艦隊これくしょん その刀は誰が為に   作:幻在

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決闘 長門VS時打

長門が連装砲を放つ。

「ッ!」

時打は、小回りの利く動きで全て回避する。

「これじゃあ当たらないか・・・ッ!」

長門の武装は、二連装の砲塔が三つ。

更に右腕上腕に単装砲を装備しているというものだ。

つまりは、普通の長門より砲門が一個多いのだ。

もう一度、連装砲で砲撃。

これも避けられる。

 

しかし・・・

 

装填が終了した一回目と二回目の右側の砲門。だが、今度は、左の砲門も動く。

()()()()・・・」

「ッ!?」

それを聞いた時打の眼が見開かれるのを見た。

「っ()―――――――!!!」

全部で六門の砲門が火を吹き、その全てが時打に向かって飛んでいく。

「ッ・・・・」

時打は一瞬、苦い顔をしながらも、大きく横に走り出す。

そのスピードは、常人のそれを超えている。

だが・・・・・

 

バァァァァアンッ!!!

 

「くおっ!?」

いきなりそれが途中で爆ぜた。

飽和状態の敵機の接近に対して使われるものであり、その効力は・・・・・

 

空中で爆発する炸裂爆弾。

 

中に詰められていた破片が大量に飛び散り、それがもの凄い勢いで四方八方に飛び散る。

「お、オオァアッ!!!」

対する時打は、更に加速する事で、衝撃を緩和。爆風で更に加速する。

「な・・・!?」

その行動に驚きを隠せない長門。

まさか、あの対空砲を躱されるとは思っていなかったのだ。

だが、すぐに切り替えて、艤装の中にいある妖精たちに装填の指示を下す。

 

思った以上に手強い。

 

長門はそう戦慄する。

しかし、()()()()()()()

長門は、心の片隅にて、そう思っていた。

奴は、装填の時()()()()()()。何故だ?

試しに右腕の単装砲を撃つ。

時打はそれをかわす。

だが、()()()()()

艦娘にとっては装填時間は命取りに近い行為だ。その間はその砲門による攻撃が出来なくなるからだ。

なのに、この男はそれをしなかった。

その意図を察する長門。

「ふ・・・・」

思わず、笑みが零れる。

「?」

それに首を傾げる時打。

「いや・・・・やはり、貴方は()()()な」

 

 

 

 

 

 

観客席・・・・

「マジかよ・・・」

天龍が信じられないような表情をする。

「対空砲を避け切るなんて・・・」

暁がそう呟く。

それもそうだろう?

なんてったって、ただの人間がありえないスピードで走り、爆散する対空砲を避けたのだから。

この場にいるのは、天龍、暁、響、雷、電、他駆逐艦の面々がそろっている。

「飛天御剣流は神速の剣術」

ふと、電が呟く。

「剣を振るう速さ。体のこなしの速さ。相手の動きを読む速さ。あらゆる『速さ』を追及したのが、飛天御剣流剣術なのです」

電が真剣な表情でそう説明する。

「でも、さっきのは普通の人が行っても良い速さじゃなかったわよ・・・」

雷がそう言う。

「時には、常識さえも超える事の出来る剣術があるって事なのです。それに、全部避け切った訳じゃないのです」

その言葉にその場にいる全員が首を傾げるが、天龍が時打の背中を見て声を上げる。

「あ、アイツの背中!」

『!?』

それに弾かれるように見ると、背中にいくつか焦げた跡があった。

「いくつか直撃していやがる・・・」

「ちょ、大丈夫なのあれ!?」

一見して血は流れていないが、それでも衝撃はそうとうなものだろう。

常人が耐えられる痛みじゃないだろう。

「それほどの鍛錬をしてきたって事・・・・だね」

響が、自分の左拳を右手で包みながら、そう呟いた。

それに電は、無言でうなずいた。

「だけど・・・」

ふと、後ろの席にいた吹雪が口を開く。

「長門さんは・・・・強いよ」

 

 

 

 

 

「優しい?」

「そうだろう?」

長門の言葉に、ぬぐ・・・となる時打。

「今まで、貴方は私を攻撃するチャンスは何度もあっただろう?それなのにしなかった。それはつまり、()()()()()()()()()という事なんじゃないのか?」

それを聞いた時打は、肩をすくめ、ため息を吐く。

「やっぱ、隠し事が苦手だな俺は」

「そうだな。だが・・・・・」

そこで突然、長門の殺気が増す。

 

