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それでは今回もよろしくお願いします。
俺達は波のあるプールでプカプカと揺られていた。大きな波が起こる度に飛び交う歓声、跳ねる水滴、それらを鮮やかに彩る太陽の光。そんな夏の鮮やかな光景に、俺の口から自然と言葉が漏れる。
「……そろそろ帰るか」
「いきなり帰宅宣言ですか!?」
「いや、暑いし……」
「この時期はどこにいても同じ事です」
「まあ、確かに」
「あはは、でも八幡らしいといえばらしいよね……わっ!」
突然大きな波が来て、戸塚が驚きの声をあげる。周りからも同じような声が幾つも響いてきた。てか内心俺もびびっている。
そして、戸塚がその勢いのまま俺の胸に飛び込んでくる。同性とは思えないくらいに小さな体が、すっぽりと腕のなかに収まった。
……もう、戸塚の性別は戸塚でいいじゃないかと思うの。
「ご、ごめんね。八幡……」
「いや、大丈夫だ」
むしろ役得だ。
「…………」
「ど、どうしたんだ?」
恐ろしいくらいの寒気を感じたので振り向くと、海未がこちらをジト目で見ていた。
「……破廉恥です」
「い、いや、男同士なんだが……」
「顔が破廉恥でした」
「き、き、気のせいだし……」
くっ、何だ。この鋭さ!
いや、俺は無実だ!
「あはは……僕、男の子なんだけど」
「でも戸塚君。相手は八幡なので」
「ちょっと、その誰でもいける変態扱い止めてくんない?」
海未に反論していると、再び大きな波が来た。
「わっ!」
「きゃっ!」
「っ!」
聞き覚えのある声と共に、やけに柔らかい感触がぶつかってくる。
「ご、ごめ~ん」
「び、びっくりしちゃった……」
「!」
自分が置かれている状況に気づき、顔が熱くなっていく。
なんと、前から高坂さんが抱きついていて、後ろから南さんが抱きついているという、思春期男子高校生的には、かなり幸福で、かなり心臓に悪いサンドイッチ状態になっていた。
前後から柔らかな膨らみを押しつけられ、理性が吹き飛びそうになるくらいに甘い香りに包まれ……やばい。語彙力がやばくなるくらいやばい。とにかくやばい。
「ほ、穂乃果!?ことり!?」
この非常事態に気づいた海未が、猛スピードで二人を引き剥がす。さすが海未さん、陸と変わらないスピードを発揮している。ひょっとしたら魚人空手も習得しているかもしれない。
「貴方達……何をやっているのですか」
「ち、違うよ!偶然だよ!」
「う、海未ちゃん、怖い……」
「まったく、目を離したらすぐに……っ」
そこでまた大きな波がやって来る。
最早嫌な予感しかしない俺は警戒しながら、辺りを見回していたら、急に視界が塞がれ、目の前が真っ暗になった。
さっきとは質の違う不思議な弾力のある柔らかさに顔が覆われた。つーか、呼吸が……
「……っ……んぐ」
「ひゃうっ」
耳に小さな可愛らしい声が届く。
「は、八幡……」
今度は海未の声だ。それは少し震えていた……多分、怒りで……。それに呼応するように、大気や水面まで揺れているような錯覚に襲われる。
……絶対にやばい。
焦るように目の前の何かをどかそうとすると……
「きゃっ!」
右手が何かを掴み、また小さな可愛らしい悲鳴。
……なんて順調な死亡フラグ。褒められてもいいぐらいだ。
視界が開けたので、恐る恐る状況を確認する。
そこには、休憩所から戻ってきたらしい東條さんがいた。そして、その豊満な胸の上には、俺の手が置かれていた。いや、しっかり掴んでいた。
「す、しゅ、すいません!!」
慌てて手を離す。
東條さんは怒るでもなく、かといって、いつものような余裕たっぷりに微笑むでもなく、顔を紅くして、胸を隠し、俺をジロリと見つめていた。
「……比企谷君のエッチ」
「…………」
「の、希……なんて羨まし……いえ、はしたない事を!よし、私も……比企谷く、キャ~!」
視界の端で誰かが波に攫われていったが、今はそれより……
「八幡」
「はい」
海未の手が肩に置かれる。
あれ、おかしいな。炎天下なのに涼しいな……。
「貴方の本性はよ~くわかりました」
「いや、待て。事故だから」
「その言い訳は聞き飽きました!っ!?」
殺されると思った瞬間、また大きな波が来た。
よしっ!これで有耶無耶になる!なんて思った瞬間、今度は今までと違う衝撃が来た。
「「!」」
頬に柔らかい何かが、ほんの数秒押しつけられ、それは微かな熱を残して離れていった。
何故かその感触に思考が停止する。
波が静まり、ざわめきが遠のくと、そこには唇に手をやり、顔を真っ赤にして震えている海未がいた。
「あ……あ……」
何やら必死に言葉を紡ごうとしているが、口をあわあわさせるばかりで、言葉にはなりきれない音が漏れるだけだった。
こちらも思考回路が上手く働かないが、何とか海未に声をかける。
「お、おい、海未……」
「……!」
彼女は唇を手で押さえたまま、回れ右をして駆け出し、あっという間に視界からいなくなってしまった。まるでアニメの演出のような凄まじいスピードである。
「「海未ちゃん!?」」
「八幡、大丈夫?」
俺はどの声にも反応出来ずに、ただ黙って案山子みたいに突っ立っていた。
その日はどうやって家に帰ったかもわからない。
残ったのは、甘ったるく焼け付くような頬の温もりだけだった。
翌朝、私は一睡も出来ないままに、昇ってくる朝陽を見つめた。
真夜中に何度もしたように、唇を指ですっと撫で、昨日の事を思い出す。
まだそこには彼の頬の感触が残っていた。
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