれ……」

「え?あ、それは……」

 海未は一瞬だけしどろもどろになりかけたが、すぐにいつものキリッとした表情になり、ベッドから下りて、取り繕った微笑みを向けてきた。

「……さぁ、八幡。起きてください。穂乃果の家でお餅を配るそうですよ」

「お、おう……ごまかしたな」

 一、富士。二、鷹。三、茄子。といった縁起のいいといわれる初夢ではないが、新年のスタートとしては悪くない出だしだと、つい頬が緩んでしまった。

 ……よく考えりゃ、さっきの夢って……。

 

 

 





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