インストール@プリキュア!   作:稚拙

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 用語解説

 空現流拳法

 ほくととののかが習得している拳法。
 中国拳法をベースに、古流空手など様々な武術を取り入れ、発展させた流派である。
 『人即武具也』=『人体のすべては武器となる。故に"丸腰"という概念は存在しない』という考え方の下で技が構築されている。そのためか技の名前に『拳』『蹴』『脚』といった人体の部位は用いられておらず、古今東西の武器の名前が技名に付けられている。

 しかし固有の『型』はほぼ存在せず、使い手によって実力や傾向のバラツキが激しいのも特徴。極端な話、空現流の使い手が即興で技を思いついて使用し、命名すれば、その場で空現流の新たなる技として成立する。それほどまでに流派内における自由度は高いのである。故に、似たような技に複数の名称が付けられていることも、空現流では珍しいことではない。
 なお、後継者と認められるには、師範が知らない新たなる技を編み出し、それを防がれることなく、『完璧な形』で師範に叩き込まねばならない。故に、本気で空現流を極める決意を固めた使い手には、新たなる技を常に編み出し続けることを求められ、それ故に常に闘いの場に身を置かねばならない宿命も帯びる。

 『停滞は衰退であり、怠惰は敵のみならず己からの敗北である』という訓えも空現流には伝えられる。
 また、『無為無辜に拳振るう事勿れ』という訓えが伝えられており、みだりに私闘に空現流を用いることを戒めている。反面、人としての正道、正義を貫くことを是としており、上記の訓えの続きとして『然れども、暴虐外道に情けるべからず』という、『正義のために戦え』という意味合いの訓えもある。

 ――――――――――

 キュアショコラがカッコよすぎる……!!

 プリキュアシリーズを通してみてきて、『カッコカワイイ』ではなく、純粋に『カッコいい!!』と感じたプリキュアは初めてです……!!

 ……それはともかく、どーも、9日ぶりですね……

 今回はキュアデーティア、ついに誕生!!……なんですが、またしても感情移入しまくって書きまくったあまりに文字数がかさんでしまって……
 ですので今回『変身篇』は2回に分けて……つまりこれで5部作ということです、ハイ……

 まだ途中にもかかわらず、めちゃめちゃ長いです!!刮目して送信ッ!!

 『残酷な描写』とまで行かずとも、『痛い』描写があります。苦手な方はご注意を……


渾然一体、涙祓一心

 NOW LOADING……

 

 その翌日は、風の公園への遠足だった。

 友達との談笑もそこそこに、僕はデータと話をしていた。

 

 「……つまり、バグッチャーを倒していけば、プリキュアたちを取り戻せて、サーバー王国を復興させることができるんだね」

 《ああ……間違いなくな。だからこそ、キュアブラックはアタシ達を逃がしたんだ……最後の希望として、な》

 「重責だね」

 《だからこそ、やりがいってのがあるってんだ。でもまずは、メモリアとどうにかして合流しねぇと……メモリアのユーザーもいっしょに、4人で顔合わせしとくべきだな》

 「やっぱり、会わなきゃダメかな……恥ずかしいよ……」

 《煮え切らねぇなぁ……昨日の覚悟はどうしたよ?》

 「それとこれとは…………おっと」

 

 気がつくと、目の前で靴ひもを結びなおそうと身をかがめていた、他のクラスの女の子にぶつかりそうになっていた。データと話すのに夢中になって、前をよく見ていなかった。テレビの広告でも『歩きスマホは危険です』って言ってるのに、何をやってるんだ、僕は……

 女の子はあわてて立ち上がって、僕を見てきた。僕もあわててスマホをポケットに隠した。

 

 「あ!……ご、ごめんなさい、靴ひもがほどけちゃってて……」

 

 ―――――…………!!

 

 こ、この子は…………

 

 僕はこの子の表情、その一つ一つに鼓動を急かされる。心臓の音が、体中に伝播しているのがわかる―――――

 視線が、合ってしまった。

 

 「あ……………………そ、その……こっちこそ……前、よく見てなくて…………ご、ごめん!」

 

 頭を下げてあやまって、僕はそそくさとその子と、その子の友達の2人の女の子を追い越した。

 

 …………び、びっくりした……

 久しぶりに、あの子と、あんなに近くに……―――――

 

 《どーしたほくと?急にソワソワして……》

 「そ、それは…………」

 

 この時の僕は、顔を真っ赤にしていたにちがいない。体中がヘンな熱を帯びていたから……データはそれもわかった上でか、おちょくってくる。

 

 《もしかして……お前、あの子にホれてんのか?》

 「…………っっ!!」

 《そのカオ、ズボシかよ☆ふぅ~ん……♪》

 「……わ、悪いの!?…………そ、そうだよ……僕は……あの子のことが―――――」

 

 僕には、好きな人がいる。もっとも、片想いだけど―――――

 

 最初に会ったのは、去年―――――入学式の日だった。

 初めての中学校で、両親とはぐれてしまい、右も左もわからなかった僕の前に、長い髪をサイドテールにまとめた彼女はあらわれた―――――

 

 

 ―――――迷っちゃったの?この学校、広いもんね。体育館、こっちだよ♪

 

 

 彼女はためらうことなく僕の手を握ると、僕を入学式の会場である体育館へと連れて行ってくれた。

 はじめてだった―――――『女の子』に、手を握ってもらえたのは―――――

 その感触と、僕に向けてきた笑顔が―――――

 

 わすれられなくて―――――

 

 やがて、僕の幼馴染で、その子とも仲のいい女の子から、名前を聞くことができた。

 

 

 ―――――東堂りんくさん―――――

 

 

 プリキュアが大好きで、いつもプリキュアのことを話してる女の子。

 好きなことに夢中になって、一所懸命になれることに、自然とシンパシーを感じた。

 僕の方から話しかけたい。でも、シュミとか僕とは合わなさそうだし、拳法や空手ばかりやってる僕なんかに、見向きもしてくれないだろうし……

 気持ちを伝えたいけど、伝えた時にあの子がどう返してくるかが、怖くて―――――

 いつしか、目を合わせることさえ、恥ずかしく思えてきて―――――

 

