捻くれた少年と真っ直ぐな少女   作:ローリング・ビートル

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第51話

「……!」

 私は鉄の扉の前で固まったまま動けなくなっていました。

 あの後、八幡を見失い、何処へ向かおうかと考えていたところ、3人組の男女が足早に階段を昇っていました。

 何となくその3人組を追っていったところ、普段は立ち入り禁止にしているらしい屋上へと到着しました。

 そして、扉の向こう側に耳を澄ましていると、確かに八幡の声が聞こえてきました。他の方々の会話も含めた内容から察するに、どうやらトラブルが発生し、その原因となった方が、閉会式への出席を拒んでいたようです。

 八幡は、どうやらその方への説得を試みていたようですが、上手くいっていなかったようで、そこに3人組が到着した、という状況を私の想像しようもないやり方で利用しました。

 延々と続く否定と罵倒の言葉。

 普段、私と口喧嘩する時に向ける言葉とは違い、そこには相手を傷つける響きが確かにありました。

 それと同時に、彼の声にはどこかくたびれた響きがあり、それがひどく寂しく私の胸を打ちます。

 やがて、それが彼の狙いだったのでしょう、3人組の中の男子が彼を力尽くで止めました。壁に押しつけられたらしく、私が手をついている壁に衝撃がきて、静寂が訪れます。

 数秒後、人が出て来る気配がして、物陰に身を隠すと、女子が3人出てきて、1人が泣きじゃくるのを、周りの2人が支えていました。さっきの男子は……

「どうして君はそんなやり方しか出来ないんだ……」

 その言葉に、八幡のこれまでを……私の知らない八幡の姿を想像してしまう。

 胸の奥が締めつけられる感覚がしましたが、彼は安易な同情などを欲しがるどころか、そういったものを嫌う性格だと思い出す。

 私は深呼吸をし、心を落ち着け、八幡が1人になるのを待った。

 

 ようやく行った。てか、だいぶくたびれたな。

 疲労感に身を任せ、その場に腰を下ろす。

「ほら、簡単だろ?誰も傷つかない世界の完成だ……って!」

 独りごちていると、頭に衝撃が走る。

 いつの間にそこにいたのか、隣には海未が立っていて、仏頂面でこちらを見下ろしていた。

「馬鹿ですか?馬鹿なんですか、貴方は?」

「は?お、お前、なんで……」

「そんな事はどうでもいいのです。まったく、貴方という人は……」

「……聞いてたのかよ」

「ええ……」

 沈黙が訪れ、その何ともいえない間を埋めるように、風がひゅるりと乾いた音を立て、優しく吹き抜けていった。

「本当に不器用で破廉恥な人ですね」

「いや、今破廉恥は絶対に関係ないだろ」

「でも貴方が破廉恥なのは事実でしょう?」

「ああ、確かに……って、それも違う」

「どーだが」

 海未は隣に腰かけてきた……が、やけに近い。肩がピタリと触れ合い、いつもの甘い香りに、ふわり包まれる。

「…………」

 急に照れくさくなり、すっと距離をとる。

「!」

 すかさず海未が距離を詰めてくる。

「……な、なあ、海未……」

「お疲れ様です」

「?」

「文化祭、楽しかったですよ。これはやはり実行委員会である貴方の頑張りも大きいでしょう」

「いや、別に……」

「あります。貴方の頑張りはとても素敵でした。その……とても、だ、大事な友人の一人として、心から誇りに思います」

「……大げさだろ……」

 至近距離で目を合わせながらの言葉に、しどろもどろになりながら、いつからか心の奥で固まっていた氷が溶けていくのを感じた。

 多分、これ以上このままでいたら、俺はこいつに甘えてしまうだろう。

「……そろそろ仕事に戻るわ」

 彼女も俺とほぼ同じタイミングで立ち上がった。

 不思議と心は軽くなっていた。

「そうですか。では、最後まで……その……」

 急に俯いた海未を見ていると、彼女は真っ赤にした顔を上げ、ばっと上げ、口を開く。

「ふぁ、ファイトですよ!」

「!」

 やばい。吹き出してしまった。

「な、何ですか!そのリアクションは!」

「それ、高坂さんの真似か?」

「はい……た、たまにはこういう言い方をした方が……いいかと思いまして……」

 その恥ずかしがる様子に胸が高鳴るのを感じながら、ドアを開き、彼女を先に行かせる。

 真っ赤な顔を見られまいとしている彼女の背中に、心からの感謝を告げた。

「…………ありがとう」

「ど、どういたしまして」

「ああ、その……まあ、言葉には気をつけた方がいい。いきなり大事な、とか言われたら勘違いしそうになるけどな」

 照れ隠しに言葉を並べていると、海未はぽそりと呟いた。

 

「……鈍いのですね……」

 

 それには何も返せなかった。

 

 

 八幡と別れ、穂乃果達と合流すべく、校庭の方へと歩く。

 なんという事でしょうか。

 図らずも、自分の言葉で自分の気持ちに気づいてしまった。

 出会いは最悪なものでした。

 それからも、特別にドラマチックな事があったわけではありません。

 周りの同級生が憧れるタイプでもなく、性格は捻くれています。

 でも、彼と過ごす時間が、彼と重ねてきた時間が、自分の中でとても大きなものになっていました。そして、これからも重ねていきたいと思ってしまいました。

 ……私は……彼に、比企谷八幡に、恋をしているようです。

 




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