それでは今回もよろしくお願いします!
「八幡よ、貴様はしばらくこの街を彷徨うがいい!」
冒頭からお前かよ……。いや、別にいいんだけどさ。
俺はアニメの限定グッズを買うために行列に並ぶ材木座に背を向け、適当にぶらぶら歩く事にする。
五月半ばにもなると、春の心地よい陽気の中に、微かな夏の匂いのようなものを感じる。ここ最近は特にその傾向が強くなってきている気がする。そう考えると、一人で過ごせるぼっちは風通しが良く、最も快適なのではないだろうか。後で材木座に教えてやろう。そして今後はなるべく関わらないようにしよう。暑苦しいし。
何故材木座についてわざわざ秋葉原まで来たかというと、確固たる理由がある。それは……
「やっぱり人が多いね!」
そう、実は戸塚も誘われていたのだ。じゃなきゃ休日に外に出たりはしない。え?さっきのぼっちのくだりはどうしたって?何事にも例外はある。戸塚は初めて来る秋葉原に目を輝かせていた。
「八幡はこの辺りは詳しいの?」
「いや、俺も初めてだからよくわからん。まあ、せっかくだから色々行ってみようぜ」
「うん、そうだね!」
うわあ、何この可愛い笑顔。もしかしたら俺は戸塚ルートに入ってしまったのかもしれない。たまにキミキスしちゃったり、アマガミされちゃったりするようなセイレンな恋愛が始まるのだろうか。皆、この素晴らしい世界に祝福を!
浮ついた気分のまま歩いていると、戸塚にちょいちょいと袖をつままれる。どうやらイベント発生のようだ。ここで選択肢を間違えてはいけない。たまにあるんだよ。ルートに入って安心していたら、一発でバッドエンドに突入する選択肢が。
「八幡。今調べたんだけど、この辺りにパワースポットとして有名な神社があるから行ってみない?」
ここは『行く』を選択しておこう。
「あ、ああ」
スピリチュアルな緊張感と期待感をひしひしと感じながら曲がり角を曲がると、何かが思いきりぶつかってきた。
「っ!」
「きゃっ!」
背中を強かに打ちつけ、声が出そうになるが、上から何かが顔面に被さり、今度は呼吸がし辛くなる。
「……っ……っ!」
「んぁっ!」
甲高い声が響いた気がしたが、それどころではない。このままでは間違いなく窒息……する……。
死んでたまるか、という思いで上に被さったものをどかそうと、両手でそいつを叩く。すると柔らかいような、固いような、複雑な感触がした。
「きゃあっ!」
被さっていたものが急になくなり、やっと安全に呼吸ができる。目を開けたと同時に、白い何かが見えた気がした。
「二人共、大丈夫?」
「あ、ああ、何とか」
「こ、このケダモノ!」
声のした方を見ると、この辺りの学校だろうか、制服に身を包んだ女子がいた。
長い黒髪が印象的で……なんて感想よりも、今はその女子が胸を押さえ、顔を真っ赤にして俺を睨んでいるという事実の方が重要だ。
「私の……こ、股間に顔を埋めるだけではなく、む、む、胸まで触りましたね!」
なるほど……さっきまで俺の呼吸を塞いでいたのは……まじか……!
正直、何が起こったかもわかっていなかったのだが、事実に気づくと、途端に顔が熱くなった。初めての感触という特別な何かが、脳裏に焼き付いている。
しかし、申し訳ない気持ちもあるにはあるが、俺にも言い分はある。
「ぶ、ぶつかってきたのはそっちだし……胸なんて触ってないんだが……」
「まだ言い逃れをする気なのですか?あの、貴方は見ましたか?」
黒髪は戸塚に同意を求める。俺は固唾を呑んで、戸塚の発言を待った。
「えーと……あはは、触ってた……かな。でもわざとじゃないと思うよ」
戸塚の証言にショックを受ける前に、俺の頭の中には疑問が沸き起こった。
「胸…………あれが」
俺の思い描く胸の感触は、もっとこう……
「な、何をいやらしい顔をしてるんですか!ハレンチな!」
「い、いや、だから……」
「このケダモノ!ハレンチです!変態!」
どうやらこいつは俺の話を聞く気がないらしい。
そっちがその気なら、思う存分言い返してやろうじゃないか。どうせ旅の恥はかき捨てである。視界の端っこにいる戸塚はオロオロしながら、俺と黒髪を交互に見ていた。
「この貧乳ビッチ……」
「なっ……」
何かがプツンと切れる音がした気がする。
「わ、私が……ビッチ……お、おまけに……今、貧乳って、貧乳って言いましたね……」
黒髪がゆらりと近寄ってくる。あ、これヤバイやつだ。足が竦んで動けない。殺意の波動に目覚めちゃってるよ……。
「貴方なんて……」
黒髪は俺の頭部を両側から挟み込むように掴む。逃れようにも、この女……力強ぇ。
そのまま間近で見た顔は、こんな時に不謹慎だが間違いなく綺麗だった。涙目が俺をしっかりと睨みつけ、つい見とれてしまっていた。それと同時にこれから来る痛みに備え、体に自然と力が入る。
そして、彼女は鋭く言い放った。
「大嫌いです!」
そのまま俺の額に彼女の額がぶつかった瞬間、俺の意識はプッツリと途切れた。
そして、意識の片隅には微かに甘い香りが残っていた。
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