 そのまま、あの子を遠目から見るだけの日々のまま、1年が過ぎてしまって、今にいたっている。

 今のあの子の髪形はセミロング。およそ1ヶ月ごとに髪形を変える東堂さんの喜怒哀楽が、過ぎゆく月日とともに、僕の記憶にたまっていた―――――

 

 《へぇ、プリキュア好きなのか……だったらアタシが―――――》

 「だ、ダメだよ!データのことはナイショにしとかないと……データのことや僕のスマホのことは、人に話すとマズいんだよ……」

 《ジャークウェブがリアルワールドをどうこうしようってんだぜ!?なるべくたくさんのニンゲンが知っといた方が―――――》

 「はぁ……、いいかい、データ……まだこの世界は、キミたちのような存在をカンタンに受け入れられないんだよ……悲しいことだけどね……」

 《…………まぁ、そっちにもそっちの事情があるんなら、しゃーないか……でもよほくとぉ……♪》

 

 イジワルな笑みを、データは僕に向けてきた。

 

 《ふだんビシッとキメてるワリに、ソッチ方面はウブなのな❤》

 「う、うるさいっ///」

 

 自覚はあるんだ、自覚はっ。"そういうコト"に限った話、僕が臆病者だってことは……

 こういったことはウカツに家族に相談することもできないし……

 

 僕の青春は―――――どこに向かってるんだろーか……

 

 ――――――――――

 

 異変はその日の昼下がりに起きた。

 公園に隣接している風力発電所の発電機が、突然暴走を起こした。

 公園に嵐が吹き荒れる中避難したその時―――――

 

 「りんくちゃんが取り残されて、戻ってこられんです~!」

 「助けに戻れないの、先生っ!?」

 

 隣のクラスの、僕の幼馴染の"むぎ"―――――稲上こむぎと、その友達の鷲尾そらさんが、必死な表情で先生に訴えかけている。

 ―――――まさか……東堂さんが、まだ公園内に……!?

 

 「……データ……!」

 《あぁ……行かない手はないぜ……!お前のカノジョ、助けるためにさ!》

 「かっ、カノジョじゃないよっ///」

 

 データにツッコみ返しながら、僕はこっそりとみんなから離れて、近くの林に入った。

 

 「プリキュア!オペレーション!!」

 

 データが風力発電所のキュアネット空間に降り立つさまが画面に映った。ここから戦い―――――

 というところだったのだろうけど、データは物陰で足を止めた。

 

 「……どうしたの?」

 《……やれやれ、出遅れちまった。おかげでメモリアにいいトコ取られちまったなぁ》

 

 アングルを動かすと、そこにはデータと似た格好をした、ピンク色の髪の女の子がいた。

 前にデータが見せてくれた、キュアネットの画像に映っていた子だ。

 画面から目を離してあたりを見ると、風力発電機の暴走は止まり、風も凪いでいた。とすれば、さっきの原因になっていたバグッチャーは、この子に倒されたのだろう。

 

 「あれが……キュアメモリア……もうひとりの、プリキュア……」

 

 誰かと話しながら、笑っている。相手はやっぱり、メモリアのユーザー、なんだろうか……

 

 「ねぇ、データ……メモリアのユーザーって、どんな子なのかな……」

 

 男の子だろうか、それとも女の子だろうか。それに、ここにメモリアがいたということは―――――

 

 《お前も興味があるんだな。同じ学校の同い年みたいだし、会ってみたらどうだ?》

 

 やっぱり、そういうこと、になるのだろうか。でなければ、メモリアがこの場にいる理由にならないけれど―――――

 でも、直接ユーザーの子に会うとなると、やっぱり―――――

 

 「それは……このスマホを見せるのはずかしいし……」

 《お前なぁ……あの時見せてくれた覚悟、こういう時に出せねェのかよ?》

 「そ、それとこれとは話が……」

 《……ま、後の楽しみにとっておくとすっか―――――》

 

 さて、そろそろ戻らないとみんなに怪しまれる。僕は立ち上がり、スマホの画面でこちらを見上げてくるデータを見た。

 

 「…………行くよ、キュアデータ」

 《あぁ、そうだな……アタシ達の戦いは、これからなんだ……》

 

 なんだか、打ち切りマンガのオチのようなセリフに、思わずクスッと笑う僕。

 

 《な、なんだよっ》

 「ううん、なんでも♪」

 

 僕はデータがスマホに戻ってきたのを確認して、さりげなくみんなの列に戻ってくると、ぺこぺこと先生に頭を下げる女の子が。

 

 「…………東堂さん……よかった、無事だったんだ……」

 《メモリアに感謝、だな♪》

 

 小さく、データがそうつぶやくのが聞こえた。本当にその通りだと思う。

 もうひとりのプリキュアが、東堂さんを助けてくれた―――――

 ありがとう―――――キュアメモリアと、そのユーザーのヒト―――――

 

 しかし、この3日後の夜―――――

 事態は急転した―――――

 

 ――――――――――

 

 その日の夜、僕達は家族で外食に出かけた―――――その帰り道だった―――――

 

 ―――――……ズウゥゥゥン…………

 

 遠くの方で地響きがした。まもなくして、その方角からたくさんの人が悲鳴を上げながら走ってきた。

 何があったのかと父さんがその中のひとりに訊いた。

 

 「中央通りにバケモノが出たんだ!店とか車とか壊して……アンタ達も早く逃げろ!!」

 

 僕だけじゃない。家族全員が耳を疑ったと思う。今時、そんな映画のような出来事が―――――

 

 ―――――まさか―――――……!?

 

 僕は思わずスマホを取り出した。データの胸のハート型のブローチが、赤々と輝いていて―――――

 

 《……こうなるのは、ずっと先だと思ってたけどよ……こんなに早いなんて……!!》

 

 その時、ビルとビルの隙間、逃げ惑う人々の間から、僕には見えた。

 巨大な―――――"影"を。

 あの日、画面越しに見ていたシルエットが、現出して―――――

 

 「……バグッチャーが……実体になって見える……」

 

 無意識に口から出ていた。

 でも、どうすればいいんだ……!?キュアデータはあくまで、キュアネットの住人だ。彼女が現実に干渉する術は無い。今の僕に出来ることは―――――

 

 「こっちにも出たぞぉぉぉ!!!」

 

 その声に、僕は思わず振り返った。2体目のバグッチャーが実体化したというの!?

