艦隊これくしょん その刀は誰が為に   作:幻在

53 / 71
五月雨ならぬもの

対峙する五月雨と睦月。

先に仕掛けたのは五月雨だった。

二度踏み込んで右拳突き出す。

だが、睦月は左腕で顔に直撃する筈だった右拳を反らし、その右腕を左脇に抱え、すぐさま反撃に五月雨の腹に掌打を入れようとする。

だが、それと同時に額に激痛が走る。

五月雨が頭突きをかましたのだ。

そのお陰で視界が一瞬、ぐらつく。

だが、それは五月雨も同じで互いによろめきながらも距離を取る。

しかし、先ほどの掌打で腹にダメージを受けた五月雨よりも先に今度は睦月が態勢を立て直す。

そして、低い体勢から顔面に向かって右のショベルフック(ショベルで土を掘り起こす様に繰り出すアッパーじみたフック)を繰り出す。

それをギリギリの所で頭を下げる事で回避する五月雨。

そのまま体を反らし、バック転をしながら蹴りを繰り出す。

それを睦月は急いで右手を引き戻してその蹴りを回避する。

更に、睦月は下がって態勢を低くし、まだバック転中の五月雨に向かって突っ込む。

そして、五月雨がバック転を終えた瞬間、睦月が懐に入り込む。

睦月の左フックが五月雨の右脇腹に入る。

「ぐぅ!?」

そこで五月雨あ初めて苦悶の声を挙げる。

そこへ追撃にと言わんばかりに少し距離をとった後に反時計回りに回って左足の後ろ回し蹴りを放つ。

それを五月雨はしゃがんで回避し、睦月の無防備の腹に飛び込み、右手でストレートを放つ。

それでよろめく睦月。五月雨が畳み掛ける。

左正拳。右蹴り。右大振り。左掌打。左蹴りあげ。左正拳。右肘鉄。

その様な連撃を全て捌ききる睦月。

「く!」

だが、五月雨は気付かなかった。

睦月が、絶好の機会を伺っていたという事に。

突如、五月雨の右拳が大きくはじかれる。

「!?」

その直後、睦月が右足を地面から浮かせる。

右足を突き出す、上半身を反時計回りに回転させる、左足を強く踏み込む。

それらによって生み出された推進力が五月雨の腹に打ち込まれる。

「ガァ!?」

羽黒が喰らった、壁をへこませる程の威力を持つ直進蹴りだ。

そのまま大きく吹っ飛ばされる。

地面を何度もバウンドし、その戦いを見ていた時打の所まで吹き飛ばされる。

「五月雨!」

「ぐ、うう・・・」

ギリギリの所で後ろに跳んだのが幸いしたのか、ダメージを軽減させる事に成功したが、それでも重い。

なんとか起き上がる五月雨。

そんな五月雨に、時打は、先ほどの戦闘で分かった事を脳裏で秒単位で整理していた。

 

 

 

五月雨は、異常な程に下半身がしなやかで強い。動体視力は、もともと高いのだろうが、地下で一年間何もせずに過ごしていれば、劣る(ブランクを貯める)のは至極当然だが、もともと高いのは目に見えて分かる。

そして、剣士である時打には分かる。

タックルや突きには、多少の軍人格闘術が混じっているが、その根本にあるのは、()()()()()()()()

つまり五月雨は、どういう訳か、『無刀の剣士』という存在に成り立ってしまっているのだ。

ならばなぜ、五月雨は剣を使わないのか。

その理由は至極簡単だ。今まで積んできた訓練の全てが、銃器やナイフなどの軍人として必要な戦い方しか学んでいないからだ。そこに『剣士』という概念は存在しない。

しかし、問題は何故五月雨に『剣士』としての戦い方が混じっているのか。

そこが疑問だ。

だが、そんな疑問を置いておけば、彼女の使う『剣術』が何かが分かった。

そして、その可能性があるのなら・・・・・

 

