捻くれた少年と真っ直ぐな少女   作:ローリング・ビートル

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第30話

 

「それは……本当なのですか?」

「うん……」

 ことりは俯いたまま唇を噛み締め、上着の裾を握り締めた。こんな表情を見たのは初めてで、私は何と声をかければいいかわからなかった。しかし、そのまま黙っていることも出来なかった。

 海外留学。

 考えた事もなかった。

 ずっと一緒だと……穂乃果とことりの前では大人ぶっていながらも、心の何処かで思っていた。

 突然訪れた鈍い衝撃は、痛みすら感じる余裕がなかった。

 それでも頭を何とか回転させ、口を開いた。

「穂乃果には……いつ言うのですか?おそらくまだ言っていないのでしょう?」

「穂乃果ちゃんは……今、他の事は考えられないと思うから……終わったら言うよ」

「そう、ですか」

 最近の穂乃果は、確かに根を詰めすぎというか、ラブライブの事しか見えていないように思える。果たしてどのタイミングで言えばいいのか……。

 考えていると、ことりがいつもの彼女を装ったような笑顔を浮かべて言った。

「大丈夫だよ!今度のライブが終わったら、ちゃんと言うから」

 私はその言葉に黙って頷くだけだった。

 

「……だ……園田」

「あ、はい!何ですか?」

 耳に馴染んだ低い声が私を現実に引き戻してくれた。

 受話器の向こうからは、小さな溜息が聞こえた。自分から電話しておいて、碌に要件も話さずに、私は何をやっているのでしょうか。

 彼はそんな私の心情に気づいたか、ただの気まぐれか、彼にしては珍しい茶化すような口調で話しだした。

「お前、調子悪いんじゃねえのか?さっきから、いつもの無駄に強い覇気がねえぞ」

「は、覇気!?失礼な!これでも女の子ですよ!」

 覇気とか……もしかして、私は怖がられているのでしょうか?

 しかし、彼は私の乙女心などお構いなしに話を続ける。

「で、何かあったのか?」

「…………」

 私はつい口ごもってしまう。

 彼に言えば、少しは気分も楽になるかもしれない。

 しかし、ことりの秘密を、穂乃果より早く彼に知らせるのは気が引けた。そもそも比企谷君と親しいといえるのは私だけだ。

「……ありません」

「……………………そうか。ならいい」

 彼が納得していないのはわかりきっていました。

 

 園田と電話してから数日後、μ'sに事件が起こった。

 ラブライブ進出を賭けたライブ中に高坂さんが高熱で倒れてしまった。

 ここ数日間の無理がたたったらしい。

 程なくして、μ'sは大会そのものを辞退し、ランキングから姿を消した。

 そして、先日の園田の電話での様子から考えて、他にも何かあるような気がした。

 それはμ'sに関係あるかもしれないし、ないかもしれない。

 もしくは俺の取り越し苦労かもしれない。

 ……ああ、訳わかんねえ。

 何故だか見当もつかないが、どうやら俺は俺に苛ついているらしい。

 どうしてあの時もっと聞かなかったとか……今さらな事を考えている。

 こんな事を考えてしまうあたり、俺もかなり園田に毒されてきたらしい。いや、毒とか言ったらあいつは怒るだろう。私が貴方の毒を抜いてあげたのですとか言いそうだ。

「…………」

 気がつけば、俺は部屋を飛び出していた。

 小町の「がんばれ~」という小さな声援を背に家を出て、駅まで自転車を本気で漕ぐ。通行人の不思議そうな目も全く気にならなかった。

「あれ……八幡?」

 天使の声もスルーして駅までひたすら突っ走った。

 

 7月半ばのこの時期に全力疾走をしたせいで、駅に着く頃には、かなり汗だくになっていた。勿論、東京に着いてからも走った。

 今は園田の家に近い小さな公園のベンチに座っている。かなり年季の入った木製のそれは、疲れた体を癒してくれた。そして、体を伸ばし、空を見上げると、茜色の中に星が幾つか輝いていた。

 多分、ここで待っていれば会えるだろう。

 少しの間、目を閉じ、静かに待つ事にした。

 風が吹き抜け、ほんの少しだけ体を冷ましてくれる。何を言うかなんて考えていなかった。ただ、もしあいつが落ち込んでいたら、問題を抱えていたら、何かできるんじゃないかという自惚れに似た感覚があった。

 根拠のない自信とか……本当に俺らしくない。

 やがて、待ちわびた声が微かに耳を撫でた。

「比企谷君……」

 目を開けると、驚いた顔をした園田が、いつもより頼りなく佇んでいた。

 そして、その瞳は涙に濡れていた。

 





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