 さっき通りかかった楽器店、そこから"そいつ"が現れたように見えた。一挙して人の流れが変わって、一瞬のうちに人混みに呑まれ、家族と僕が引き離される。

 父さんは!?母さんは!?お祖父さんと…………のん!のんはどこにいるの!?

 

 「にぃぃぃ~~~!!!」

 

 喧騒に混じって、のんの悲鳴が確かに聞こえた。

 

 「のん!!ののかぁッ!!?」

 

 楽器店の方角を見て、僕は愕然とした。

 巨大なバグッチャーの右手の中に握られていたのは―――――

 

 「…………!!ののかぁッ!!」

 

 ののか、だった―――――

 そして、バグッチャーの肩には、見覚えのある男が乗っていた。

 長い髪のその男は、爬虫類めいた冷笑を浮かべていた―――――

 瞬間―――――

 

 

 ――――― ―――――

 

 

 

 「ッッきッさまアアアァァァァァーーーーッッッ!!!!!!!」

 

 

 

 僕の人生の中で、最大級の怒りが―――――

 一瞬で全身の血が沸騰するかのような怒りが、僕の全身を支配する。

 同時に、そんな僕の姿を見てか、バグッチャーはののかをその手に握ったまま、人の流れとは逆方向―――――大泉埠頭の方角へと、跳びはねながら移動していった。

 ―――――こっちで勝負、ということか。

 一歩を踏み出したとき、データがスマホの中から言ってくる。

 

 《ほくと……!お前、まさか……!!》

 「……行くに、決まってる、だろッ……!!!」

 《死ぬ気かよッ!?》

 「死ぬ気なんかない!でも、死んでも取り戻すんだよ!!ののかに何かあったら……僕は……僕はッ……!!」

 《…………覚悟はわかった……でもなほくと……忘れんじゃねぇ……》

 

 語気を変えたデータが、僕を見上げてきた。

 

 《お前が死んだら、悲しむヤツが大勢いるんだ……特に妹さんだ……お前が目の前で死ぬ姿なんて……絶対に見せたら赦さねぇからな…………これだけは言っとく!死んだらブッ殺す!!いいな!?》

 

 ―――――その言葉で、ヘンに力が入っていた全身が、すっとほぐれたような、そんな気がした。

 

 「ふ……ふふふ……あははは……!!」

 《ほ、ほくと……!?》

 「ダメだよ、データ……」

 

 僕は思わず笑顔になって、データに言った。

 

 「プリキュアが"ブッ殺す"なんて言っちゃ、さ……前に東堂さんが言ってたのを聞いたんだけど……アニメのプリキュアは、敵も味方も、絶対に『殺す』って言葉を使わないんだってさ……仮にも、キミもプリキュア……女の子の憧れなんでしょ?せめて、"張っ倒す"くらいにしてよ」

 《そ、……それだと……脅しにゃならねぇし、さぁ……それに…………お前には、絶対死んでほしくない、し……》

 

 そうだ―――――

 データは目の前で、家族を―――――妹を亡くしているんだ。だからもし、僕が死んでしまったら―――――

 また、データは悲しい想いを繰り返すことに―――――

 そして、ののかにも同じ悲しみを味わわせてしまうことになる―――――

 

 「……、伝わったよ……キミの想い……わかった、無理はしない……でも、ののかは絶対に助ける……空現流拳法の、名に懸けて」

 

 僕は右の拳を胸に当て、空現流拳法の"訓え"を唱えた。

 

 「"無為無辜(ムイムコ)に拳揮う事(ナカ)れ、(シカ)れども、暴虐外道(ボウギャクゲドウ)に情けるべからず"―――――」

 《なんだ、そりゃ?》

 「……心得、さ。みだりに拳を揮ってはいけない……でも、悪や理不尽を決して見逃すのもまたいけない……って感じのね。僕が最初に教わった、"ヒーローの心得"だよ。……さぁ、行くよ!」

 

 僕がやらなきゃ、誰がやる。

 待ってろ、ののか。

 僕が―――――いや、僕達が、必ず助ける―――――!

 

 ――――――――――

 

 街の中のパニックの裏、静寂の中―――――

 暗闇の大泉埠頭で、僕が見上げたのは―――――

 

 「ののかーーーッ!!!」

 

 巨大なコンテナ運搬用クレーンのアームの先端に、ロープで括りつけられたののかがいた。

 

 「……!にぃぃぃぃーーーーーーーー!!!!!」

 

 僕の姿に気づいたのか、まるで悲鳴のように、ののかは僕を呼んだ。

 そして、僕の前には阻み立つように―――――

 

 『バァグッチャァァ…………!!』

 

 巨大なギターを携えたバグッチャーがそびえ立っていた。

 

 『逃げずに来るとは見上げた度胸だよ、人間』

 

 バグッチャーの肩には、ネンチャックが不敵に笑って立っていた。

 正直、どういう理屈でコイツらが現実の世界に出てきたのかはわからないけれど、今はそんなこと、どうでもいい―――――

 

 「ののかを返せ」

 『簡単に返すと思っているのかぁい?……キミの持ってるその端末に入ってる、サーバー王国の残党……それと交換サ』

 

 やはり、そう来るか。"悪の常道"だ。

 そして、仮に僕がここでスマホとデータを差し出したところで、ののかを返す気が無いということも。

 こいつらに、もはや言葉は通じまい。

 

 「わかってるさ、そう来ることくらい……なら、この五体で罷り通るまでだ……!」

 

 僕は、重心を落として、巨大な影を見上げながら構えた。

 

 「空現流、八手ほくと―――――」

 

 半端者の僕がどこまで敵うかわからない―――――

 でも、やるしかない。やるんだ。でなければ、ののかが―――――

 

 「正義、推参―――――ッ!」

 

