艦隊これくしょん その刀は誰が為に   作:幻在

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決闘寸前のそれぞれの覚悟

マルキュウサンマル――――午前九時三十分。

 

鎮守府の敷地にて、大規模な工事が行われていた。

正方形に建てられた、分厚い鋼鉄の壁。

高さは三メートルといった所だ。

よく見ると、あちらこちらに小さな人型の何かが無数に引っ付いている。

妖精だ。

恐らく彼らは工作するのが得意なタイプなのだろう。

「本気なの?」

「そうでなければこんなもの作らさせないさ」

その中で、工作艦の明石と、この黒河鎮守府を任されている提督の天野時打は話し合っていた。

「明石ー!壁の方はなんとかなったよー!これなら長門さんの砲弾を通さないよ!」

「ありがとう夕張!」

軽巡なのに開発とか、なかなかに貢献している『夕張』がそう明石に叫ぶ。

だが、すぐに真面目な表情に戻り、自身の提督に言う。

「ただの人間が、()()()()()()()なんて、前代未聞よ」

「仕方ないだろう。吹っ掛けたのはあっちでもあり、それを買ったのは俺だ。互いに自業自得という物だ」

「そうかしら?」

白い軍服に身を包み、帽子は被らず、黒い髪をなびかせながら、腰にある逆刃刀・深鳳の柄に触れる。

しかし、何故こんなものが作られているのかというと、それは一週間前・・・・

 

 

「な、長門さんと決闘!?」

「ああ」

真顔でそう答える時打に驚きを隠せない明石。

ここは工廠。

明石が趣味がてら開発をする場所である。

「貴方バカ!?」

「剣術バカというなら否定しない」

「そういうバカじゃないわよ!」

会話が始まって早々、頭が痛くなる明石。

この男は、海上じゃ、あの深海棲艦と互角に戦う艦娘と決闘すると言っているのだ。

その為に、闘技場を作って欲しいといっているのだ。

「資源は好きなだけ持って行ってくれ。既に暁型の全員に遠征に行かせている。他にも何人か行かせたから、それなりに資材は集まるはずだ」

「いやいやいや私が言いたいのはそういう事じゃなくてでして、本気なの?」

「本気だけど?」

「いやなんでそんなさも当然の様に言ってんのよ!?」

バンッ!と作業台を叩く明石。

「別に、無理なら良いんだ。その代わり鎮守府がボロボロになるけど・・・」

「あ、もう何が何でもやる方向なんだ・・・・」

がっくりと折れる明石。

「あ、明石・・・・」

「ん?どったの夕張」

そこで後ろから躊躇いがちに声を掛けてくる軽巡の夕張が話しかけてくる。

「前に話を聞いた時には安心できる人とは聞いたけどさ・・・・この人の言ってること本気?」

「みたいよ・・・・ハア、全く。とんでもない提督が来たわね・・・」

やれやれというように力無く笑う明石。

「やってくれるか?」

「まあね。貴方の事はともかく、この鎮守府がボロボロになるよりかはマシね」

パンッ!と両手を打ち鳴らし、決心したような表情を浮かべる明石。

「え?まさか本気で作るの?」

「本気も何も、提督が言ってるのよ?提督の()()()なら引き受けるっきゃないでしょ?」

「俺からも頼む、夕張」

いきなり頭を下げる時打に困惑する夕張だったが、やがて彼女も諦めたかのようにため息をついた。

「分かったわ。その代わり、死ぬんじゃないわよ」

 

 

 

 

