捻くれた少年と真っ直ぐな少女   作:ローリング・ビートル

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第2話

「八幡よ……その額はどうしたのだ?派手に転んだか?」

「あぁ……ちょっとな……」

「あはは……」

 

 俺の気怠い返事に戸塚は苦笑する。さっき起こった出来事をわざわざ話す気にはならない。加えて材木座のホクホク笑顔も少しイラつく。

 

「これからどうすんだ?もう帰るか?」

「真っ先に帰宅を提案する辺りが八幡らしいよね……」

「む、むう……さすがの我もドン引きだぞ」

 

 そんなに褒める事だろうか?なんて考えていると、向こうから物凄い勢いで風を切り、走ってくる何かが目に入った。あ、あれはもしや……

 

「は、八幡……あれって……」

「あ、ああ」

 

 戸塚も気づいたようだ。材木座は何の事かとキョロキョロしている。そうこうしている内に、その何かがはっきりわかるようになる。

 

「ハア……ハア……」

 

 こちらを真っ直ぐに見据えながら走ってくるのは、さっきの黒髪頭突き女だ。てかマジで怖い。その長い髪が派手に跳ねて、なんかモンスターみたいだ。今さら怒りがぶり返したのだろうか。

 周りの人々も何事かと視線を向けてくる。

 俺は何故か逃げ出した。本能的な恐怖である。

 

「あ、ちょっと待ちなさい!」

 

 うおぉ!滅茶苦茶はえぇ!

 何か運動でもしているのだろうか、帰宅部の俺よりは明らかに速い。しかし、俺の中にほんの僅かに残る男の意地が発揮され、何とか距離を保っていた。

 

「な、何故、逃げるのですか!?」

「はあ……はあ……」

 

 こちらは口をきく余裕などない。

 ていうか本当に速い!怖い!女子に追いかけられるってこんな気分だったのか。思ってたのと違う。

 人とぶつからないルートを選びながら、久々の全力疾走。

 やがて人通りが少なくなってきたところで、足が限界に達する。

 それに合わせるように、向こうも速度を緩めた。

 

「はあ……はあ……」

「もう……一体何だと言うのですか!?」

「こっちの……セリフ……なんだが……」

 

 何で息上がってないんだよ。こっちが一生懸命走った分、余計に馬鹿みたいに思える。

 しばらくしてようやく呼吸が整う。黒髪は待ってくれていたようだ。

 

「……それで、どうしたんだ?また……頭突きとか」

「し、失礼な!違います!」

 

 黒髪はぷんすか怒りながらポケットから何かを取り出す。

 

「これ、落としましたよ」

 

 その手には見覚えのある財布が……俺の財布がある。

 

「……わざわざ届けてくれたのか」

「あなたのようなケダモノの財布とはいえ、そのままにしておくのもどうかと思いまして……」

「……悪い……ありがとう」

 

 頭突きをされ、気絶させられたとはいえ、赤の他人の為に、走って財布を届けてくれたのだから、ここは頭を下げておこう……ていうか俺はケダモノじゃないけど。

 数秒そうしてから頭を上げると、キョトンとした顔の黒髪がいた。

 

「意外と素直なんですね」

「……一応な」

「ふふっ。一応は余計ですけどね」

 

 そう言いながら、柔らかな微笑みを浮かべる。

 その笑顔は先程までの印象とは打って変わって、見る者を惹きつけるような気品に溢れた、優しい微笑みだった。

 もう会う事もないだろうが、悪印象のまま別れずにすんでよかった気がする。

 

「それでは失礼します」

「ああ、ありがとな」

「どういたしまして」

 

 黒髪がこちらに背を向けたその時、急に勢いのある風が吹いた。5月の爽やかな風だ。

 そしてその風は、黒髪のスカートをぶわぁっと捲り上げていった。そりゃもう、豪快に。

 

「きゃっ!」

「…………」

 

 さて、戸塚達のところに戻るか!ごっつぁんです!

 黒髪は向こうを向いたまま固まっている。

 

「……見ました?」

「いや、何も」

 

 白いものなんて見ていない!

 俺はゆっくり後退る。まだこっちを見ていない。逃げるなら今だ。

 しかし、黒髪は振り返って、にっこりと微笑んだ。

 

「見ましたよね♪」

「……マジか」

 

 この後、1時間に及ぶ地獄の追いかけっこが始まった。

 


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