 

 

「五月雨」

「?」

時打は、五月雨の方に手を置き、耳打ちする。

「次の攻撃は左足を前に出して、右足を後ろに、そして、右手と左手で握り拳を作って、顔の横に置け」

「え?」

「置き方は右手が上、左手が下、剣の柄を握る様にだ。そこから・・・・」

そのまま、時打の言う言葉を聞く五月雨。

「・・・・それでうまくいくのでしょうか?」

「それはお前次第だ。良いか?成功するかどうかはお前次第だ」

時打は、そう念押しする。

それを聞き入れた五月雨は、一つ目を閉じて深呼吸をする。

そして、眼を開き、立ち上がる。

時打に言われた通り、左足を前に、右足を後ろへ、左前半身の状態となり、右手を上に、左手を下に、刀を持つように構える。

それを見た睦月も、身構える。

 

 

―――重心を体の外に。

 

 

 

 

カチッ

 

 

 

 

 

その瞬間、五月雨が、CQCではありえない程の速さで、睦月との距離を詰める。

その速さに、睦月は一瞬だが見失う。

その勢いのまま五月雨は、右手を突き出す。その拳が、睦月の腹に直撃する。

だが、その拳は、横にすり抜けてしまう。

「あ!?」

あまりにも慣れない勢いに拳を突き出すのが遅れてしまい、標準がズレたのだ。

そのまま、睦月の右脇腹の衣服を破りながら、すれ違ってしまう。

さらにその速さについてこれず、足を地面についた瞬間、よろめいてしまう。

それが命取りだった。

振り向く五月雨。

そこには、睦月がいた。

「!?」

急いで下がろうとした五月雨だったが、時すでに遅く、睦月が両拳を五月雨の胸に触れさせる。

 

――――寸勁(スンケイ)(ゴク)

 

それが、五月雨に打ち込まれる。

「ハァッ!?」

音無き衝撃に、五月雨は、吹き飛ばされる事無く、その場に膝を着く。その口から、少なくない血を吐き出し。

ついには尻まで地面につこうかという時に、睦月が五月雨のセーラー服の胸倉をつかみ、引き寄せ、空いた手で五月雨の胸に手を当てる。

その時、どんっ、と睦月の腹に軽い衝撃。

見ると、そこには五月雨の右手。握り拳で、苦し紛れの一撃を入れたつもりだったのだろうが、力が入らず威力が無かった。

そんな無駄と分かっていながら抵抗する五月雨に対し、哀れだと思った睦月は、とどめを刺そうとした。

 

 

 

 

 

 

 

()()()において、その剣閃は、雲耀(いなずまがごとし)。そして、その足捌きもまた、雲耀(うんよう)

それらの根幹となるのが、人体の腰のあたりにある、大腰筋(だいようきん)小腰筋(しょうようきん)腸骨筋(ちょうこつきん)から成り立つ、腸腰筋(ちょうようきん)による、腰と脚の関節たる仙腸関節(せんちょうかんせつ)の稼働。

先ほどの五月雨の構え。あれは、示現流の代表的な構え、『蜻蛉の構え』である。

姿勢によって伸ばした腸腰筋により重心を体の外に出しながら、前に出した足の膝を脱力するのと同時に、大腰筋と小腰筋の収縮で、後ろ足を引き抜き、体の上方への浮き上がりを腹圧を高めた腹筋で防ぎ、腰方形筋を使い姿勢を制御する。

残る腸骨筋で腸骨を内側斜め前方の正中線にぶつけるイメージで振り、そこで得た推進力を全て、大腿筋膜張筋、大腿四頭筋により、前方へ運んでいた後ろ足に乗せる。

それらすべてが正しく成功すれば、重心は体の外へ出たままとなり――――

 

 

 

 

 

 

―――踏み込みは不可視の領域に達する。

 

 

 

 

 

 