「それで私を認めさせることは出来ないぞ」

 

その殺気に、怖気づく事も無く、ふう・・・と息を吐いた。

そして、それに負けないような『剣気』を発し、逆刃刀を構える。

「良いんだな?もしかしたら、終わったら修復不可能なダメージを負うかもしれないぞ」

「何をいまさら。お前の全力を知らずして、認める事などできない」

「そうか・・・」

ふと、眼を閉じる。

しかし、すぐさま目を見開くと、発していた剣気を上回る程の剣気を発し、叫ぶ。

「ならば行くぞッ!!」

 

 

瞬間、時打の姿が消えた。

 

 

「な・・・・!?」

右脇腹から、鈍い音が響き、更にそこからとんでもない鈍痛がくる。

「く・・・・あ・・・!?」

その痛みに、思わず膝をついてしまう長門。

「どうした?」

突如、後ろから声が聞こえた。

なんとか振り向いてみると、そこには、こちらを鋭い眼光でこちらを見据えている時打がいた。

今、確かに時打は消えた。否・・・・目にも止まらない速さで動いた!

ここまで速いとは、長門さえも思わなかった。

これが、本気の一撃・・・・

 

 

 

 

 

――――おもしろい・・・・

 

 

 

 

 

「ふ、ふふふ・・・・・」

脇腹の痛みが、吹っ切れた事により、吹っ飛ぶ。

楽しい、楽しい、楽しい。

「お前・・・・戦闘狂だな・・・・」

時打が、苦笑しながら引く。

「はは・・・・ここまで楽しめそうな戦いは、久しぶりだ・・・・そうだ、これだ。これを求めていたんだ・・・!」

狂った笑みを浮かべる長門。

それにつられて笑う時打。ただ、その中には、恐怖も少し感じられた。

「行くぞ!」

長門が叫び、全ての連装砲を放つ。

だが、時打はそれを高く飛び上がる事で回避する。

「バカめ・・・・ッ!?」

本来、空中に飛び上がる事は、身動きが取れないからやる事は相当な緊急事態に限られる。

だが、飛天御剣流には空中からの攻撃を持つ。

「飛天御剣流、龍槌閃!!」

「くッ!」

落下の威力に加え、剣を振り下ろすスピードが加算されて強力な落下攻撃と化す『龍槌閃』。

それに対し、長門は右腕の単装砲を撃つ。

それが空中で激突し、砲弾と刀が同時に弾かれる。

空中で後転し、地面に着地すると同時に、今度は姿勢を低くしてダッシュ。

長門に急速に接近する。そして、突っ込みながら時計回りに回転をして、思いっ切り薙ぐ。

「オオオッ!」

『龍巻閃・(こがらし)

遠心力を付け振るう横薙ぎの技。

長門はそれを拳を交差させる事で防御。

そして、その直前で装填が完了する。

「これで・・・!?」

だが、『龍巻線』はそれでは止まらない。

『凩』から『(つむじ)』へ。更に遠心力をかけた攻撃が炸裂する。

「つぅ・・・!」

だが、それでは終わらない。

『旋』から『嵐』へ!更に遠心力をかけ、次は上段から振り下ろす。

だが、長門はそれを予期し、更には艦娘に備えられた耐久力を持っての事か、思いっきり飛び凌いでかわす。

そして、連装砲を放つ。

「オオオ!」

だが、時打はそれよりも更に身を低くして回避。さらに逆刃刀を左手に持ち替え、刀の側面に右手を添える。

「なに・・・!?」

「飛天御剣流・・・」

そして、そのまま下段からの強烈な攻撃が炸裂する。

 

「龍翔閃ッ!!」

 

 

 

 

 

 

「長門さんッ!」

吹雪が悲鳴染みた叫び声を上げる。

それもそうだろう。憧れの存在である長門が、ただの人間の一撃で膝を着いたからだ。

「マジかよ・・・・」

これには天龍も驚きを隠せない。

「まだです」

だがその中で、電だけは、小さくも切羽詰まった声を発する。

「まだ、おに・・・司令官は長門さんを落としてしません。勝負は・・・・最後まで分かりません」

「・・・」

その電の言葉に、全員は息を飲んだ。

ここまで冷静でいられる電を、彼女たちは見た事が無い。

やはし、彼女たちの知っている電とは、何もかもが違うのだ。

ただ、吹雪だけは、長門の様子に戦慄する。

(笑ってる・・・)

