捻くれた少年と真っ直ぐな少女   作:ローリング・ビートル

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第55話

 

「お兄ちゃ~ん!海未さん来たよ~!」

「は?」

 小町の声に起こされ、ぼんやりした頭で考える。

 海未が来た?はて、何か約束してたっけ?こんな穏やかな日曜日の朝から……。

「してましたよ。まったく、貴方という人は……」

「音も立てずに人の部屋に入ってきて、心を読むの止めてね……」

 海未は俺の言葉をスルーして、慣れた動作でカーテンを開き、窓を開け、部屋の換気を始める。外から入ってくる風には、夏の湿り気はあまりなく、もう季節が秋の顔を見せ始めている事を教えてくれた。

「さ、シーツを干しておきますので、貴方は下で朝食を食べてきてください」

「お前は母ちゃんかよ……」

「貴方のような捻くれた息子は御免です。さ、早く!」

「へいへい」

 今日はなんだか、いつにも増してペースを握られている気がした。

 

 階段を降りていくと、小町と母ちゃんが朝食を摂っていた。

「あ!お兄ちゃん、おはよ~」

「おう」

「お早う。アンタ、海未ちゃんたら、本当によく出来た彼女ね。ウチにまでこんな立派なお土産を……」

 母ちゃんがこちらに紙袋を掲げて見せる。確かに、それは思っていた物より、高級感漂う物で、修学旅行のお土産にしては高いんじゃないかと思わされる。てか、家族全体のお土産なのね。別に変な期待はしてないけど。

「ち、ちなみに……どこまで進んでるの?」

「進んでねえよ。そういうのと違うから」

「しっ、お母さん。こういうのは焦っちゃダメだよ。お兄ちゃん、捻デレてるから、慎重にいかないと」

「それもそうね」

「…………」

 やけに上機嫌な小町と母ちゃんの視線を受けながら、急いで朝食をかきこんだ。

 

 朝食を終え、身支度を整え、部屋へ戻ると、海未は体育座りで壁に寄りかかり、小説を読んでいた。窓から入る風に揺れる長い髪や、小説に視線を落とす瞳が朝焼けに映え、一枚の絵のように見えてしまい、思わず息を呑む。

 それでも何とか言葉を搾り出した。 

「……お土産、ありがとな」

 俺の言葉に彼女は微笑んだ。

「どういたしまして」

「「…………」」

 何故かお互いに言葉が出てこず、目を逸らす。

 海未は普段とどこか違う空気を纏っている気がした。

「あの、八幡……どうでしょうか?」

「……何が?」

「……鈍いのですね」

「…………」

 いや、本当は気づいているのだ。

 海未の今日の服装が、いつもと明らかに違っている事に……。

 デニムのジャケットも黒の膝丈のスカートも、白いリボンも、普段の彼女の私服とは違っていた。同時に、普段の私服がわかるくらいには、こいつと同じ時間を過ごしていた事に思い至る。

 その沈黙をどう受け取ったのかはわからないが、海未はそっぽを向いた。

「まったく、これだから破廉恥な男は……」

「おい、話が飛躍しすぎてないか?」

「どうせ貴方は絵里や希みたいな……いえ、何でもないです。私ったら……」

 その沈みかけた表情に、慌てて言葉を紡ぐ。

「……それ……」

「?」

「今日の服……いいと思う」

 場の空気に耐えきれなくなり、

「……あ、ありがとうございましゅ」

「…………」

「……今日はもう帰ります」

 海未が立ち上がり、扉へ向かおうとする。

 自分でもわからない内に、その手を掴んだ…………が、何度目かわからない展開を迎える。

「っと!」

「きゃっ!」

 海未を巻き込み、ベッドに倒れ込む。スプリングの軋む音が部屋に響き、窓の外へ出て行った。

 それと同時に、海未のリアクションを想像して、血の気が引く。

「「…………」」

 しかし、意外な事に、海未からの怒鳴り声は全く聞こえなかった。

 彼女は穏やかな表情のまま、微かに頬を紅く染め、こちらをじっと見つめている。

 そして、彼女はそのまま手を伸ばし、こちらの頬に添える。ひんやりとした感触に包まれ、これまでに感じた事のない心地良さを感じた。

「悪い……」

「いえ……」

「二人共~、お茶入っ……」

「「っ!」」

 母ちゃんは紅茶を載せたトレイをそそくさとテーブルの上に置いて、さっと回れ右をした。

「ごゆっくり~」

「「…………」」

 バタンとドアが閉まると、ヒソヒソと話し声が聞こえる。

「孫は小町の方にしか期待していなかったけど、これは嬉しい誤算ね」

「そっかぁ。小町にも甥っ子か姪っ子ができるのかぁ」

「「違う!!!」」

 俺と海未は全力で二人の妄想を止めに行った。

 





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