だが、五月雨のそれは不完全であり、睦月にも見切る事が出来た。

だから横にすり抜けてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

だが、それで終わりではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カチッ

 

 

 

 

 

 

 

 

その音が聞こえた瞬間には、睦月は吹き飛ばされていた。

「うお!?」

「な!?」

「嘘!?」

「バカな!?」

その光景を目の当たりにした時打、木曾、陽炎、秋村は驚きの声を挙げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

示現流には、松村宗棍(まつむらそうこん)と呼ばれる示現流免許皆伝者がいたが、彼は、それと同時に琉球の偉大な唐手(からて)家でもあった。

表から見る事の出来ない身体(からだ)の深部で起こっている腸腰筋の正中線への衝突。

先に述べた、松村宗棍が使えたとされる秘中の秘。

本来なら踏み込みで発揮される腸腰筋によって稼働した仙腸関節が生む推進力を、足ではなく、胸、肩、肘、手首へと螺旋に伝え、それによって、まるで鞭を振るうが如くエネルギーは加速増幅させ、相手に接した状態からでも、威力を吐き出す。

 

 

 

 

それは、五月雨の独自の工夫。

 

 

 

 

 

 

 

それは、砲塔を持たない彼女が、艦としての魂を失って、唯一残った、砲塔。

 

彼女が、その仕組みを、一度の踏み込みで理解し、そして、それを、自身の体にある、()()()()()()()()()を利用して放った一撃。

 

時打でさえも予想する事の出来なかった、その一撃。

 

 

 

 

 

五月雨は、なんとか立ち上がりながら、そう呟いた。

そして、自分の右手をまじまじと見つめる。

「な、なんだよ今の・・・・なんなんだよォ!?」

秋村が叫ぶ。

「どういう事なんだよ!?どうしてその事を黙っていたんだよ!?五月雨ェ!」

秋村がずかずかと五月雨に近付いていく。

「あ!?おい!」

「待て」

その秋村を慌てて止めようとした木曾だったが、時打が止める。

そんな時打を見る木曾だったが、その表情は、何か、一つの確信を持っていた。

「教えろ!どうして隠していた!?」

秋村が、五月雨の()()に入る。

そして、秋村が、五月雨に掴み掛かろうとした瞬間。

 

 

 

 

 

 

カチッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スイッチ音と共に、秋村は吹っ飛んだ。

 

 

 

「グハァァア!?」

そのままコンテナに叩き着けられる秋村。

物凄い激痛が秋村を襲う。

「い、いてぇ・・・!?な、なにしやがんだ、この・・・・!!」

「汚い手で触らないでもらえます?」

「ッ!?」

突如、五月雨から放たれた冷酷な一言。

それに目を見開く秋村。

その五月雨の眼は、冷徹そのものだった。

だが、その奥に見える、怒りの炎は、秋村を恐怖へと陥れる。

「哀れだな」

時打の声。

「!?」

「かつての部下だった奴に、こうも嫌われて、更には吹っ飛ばされて。自分のしでかした事の重大さ、そしてその分帰ってくる『ツケ』。その結果がこれだ。おとなしくお縄に着け秋村」