そう、まるで、好敵手を見つけたかのような、歓喜の笑み。

 

そして、戦況は変化する。

 

上空からの叩き落し。遠心力で威力を増していく三連撃。

それにより押されていく長門。

そして、下段からくる斬り上げ。

「長門さんッ!」

そして、その一撃は、長門の鳩尾(みぞおち)に直撃する。

 

 

 

 

「ガッハァ!?」

『龍翔閃』

本来なら右手で峰を支え、飛び上がり気味に斬りあげる技なのだが、逆刃刀なので峰に手を添える事が出来ないので側面で、そして、その技を顎を打ち上げたり、鳩尾に切っ先をぶつけるといったアレンジを組んでいる。

だが、確実に決まった筈なのに、長門は立っている。

「すごいな・・・・龍翔閃を鳩尾に喰らってたっていられるなんて、アイツ以来か。流石、『ビッグ7』の異名を持つ戦艦だな」

時打が関心しているが、長門の方はそれどころではない。

鳩尾に喰らった事で、その下にある肋骨が悲鳴を上げ、肺の中の空気が吐き出されて、呼吸がままならなくなる。

「は・・・・はは・・・」

それでも・・・笑いが収まらない。

「これだ・・・・これなんだ・・・・私が求めていたものは・・・・」

立ち上がる長門。しかしその左手は未だに龍翔閃を叩き込まれた鳩尾を抑えている。

時打は、彼女の史実を思い出す。

「戦艦長門・・・・その最後は、確か原子力爆弾の実験に時に、その爆発に巻き込まれて・・・」

「そうだ・・・・だから、楽しいんだ。この戦いが、今、貴方という強者と戦えている事が!」

長門は、身体を時打の方に向け、連装砲を一つ、放つ。

それをかわし、接近する時打。

その距離をすぐさま縮められ、時打が横に薙ごうとした、その瞬間。

「かかった・・・ッ!」

「!?」

突如、連装砲を()()の床に向かって砲火!それによって、砕け散る。

それが、四散し、時打に直撃する。

「ぐあああぁ!?」

その衝撃で吹き飛ぶ時打。

五メートルぐらい飛ばされ、地面にうつ伏せに落ちる。

「ハア・・・ハア・・・」

なんとか、刀を支えにして起き上がる時打。

「つっっあッ!?」

一方で、先ほどの衝撃で、肋骨が逝ったのか苦しそうに鳩尾を抑える長門。

だが、その顔はまだ笑っている。

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん!?」

電が叫ぶ。

床が石で作られていた事が災い、長門がそこに向かって砲撃した事で砕けた破片が時打に向かって直撃したのだ。

だが、それよりも・・・

(あの人・・・・強いッ!?)

たった数分で、地上戦に慣れてきている。

「そうとう応えてるな」

天龍がそう呟く。

「電、さっき提督が使ったあの打ち上げる様な技ってなんていうんだ?」

「龍翔閃といいます」

「そうか・・・・その龍翔閃、かなり深く入ったな・・・」

吹き飛ばす際に、地面に放った砲撃がかなり体にくる角度だったようで、すでにヒビが入っていた肋骨がついに折れたのだ。

その激痛が今、長門を苦しめているのだ。

「どっちにしろ、この勝負、次で終わりだ」

つまりは・・・ラスト一撃。

「長門さん・・・」

それを聞いた吹雪が、不安そうに、決闘を見守った・・・・

 

 

 

 

 

なんとか立ち上がる時打。

「本当、恐ろしい奴だよ。お前」

「ハハ・・・そうだな」

「一つ聞かせてくれ。お前は、戦いを楽しむ為にこんな決闘を申し出たのか?」

時打が、真剣な眼差しで長門を見据える。

「楽しむ・・・だと・・・?」

長門から、笑みが消える。

「確かに、そういう一面もあったかもしれない」

俯き、表情が見えない。

だが、突如弾かれるように顔を上げ、怒号を発する。

「しかし、あの時の私は、お前にこの鎮守府を預けるに値する人間かどうかを知りたい一心で申し出た!お前の言葉が、真実か偽りか!!お前の本性が、残虐かどうか!!!それを見極める為に!!!!」

