捻くれた少年と真っ直ぐな少女   作:ローリング・ビートル

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第83話

 

「…………は?」

 一瞬、海未が何を言ったのか理解できなかった。

 海未も俺の反応に首を傾げている。

 だが、お互いにその理由に気づき、顔が真っ赤になった。

「も、もう!……馬鹿。動き回ったせいか、少し汗をかきましたので……」

「……いや、その……悪い」

「…………」

「…………」

 お互いに視線をあちこちに彷徨わせ、気まずい空気をかき混ぜ、何とかごまかそうとする。

 やがて海未は耐えきれなくなったのか、こちらに背を向けた。

「で、では、シャワーお借りしますね!」

「……どうぞ」

 海未がリビングのドアを閉めたと同時に、自分の頬を軽く叩き、気持ちを落ち着ける。淡いふわふわした感情に包まれたまま、二人分のコーヒーを飲み下した。

 これまでより近くなった分、これまでより気をつけなければいけない。自分で自分に言い聞かせないと、流れで最後までいってしまいそうな気がする。

 コーヒーの苦みを噛みしめながら、そんな事を考えている内に異変が起きた。

「きゃっ!」

「海未っ!?」

 何かが倒れたような音と海未の悲鳴に、全速力で駆け出し、ドアを開ける。

「え?」

「っ!」

 海未はバスタオルを巻いただけの無防備な姿で跪いていた。

「今……悲鳴が……」

「この子が……」

 海未の足元でカマクラが首を傾げたり、尻尾を振ったりしている。周りには洗濯物が散らばっている事から、多分こいつが床に降りる際に、棚の上に置いてある洗濯物かごを落としたんだろう。

 そして、落ちた物を確認していると、海未の太股がぎりぎりの部分まで見えているのに気づく。

 さらに、俺の顔を見た海未が、そのことに気づいた。

「あ、あまりこっちを見ないでください!」

「わ、悪い」

 急いで出て行こうとすると、よりによってこんな時に例の法則が発動した。

「っ!」

「えっ?」

 足元にあった靴下か何かを踏んづけて滑った俺は、そのまま倒れ、海未を押し倒してしまう。

「悪い……大丈夫……か……」

 俺はあまりの光景に、息が詰まるような感覚を覚えた。

「…………」

「あっ……」

 そう、全てが見えてしまっていた。

 今、俺の下で肩を震わせているのは、生まれたままの姿の海未だ。彼女は顔が真っ赤に染まり、それでも中々言葉を紡げずにいる。俺は自然と全体を眺めた。

 控え目な胸は、それでもしっかりと女性らしい丸みを主張していて、腰のくびれは海未らしい健康的な魅力に満ちていた。そして……

「あの、八幡……」

「…………」

 理性をあっさりねじ伏せ、剥き出しになろうとする本能のまま、海未の肩に手を触れる。滑らかな肌が掌に吸いつき、いつもあんなに鍛えているのが嘘みたいな柔らかさだ。

 カマクラが洗面所を去っていく足音が遠のいていく中、二人でしばらく見つめ合う。

 彼女の感情の波が手に取るようにわかる気がしたが、これ以上は動けない。

 足音が完全に聞こえなくなってから、彼女はまた口を開いた。

「八幡……八幡……」

「…………」

 うわごとのように名前を呼ばれるのに、俺は何も返せなかった。ただ見つめ合うだけだった。

 それでも、彼女は俺の頬を白い掌で優しく包み込んだ。

「八幡、全て貴方の望み通りに……そのかわり……」

 海未は儚げに潤んだ瞳のまま、唇に微笑みを添えて告げた。

「ずっと……大事にしてくださいね」

「…………」

 海未の言葉を、脳をとろけさせるような甘い囁きを聞いた俺は……

「…………ふぅ」

 震える手つきで海未に大きなバスタオルをかけ、親指で彼女の目元を拭った。彼女は上半身だけ起こし、ポカンとした表情を見せている。

「……八幡?」

「……約束する。一生、大事にする。だから、今日はやめとく」

「そう、ですか……ん」

「…………」

 海未に数秒間だけキスをした後、俺はすぐに洗面所を出て、ドアを閉めた。廊下は甘ったるい空間ときっぱり隔てられていた。

「……さらに好きになってしまったじゃありませんか……意気地なし」

 そんな彼女の独り言を背に、俺はリビングへと駆け足で戻った。





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