捻くれた少年と真っ直ぐな少女   作:ローリング・ビートル

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第44話

 それからしばらくして、3着の水着を選んだ海未は、試着室のカーテンを勢いよく開いた。

「では、行って参ります」

「お、おう……」

 目の前でカーテンがぴしゃりと閉まる。

 そこまで覇気を出さなくても、と思わないでもないが、余計な事を言うと、痛い目を見そうだったので、軽く手を挙げるだけにしておいた。店員さんの視線が少し冷たいのは気のせいではないのだろう。

 俺は更衣室に背を向け、瞑目し、自分の世界に入り込む。単に視線の置き場所がないだけである。

 視覚をシャットダウンすると、今度は聴覚が強調され、背後からは衣擦れの滑らかな音が耳朶を撫でる。

 それでもやっぱり居づらい……絢瀬さん早く来ねえかなぁ。

「おう、八幡よ!ここで会ったが百年目!」

「…………」

「八幡!実は昨日最新作が書き上がったのだ!これも何かの縁、読ませてやろう!」

「…………」

「いや、ごめん。無視は止めて?俺がただの不審者に見えちゃうから。心折れちゃうから」

「何だよ、材木座……」

 はい、唐突な材木座の登場である。

 残念ながら材木座である。

 何が残念かはわからないが、残念ながら材木座である。

 相変わらずウザい程人目を引き、店員さんのこちらを見る目がより一層冷たさと鋭さを増す。勘弁してくれ。

「いや、たまたま貴様を見かけてな。普段入りにくい場所ではあるが、勇気を出して入ってみたのだ」

「……そうか」

「ふむ、貴様はこんなところで何をしておるのだ?はっきり言って場違いすぎてかなり痛々しいのだが……」

「お前にだけは言われたくねえよ」

 

「さて、着替え終わったことですし……よし!」

 

「八幡!それでは……開けますよ」

 

「よし、それではこれが我の新作……」

「ちょっと待て、後にしろ」

 

「え?な、何故ですか!」

 

「む、何故だ。八幡よ」

「いや、あれだ。楽しみにしすぎて、見たらもう、目が離せなくなるというか……」

 

「なっ……い、いきなりなんですか!馬鹿な事を、い、言わないでください!」

 

「むぅ、あからさまな嘘をつきおる……」

「そんな事ねーよ。お前は最高だ!」

 

「な、ななな、も、もう!今日はどうしたというのですか!その……べ、別に嫌とかではないのですが……」

 

「さ、最高……ま、まあ、悪くはない響きである。ふぅ、しかし暑いな」

「じゃあ、さっさと脱いじまえよ」

 

「はぁ!?な、何を……も、もしかして別の色がよかったということですか?」

 

「仕方ない、脱ぐとしよう……この紫色に輝くオーラを……」

「いや、無色だ」

 

「無色!?す、透けているではありませんか!」

 

「つーか、お前そろそろ行けよ。店員さんの目がこっちにロックオンされてるから」

「お、おお……ではな」

 材木座の背中を見送り、そろそろだろうかと海未に声をかける。

「なあ、海未。まだ着替えてんのか?」

「ま、まだ覚悟が……」

「は?いや、水着姿ならこの前……」

「さ、さすがに裸を見せるのは……」

「あぁ…………は!?」

 この後、お互いが状況を理解するに、少し時間がかかった。

 

「と、とうとう私のターンよ!」




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