長門は、軋む肋骨などお構いなしに叫ぶ。

「それが、ここの皆を守りたい思いを持つ、私の意志だッ!!!!」

「そうか・・・」

長門は息を上げ、しばし俯く。

やがて、時打の表情を見る為に、顔を上げる長門。

「なら、良かった」

時打は、笑っていた。

優しく、決して、嘲笑う事などなく、安心した様な表情だった。

歩き始める時打。

「お前の気持ちを知れてよかった。もし、戦いをするだけだったら、ここで俺は戦いを止めていただろう」

そして、時打が、自身の間合いに長門を捉えた所で止まった。

「?・・・」

「だから・・・・」

そこで、時打は、刀を鞘に納めた。そして、刀を鞘ごと腰のベルトから取る。

「その気持ちに全霊で応えよう」

腰を落とし、身体を右に向け、右手を、鞘に触れる数センチ手前で止める。

 

抜刀術の構え

 

時打は、その様に構える。

「!」

「構えろ長門。これが最後の一撃だ」

まさしく、本気の一撃。

彼が放つ剣気がそう語る。

「・・・・」

それに、しばし茫然とする長門だったが、すぐに表情を引き締め、全砲門を時打に向ける。

 

相手の本気に、本気で応えずなんとするか。

 

今、この瞬間、長門は時打を認めた。

だから、全力で最大の攻撃を持って、彼を葬る。

相手は抜刀術。

それに対し、こちらは砲撃。

勝負としては、一目瞭然。破壊力では、確実に時打が劣る。

だが、この人間はただの人間では無い。

常識を超えた『速さ』を知り尽くし、極め尽くした彼が、もしかしたら、こちらの砲撃よりも速く、一撃を決めるかもしれない。

ならば、やる事は一つ。

 

そのたった一撃を見切り、かわす。

 

それさえできれば、後は勝ったも同然だ。

最初の鞘走りの瞬間を見切り、軌道を読んでかわす。

言うのは簡単だ。だが、やるのは容易ではない。

弾丸の様に飛来する一撃を見切りかわす事は、まさに至難の業。

この勝負、長門が避けるか避けれないかで決まる。

 

 

静寂が身を包む。

 

 

誰も声を発する事はせず、ただ、決着の時を待つ。

たった、その一撃を見極める為に、長門は、鞘を睨み続ける。

 

そして・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時打が刃を抜き放ったッ!!!

 

 

 

 

 

 

飛天御剣流は神速の剣術。

足さばき、体のこなし、剣を振るう速さ、相手の心理を見抜く洞察力。

その全てに『速さ』を求めた剣術が、この飛天御剣流。

その為、長門の眼でもなんとか捉える事が出来る程のスピードで刃が迫ってきていた。

(速いッ!?)

だが、これさえ避ければ、勝ったも同然。

長門は、全力でその軌道を読もうとする。

視界が超スローになる。体の動きがそれについてこれるかどうかは定かではないが、全力で体を下がらせる。

 

 

狙いは・・・・・・顔面ッ!!

 

 

そう読んだ長門は、頭を思いっきり後ろに下げる。

瞬間、眼前を、時打の逆刃刀が通過する。

 

 

避けた!

 

 

そう確信した長門は、全ての砲門の微調整をする。

どこに当てても良い。ただ当てるだけで良い。

ただの人間なら、それだけで終わる。

そして、長門が自分の全ての砲門を発射しようとした瞬間、()()()()()()()()()

 

 

鞘が長門の右の砲門を潰した。

 

 

「ッ!?」

既に砲弾を発射する態勢に入っている上に、もう止める事は出来ない。

つまり・・・・・

 

 

 

弾詰まりで砲塔は爆発する。

 

 

 

 

 

「ぐああぁぁあぁああああ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっつつ・・・・」

爆発の衝撃で吹き飛んだ時打。

だが、受け身をとったからか、それほどダメージは受けていない。

そして、時打は、爆発する瞬間、とっさに引き戻した鞘を見る。

「折れてはないか」

そう呟き、逆刃刀・深鳳を鞘に戻す。

 

 

飛天御剣流抜刀術『双龍閃』

 

 