 僕は全身に気迫を漲らせて駆け出し、右の拳でバグッチャーの胴体に一撃を加えた。

 瞬間、何かが砕ける音が聞こえた。でも僕は構わず、両の拳を連続でバグッチャーに叩き込んだ。

 

 「づぁあああああぁぁぁああ!!!!」

 

 でも、バグッチャーは怯むどころか、微動だにせず、ただ僕を見下ろしている、それだけだ。

 ネンチャックが前髪を手で振り上げながら言い下してくる。

 

 『まさか!まさか人間の!それも子供の分際でバグッチャーに!?それも素手で立ち向かって来るなんて!!アッハハハハハハ!!!無謀を通り越してコメディだねぇ!!』

 「うるさい!!僕はののかを……ののかをッ!!」

 《おいほくと!!それ以上打ったら、お前……!!》

 

 データの言葉で、僕は我に返った。

 その時には、もう僕の手には力が入らなくなっていた。

 手の甲は血まみれだった。

 この瞬間―――――

 さっきの『何かが砕ける音』が、何だったのかを理解して―――――

 

 「う……がああああああアアアアアアーーーーーーーーーー!!!!」

 

 両膝をついて―――――痛みに泣き叫んだ。

 一撃目を打ち込んだ時点で―――――

 

 僕の手は、"砕けて"いた―――――

 

 《ほ、ほくと!おいほくと!!気をしっかり持ちやがれ!!今からだって妹さん助け出す方法はいくらでも―――――》

 『も・う・な・い・サ』

 「…………!!」

 

 いつの間にかすぐ前に立っていたネンチャックを、思わず僕は見上げた。

 

 『君達人間がいくら足掻いたところで……高度情報生命体であるボク達"アプリアン"に、敵う術はないのサ』

 

 それでも、僕はあきらめたくない―――――

 負けたくない―――――

 ののかを助けないと―――――

 でないと―――――

 

 『気に入らない目をしているねェ……もういいか。……バグッチャー――――――――――』

 

 ネンチャックは僕に背を向け、立ち去りながら言った。

 

 『(デリート)だ』

 

 バグッチャーの巨大な拳が、薙ぎ払うように―――――

 横殴りに僕を襲った。

 全身に壮絶な痛みが走って―――――粉微塵になる音が聞こえた。

 まるで木の葉が舞うように―――――僕は夜空に吹っ飛んだ。

 

 

 ののかが泣き叫ぶ一瞬の姿が、時間が止まったかのように目に留まって―――――

 

 

 手を伸ばしても、届かなくて―――――

 

 

 重力が僕を捉えて―――――

 

 僕は暗闇の海へと、頭から叩き落ちた―――――

 

 冷たい水と、流れの音、揺れる海面、その光―――――

 

 五感全てが、深淵へと沈められて―――――

 

 

 虚無が―――――僕を捉えていった―――――

 

 

 ――――――――――

 

 BACK LOG CURE-DATA

 

 ――――――――――

 

 「ほくと!!ほくと!!!おい冗談じゃねぇぞ!!目ェ覚ませ!!ほくとォォッ!!!!」

 

 沈んでいくほくとのポケットの中から、アタシはスマホを動かして脱出しながら、ほくとに呼びかけた。

 

 「妹さん助けんだろ!?ホレてる子にコクるんだろ!?ヒーローになるんだろッ!?なのにこんなトコで死んでどーすんだよ!?お前にゃやるコト、まだたくさんあんだろーが!!」

 

 いくら呼び掛けても、ほくとは答えてくれない。ただ、両手と全身に負った傷からあふれる血だけが、上へと流れて海に溶けてく。

 

 「こんなトコで終わっていいヤツじゃねェんだ!!おい言ったよな!?死んだらブッ殺すぞッ!!目ェ開けろよ!!ナニか言えよ!!……プリキュアって『殺す』って言っちゃいけねぇんだろ!?だったら張ッ倒してやる!!これならいいだろ!?だから目ェ開けてくれぇぇ……!!ほくとォォ!!」

 

 水の中では、ニンゲンは息することも喋ることもできないことは、その時のアタシの頭の中からは素っ飛んでいた。

 当然のように―――――ほくとは、答えては、くれなかった。涙がにじんできた―――――

 

 アタシの……アタシのユーザーになったばかりに、妹さんにも迷惑かけて、あげくの果てにほくと自身がこんな目に遭って…………

 こんな……こんなの、もうイヤだ……!!もう、あんな思いを繰り返すのはごめんだったんだ!!なのに、またアタシの前で、誰かの命が消えてくなんて……!!

 そんなの、イヤだ…………!!

 

 「頼む……誰でもいい……何でもいい……!ほくとを……ほくとを……ほくとと妹さんを、助けてやってくれぇ……!!もう誰にも、あんな思いをさせるのはイヤなんだぁ……!!……奇跡ってのがあんなら、今すぐにでも起きてくれぇ……!!ほくとの……こいつのやりたいことを、やるべきことを、中途半端なままで終わらせちまうなんて残酷すぎんだろぉがぁ……!!頼む…………頼むから……―――――お願いだぁ……ッ……!!、」

 

 涙声で―――――アタシは叫んだ―――――

 

 

 

 

 

 「ほくとを、ヒーローにしてくれぇぇぇぇ………………!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――― ―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――いやだ

 

 

 

 

 

 

 

 「え…………?」

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――こんなところで、おわりだなんて、いやだ

 

 

 

 「ほくと…………?」

 

 

 

 ―――――僕は―――――たすけたい―――――

 

 

 ―――――ののかを、たすけたい―――――

 

 

 ―――――僕のチカラ、僕のココロで、だれかのナミダをはらって、マモルことのできる―――――

 

 

 

 

 

 ―――――ヒーローに、なりたい―――――

 

 

 

 

 〈USER:HOKUTO HATTE〉

 〈SYMPARATE:100%〉

 

 

 

 

 アタシのアタマの中に、ほくとの"想い"が、言葉にせずとも流れていく。

 まだ、ほくとは命を、心を、自分を失っていない―――――

 その時―――――アタシのアタマが、『何か』に切り替わったかのように意識が追いやられて―――――

 勝手に言葉を、口走っていた―――――

 

 

 「プリキュア、マトリクス、インストール」

 

