イチキュウマルマル――――午後七時、夜。
黒河市にて、時打と電と響夜はある場所に向かっていた。
「ここだ」
「「・・・・」」
響夜に連れられてきた場所は・・・・・ホームレス街だった。
「あー、もしかして『龍が如く』と同じで、こんなちんけな場所に地下には豪勢な娯楽街があってそこに情報屋がいるっていうパターンなのか?」
「娯楽街はないけどまあそうだな」
時打の仮定を肯定する響夜。
「ははは~・・・・もう疲れたのです」
そう力無く笑う電。
「行くぞ!俺も世話になってるからな!」
響夜は景気良さそうにそう言い、ホームレス街を突っ切っていく。
「しかし・・・」
ここにいるホームレスたちは、それなりに楽しそうに暮らしているようだ。
「お前はここに住んでるのか?」
「いんや。ちょいと知り合いの家に泊まらせてもらってるんだ」
「へえ・・・」
追及はしない。
何か嫌な予感がしてならない。
そして突っ切る事数分。
なにかしら地下へと続く小さなコンクリで作られた階段があった。
「ここだ」
「なあ、一つ聞きたいんだが、ここの情報屋って人見知りとかじゃないよな?」
「まあ、人を選ぶ事は当然するな」
「大丈夫だと良いんですが・・・」
電が心配そうに言う。
しばらく階段を下りる事数分。
一番下に扉が一つ。
響夜が扉をノックする。
『入れ』
「おう」
まるで分かっていたかのように返事が返ってくる。
響夜は堂々とその扉を開ける。
そこにはあったのは・・・・
大量のモニターだった。
「・・・・」
「来たぜジジイ」
その数に絶句している時打と電を他所に、響夜はモニターの中心にある椅子に座っている男に声をかける。
その男は、服装は祭り男の様な恰好をしているが、顔立ちは中年、体格はかなりのマッチョときた。
「おう、やっときたか」
男は、響夜に挨拶した後、時打たちを見る。
「よお、黒河鎮守府の新しい提督さんよ」
「なるほど、もう鎮守府の存在は知っていたか」
時打は苦笑しながらそう言う。
「最近は派手な事をしたそうじゃねーか。あの戦艦『長門』をその逆刃刀でぶっ飛ばしたみてぇじゃねえか」
「なに!?」
それを聞いた響夜は目を丸くして驚く。
「艦娘のそれも戦艦をぶっ飛ばしたのか!?」
「ま、まあ、そうだな・・・・うん」
更に困った様な表情で苦笑する時打。
「ひょえ~」
響夜が驚愕混じりの感嘆の声を漏らす。
そんな響夜を他所に、時打は男に向き直る。
「それで、名前を聞きたいのですが・・・」
「ああ、そうだったな。全く、なんで先に言っとかねぇんだ」
「わ、悪かったよ・・・」
響夜がばつが悪そうに頭をかく。
そして、男が名乗る。
「俺は『
「ご丁寧にどうも。俺は天野時打。こっちは初期艦の電」
「よろしくなのです」
ぺこりとお辞儀をする電。
そして、時打は、刃馬を見据え、本題に入る。
「単刀直入に言おう。翔鶴はどこだ?」
向こうは、こちらの情報を持っている。つまりはこちらの事を知っているという事だ。
「白髪の弓道服姿の女、だったな。それなら五時に
「売り飛ばされた?」
意味不明だというように聞き返す電。
「ヒューマンショップ・・・簡単に言えば奴隷売り場で五時で一億円で売られたよ」
「な・・・・!?」
つまりは・・・翔鶴は奴隷にされたという事だ。
「それって犯罪なんじゃ!?」
電がそう聞く。
そもそも奴隷など、この国では太古の昔から禁止とされている人の権利を完全に剥奪される行為。