鞘を率いた()()()()()であり、最初に、刀の方で敵を斬りつけてから鞘で止めを刺すといった技。

更に、最初の一撃がかわされているても、鞘による第二撃が敵を撃ち飛ばすために、隙を生じぬ技でもあるのだ。

時打は立ち上がり、同時に爆発で吹き飛んだ筈の長門を探す。

「・・・・」

自分とは反対側に吹き飛んで、壁に激突したようだ。

艤装は半壊。体の方は右半身がかなりボロボロだ。頭からも血を流している。

そして、苦しそうに息を切らせている。

時打は、長門のもとへ、ゆっくりと歩み寄る。

「おい!吹雪!」

あと三メートルという事で、観客席の方から、誰かの叫び声が聞こえた。

そちらに振り向こうとした途端、不意に視界の隅で何かの影が通過するのが見えた。

慌てて視線を戻すと、長門に背を向けて、こちらを睨み付けるように、両手を広げて立ちはだかっているセーラー服の少女がいた。

「特型駆逐艦の吹雪か」

つい、そう呟いてしまう。

「もう、良いでしょう・・・・」

ただ、彼女は、震える足でこちらを睨み付け、確かなはっきりとした声で、時打に向かって叫ぶ。

「これ以上はもうやめて下さい!長門さんは、もうこれ以上戦えないんですよ!もし、まだ戦いたいというのなら、私が・・・私が相手をします!!」

無謀な発言。

まさにそれだ。

しかし、彼女の瞳から、本気だという事が感じられた。

「よ・・・せ・・・ふぶ・・・き・・・」

なんとか意識だけはあるらしい長門が、左手を吹雪へ向かって伸ばし、必死に止めようとする。

だが、それでも吹雪は退く事はしない。

ただ、大切な存在を守りたいが為に。

「・・・・」

時打は、そんな彼女を見据え、やがて、右手が動く。

吹雪は、びくっと縮こまり、眼をぎゅっと閉じる。

殴られる、そう思った。

しかし、感じたのは、優しい手つきだった。

「え・・・?」

眼を開くと、頭を優しく撫でられていた。

「・・・強い子だな」

短く、そう言った。

「安心しろ。これ以上攻撃する事なんてまずないさ」

そして、時打は、吹雪の横を通り抜け、長門の前でしゃがむ。

「どうする?まだ左の砲塔が残っているが・・・・続けるか?」

長門は、まるで悪い冗談だとでも言うかのように笑う。

「いや・・・もう立つ事すらままならない・・・・私の負けだ・・・・てい・・・と・・・く・・・」

そして、力尽きたかのように、眼を閉じ、気を失う。

「長門さん!」

吹雪が長門に駆け寄る。

「急いで長門を入渠させろ」

吹雪にそう囁いた時打は、今度は観客席に向かって叫ぶ。

「おい!早く彼女を入渠させろ!戦いは終わった!急げ!!」

それに茫然としている観客にいる艦娘。

その中で、電だけは一番早く行動に移った。

「何をしているんですか!戦いは終わりました!早く長門さんを入渠させて下さいッ!!!」

電が怒号を迸らせ、それに呼応するかの様に川内と神通、天龍が動く。

次々に動く艦娘たち。

その様子にほっとしながらも、その場にへたり込む時打。

「あ、司令官・・・」

「心配するな。ちょっと戦いの糸が切れた様で、体から力が抜けたみたいでな・・・疲れた」

苦笑する時打。

「吹雪、長門をこちらに」

「あ、はい」

扶桑と山城が来て、長門を肩に乗せながら闘技場を出て行ってしまう。

次に来たのは救急セットを持ってきた雷だった。

「ほら!脱ぎなさい!」

「かたじけない」

時打は、上着とTシャツを脱ぎ、雷に長門に受けた傷を見せた。

「あの・・・・司令官・・・・」

「ん?」

傷の手当を受けながら、吹雪の言葉に耳を傾ける時打。

「先ほどは・・・その・・・出しゃばった真似を・・・」

気まずそうに喋る吹雪の頭を、言葉を遮って撫でる時打。

「何言ってるんだ。先も言ったけど、お前は強いよ。どんな恐怖にも立ち向かうその心意気に、俺は感動したくらいだぜ?」

「え?」

時打の言葉にきょとんとする吹雪。

「仲間を守りたいその気持ち。絶対に忘れるんじゃないぞ」

ぽんぽんと、吹雪の頭を叩く。

「あ、ありがとう・・・ございます・・・」

頬を少し赤くして、俯く吹雪。

「それじゃあ、そろそろ指令室に・・・」

「その前に保健室でしょうが!」

「いてぇ!?」

バンッ!、と傷の辺りを雷に叩かれる時打。

