艦隊これくしょん その刀は誰が為に   作:幻在

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馬坂の技

本来、鎮守府には、人間に提督以外である職業が最低でも二つ存在する。

一つは憲兵。

鎮守府に侵入してくる輩を捉え、連行する事が仕事だ。

ある時には、殺しもいとわない事もある。

もう一つは整備員だ。

これは、艦娘の艤装や装備を整備、修理、開発などを担当するのが主な仕事。

艦娘の要望に合わせて、艤装の微妙な調整を、ほとんどの鎮守府にいる明石と協力してやる事が多いものだ。

しかし、黒河鎮守府の様に、世間から隠蔽されている鎮守府には、その様な者たちはいない。

理由としては、隠されている為に狙われる事は無い。出撃の回数が少ないといった理由が多いからだ。

 

 

 

 

 

「よし、それじゃあ早速始めよっか!」

「は、はい!」

三月三日―――ヒトキュウマルマル―――午前九時。

黒河鎮守府にある竹林にて、ここ唯一の憲兵である馬坂 葉子と、その彼女に弟子入りした川内が、今、葉子の家系の武術である馬坂流戦闘術の修行を始めようとしていた。

「さて、ここ一ヶ月近く、ずっと走り込みをさせてた訳だけど、何か変化はあった?」

「とても体力がついた気がします」

まあ、両足に片方十キロの重りをつけて毎日、全力疾走を繰り返せば、いやでも体力がつくだろう。

それだけでなく、日常の中でも体力をつけるように足に鉄製で防水の重りをつけて、飯を食べる時も寝る時も、あまつさえ風呂に入る時でさえ、足に重りをつけて生活し、その状態で山を登ったり下りたり、鎮守府の外周を何時間も走らされ、一時、体力が限界を超えて丸一日寝込んだ事もあったのだ。

しかし、その間、葉子が施してくれたマッサージのお陰で筋肉痛にならなかったのは不幸中の幸いかもしれない。

しかも、足腰を鍛える為に、黒河市に出向いて相撲を取らされたりもしたのだ。

間違いなくこの一ヶ月で川内を()()()で鍛え上げるメニューであったのは間違いない。

ちなみに、時打曰く、「俺も一ヶ月試してみたが、あれは確かに普段鍛えていない奴がやれば間違いなく死ぬな」との事。

だが、()()の事を思い出せば、こんなもの、()()()()()()()()()()()()()()()()

さらに、半月ほど、体捌きの事も叩き込まれたので、歩き方が染み付いた感覚も感じていた。

「よし、その意気で、早速、基本の技を受けてみようか」

「はい!・・・・・え?」

威勢よく返事をする川内。だが、その顔は突如、不安に変わり、次には驚愕に変わる。

 

―――――()()()()()()()

 

葉子が、右半身になると、後ろに伸ばした右足を、膝を折り曲げながら川内に迫らせ、ある地点までくると、突如その足を伸ばし、川内の腹にその蹴りを直撃させる。

「!?」

声を挙げる間も無く吹き飛ばされる川内。

「げほ・・・・ごほ・・・・・!?」

「まず、これが馬坂流戦闘術『蹴突(しゅうとつ)』。さらに、これに回転をつけて命中率と威力をあげたのが『穿爪(うがちづめ)』。まずはこれを我が物として貰うよ」

馬坂がそう言う。

「馬坂の技は全て『蹴り』。その一撃は、熊の心臓を穿ち貫いたそうよ。その脚力はまさに、暴れ馬が如し、とも言われてるわ。まず、貴方には、馬坂流の基本を知ってもらいたいの。その為に、まずはこの技を覚えてもらうついでに、極めてもらうわ。他の技は、その後ね」

「わ、分かりました!」

葉子の言葉に、すぐさま立ち上がって返事をする川内。

「よし、それじゃあ始めよっか!」

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

それを遠くから見守る者がいた。

「姉さん・・・」

「心配か?」

鎮守府の屋上で、その様子を遠目で見る、川内の妹である神通。

その背後から、時打が歩み寄ってくる。

「・・・・はい」

「そうか」

神通の横に立つ時打。

「ま、大丈夫だろ。川内も、途中でバテなければ、確実に強くなってるから」

「・・・・・私が心配してるのは、そういう事じゃないんです」

神通は、組んだ両手に力を込める。

「私は・・・・怖いんです・・・・もし、あの力で、姉さんが危険な目にあったら・・・・私は・・・どう役に・・・・」

震える声で、そう、呟く神通。

それに、時打は笑って答える。

「神通は真面目だよな」

「え?」

「横須賀でも、こっちでも、やっぱり神通は神通だ。川内型の中で、一番まともだ。だからこそ、川内の様な考えには至れない」

時打は、神通に向かって、こう言った。

「川内は一途だ。一度決めた事は最後までやる。諦める事なんて絶対しない。だけど、それが裏目に出る事がある。それを止めるのがお前だ。だけど、今、川内は、これからの事の分岐点にいる。ここでお前が言って諦めたら、川内は、きっと前に進めなくなる。今よりも、固く、その場に踏みとどまってしまう。それはお前も嫌だろ?だから、今は見守ってやれ。立場的には、お前は川内の保護者なんだからな」