そんな事があるとしたら、すぐに警察に捕まってもおかしくない話だ。
「そうだ。犯罪だ。だけどな、その後ろにいるのが、警察でさえ手が出せないような大組織なんだよ」
刃馬がたばこを吸う。
「だから、警察は手が出せないまま立ち往生していると」
「そうなるな」
「ッ・・・・」
電が悔しそうに俯く。
「・・・俺たちの目的はあくまで翔鶴の救出だ」
時打が、そういう。
その言葉にバッと顔を上げる電。
「今はそれが最優先事項。その事については、おいおい考える事にする」
時打の言葉に、驚愕を混じらせた表情で電は見つめる。
しかし、すぐに俯く。
「心配すんなよ電」
だが、すぐに電の頭をわしゃわしゃと撫でまわす時打。
「どっちにしろ、
そう、確かに言う。
「お兄ちゃん・・・」
「ハッハッハー!!」
直後に高笑いが聞こえた。
響夜だ。
「潰すか!面白い奴だなお前はよー!」
あひゃひゃひゃと腹を抱えて笑い出す響夜。
それに唖然とする一同。
やがて笑いをおさめると、キッと表情を引き締める。
「良いぜ。お前の意思はしかと伝わった。この佐加野 響夜、こうなりゃとことん協力してやるぜ」
心強い言葉を発する響夜。
その誠意に、時打は・・・
「ああ、よろしく頼むよ。響夜」
そして、時打は右手を差し出し、それを響夜を掴み、握手をする。
「決まったみたいだな」
そこで刃馬が口をはさむ。
「その翔鶴って女だが、丁度、この第二区にいるここ一番の大富豪の所だ。だが気を付けろ。ゲスい奴だが、頭は回る奴だ。かなり強い用心棒を雇った上に五十人近いゴロツキを正面の庭に徘徊させている。騒ぎを起こせば一発で集まってくるだろう。だけどな、奴は頭は良いが、考える事は子供だ。そこが狙い目だ」
「ありがとう。そこまで分かれば後は乗り込むだけだ」
かなり有力な情報をくれた刃馬にお礼を言い、時打は左腰の逆刃刀の鞘をなでる。
「・・・頼むぞ、深鳳」
そう短く呟く。
「行こう、電、響夜」
「おう!」
「はいなのです!」
そして、彼らはその部屋から退出する直前。
「だんご」
「え?」
「何もただで情報を提供する訳ねえだろ。ここで一番美味い『三日月屋』の団子を持ってこい」
「ははは・・・分かったよ」
苦笑して、彼らは出て行った。
フタヒトマルマル――――午後九時。
その屋敷を例えるなら、明治の大富豪の屋敷を思うだろう。
まあ、どこぞの『明治村』と呼ばれている所よりも明治らしいこの黒河市は、当然、建てられる建物も明治らしくなる。
そこの家主である、『道真
ゴロツキとも言うべき、まるで戊辰戦争直後に役割の無くなった志士たちの様な者たちを雇っている上、違法な武器を仕入れる程の悪人だ。
最近では、麻薬の製造にまで手を出しているらしい。
それはさておき、その道真に買われた翔鶴だが・・・・
「ん~、やはり良い女だ」
その道真の慰み者にされていた。
牢屋とも言うべきこの寝室は、普通よりかなり広く設計されているらしい。
接吻など、そこまでの事はされていないが、とにかくこの男に触られる事自体に嫌悪を感じている。
ただ、逆らえばそこがこの男の思う壺だと思うと、どうしても我慢してしまう。
「やはり、僕の方には向いてくれないのかい?」
「はい」
とにかく堂々としていなければ、いづれ、人としての自分を見失ってしまう。
『家畜』にはなりたくない。
「やれやれ。まだ奴隷としての自覚がないのか」
ふっと笑う道真。恰好でもつけているつもりなのだろうか?