 

 聞いたことが、ある―――――

 マトリクスインストール。ユーザーと契約したプリキュアだけができる、最後の手段―――――

 ユーザーに、プリキュアの力を分け与えるっていう……やり方すら教えてもらえなかった―――――

 それが、どうして―――――

 

 スマホが光を噴いた。アタシと同じ、水色のイーネルギーが―――――

 スマホはまっすぐ、ほくとの胸へと飛び込んで―――――

 

 

 《CURE-DATA! INSTALL TO HOKUTO!!》

 

 

 巨大な光の球体が、ほくとを包み込んで、アタシは―――――

 その球体の中にいた―――――

 

 

 『ほくと……こりゃ、どーなってんだ……!?』

 

 ほくとは目を閉じたまま、微動だにしていない。

 でも、液晶越しじゃない、アタシの目の前に、ほくとがいる―――――

 ってことは―――――

 

 『ほくと……なにが起きてんのか、さっぱりわかんねぇ、けど……!!』

 

 こうして、『同じ空間』にいられるのなら、ほくとに活を入れることだってできるハズだ……!

 だったら……!!

 

 『何寝てんだよ、ほくと……妹さん助けんだろ……!?ヒーローになるんだろ……!?寝坊すんじゃねェ……!!』

 

 アタシは右の拳を握って、ほくとの胸のど真ん中に空いた『穴』に向かって、思い切り正拳を叩き込みながら―――――

 

 『目ェ覚ましやがれぇぇぇーーーーーーーーー!!!!!!!』

 

 絶叫とともに、アタシの渾身の気合をブチ込んだ。瞬間、アタシの全身を光が包んで、叩き込んだ拳のその先から―――――

 光に変わって―――――ほくとの胸の『穴』へと、吸い込まれていく―――――

 

 その瞬間、理解した。『マトリクスインストール』というのが、『何』なのかを―――――

 アタシの全身に浸透していく、『快感』に似た感触―――――アタシが―――――

 

 ほくとの中へと、入っていく―――――

 

 そういう―――――ことか―――――

 

 それなら、それで、できるじゃねぇか……!!

 アタシの―――――プリキュアの力を、今こそお前に託す……!!

 そうさ―――――……お前は……!!

 

 

 『―――――お前は、アタシが認めた世界一の男だ!アタシといっしょに、最強のプリキュアになろうぜ、ほくと!!』

 

 

 ――――――――――

 

 漆黒の海から飛び出して―――――

 

 『(アタシ)』は―――――降り立った。

 

 《INSTALL COMPLETE!!》

 

 今しがた隣り合わせた、『死』―――――

 すべてを失うかもしれない恐怖―――――

 それは、"ふたりの"『(アタシ)』が、経験したことで―――――

 

 そうだ―――――

 もう二度と、誰にも、こんな思いは―――――

 

 胸のイーネドライブが、とくん、と脈打って―――――

 

 『……………………!!!』

 

 『(アタシ)』の双眸から―――――涙がこぼれる。

 

 『『(アタシ)』の…………『(アタシ)』の、やるべきこと、は―――――なりたい、モノ―――――は―――――』

 

 少しずつ―――――『(アタシ)』を形づくっている、"ふたり"の想いがココロを満たしていく―――――

 "ふたり"が入りまじり、ココロも、カラダも、ひとつになった『(アタシ)』―――――

 それでも、想いはそれ以前からもう、"ひとつ"だった―――――

 無念と、それを繰り返させないという、確かな想いが―――――

 

 やりたいこと。やるべきこと。それらが束ねられて、『(アタシ)』の―――――

 否―――――『僕』と、『アタシ』の、力に変わる……!!

 

 『二つの存在』が一体となった僕―――――それでも、想いはひとつ―――――

 『ひとつの心』の望むがままに―――――

 頬をつたった『涙』―――――まだ、涙を流さない境地には至れていないけれど―――――でも―――――

 僕は―――――『涙を以って、涙を祓う』、ヒーローになる!!

 

 あえて僕は―――――この名に、『涙』を冠して―――――!!

 

 

 『渾然一体、涙祓一心―――――キュアデーティア!!』

 

 

 ――――――――――

 

 BACK LOG CURE-DATEAR

 

 ――――――――――

 

 夜空の下―――――僕は埠頭に立っていた。

 

 ―――――生きてる―――――

 

 でも、どうしてだろう……?バグッチャーの致死の一撃を受けて、僕は大泉湾に沈んでいったはず。

 そうか、アレだ!『水落は生存フラグ』なんだ!

 特撮で水に落ちた場合、大抵の場合は生きてる、アレだ!

 まさか現実でも有効だったなんて……でも―――――

 

 『どうやって……海から出たんだろう……?』

 

 ……………………え?

 

 無意識につぶやいた僕の声が―――――

 妙にカン高く……というか、アニメの女性声優さんが喋っているような声に聞こえる。

 確かに僕はまだ声変わりを迎えておらず、他の男の子よりも声が高い。でも、ここまで高くは無いハズ……

 まるで、女の子の声みたい―――――

 そう思って、僕はふと下を向いた―――――

 

 『え……ええっ!?!?えええええええええああああああーーーーーーー!?!?!?』

 

 動転して、さらに裏返った声が出てしまった。それも女の子の声だから、頭の中にキンキン響く。

 って、それどころじゃない!僕は今、電飾満載のフリフリワンピーススカートを着させられていた……!!女装?!コスプレ!?

 恰好や色はともかく、まるで仮面ライダーファイズのフォトンストリームのようだ。

 よくよく見ると、キュアデータのコスチューム、そのものだ。ところどころが細かくなってるとはいえ―――――

 それに、二の腕と、スパッツからのぞく太腿の見てくれが明らかに『僕じゃない』。触ってみると、なんというか、『ふにっ』としてて、脂肪が増えて丸みを帯びてるようにも感じる。腕も細くて、筋肉量も明らかに減ってる。

 でも、何よりも、だ―――――

 

 この、胸から突き出ていて、足元への視界を塞いでいる2つの『丘』って………………なんなの………………!?

