速くも動いたのは、女のサイボーグの方だ。
右手に持った赤い刀身の太刀をを上段から振るう。
それに対し、豪真はバックステップで回避。
そこから太刀の刃を返し、返し切りの要領で豪真を再度追撃する。
だが、豪真は、右足を前に出し、右半身になると、そこから抜刀。
「ッ!?」
咄嗟に右腕だけを引き戻し、その腕を顔の右側面へおいた。
直後に、大きな金属音が鳴り響く。
豪真の隠岐守の刃が女の鋼鉄の腕に叩き込まれたのだ。
だが、豪真の剣速をもってしても、その両腕を切断する事は敵わなかった。
しかしそれを気にする事も無く、瞬きよりも速い速度で刀を鞘へ納める。
その間に女が左手の剣を振り下ろした。
それを体を前方へ動かす事で回避。
間髪入れずに『抜き』を発動。
刃がバイザーに直撃する。
だが、バイザーには傷を一つ作るだけで、とても決定打とは言い難かった。
直後に、豪真は大きく飛びあがる。
その飛び上がった豪真の下を、対物ライフルの弾丸が飛んできて、通過した所をアスファルトの地面に大きな穴をあけて貫く。
流石の威力と言えるだろう。
射線をわざと晒す事で、豪真の動きを制限しようとしているらしいのだが、歴戦の男相手にそれはあまり意味をなさない。
「ハァ!」
バイザー女が再び斬りかかる。
右片手での一太刀からの両手持ちでの連撃。
それを全てかわしきる豪真。
ラッシュが終わった瞬間、女が右手の剣をいきなり《《離した》》。
「!?」
それに驚く豪真。
だが、そんな暇を与えないかの様に、女の右足があがる。
そして、女の右足の裏が、刀の柄を掴んだ。
「なぬ!?」
「ハァア!!」
通常、人の脚は、腕の三~四倍の力を有している。
その理由は、至極簡単に体を支える為。
そして、サイボーグは、体が鋼鉄であるが故に、人間より重い。
その体を支える為の脚力は、もはや常人の数十倍はあるだろう。
―――レッグスラッシュ
強靭な脚力によって振るわれる斬撃。
豪真はそれを居合で迎撃。
だが、歳によって衰えている豪真に対し、相手は疲れを知らないサイボーグ。
その力の差は歴然。
だからこそ豪真は、あえて吹っ飛ばされる事を選んだ。
大きく吹き飛ばされながらも、態勢を立て直し、地面着地。
直後に、踏み込み。
不可視の領域による神速の踏み込み。
それによって女が反応できない速度で接近、抜刀、斬る。
右脇腹に刃が直撃。
しかし、鋼鉄の繊維でできた人工筋肉が収縮し、硬質化。刃を阻む。
「チッ」
舌打ちする豪真。
だが、その直後に、女の右足が返され、豪真へ向かう。
それよりも速く、剣を鞘へ戻し、空いた左手を先ほど刃を直撃させた右脇腹に置く。
カチッ
スイッチ音と共に、女の体が吹き飛ぶ。
『螺旋砲』だ。
「なぁ!?」
思わず声を上げ、吹き飛んでいくサイボーグ。
だが、吹っ飛んでいく最中で態勢を立て直し、華麗に地面に着地する。
だが、その隙を逃す豪真ではない。
鞘から抜いたままの隠岐守、両手で持ち、それを顔の横へ。更に体を半身にし、右足を前に出す。
示現流の代表的な構え、『蜻蛉』だ。
その踏み込みは、あらゆる手順を正しく踏めば、不可視の領域に入る程。
故に、女が反応できない速度で豪真は急接近。
そのまま、刀を振り下ろす。
一方のサイボーグは、着地時のしゃがんだ状態から、まるでブレイクダンスをするかの様に体を滑らせながら回転。
右足で鮮血色の刀身を振り回し、遠心力をつけた一撃で豪真の振り下ろしを反らす。
その一撃は地面を砕き、破壊する。
それによって回転の調子が狂い、地面を転がるサイボーグ。
一方の豪真はすぐさまその刀を抜き放ち、追撃する。
負けじと、転がりながら立ち上がり、右足に刀を掴んだまま、超高速で連撃を放つ。
それに対し、豪真も両手もちでの応酬。
鋭い金属音が連続で鳴り響き、空気が刀が正面から当たる瞬間に震える。
しかし、豪真は、客観的に見れば、余裕の無い応酬に見えるが、かなりの余裕をもって戦っていた。
「ッ・・・」
実際、疲れの知らないサイボーグでも、かなりの手練れなのか、その違和感に気付いていた。
手加減されている。
明らかに、身体のアドバンテージでは上回っている機械の体に対して、ここまで余裕を持った戦いの出来るなんて、おそらく思わなかったのだろう。
徐々に焦りがその顔に出てくる。
しかも、互いに地面についている足は二本と一本。足腰による踏ん張りは、確実に豪真の方が強い。
「マジかよ・・・・」
狙撃位置についていた男の口からその様な言葉が漏れた。
伏せの状態から、対物ライフルを豪真に向けているが、応酬のスキを狙って撃とうとしていたのだが、注意がこちらにも向けられている状態で、しかもあの実力なのだ。おそらく利用されるのが関の山だ。
「仕方ねぇなぁ・・・・」
男はそう呟くと、懐から無線機を取り出すと、それを耳元にあてる。
「―――神奈がやられそうだ・・・ああ・・・分かってるな?・・・・ああ・・・・確実にやれとのおおせだ。行ってこい・・・・はあ、分かったよ。後で勝ってやる・・・・・」
そう告げると、無線機を切る男。
そして、またスコープを覗き込む。
