この章にて、時打が犯してきた罪の数々がさらされる事に、そして、これまでにない戦いが始まります。
では、本編をどうぞ!
北東の闇
「―――――それ、女性の前ではあまり言わない方が良いわ」
ふと、月が綺麗な夜に、姉がそう言ってきた。
「え?どういう事だよ姉さん」
「『月が綺麗ですね』。それは、外国でいう『I love you』にあたるのよ」
「ああ、なるほど・・・・・」
弟は、納得した様に頷く。
「でもさ」
「何?」
「そんな回りくどい言い方じゃなくても、真っ直ぐに気持ちを伝えればいいんじゃないのか?」
弟の言葉に、姉は、くすりと笑う。
「そうね」
そして、自分の左手を、月にかざす。
「その方が、断然気持ちが伝わるものね」
もし、と彼女は続ける。
「貴方に、好きな人が出来たら、そうしなさい。回りくどいのを無しにして、真っ直ぐに、ね」
「出来るのか?俺に」
「そうね。きっと、出来るわ」
そう言って、抱きしめる。
豊満な胸が、息を苦しくするが、温もりが感じられ、冷たかった心に、熱が入り込んでくる気がした。
北海道支部本営。
会議室にて。
「首尾はどうだ?」
「問題無い。ロシアから輸入したアンドロイドや、サイボーグの整備もあらかた終わっている」
海軍の制服を着た老人に問われた白衣の青年は、嫌な笑みをうかべてそう返す。
「そうか、青森の方はどうなっている?」
「金山市は諦めた方が良い。三年前に送った葉緒たちは既に敗北。他にも何度も刺客を送り込んでみたが、ことごとくやられている」
チッ、と舌打ちをする老人。
しかし、そのがたいはとても六十を過ぎている老人とは思えず、その眼光からは気迫を感じる。
「飛天童子め・・・・・」
忌々し気に、その名を呟いた。
「まあ、お陰で腕の良い兵士を手に入れる事が出来たんですから、結果オーライですよ」
それを、陸軍の制服を着た少年がなだめる。
「ふん。で?二十年前に手に入れた
「ええ。姉の方の二人は楽に終わりましたが、どうにも末の子がね」
「間に合わないならそれで良い。今はとにかく、
老人が、そう重みを含めた声でそう言う。
「で、その後は、一番の障害である『壱条 豪真』を消す、と」
ヘッドフォンを首にかけたジャケットの男が、気楽そうにそう言う。
「
「今が絶好の機会だというのにねぇ」
老人の言葉に、やけに大きなジャンパーを着た女性がそう答える。
「それで」
だが老人はその話は終わりとでもいうかのように別の話題に移った。
「
「ええ、絶好調です」
「日に日に溜め込まれた恨みだ。飛天童子を殺すのに、これほどの人材はいないだろう」
老人は笑わずも、その声には、期待の色が見えた。
「大変です!」
その時、会議室の扉から、警備員が慌てて入り込んでくる。
「何があったのです?騒がしいですね」
「す、すみません」
白衣の青年がその警備員を咎める。
「何があった?」
老人が睨みを利かせて警備員に聞く。
「は、はい!先ほど、洗脳中だった酒匂が脱走しました!」
「なんだと!?」
白衣の青年が、警備員の男の言葉に声を挙げる。
「何故ちゃんと拘束しておかなかった!?」
「それが、
「それで艤装を展開したと?」
老人が聞くと、警備員の男は恐縮し、肯定する。
「は、はい!」
「チッ、早急に沈めろ。まだ計画を知られる訳にはいかない」
「了解しました!」
そう命令すると、慌てて警備員は会議室を出ていく。
「良かったので?」
ジャンパーの女が聞いてくる。
「都合良く扱えないのなら排除する。そんな奴がいるだけで、作戦に支障をきたすからな。やるなら完璧に、確実にだ」
「りょ~かい」
女は面白そうに、そう了承した。
「もうすぐだ。もうすぐ、我々の悲願が、父と祖父の悲願が成されるのだ」
老人は、椅子に体重をかけ、天井を仰ぎ見て、自身の胸で輝く、ロケットペンダントを握りしめた。
とある、山奥にある街にある、和風の、敷地の広い屋敷の様な家。
そこの庭に、一人の女性が、花に水をやっていた。
その髪は、地面につくほどに長く、髪を頭の後ろで結って、ポニーテールとなっていた。
瞳の色は赤く、その顔は、凛々しいの一言につきる。
劇で男性の役をやっても十分に受けるだろう。
やがて水をやるのをやめ、彼女は、家にあがる。
そして、広間の隅にある仏壇に目をやる。
そこには、まだ三十代ともいうべき男性の写真が飾ってあり、その眼は、海の様に深い青色をしていた。
「・・・・・貴方」
女性は、今は亡き、最愛の人の名を呼ぶ。
その横にある
そこには、二人だけで映っている写真や、自分の子供たちが、楽しく遊んでいる写真もあった。
だが、この家には、女性一人だけしか住んでいなかった。
十八年前に、夫が病死し、十五年前に起きた事件の所為で、息子と娘の両方を同時に失った。
そして、自分は、家の外に出られないという、自由を奪われた。
幸い、家から出られないだけで、他の家の人とは、交流は可能だった。
買い出しにいけない代わりに、近所の人が食材を分け、時には、一緒に食べる事もあった。
だが、この胸にぽっかりと開いた穴だけは、埋まる事なんてなかった。
どこで育て方を間違ってしまったのだろうか?