 

 『なんで!?どうして……!?僕……いったい……!?』

 

 僕はとっさにスマホを取り出した。よかった、水に落ちても使えるみたいだ。このスマホ、市販のモノよりも頑丈になってる。

 データから教えてもらったカメラ機能の『自撮り』を使って、僕は僕の顔を写してみた、けれど―――――

 

 『これって……………………誰……………………?』

 

 そこに写っていたのは―――――『"僕"じゃなかった』。

 長い髪をサイドテールにまとめた、水色の髪と瞳の女の子だった。前から見ると、『♪』の形にそっくりだ。この髪型、初めて出会った東堂さんと、同じだ。

 普段の僕よりも幼くて―――――まるきり別人に見える。

 僕の面影はまったくと言っていいほど―――――強いて言えば、10%くらいしか、『八手ほくと』の面影は残っていなかった。

 

 『ど……どうなってるの…………僕…………女の、子に、なって、る……!?』

 

 本当に女の子になってるかどうかを、もっと『深く』確かめる術はある。でも僕は『それ』をするまでの度胸も発想も、その時には無かった。ただ、この事態に動転していただけだから―――――

 

 《ほくと!聞こえっか、ほくと!?》

 

 どこかからか、データの声が聞こえてくる。

 そうだ、データ……!もしかして、これって……!?

 さっきスマホを使った時、データはそこにはいなかった。まさか―――――

 僕は胸の真ん中にくっついているハート形のブローチに―――――その両側にある"ふくらみ"に触れないように、慎重に―――――手を当てて、精神を集中する―――――

 

 暗闇の中、水色の輝きを放つ球体状の空間の中に、データの姿が見えた。

 

 『データ……!?どうして"僕の中"にいるの……!?僕、どうなっちゃったの……!?』

 《落ち着いて聞け、ほくと……死にかかってたお前に、アタシの力をインストールした……イーネドライブの最終プログラム……『マトリクスインストール』を使ってな……それで、ほくととアタシが一緒くたになった姿が……今のお前―――――その名も……『キュアデーティア』だ!》

 『キュア……デーティア…………』

 

 その名前だけは、何故か自分の名前として受け入れることができた。

 それに、思い出した。全身の骨がバラバラに砕かれたはずなのに、今の僕は五体満足で、手に負った傷もふさがって……というよりも、別人のような手になっている。

 

 《感じねぇか?お前の中に流れる力……アタシとほくとが、一心同体になった"チカラ"―――――》

 

 言われてみてから、僕は体の中の『力の流れ』に意識を重ねる。すると―――――

 血液の流れとは違う『エネルギー』のようなものを、体の中に感じる。そして、僕の体から、まるで泡のように湧き出ては消えていく、これは―――――

 

 『イーネルギー……』

 

 データが教えてくれた、『キュアネットの『善』のエネルギー』―――――それが、僕の中に流れているということは―――――

 

 『僕…………プリキュアに、なったの…………』

 《そういうことみたいだな♪》

 

 そ、そんな…………僕は愕然とした。

 仮面ライダーやスーパー戦隊のようなヒーロー―――――そのスーツアクターになるのが、僕の夢だった。

 でも、僕が14歳にして初めての『変身』を遂げたのが―――――まさかの『プリキュア』だなんて……―――――

 それも、女の子しか変身できないハズのプリキュアに、男の僕が変身するって―――――

 こんな人生設計、予定外だし、予想外だ……

 

 『どうして、こんなコトに……』

 《ア、アタシだって無我夢中だったし、まさかこうなるなんてアタシも知らなかったんだよ……》

 

 なんだろう、この罪悪感に似た気持ちは―――――

 データの感情がシンクロして、僕のココロの中に重なっていく―――――

 これって、ただ僕が『変身』したわけじゃない。

 さっき、データが言ったとおり、僕とデータ……ふたり分が、この体の中にあるのがわかる。

 一緒くたとは、こういうことなんだ―――――

 

 『仮面ライダーWか、ウルトラマンエックスみたいだね……』

 《なんだそりゃ?》

 

 どちらも、『ふたりでひとりのヒーロー』だ。特に仮面ライダーWの最強フォーム『サイクロンジョーカーエクストリーム』が、今の僕の状態に最も近いんじゃないだろうか。もっとも現実にこんな状態になった人間は、多分僕が、人類初だろうけど―――――

 ともあれ―――――こんな姿になってしまったとはいえ、データに悪気はなかったんだ。

 データがマトリクスインストールをしてくれなかったら、間違いなく今頃、僕は大泉湾の藻屑になっていた。

 

 『ごめん……それと、ありがとう……』

 

 僕の中にいるデータに、僕は謝ってから、お礼を言った。彼女が、こんな形であれ、僕の命を必死につなぎとめてくれたんだから……。

 すると、僕の中で、不思議な感覚が生まれた。感謝と、それを受ける暖かな気持ちが―――――ふわりと触れて―――――

 体中に、広がっていく―――――

 これは―――――データのココロ……なの?

 

 《て、テレんじゃねぇか……そ、それよりもよ!妹さん、助けんだろ!?》

 

 思い出した。僕がどうして、ここにいるのか―――――

 僕が、やらなければいけないコト―――――

 

 『……そうだ……僕はののかを……助けないと……!』

 

 巨大なクレーンが遠目に見える。そこから吊られているシルエット。視力も上がって、夜目も効いているのか、今の僕にはその姿がはっきりと見える。

 

 ―――――ののか―――――

 

 『データ……僕がどうしてこうなったのか……今は訊かないことにする』

 

 思い出したことがある―――――僕はその"決意"を再び自分に言い聞かせるように―――――

 

 『どんな姿だろうと……誰かのために強くなれるなら……歯を食いしばって、思いっきり守り抜けるなら……転んでも、また立ち上がれるなら……正しいことを言って、成し遂げられる勇気があるなら―――――ただ、それだけできれば―――――』

 

 

 ―――――英雄(ヒーロー)さ―――――

 

 

 《やっぱお前、最高のヒーローじゃんか♪》

 『データ……』

 

 心の中のデータが、ニカッと笑う。

 

 《だからかな―――――マフラー、似合ってるぜ》

 

 言われてはじめて、気がついた。首元に、純白のマフラーが巻かれているのを。潮風に、ひらひらとなびくそれは―――――

 

 『マフラーは、ヒーローの証、か―――――』

 

 データは、マフラーなんて身に着けていなかった。つまりこれは、『キュアデーティア』だけのオリジナル。

 僕のヒーロー―――――"仮面ライダー"への憧れが、これを具現化させたのだろうか。

 どんな姿になろうとも、僕は僕のまま―――――『自分を貫く』、決意の顕現―――――

 

 だとすれば―――――僕は、このマフラーに誓う。

 

 涙の名のもとに涙を祓う―――――ヒーローになってみせると―――――

 

 ――――――――――

 

 ―――――ダンッッッ!!!