「しばらく安静にしてなさい」

「おい・・・ここまで動けるなら良いだろ?」

「貴方が思ってる以上に酷いのよ。電」

「はいなのです」

「オレも手伝うぜ」

「電!?それに天龍まで!?」

どこから現れたのか、電と天龍が時打を持ち上げ、強制的に連行していく。

「・・・」

その光景に唖然とする吹雪であった。

「まあ、あの人は私たちが思っている以上に酷い人じゃないから」

「そう・・・なんだ・・・」

追いかけていく雷の言葉に、そう返す吹雪。

そして、ふと、微笑んで。

「そっか・・・・優しい人なんだ・・・」

心なかで、ふと、安心した。

 

 

 

 

 

 

ヒトキュウマルマル――――午後七時。

翔鶴は、誰もいない、海岸沿いの道を歩いていた。

「・・・・」

今日の、まだ日が昇っていた時間。

一週間前に着任した提督が、長門を倒した事で、今日はその事で持ち切りだった。

決闘の時、提督の吹雪に対する態度が、一部の艦娘には今回の提督は安全と評されたらしく、何人かが、監禁気味にベッドに横たわっている提督の元へお見舞いにいった。

長門は、艤装が爆発した時のダメージが酷く、まだ入渠中。

しかし、その間も元気な表情を見せてくれたので、まだ、生きていると実感させてくれた。

だが、どうしても、翔鶴だけは、提督に心を許す事が出来なかった。

いや、正確には恐れない事が出来なかった。

艦娘、それも、戦艦級を倒すなど、前代未聞の行為。

それで、一部の艦娘に恐怖を刻みつけない事などない。

そして・・・・()()()()()()失われた、かつての仲間たち。

不意に、翔鶴は、自分の手が震えている事に気付く。

「そっか・・・・まだ、怖いんだ・・・・」

そう呟いた翔鶴は、震える右手を左手で包み込む。

 

 

 

 

ふと、後ろで何か音が聞こえた。

 

 

「?・・・!?」

何かと思い、振り向こうとした瞬間、手に何かを当てられる。

「んん!?」

「らっきぃ・・・・まさかこんな所に、()()につかえそうな女の子がいるなんて」

口に布が当てられているらしく、更にそれに薬物が染み込まされていいるようで、だんだんと意識が遠のいていく。

(だ・・・れか・・・・ずい・・・か・・・)

ガクリと、力が抜け、気絶する翔鶴。

「おい、そろそろ」

「ああ、分かっている」

翔鶴を気絶させた大柄な男は、翔鶴を担ぐと、すぐさまそこから去っていった。

 

 

 

 

 

 

フタヒトマルマル――――午後九時。

「まさか雷が衛生面担当だったとは」

「なによ」

「いや、史実から考えてば当然か」

サラシを胴体に巻いた状態で、上半身裸でベッドに横たわる時打。

その話し相手に、背丈の合わない白衣をきた雷がいた。

「駆逐艦『雷』といえば、工藤艦長の話が有名だからな」

「史実に詳しいのね」

「覚えておいて損はないからな」

ベッドの横にある机には、逆刃刀が立てかけられていた。

ちなみに電は後片付けの為に闘技場に戻っている。

「しっかし、まさかこの刀の刃が逆さまについてるなんて、思いもよらなかったわ。普通ないわよこういう刀」

「まあな。知り合いが餞別としてくれたものなんだ。由緒ある刀鍛冶なんだぜ」

時打が自慢する様に言う。

何人か、この病室にやってきて、見舞いにきてくれたが、皆、どうやら時打が危険な提督じゃないと思ってくれた様で、内心、良かったと思っている時打。

人との関係は、恐れていては始まらない。

ふと、廊下の方で、足音が聞こえてきた。

それも、走っている。

「誰だ?」

「さあ?」

そう思うのも束の間、扉が勢いよく開かれる。

「ハア・・・ハア・・・」

「瑞鶴?」

入って来たのは、瑞鶴だった。

「どうした?」

「翔鶴姉見なかった?」

「翔鶴?いや・・・見てないが・・・」

「そんな・・・」

この時間帯、もうほとんどの艦娘は自室に戻っている筈なのだ。

なのに、何故瑞鶴はここに・・・

「・・・・翔鶴がどうかしたのか?」

そして、瑞鶴は切羽詰まった声で言う。

 

「翔鶴姉が、どこにもいないの」


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