時打はそう言って、川内たちのいる所から目を離し、芝生の方へ眼を向ける。

そこでは、瑞鶴と吹雪が剣を交じ合わせていた。

瑞鶴の速過ぎる剣劇に対し、防戦一方の吹雪。

時打のかつての愛刀、影丸を、柄と峰を持ってなんとか高速連撃を反らし続けているのだ。

「やれやれ。ああいうのには抜刀術で先手を取ればいいのに」

時打は苦い笑いを浮かべながらそう言う。

「・・・・」

その様子に、神通は、一度俯き、何か、思いつめたような表情をしながら、今、汗にまみれながら、必死になんらかの技を習得しようと竹に蹴りを入れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・そうか、準備は整ったんだな?」

『ええ、上にバレないようにするのに苦労したよ。ただ、全部送られるまでは、後一週間はかかりそうだ』

「よし、なら決行は二週間後だ。良いか?今回の為にかなりの資金を投入したんだ。失敗は許されない」

『分かってるよ。じゃ』

そう言い、通話が切れる。

「これで、大儲け間違い無しですね」

部下の一人がそう言う。

「ああ。これ程の『武器』を揃えたんだ。いくら、向こうにいる用心棒でも、太刀打ちは叶わないだろうな」

くくく、とデスクに座る男は、笑いを漏らす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・ボスに報告でござるな」

忍者装束の覆面男がその会話を盗み聞きしているとは知らずに・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、ヒトマルマルマル――――午前十時にて。

執務室にて。

「大規模攻撃?」

「ああ」

そこで、時打と長門は、鎮守府周辺の地図を広げ、これから来るであろう攻撃に備えていた。

「もう何度も誘拐阻止してんだ。奴らにも商売っていう奴もあるだろうし、もしかしたら、それなりに武器を集めてるかもしれない」

「大丈夫なのか?」

「その点については、どうにかする気だ。とにかく、次に来るであろう攻撃に備える為に、陸上じゃ戦えない艦娘はどこかに隠れさせる必要がある。最悪、海へ逃がすかもしれない」

「海か・・・・一応、電や瑞鶴、吹雪も撃退に参加させるのだろう?」

「ああ、当然、お前にも頼む。出来れば川内にも頼みたい所だが・・・・」

「それは少し無理かもね」

ふと、声が聞こえた。

葉子が扉から入って来たのだ。

「馬坂」

「あの子、覚えは良い方なんだけど、まだ実践に出して良いレベルじゃないわ。大抵の敵なら倒せるけど、ゲームでいうボスクラスとなると、勝てる確率は低いわ」

「そうなのか・・・・・」

「ま、前線に出す事は出来なくても、後衛で守る事はできるわ。私たちが敵を取りこぼしたりしなければ、ね」

そう言う馬坂。

「と、なると・・・・まず、達也の狙撃で敵に狙撃手がいる事を知らせる。それで敵が恐怖状態で混乱した所で俺たちが殴り込む・・・・大雑把にするとこんな感じだな」

「敵に装甲車がいる時も考えて、あの、佐加野って奴と長門の二重の極みに破壊してもらうって事にして・・・時打、『斬鉄』ってできる?」

「ああ、出来るぞ」

斬鉄、とは、その名の通り鉄を剣で斬る技術だ。

「よっしじゃあ装甲車はまかせた!」

「お前だって蹴りで装甲車ひっくり返して走行不能に出来るだろ」

「えー」

「まあ、取りあえず意見はまとまったみたいだし、一応皆に言ってくるよ」

「お、悪いな長門」

執務室を出ていく長門。

そして残されたのは時打と馬坂のみ。

「・・・それで、どうするの?このまま行けば、黒河を支配してる組織って奴と真正面から対立する事になるわよ?」

馬坂が、少々鋭い目つきで時打にそう言う。

「そうだな・・・出来れば穏便に行きたい所だ。下手に大規模で攻め入られたら、いくら俺でも対処しきれない」

「単独で動いてるならまだしも、守るべきものが沢山あるからね・・・・」

そのまま、静寂がその場を包む。

「・・・・・・仕方が無い」

「何が?」

「危険な賭けだが―――――」

時打は、その『賭け』の内容を暴露した。

 




次回『黒河最強の艦娘 那珂』

その命は大切な姉の為に。

お楽しみに!

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