 

 僕はネンチャックとバグッチャーを見据えると、その正面に着地した。

 右膝と右の拳を地面につけて、左腕を後ろに引いた―――――

 

 『へぇ……"スーパーヒーロー着地"かぁ……それ、ヒザに悪くない?』

 

 わかっているのか、ネンチャックがそう返してくる。僕は黙って立ち上がり、ネンチャックを見据えた。

 

 『バイタルパターン解析っと……へぇ!もしかして君、さっきデリートしたはずの人間クンかい?……これは驚いた!まさか生きていて、しかも女装してリベンジマッチとは恐れ入るよ!……それとも君、もともと女の子だったのかなぁ?この短い時間で何があったんだい?』

 

 喋らないでおこうかと思ったけど……限界だった。

 

 『………………るか……』

 『ん~?』

 

 半ばやけくそに僕は叫んだ。

 

 

 『そんなこと僕が知るかぁっ!!!』

 

 

 仮面ライダーストロンガーが第7話で放ったこの言葉―――――今の僕にとって、言葉の内容に嘘偽りは一切なかった。僕がこの姿になったのは、僕の意志の外で起こった事だから。

 それにしても……なんて迫力のない声なんだ……いくら凄んだところで、威圧することはたぶんできないと思う……

 想像してみてほしい。自分の声が、萌えキャラのような声に変わってしまう感覚を―――――

 

 『さっきまでの僕と、今の僕を同じと思うな…………ののかを、返してもらうぞ!!』

 『できるものならね……!!』

 

 10mほど前方にいるバグッチャー目掛けて、僕は踏み込み、駆けだそうとした。少しずつ加速して、バグッチャーとの間合いを詰めようと思っていた。でも―――――

 

 『―――――!?』

 

 たった一歩、僕は蹴り出した、そのつもりだった。なのに……

 

 ―――――どうしてバグッチャーが目の前に迫ってるんだ!?

 

 あまりの爆発的ダッシュに僕自身がとまどい、とっさに僕は膝蹴りを叩き込む、それしかできなかった。

 

 ―――――ヅドォン!!!

 

 でも、バグッチャーの胴体部分に膝蹴りは食い込むように命中した。バグッチャーは吹っ飛んで、その先に積まれていた運搬用コンテナにぶつかって、そのコンテナを凹ませながら止まった。

 

 『……すごい』

 

 唖然とした。これが、プリキュアのチカラ……なのか。

 遊園地のゴーカートで例えるなら……ほんの少しだけアクセルを踏んだつもりだけど、実際のカートはフルアクセルで加速していた―――――そんな感覚、だろうか。

 それと、やはりというかなんというか、カラダに強烈な違和感を覚えていた。

 

 『―――――重心が明らかに"上"寄りになってる……!』

 

 原因はわかってる。胸にある"2個の球体"だ。これがあるから、体捌きにほんのわずかな違いが生じてしまっている。

 そう考えると、女の人って、凄いんだなって思う。こんな、"錘"のようなモノを24時間365日、ずっとくっつけたまま生活してるんだから……

 で、でも、これがないと赤ちゃんに栄養を与えることだってできないわけだし、それに、その、いろいろ……。

 

 《余計なコト考えんじゃねぇ!そーゆー妄想は家に帰ってから、人目のねぇトコで隠れてしやがれ!!》

 

 データの言葉で、僕は"余計な思考"を中断した。データには、僕が考えていることが筒抜けのようだ。

 

 《重心が変わってるのはじき慣れる!意識を研ぎ澄まして、妹さん助けることだけに集中すんだ!》

 『……わかった!』

 『ヤ~~~カマシ~~~~!!!』

 

 バグッチャーがその手に持ったギターの弦を弾いて、そこからたくさんの音符が出現した。そしてそれが矢の形に変わったと思うと、一斉に僕目掛けて殺到してくる。

 

 『飛び道具か……ならッ!!』

 

 今の僕は―――――プリキュアなんだ。

 さっきのように、僕の中に常識外れの力が備わっているのだとすれば―――――

 こういうことだって、出来るはず―――――

 

 『空現流、防楯術(ボウジュンジュツ)!……壱式地殻防壁(イチシキチカクボウヘキ)、"辻畳(ツジダタミ)"ッ!!!』

 

 握り拳で、僕は足元の地面を叩いた。瞬間、アスファルトが反り返るように屹立して、僕の前にそびえ立つと、『音符の矢』の弾幕を防いでくれた。

 

 『できた……!』

 

 本来この技は、もっと修行を積まなければ使うことの出来ない、僕―――――『八手ほくと』にとっては『机上の空論』でしかなかった技。それがこうして『できた』ということは―――――

 空現流拳法―――――その中で、今まで僕が身につけた技、そして、見たことがあるだけでまだ真似できない技、また―――――

 僕の中の構想にあるだけで、まだ実現できていない技―――――

 それすらも、『キュアデーティアなら、できる』んじゃないか―――――

 

 『次は僕の番だ……!』

 

 間合いの取り方、そして自分の体への"手綱の引き絞り方"―――――それを細かく、感覚だけで微調整しながら―――――

 摺り足をうまく使って―――――加減しながら蹴り出せば―――――

 

 ―――――上手く間合いを詰めつつ、そのまま懐に入れる―――――!!

