五月雨が睦月を、時打が秋村を吹っ飛ばした五日後。
横須賀本営、通称『大本営』。
その長官室。
「
「「「いいえなにも」」」
長官である豪真の言葉に、時打、翔真、五月雨はそう返した。
「全く・・・まあ、お前たちのお陰で秋村の違法行為が全てバレたんだ。これ以上の事なんてないな」
昨夜、時打の元へ届いた、舞鶴からの艦隊の制圧と共に、警察が時打たちのいたコンテナヤードに入ってきて、秋村を確保。
睦月は、時打が薬物を盛られている可能性があると言い、すぐさま病院へ、木曾と陽炎は事情聴取の為に、時打と五月雨と共に署に出所した訳だ。
その時に発覚した、秋村のいくつもの違法行為。
薬物、書類の偽装、黒河の前任の
それらの行為が発覚した為に、秋村はもはや有罪確定。
本人は全力で否定しているが、唯一、精神汚染を回避した木曾や陽炎の証言で、秋村の立場はもっと悪くなり、もはや、裁判の余地も無しにと、問答無用で無期懲役の刑に処された。
その際、何故か誰かから裁判の余地を与えろと声が上がったのは、今でも謎のままである。
ちなみに、達也はすでに次の仕事に行ってしまってここにはいない。
「しっかし、時打はともかく、お前まで協力するとは思わなかったぞ翔真」
「友人の頼みです。俺の理にかなっているなら、拒否する必要はないので」
豪真の言葉に、翔真は淡々と答える。
「ふ、友人か。それで、五月雨」
「は、はい!」
突然、名前を呼ばれた為に飛び上がる五月雨。
「克服してくれた何よりだ」
「あ、ありがとうございます・・・」
もじもじとする五月雨。
だが、豪真はそんな五月雨から視線を外し、時打に向き直る。
「そういや、時打。お前の報告書に、五月雨は『示現流』が使えるって聞いたんだが?」
「ええ。あの足のしなりは示現流で鍛えなければありえません。それに、五月雨の歩き方を見れば、貴方なら分かるでしょう?『示現流の豪真』さん?」
「ふ、その名前で呼ばれるのはいつ以来か」
豪真がほくそ笑む。
壱条豪真。
五十代ではあるが、若いころ、示現流の免許皆伝として、その名を馳せた事のある名剣士だ。
その剣術は、先ほど時打が述べた通り、薩摩の最強剣としてうたわられた『示現流』だ。
その一撃は、岩をも断ち、あらゆる敵を薙ぎ払ったともいわれる。
そして、日本で初めて、
最も、人である以上、艦娘ほど深海棲艦と戦えない上に、歳には敵わなかったようで、今はこうして机に座って書類仕事をしているのだが。
「確かに、五月雨は示現流の歩法を使っていた。それは日常生活から見ても同じだった」
豪真は、そう言う。
「ま、その原因は多分、俺にあるんだろうけどな」
「え?どういう意味ですか長官?」
「いや、五月雨を建造する時に、な・・・・・」
なんでも、自分の髪の毛を大量に建造資材に間違えて捨ててしまったらしい・・・・・
「「「そんな事で!?」」」
「いや、まさかこうなるとは思わなかったんだ・・・・」
つまりは、豪真の遺伝子が五月雨の遺伝子に混じって、その体のつくりを取り込んでしまったという事なのだ。
「つまり、五月雨は半分アンタの遺伝子で出来ているのか!?」
「ある意味、俺の妹でもあるんだな」
「え、じゃ、じゃあお兄ちゃんとお呼びした方が・・・」
「そこまでしなくていい」
若干危ない発言をした五月雨を咎める翔真。
「それで、とにかく長官の剣術でいう癖っていうものが五月雨に建造された際に刷り込まれたって訳だな?」
「そういう事になるな」
だが、五月雨は剣術から離れて生活していた。
だから、その癖というものは、あまり機能しない筈なのだが・・・
「
五月雨が使うあのどんな態勢からでも威力を吐き出す掌打。
彼女
「そこで、頼みがあるんですが・・・・」
「なんだ?」
「五月雨を鍛えてやってくれませんか?剣士として」
時打がそう言う。
「あ、あの、私からも・・・」
「う~む、五月雨は、十分強いし、艦娘としての力が無いから、普通に一人の女の子として生活しても良いんだぞ?」
五月雨の言葉に、豪真は、そう返す。
それに、五月雨は、一度口籠るも、すぐに口を開いて、自分の答えを言う。
「私は、もっと強くなりたいんです」
五月雨は、力強く、答える。
「すでに、軍人として鍛えられた身。ならば、それを無駄にしてはいけない気がするんです。例え、あの様な男に鍛えられたとしても、私は、人々の為になる事がしたい。その為に、強くなりたいんです。だから、お願いします」
そして、深々と頭を下げる。
「私を、鍛えて下さい」
それに、渋る豪真。
だが、時打の苦い顔での諦め顔と、翔真のすまし顔を見て、溜息を一つ吐いた。
「分かった。だが、手加減はしないから覚悟しておけよ」
それを聞いた五月雨の顔がパアッと明るくなった。
「ありがとうございます!」
嬉しそうに返事をする五月雨。
どうやら、もとのお茶目な五月雨に戻ったようだ。
「そうだ時打」