そこには、一気に踏み込まれ、吹き飛ばされたバイザーのサイボーグの姿が見えた。
「さあて、一対一ならなんとかなるかもしれねえけど、複数相手にはどうなるんだろうな・・・?」
薬丸示現流
示現流から派生した剣術であるが、その実態は、野太刀を使う事を主とした古流剣術。
その居合術である、『抜き』とは、抜即斬とも謳われるほどの速さを持つほどのものだ。
それを昇華させ、人の眼に映らなくなったもの。
それを、不可視の魔剣『雲耀』と呼ぶのだ。
「ぐあ!?」
居合を喰らい、更に下がるサイボーグこと、神奈。
「・・・・なあ、一つ提案があるんだがよ」
そんな彼女に、豪真はある事を持ちかける。
「ここはひとつ引いてくれねえか?俺とて、暇な訳じゃねえんだわ」
豪真は、彼女に向かってそう言う。
神奈は、それに答えない。
「このままやるっていうなら、俺も容赦はしねえ。それでもいいか?」
「・・・・」
答えない神奈。
それに、豪真はあたまをかく。
不意に、後ろから殺気を感じた。
「ッ!?」
反射的に、抜きを発動して、振り返りながら抜刀。
直後、振り切った刃に何かが直撃する。
先ほどから狙っていた狙撃では無い。
人だ。
だが、どういう事か、肉に食い込んだ感触がしない。
そう思っている内に、その何かは吹き飛び、地面に着地。そのまま、勢いが消えるまで、靴底をすり減らしながら滑る。
「・・・・」
そこには、一人の男。
服装は、陸軍の黒の軍服。
しかし、右腕の裾の部分が綺麗に切られており、そこから、包帯の様なものが巻かれているのが見えた。
「・・・・・
「ご名答だ」
男は、ニヤリと笑う。
空手の最奥とも呼ばれる、人体を一本の刀へ鍛え上げる、体術の究極系。
先手無き空手ならではの発想であり、何度も体に打撃を与え続け、あらゆる攻撃に態勢を付ける事でその強靭な皮膚の硬さは、鋼に匹敵する程。
「そんなもの、今時やっているものはそうそういない。それに、陸軍とは驚いたな」
「ふん。そこの女が上手くやってくれれば出てくる事は無かったんだがな」
男は嘲笑うように返す。
「
「おいおい勘違いするなよ?ちゃんと許可はもらったんだぜ?
男は、神無の言葉にそう返した。
直後、豪真の立っている場所に影がさす。
「ッ!?」
上を向くと、そこには、上から飛び蹴りを繰り出そうとしている者が一人。
その右足は、赤く赤熱している。
大きく飛んで、その蹴りを回避する豪真。
直後、先ほどまで豪真が立っていた場所のアスファルトが溶けて吹き飛ぶ。
馬坂流奥義『
「あれ?外しちゃった?」
そこには、こげ茶色の髪をした一人の高校生ぐらいの少年。
その服装は、陸軍の制服。
「なに・・・・!?」
更に、もう一人。
金色の髪をなびかせ、左胴に構えた刀を、思いっきり降りぬく。
それを豪真は抜きで上空へ軌道を反らして難を逃れる。
距離を取るも、そこにいたのは、『人』では無かった。
「お前は・・・・!?」
否、他人から見れば、『人』に見えるだろう。だが、その中身は全くの別物。
「――――夕立!?」
白露型四番艦『夕立』だった。
しかし、その眼は虚ろで、しかし、確かな敵意を感じる。
「チッ・・・・海軍も関わっているのか・・・!?」
「正確には、日本の北方辺り、ですがね」
「!?」
背後から聞こえた、声。
それも女性。
振り返る。
だが、間に合わない。
「つぁ!?」
脇腹に走る激痛。
だが、それすらも感じる暇のない程の追撃。
前方に体を投げ出し、その追撃をかわす。
そして、その襲撃者の姿を見る。
「なるほどな・・・・」
そして確信する。
「
「はい」
女は、無機質にそう答えた。
黒河海岸にて。
「♪~」
本日、山城は実に上機嫌だった。
「ああ、今日は
と、バケツ一杯のアサリを見て、うっとりと独り言をつぶやく。
そんな感じで鎮守府に向かって歩いていると、ふと視界の片隅で、誰かが倒れているのが見えた。
「・・・・・」
それによって沈黙する山城。
たっぷりと理解するまで三秒。
「ちょ!?大丈夫ですか!?」
慌ててその人物にかけよる山城。
どうやら女性、それも少女のようだ。
「う・・・」
「しっかりしなさいって!ああ、もう!やっぱり不幸だわ!」
嘆く山城。
だが放っておく事も出来ないので、一応彼女の容態を調べる。
服装は、ノースリーブのセーラー服。手袋もしており、髪型はショートボブ。
幼さのあるその体は、その長身的で平均的には低いその体に妙にマッチしている。
とりあえず、山城は片手一つにバケツを持ち、彼女を抱えて運ぼうと、手を掴んだ。
「ん?」
そこで違和感に気付く。
どうも、その手袋に纏われた手が、まともな形をしていなかった。
甲のあたりで、変な形になっており、指がありえないところでありえない方向に曲がっているのだ。
「ちょ・・・」
山城は、すぐさま少女の手袋をはぐ。
すると、その手は、青紫色に染まっていた。
「なにこれ・・・・・」
呆然とする山城。
「・・・・・やは・・・ぎ・・・・ちゃん・・・・」
その呟きが、山城の耳に届く事は無かった。
次回『最後の戦地』
我、戦場にて、突貫す。
お楽しみに。