 

 『空現流貫槍術(カンソウジュツ)―――――伍式空撃刺突(ゴシキクウゲキシトツ)、"逆鋲刺(サカビョウシ)"ッ!!!』

 

 相手の"下"に潜り込んで、両足で蹴り出すことで、相手を空中へと蹴り上げる技―――――

 でもこれは布石に過ぎない―――――

 全身に"氣"を漲らせて、僕は蹴り上げたバグッチャーを追って跳び上がる。

 

 『この連撃……見切れるか―――――!』

 

 拳、蹴り、手刀―――――叩き込めるだけの攻撃を叩き込んで―――――!!

 

 『空現流連撃闘術!!参式戦弾闘舞(サンシキセンダントウブ)―――――』

 

 最後の一撃を、蹴り込む―――――!!!

 

 

 『"百雷(ヒャクライ)"ッッ!!!!』

 

 

 ―――――ズドオオオオオンンンンン!!!!!!!

 

 アスファルトに叩き落ちるバグッチャーに続いて、僕は着地し、倒れた相手を見据えた。

 

 『はぁ……はぁ……はぁ……』

 

 ここまでのことができるなんて―――――思った以上だ。

 これなら、勝てる。ののかを助けられる……!

 それに、なんだろう―――――この高揚感は―――――

 僕の中で膨らんでいく―――――この感覚は、何―――――

 

 『なかなかやるみたいじゃぁないか……甘く見てたよ、君を』

 

 バグッチャーの横に、ふわりと着地するネンチャック。

 

 『でもこっちには"人質"がいることを忘れちゃいけないよ……?』

 『……!』

 

 僕はクレーンに吊るされたののかを見上げた。

 そうだ―――――僕はコイツを倒すためにプリキュアになったわけじゃない。

 

 『それ以上大暴れすると、君の大切なあの子がどうにかなっちゃうかもねぇ……?』

 

 僕は、あの子を助けて、無事に父さんと母さんと、お祖父さんの元へと帰してあげなきゃならない義務がある。

 大切な人を―――――守らなければ―――――助けなければ―――――

 

 

 僕は―――――

 

 

 

 自分は―――――

 

 

 

 《……ほくと……?》

 

 

 

 ――――― ―――――

   

 

 

 ―――――()()()は―――――!!

 

 

 

 『必ず……わたしが助けるから』

 

 起き上がり、睨みを利かせてくるバグッチャーを、わたしは睨み返した。

 

 『タマシィィィ!!!』

 

 バグッチャーのギターから、連続で弦が鞭のように繰り出された。真っ直ぐ放たれたそれは、わたしの両手両足に、枷のように巻きついた。

 

 『邪魔を―――――しないで!!』

 

 イーネルギーを全身から発散して振り破ると、前傾姿勢からわたしは駆け出す。

 そして跳躍して、バグッチャーを踏み台にして、さらに跳ぶ―――――

 手を伸ばす―――――大切なひとに―――――

 

 『簡単に届くと思ってるのかい?』

 

 空中のハズ。なのに、ネンチャックがわたしの前をさえぎり、廻し蹴りを放ってきた。

 

 『く!』

 

 両腕でとっさに防いだけど、それでも衝撃を殺しきれずに、わたしはコンテナに叩き落ちた。

 

 『かッ―――――』

 《ほくと!!》

 『まだ!』

 

 わたしはすぐさま立ち上がると、今度は脚に力を込めながら跳躍した。ブーツの土踏まずの部分からイーネルギーが噴き出し、ジェット噴射のようにわたしを上空へと押し上げる。

 

 『と・ど・けぇぇぇぇえーーーーーーーー!!!!』

 『ち―――――ッ!』

 

 この急加速にはさすがのネンチャックも対応できなかったようで、急上昇するわたしには届かない。

 ののかを縛るロープを手刀で切って、抱きかかえるようにののかを助け出した―――――

 

 『!―――――、』

 

 思わず、ののか、と、声が出そうになった。でもここですんなりと名前を呼んでしまったら、わたしのことがバレちゃうかも…… 

 ここはグッとガマンして、コンテナとコンテナの間、相手から死角になっている場所に身を潜めた。

 

 ――――――――――

 

 『―――――大丈夫?』

 

 ののかはふるえていた。でも、わたしが笑いかけてあげると、はっとしたように涙をぬぐって、強気な笑顔を作って見せてくれた。

 

 「……うん!」

 

 無理してる、それがわかる。とてもこわい思いをしたのに、この子は気丈に振る舞っている―――――

 

 「おねえちゃん……もしかして、"プリキュア"!?おなまえは?」

 

 やっぱりののかには、そう見えてるのね……"にぃ"じゃなくって、"おねえちゃん"。こんなに間近で見ても、わたしが『ほくと』だって気づかないんだから……

 

 『うん♪……キュアデーティア。お兄さんに頼まれて、ののかちゃんを助けに来たわ』

 

 ―――――ということにしよう。それなら、自然でしょうし……

 

 「キュアデーティア!……プリキュアって、アニメのなかだけじゃなかったの!?」

 

 キラキラした視線を向けられて、やっぱり恥ずかしいけれど―――――喜んでくれたみたい。でも、その表情はすぐに暗くなって、また涙をぽろぽろこぼして……

 

 「でも……にぃが……かいぶつに……」

 

 ……目の前でわたしが死んでしまったと思ってる……辛い思いをさせてしまった。その気持ちは、痛いほどわかる。

 わたしはののかの頭にそっと手をやると、安心させてあげるように、笑いかけながら告げた。

 

 『大丈夫よ♪ののかちゃんのお兄さんは、わたしが助け出したから……お兄さん、言ってたよ……『助けられなくって、ごめん』……って』

 「ほんと……?にぃ、ぶじなの?」

 『うん、ほんと♪……お兄さんも、ののかちゃんを助けるために、いっぱい頑張ったんだから……あまり責めちゃダメよ?』

 「うん!」

 

 "自分"に対するフォローも忘れずに念を押して、わたしは『隠れてて』とののかを促して、コンテナの間から飛び出した。

 

 ―――――仕切り直しよ。

 

 ……SAVE POINT




 ……あれ……?
 キュアデーティアのようすが……!?

 コレはどういうことなのか……

 さらなるデーティアの本気が見られる変身篇Bは鋭意執筆中です!!

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