右足を引き摺りながらも、その殺意を全く衰えさせる事無く、秋村にゆっくりと近付いていく。

「く、くそ。睦月ィ!!」

秋村が、そう叫ぶ。

すると、睦月が、よろよろと立ち上がる。

「睦月・・・!」

時打が、悲痛な表情をする。

「そこまでして・・・・」

「ハア・・・ハア・・・」

睦月は、全くダメージを感じさせない様に、秋村を守らんと歩く。

「もう良いだろ、睦月・・・・」

「睦月・・・」

そんな睦月を、木曾と陽炎が、悔しさをにじませた声でそう呟く。

「もう、良いでしょう・・・」

そんな中に、震える声が、一つ。

「もう、良いでしょう!!もはや勝負はついた!これ以上の戦闘は無意味以外のなんでもありません!!!大人しくしてて下さい!!」

五月雨は、そう叱咤する。

だが、睦月は止まらない。

それどころか、五月雨の方向を向いて、今にも飛びかからんと身を沈める。

「どうして・・・・・」

「・・・・きさ・・・らぎ・・・ちゃん・・・・」

「!?」

今まで、返事以外では決して口を開かなかった睦月が、初めて口を開いた。

「まもら・・・・ないと・・・・・わた・・・しが・・・姉・・・と・・・して・・・・」

「ッ・・・・」

途切れ途切れに発せられるその声に、五月雨は、拳を握りしめる。

「良いぞ。やれ、ソイツを殺せ、殺すんだ睦月ィ!!」

「うぅぁぁぁぁあああああああああああ!!!」

初めての、絶叫。

それと同時に、睦月が、走り出す。

その睦月に、悔しそうな表情を浮かべる五月雨。

互いの射程に、睦月が入る。

そして、五月雨に向かって、寸勁を撃ち込むべく右手を突き出す睦月。

だが、五月雨は、大きく体を後ろに投げ出す。

それは、自ら地面に向かって倒れるのと同義だった。

「!?」

よって、睦月の寸勁は不発に終わる。

一方で、五月雨は、左手を地面に着き、右前半身になり、右掌を、睦月の胸に。

 

腸腰筋の稼働によって生み出される推進力。それ即ち、足を使わないのと同時。

 

普通、パンチや蹴りは必ず、足の踏み込みがなければ、それほど大きな威力を持たない。踏み込みなどなくても、とにかく足の動きによっては、その威力は大きな力を発揮する。

 

だが、この五月雨の技は、足では無く、腰の腸腰筋によって発揮される推進力を使う為、どんな態勢からでも、その威力を吐き出す事が可能。

だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

カチッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

睦月は、上空へ吹き飛ばされる。

「あ・・・・・」

そして、空中で、気を失う。

五月雨は、倒れた状態からすぐに立ち上がり、自由落下してくる睦月を受け止める。

だが、すでに五月雨も無視できないダメージを負っている為、支えきれず、倒れてしまう。

「うぐ!?」

思わず声を挙げてしまう五月雨。

だが、お陰で、睦月が落下によって頭を強打する事は無かった。

「ば、バカな・・・・」

そして、ありえないとでも言うような表情をして茫然としている秋村。

そこへ、時打が秋村のそばに立つ。

「ひッ・・・」

「覚悟は良いな?」

チャキッ、と時打は深鳳の刃を見せつける。

「ゆ、許して・・・・」

 

 

 

「謝んならお前が今まで辱め、侮辱してきた艦娘たちに言えこのクズがァァァァァァァアァァアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

バッキャァァァァアアアアアアアア!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

時打の本気(怒り)の一撃が、秋村の顔面に叩き込まれる。

その顔は歪み、コンテナに直撃する。

「た、たしゅけ・・・・」

何かを言いかけ、がっくりと気絶した。

無論、死んではいない。

時打は、それを見届けると、スッと深鳳を鞘に戻した。

「いたたぁ・・・・」

一方で、五月雨は、睦月をどかしながら起き上がる。

そして、吹っ飛んでいった秋村の方を見る。

そこには、見るに耐えない程に顔が物理的に歪んだ秋村の姿があった。

「・・・・・自業自得です」

五月雨は、それだけを言うと、睦月をその場に寝かせ、時打の元へよろよろと歩み寄る。

「時打さん・・・」

五月雨は、時打の名前を呼ぶ。

その五月雨に、時打は、手を伸ばす。

そして、そっと頭を撫でる。

「・・・・よくやった」

 

――――初めて、褒めてもらった。

 

「・・・はい」

それが、どうにもうれしくて、思わず、そう返事をした。




次回『黒河元提督 一ノ瀬悠斗』

出所である。

お楽しみに!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。