捻くれた少年と真っ直ぐな少女   作:ローリング・ビートル

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第5話

 

 何とか数学の追試を終え、教室を出る。まさかこの短時間の試験を受けに来ただけなのに、○害予告されるとは思ってもみなかった。人生楽ありゃ苦もあるさという事だろうか。

 その『楽』の部分を思い出す。

 ……そんな素晴らしいものでもなかった。

 右手に僅かに残る感触に胸が高鳴るが、何だよ、この複雑な感情。1/3の純情な感情は置いといて、残りの2/3は……いや考えるのはよそう。雪ノ下よりは大きいだろうし。

 それよかさっさと学校の敷地内から出よう。今ならまだ逃げられる。逃げなきゃだめだ、逃げなきゃだめだ、逃げなきゃだめだ。

 そんな事を考えながら、何の気なしに窓の外を眺めていると、あの黒髪……園田が制服姿でうろうろしていた。

 反射的に体が後退るが、どうやらこっちには気づいていない。代わりに近くにいた女子生徒が驚き、逃げるように駆けだした。……まあいい。

 もう一度園田を見下ろすと、地面を見ながらキョロキョロしている。……落とし物か?

 しかし、これは好機だ。この隙に学校の敷地内から出てしまえば、おそらくは安心だ。向こうも東京からそう何度も探しにきたりはしないだろう。神は俺に味方したようだ。さすが俺。普段からぼっちやって人に迷惑かけてないだけはある。

「ふう……」

 

「ない……一体どこで落としたのでしょう」

「……何、探してんだ?」

「!」

 声をかけると、園田は物凄い勢いで振り返り、こちらに向けて構えた。

「比企谷八幡……ここで会ったが100年目!」

「お前はいつの時代の人間だよ……」

「自分からノコノコ出てくるとはいい度胸ですね」

「他校の制服着た不審者がうろうろしていたから気になってな……」

「あ、貴方に不審者などと言われたくはありません!」

「……どうかしたのか?」

「貴方には関係ありません」

「そうか」

「…………」

 ぷいっとそっぽを向いて、作業に戻る園田。

 別にこのまま帰ってもよかったが、自分の精神衛生上よくなさそうなので、もう一度声をかける事にした。

「何を落としたんだ?」

「……御守りを」

 こちらを見ずに小さく呟く。

「御守り?」

「ええ、親友からもらった大事な御守りです」

「…………」

 まあ、こいつがここを探してるなら、この辺りなんだろう。

「な、何故貴方まで探し始めてるのですか!?」

「……別にお前には関係ない」

 

「…………」

 無言で御守りを手渡す。

 御守りは俺のベストプレイスの付近に落ちていた。どうやらさっきのいざこざが原因らしい。

「あ、ありがとう……ございます」

「……あ、ああ」

 微かに触れた手はひんやりしていた。

 御守りを大事そうに見つめる少し潤んだ目が、春の日差しに儚げに煌めいて、心臓の鼓動がまた跳ね上がる。不意に、もっと違う出会い方をしていれば、なんて考えてしまった。

「私は……貴方を誤解していたようですね」

「お、おう……」

「少し不本意ではありますが、これまでの事は水に流そうと思います」

 園田は頬を少し赤らめ、右手を差し出してくる。

 ……まあ、特別な意味はないんだろうけど。

 一度だけ自分に言い聞かせ、俺も右手を差し出した。その手はやはりひんやりとしていて、離れていく時に、少し名残惜しい気持ちにさせられた。

「それでは」

「おう」

 しかし、俺は忘れていた。

 この時間、この場所は……強い風が吹くという事を。

 先週と同じように風が園田のスカートを捲っていく。

「きゃっ!」

「……青」

 慌て口をつぐむが、時既に遅し。

「ふう……あなたは風を操っているのですか?」

「いや、違う違う!」

 そんな能力も魔道具も持ち合わせていない。

「ふふふ……」

「…………」

 やはりここは心の中でこう叫ぶのがいいだろう。

 不幸だぁ~~~~~!!

 この後、校舎の中まで縦横無尽に駆け回る鬼ごっこが始まった。

 ラブアローシュートも超電磁砲も飛んでこない事が唯一の救いだろう。 

 





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