「? なんですか?」
「一ノ瀬の事だが、改めて裁判がされて、今日釈放されるそうだ」
「・・・・」
一ノ瀬。
その名は、時打が黒河に着く前の前任の更に前任の名前だ。
記録によれば、轟沈者を一人も出さず、更には出撃回数がどの鎮守府よりも少なかったと聞く。
そして、唯一、大和とケッコンした人物。
「それで、俺は黒河を解任・・・って事ですかね」
「それは奴次第だ。それは俺にも分からん」
時打の言葉に、豪真はそう返す。
「とにかくお前が迎えに行ってやれ、それで一度黒河に戻れ。五月雨をつれてな」
「分かりました」
「・・・・・」
「不安か?」
「!」
豪真は、先ほどとは一変した様子の五月雨に声をかける。
だが、五月雨は、それを受け入れるように、頷いた。
「はい・・・・私が、あの人を陥れたのも同然ですし・・・それに、皆に・・・・」
ぎゅうっと、服の裾を握りしめる。
「考えても仕方ないだろ」
ふと、時打が口を開いた。
「言ったろ。とにかく謝って償うって」
そう微笑みかける時打に、五月雨は、不思議と心に巣くっていた不安が消える様な感覚した。
「それでは、俺たちはこれで失礼させて頂きます。長官、また後程」
「ああ。また次の会議でな」
そうして長官室を出て、翔真を別れた時打と五月雨。
廊下を歩いていると、吹雪と電が楽しく談笑している姿が見えた。
「吹雪、電」
「あ、司令官!」
「五月雨さんも、お疲れ様なのです」
声をかけるとすぐに駆け寄ってくる。
「五月雨も、お疲れ」
「はい、吹雪さん」
吹雪の言葉に、五月雨はそう返す。
この五日間で、二人の仲は随分と改称された。
もともとわだかまりが少なかったというのも幸いしたのかもしれないが、とりあえず、ここの部分はかなり良くなったと言っても良いだろう。
「お~い。話は良いから、刑務所行くぞ」
「刑務所?何故ですか?」
吹雪が首を傾げる。
「そうですか・・・」
「ああ、一応覚悟しておけよ。あの人の時代の頃の艦娘はほとんど沈んで、大和と翔鶴と瑞鶴しか残っていないからな」
「そうですよね・・・・少なからず、ショックを受けるかもしれないですしね・・・・」
時打から話を聞いた吹雪と電は、暗い表情で刑務所に向かって足を運んでいた。
「あ、見えてきましたよ」
五月雨がそう言う。
見ると、刑務所の門が。
門番の人と話をして、中に入る時打、五月雨、吹雪、電。
そして、刑務所の扉から、誰かが出てきた。
その人物は、いかにも普通と言った感じの人間だった。
髪の色は、白髪も混じった黒髪。その体は、刑務所で鍛えたのか海軍で鍛えたのか、それなりにしっかりとした体格だった。
身長は、時打よりも若干高い。
その男に、時打は自ら近付く。
向こう、こちらに気付く。
「一ノ瀬 悠斗さんですね?」
「ええ。そうですけど・・・」
男、一ノ瀬はそう答える。
「俺は、黒河鎮守府の提督をやっている天野時打という者です」
「え!黒河の!?」
一ノ瀬は、そう声を挙げる。
「ええ・・・」
「じゃ、じゃあ・・・秋村くんは・・・」
「? 秋村と知り合いなので・・・」
突然、落ち込みかける一ノ瀬に、疑問を持つ時打。
「あ、ああ。同期なんだ、彼とは」
「そうなのですか・・・・」
「もともとプライドが高くてね・・・・・今、鎮守府にいる皆は・・・」
その問いに、表情を暗くする時打。
後ろにいる吹雪、電、五月雨。
「そうか・・・・・沈んだんだね・・・・」
「・・・・分かってたんですか?」
「いや、知らなかったよ。五日前の事を聞くまでは」
そう、自虐する様に笑う一ノ瀬。
「ただ、捕まる時に、次に就くのが秋村くんだって聞いた時には、正直、不安しか無かったんだ。でも、その時にはもうどうしようも無くてね・・・・その様子じゃ・・・大和も・・・」
今にも泣きそうな表情をする一ノ瀬。
「大和は、まだ生きてますよ」
そこで、時打は告げる。
「え・・・・?」
「翔鶴と瑞鶴も生きています。ですが、それ以外は沈んでしまいました」
そう、時打は、心によぎる悔しさを押し殺しながら、告げた。
「そう・・・・か・・・・」
「どうしますか?一度、こちらの鎮守府に来て、会ってみると言うのは?」
時打は、淡々と告げるも、その声には、どこか、悔しさが滲んでいた。
「・・・君は、演技が上手いんだね」
「?」
「いや、なんでもないよ。そうだね・・・上の命令で戻れと言われるかもしれないからね。一応、下見程度に、行ってみるよ」
「分かりました。では、早速電車に乗りましょう。出所早々、悪気はしますが・・・・」
「ああ、気を使わなくていいよ。善は急げって言うでしょ?」
「急がば回れ、ていう言葉もありますよ」
「吹雪、それは言わなくていい」
吹雪の言葉を咎める時打。
これが、黒河にとって、どんな変化をもたらすのか、それは、まだ誰にも分からない。
次回 五月雨編最終回
『謝罪』
謝り続ける、何度でも。
お楽しみに!