捻くれた少年と真っ直ぐな少女   作:ローリング・ビートル

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第39話

 

 俺達は波のあるプールでプカプカと揺られていた。大きな波が起こる度に飛び交う歓声、跳ねる水滴、それらを鮮やかに彩る太陽の光。そんな夏の鮮やかな光景に、俺の口から自然と言葉が漏れる。

「……そろそろ帰るか」

「いきなり帰宅宣言ですか!?」

「いや、暑いし……」

「この時期はどこにいても同じ事です」

「まあ、確かに」

「あはは、でも八幡らしいといえばらしいよね……わっ!」

 突然大きな波が来て、戸塚が驚きの声をあげる。周りからも同じような声が幾つも響いてきた。てか内心俺もびびっている。

 そして、戸塚がその勢いのまま俺の胸に飛び込んでくる。同性とは思えないくらいに小さな体が、すっぽりと腕のなかに収まった。

 ……もう、戸塚の性別は戸塚でいいじゃないかと思うの。

「ご、ごめんね。八幡……」

「いや、大丈夫だ」

 むしろ役得だ。

「…………」

「ど、どうしたんだ?」

 恐ろしいくらいの寒気を感じたので振り向くと、海未がこちらをジト目で見ていた。

「……破廉恥です」

「い、いや、男同士なんだが……」

「顔が破廉恥でした」

「き、き、気のせいだし……」

 くっ、何だ。この鋭さ!

 いや、俺は無実だ!

「あはは……僕、男の子なんだけど」

「でも戸塚君。相手は八幡なので」

「ちょっと、その誰でもいける変態扱い止めてくんない?」

 海未に反論していると、再び大きな波が来た。

「わっ!」

「きゃっ!」

「っ!」

 聞き覚えのある声と共に、やけに柔らかい感触がぶつかってくる。

「ご、ごめ~ん」

「び、びっくりしちゃった……」

「!」

 自分が置かれている状況に気づき、顔が熱くなっていく。

 なんと、前から高坂さんが抱きついていて、後ろから南さんが抱きついているという、思春期男子高校生的には、かなり幸福で、かなり心臓に悪いサンドイッチ状態になっていた。

 前後から柔らかな膨らみを押しつけられ、理性が吹き飛びそうになるくらいに甘い香りに包まれ……やばい。語彙力がやばくなるくらいやばい。とにかくやばい。

「ほ、穂乃果!?ことり!?」

 この非常事態に気づいた海未が、猛スピードで二人を引き剥がす。さすが海未さん、陸と変わらないスピードを発揮している。ひょっとしたら魚人空手も習得しているかもしれない。

「貴方達……何をやっているのですか」

「ち、違うよ!偶然だよ!」

「う、海未ちゃん、怖い……」

「まったく、目を離したらすぐに……っ」

 そこでまた大きな波がやって来る。

 最早嫌な予感しかしない俺は警戒しながら、辺りを見回していたら、急に視界が塞がれ、目の前が真っ暗になった。

 さっきとは質の違う不思議な弾力のある柔らかさに顔が覆われた。つーか、呼吸が……

「……っ……んぐ」

「ひゃうっ」

 耳に小さな可愛らしい声が届く。

「は、八幡……」

 今度は海未の声だ。それは少し震えていた……多分、怒りで……。それに呼応するように、大気や水面まで揺れているような錯覚に襲われる。

 ……絶対にやばい。

 焦るように目の前の何かをどかそうとすると……

「きゃっ!」

 右手が何かを掴み、また小さな可愛らしい悲鳴。

 ……なんて順調な死亡フラグ。褒められてもいいぐらいだ。

 視界が開けたので、恐る恐る状況を確認する。

 そこには、休憩所から戻ってきたらしい東條さんがいた。そして、その豊満な胸の上には、俺の手が置かれていた。いや、しっかり掴んでいた。

「す、しゅ、すいません!!」

 慌てて手を離す。

 東條さんは怒るでもなく、かといって、いつものような余裕たっぷりに微笑むでもなく、顔を紅くして、胸を隠し、俺をジロリと見つめていた。

「……比企谷君のエッチ」

「…………」

「の、希……なんて羨まし……いえ、はしたない事を!よし、私も……比企谷く、キャ~!」

 視界の端で誰かが波に攫われていったが、今はそれより……

「八幡」

「はい」

 海未の手が肩に置かれる。

 あれ、おかしいな。炎天下なのに涼しいな……。

「貴方の本性はよ~くわかりました」

「いや、待て。事故だから」

「その言い訳は聞き飽きました!っ!?」

 殺されると思った瞬間、また大きな波が来た。

 よしっ!これで有耶無耶になる!なんて思った瞬間、今度は今までと違う衝撃が来た。

「「!」」

 頬に柔らかい何かが、ほんの数秒押しつけられ、それは微かな熱を残して離れていった。

 何故かその感触に思考が停止する。

 波が静まり、ざわめきが遠のくと、そこには唇に手をやり、顔を真っ赤にして震えている海未がいた。

「あ……あ……」

 何やら必死に言葉を紡ごうとしているが、口をあわあわさせるばかりで、言葉にはなりきれない音が漏れるだけだった。

 こちらも思考回路が上手く働かないが、何とか海未に声をかける。

「お、おい、海未……」

「……!」

 彼女は唇を手で押さえたまま、回れ右をして駆け出し、あっという間に視界からいなくなってしまった。まるでアニメの演出のような凄まじいスピードである。

「「海未ちゃん!?」」

「八幡、大丈夫?」

 俺はどの声にも反応出来ずに、ただ黙って案山子みたいに突っ立っていた。

 その日はどうやって家に帰ったかもわからない。

 残ったのは、甘ったるく焼け付くような頬の温もりだけだった。

 

 

 翌朝、私は一睡も出来ないままに、昇ってくる朝陽を見つめた。

 真夜中に何度もしたように、唇を指ですっと撫で、昨日の事を思い出す。

 まだそこには彼の頬の感触が残っていた。





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