「まあいい。これからゆっくりと調教していけばいいんだ」
この男は・・・あの男に似ている。
時打が着任する前の、自分の大切な仲間を全て沈めたあの男に・・・
空母『翔鶴』
時打が着任する前の提督より更に前の提督の頃から着艦していた空母だ。
つまりは、事実的一番の古参なのだ。
だが、そんな彼女には、かつての仲間たちはいない。
その理由は、彼女が慕っていた提督がやめて次についた提督のせいだ。
その提督は、まず、翔鶴の仲間である者たちを酷使し始めた。
重なる疲労。蓄積されるダメージ。それによって轟沈していく仲間。
妹の瑞鶴は、そんな仲間が轟沈していく真っ只中で建造された。
だが、翔鶴がそんな事を黙っている訳が無かった。
すぐに直談判に行き、もうやめてくれと言った。
だが、そんな言葉は届かず、すぐに出撃させられた。
そこで悲劇が起きた。
翔鶴が務めた艦隊が、思わぬイレギュラーによって、艦隊は混乱。旗艦である翔鶴はすぐにでも撤退したかったが、提督からの命令で一気に絶望へ落とされた。
その敵艦隊を全滅させるまで、鎮守府には入れない。
そこからは血みどろの争いだった。
敵の潜水艦による軽巡の轟沈。
空母による駆逐艦の轟沈。
最後に残った翔鶴は怒りに身を任せて艦載機を飛ばし続けた。
だが・・・・・誰も助ける事が出来なかった。
一応、敵艦隊は全滅させたが、もう大破によって戦う事ができず、強制帰還。
帰った時、そのまま指令室に向かわされ、そこでボロボロの状態で提督と対面した。
そして・・・
『お前が俺に逆らったから、全員沈んだんだよ』
そう、言った。
その時からか、提督に対しての『恐怖心』が強くなり、どんな『命令』でも遂行するようになってしまったのだ。
そして、その提督が鎮守府からいなくなっても、植えつけられた恐怖心はそう簡単に拭えるものでは無かった。
以来、殆どの生活を部屋で過ごし、引き籠る様になってしまったのだ。
ただ、昨日の夜は、一ヶ月に一度はする散歩だ。
そこを攫われてしまったのだろう。
そんな事を思い出しながら、もう二度と、瑞鶴たちに会えないのだと思うと、胸が締め付けられていく。
ただ、そんな事を思い出しながら、突然扉が開け放たれる。
「大変です!道真様!」
「いきなりなんだ!?もっと静かにこないか!」
入って来た白スーツの男に怒鳴るも、その白スーツは無理矢理言葉を繋いだ。
「侵入者です!!」
「何ィ!?」
道真が心底驚いた様な表情をする。
そして・・・・
「翔鶴――――――――――――――――――――!!!!!」
彼の声が聞こえた。
数分前・・・・
「ここだな」
「はい、間違いないのです」
「よっしゃ、じゃあ早速突撃しますか!」
響夜がそう提案する。
「ちょっと、ここは慎重に気付かれない様に行くべきでしょう!?」
電が小声でそう怒鳴る。
「だけどお前の兄貴はそこまで待てないみたいだぞ?」
「え?」
響夜の言葉で時打を見る電。
「あー・・・・」
そこにはもう正面の警備を倒している時打がいた。
「早くしろ」
「あーもう分かりましたよ」
電はやれやれとでも言う様に時打の元にトタトタと走っていく。
「そんじゃ、派手に行きますか!!」
響夜がそう言い、正門の前に立つ。
「オラァ!!」
威勢の良い掛け声と共に、門を殴る。
ドガァァアン!!
まるで大砲でも撃ったかのような轟音が響き、鉄の門が粉々に砕け散る。
「ひゃあ・・・・二重の極みって凄いな・・」
「おう!」
そして、三人はづかづかと中に入っていく。
当然、その轟音を聞きつけて大量のゴロツキが刀や刃物などを持ってやってきた。
その数、百。
「あの人がいった数よりかなり多いですね」
「五十人近いと言ってたからな、誤差があってもおかしくないだろ?」
そう言い、時打は、前に出る。
そして・・・・・
「翔鶴―――――――――――――――――――――――――!!!迎えに来たぞオォォォォォォォォォォォォオオ!!!!」
大きな声で、彼女に届くように叫んだ。
その声は彼女に届いた。
「てい・・とく・・・?」
翔鶴は寝室の窓を開ける。
最上階に存在するこの部屋は、正面の庭を見渡せる。
だから、すぐに見つけられた。
服装は違うが、確かに、あの黒い髪にあの海の様な碧い目は、確かに彼だ。
他にも、電や、見知らぬ男がいるが、きっと、彼に協力してくれているのだろう。
――――助けに来てくれた。
それだけで、涙が溢れ出た。
「一緒に帰ろうッ!!皆の所へ!!」
こんな、自分を助けに来てくれた。
提督なのに、自分たちの後ろで守られている存在の筈なのに、彼は、来てくれた。
「はいッ!!」
待とう。彼が来てくれると信じて。