息子は十にも満たない歳で犯罪の道に走り、その妹はその時のショックで記憶喪失。
そして、妹は、町長の思惑で嘘の認識を刷り込まされて、もう、自分が親だという事を信じては貰えない。
息子に至っては、自分の自由を奪い、なおかつ、街の治安を悪くした張本人だという事で、街の人々から、恨みの種にされている。
一言で言って、この街に、息子の居場所は無いに等しかった。
「・・・・・・時打・・・
女性は、今にも泣きそうな声で、愛する二人の子供たちの名を呼んだ。
「やぁぁぁあ!!」
横須賀にある壱条邸にある道場で、竹刀を撃ち込む五月雨。
それを容易にかわす豪真。
だが、五月雨は体を空中へ投げ出すと、右腕を曲げて、広げた掌を鞘の鍔に近い所に押し当て、腰の筋肉が起こす推進力を、体を螺旋状に駆け巡らせ、掌から吐き出し相手を吹き飛ばす、『螺旋砲』を発動する。
すると、右腕から吐き出された推進力が、竹刀を推し、五月雨の体を軸に回転。
そのまま、横にかわした豪真に打ち込む。
それを見た豪真の顔に笑みが浮かぶ。
次の瞬間、微かなスイッチ音と共に、豪真の体が蜃気楼の様に消えた。
否、後ろに飛びのいてかわしたのだ。
当然、五月雨の竹刀はからぶる。
そのまま頭上へと進む推進力に任せ、床を転がる。だがすぐに起き上がり、示現流の基本の構えである『蜻蛉の構え』からの不可視の踏み込みを使い、豪真に急接近する。
そのまま竹刀を振り下ろそうとする。
だが、豪真はそれを分かっていたのか、両手に持っていた竹刀をまっすぐに五月雨の軌道上に向けていた。
豪真の竹刀に衝撃が走る。
「む」
しかし、すぐに違和感に気付く。
竹刀の先にあたっていたのは、五月雨の竹刀。
身を低くして、豪真の刺突を回避したのだ。
そのまま、密着状態へ持っていこうとする。
だが、それよりも速く、豪真の右手が閃き、開かれた手を腰にまで持っていき、そこからスイッチ音、からの右腕がまるで弾丸の様なスピードで五月雨の額に豪真の掌が直撃する。
「あ゛」
その様な声と共に、五月雨の体は、面白い程に回転しまくり、豪真の横をすり抜け、そして壁に背中から叩き着けられる。
「げう・・・」
女の子が出してはいけないような声と共に、五月雨はずりり、と逆さまの状態で床に頭をつく。
「ハッハッハー!まだまだだな!」
「くぅ・・・・」
豪真の場合は、ただ待ち構えていただけなので、すぐに拳を引き戻す事がきたのだ。
「そろそろ三年だな」
ふと、豪真は、夏の日差しが差し込む窓から、晴天の空を見上げる。
「もう梅雨明けですものね」
なんとか起き上がった五月雨が、豪真の元へ歩み寄る。
「しっかし、お前は竹刀の扱いよりも、やっぱり格闘戦の方が得意なんだな」
「あう~、すみません~」
わしゃわしゃと頭を掻きまわされるように撫でられ、五月雨は恨めしそうに、しかしどこか嬉しそうに言葉を返す。
時打が、黒河に着任して四年。
季節は夏の梅雨明け。
今日も、いつもの平和な日常と、過激な戦いが繰り広げられる。
それは、これから日本を揺るがす大きな抗争が起こる事を、誰もが予想出来ない程のものだった。
とある病院の一室にて、一人の少女が、静かに寝息を立てていた。
それは、まるで死んでいるようだった。
だが、彼女を取り囲む機械は、正常に彼女の生存を知らせていた。
その時だった。
「――――――――――ん」
一つ、小さく声を漏らし、身じろぐ。
そして、ゆっくりと、眼を開けた。
「・・・・・・・」
ここがどこなのか理解できず、寝たままの状態であたりを見渡す。
だが、それで十分では無かったらしく、体を起こす。
だるい体をどうにかして起こし、また、あたりを見渡す。
そして、自分の広げた両手をしばし見つめる。
ふと、何かに弾かれるように、部屋の隅を、正確には、扉のある方向の上を見ていた。
「・・・・・・やはぎ?」
一言、そう呟き、彼女は、ベッドを降りた。
まるで、導かれるように。
運命の歯車は、動き出す。
―――――
「―――――時打」
広い、広い、
次回『襲撃者』
それは、憎悪の集団。
お楽しみに。