そして今に戻る。

工事開始から一週間。

休みながらもこんな短期間にここまで作るとは、流石、工作艦と重武装最新艦開発の元になった軽巡洋艦だ。

と、内心感心する時打。

「午後までには完成するから、しばらく暇を潰してても良いわよ」

「いや、竹林にいって剣の練習でもしているよ」

「そう」

明石にそう伝え、時打は竹林に向かって歩き出す。

竹林に着く。

ふと、そこで誰かの気配を感じる。

「誰だ?」

「本気なのか?」

「天龍か」

竹の影から天龍が出てくる。

「どうしたんだ?」

「アンタが長門さんと決闘するって聞いてな。悪い事は言わねぇ。今すぐ取り消せ」

キツイ目付きで時打を睨む天龍。

だが、時打はそんな彼女の申し出を蹴った。

「悪いな。これは長門からの果たし状みたいなものだ。ここまで時間が経つと、取り消すのは難しいぞ」

「そうか・・・」

天龍は、表情を緩めず、眼を閉じる。

「なら、オレがアンタを倒してやる」

天龍が眼をカッと見開き、懐から艤装の剣を抜き放ち、時打に斬りかかる。

一息で時打と距離を詰め、右に持った剣を、上段やや斜め右上から斬り下ろす。

だが、時打がその剣を両手でつかむ。真剣白羽取りだ。

「な!?」

「良い太刀筋だ。だが、それじゃあ俺は倒せないぞ」

「うわ!?」

完全に威力を殺された剣をすぐさま押し返され、よろける天龍。

その天龍に向かって突っ込み、右手を彼女の服の襟首に、左手を彼女の右手を掴み、そこから大外刈りをかけ、投げ飛ばす。

「がっはぁ!?」

背中から思いっきり叩き着けられ、肺の中の空気が絞り出される。

時打は、そんな彼女を見下ろす。

「もう少し鍛錬しろ。電が良い練習相手になるだろ」

「・・・ッハア!・・・・畜生・・・」

悔しそうな表情の天龍に、フッと笑う時打。

「ありがとうな、止めれくれて。だけど、俺はここで立ち止まる訳にはいかないんだ」

先ほどの警告は、彼女なりの善意だという事なのだろう。

素直になるのが、とても苦手な様だ。

やがて天龍が回復すると、時打はまた、竹林の奥に歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

鎮守府一階廊下。

「電」

「あ、雷ちゃん」

話しかけられ、振り向く電。相分からず、腰の後ろには一本の小太刀が差さっている。

気軽そうな電に対して、声を掛けた人物である雷は心配そうな表情だった。

「大丈夫なの?その、貴方のお兄さんが長門さんと決闘するの」

「あ~、その事ですか・・・」

アハハと力無く笑う電。

「大丈夫なのです。お兄ちゃんはああ見えて強いから」

「強いっていっても、()()()()()()()でしょ?いくら砲弾が斬れるからって、流石に・・・」

「もしかして、心配してるの?」

「ギク・・・」

図星の様だ。

「はっは~ん。さては何かあったのですね」

悪い笑みを浮かべる電。

それにどうしても違和感を感じる雷。

(本当に、同じ電なのかしら・・・)

そう、感じてしまう雷。

と、考えている内に表情を戻す電。

「とにかく、お兄ちゃんなら大丈夫なのです。確かに、大怪我する時もあったけど、それでも大丈夫なのです」

と、心配するなとでもいう様に満面の笑みを向ける電。

ついでに握り拳に親指を立てる。

「そ、そうなんだ・・・」

その異様なテンションに若干引く雷。

「その自信はどこから来るのかしらね」

突然、別の方向から声が聞こえてきた。

雷の背後だ。

振り向くと、そこには軽巡洋艦『川内』がいた。

その後ろには、同じ『川内型』の『神通』がいた。

「あ、川内さん」

「こんにちわなのです」

「こんにちわ、電ちゃん」

神通と電が互いに挨拶をする。

ちなみに、服装はセーラー服の様なものである(=改二ではない)。

「でもさ、相手はあの長門さんだよ。いくら提督があの人の砲弾を斬ったからって、流石に戦艦級相手にただじゃすまないでしょ?」

川内が最もな事を言う。

それに頷く神通と雷。

「確かにそうですけど・・・・ああ見えて、沢山の修羅場を超えてきたのです」

「例えばどんな?」

試しに聞いてみる神通。

そこで電は考える素振りを見せる。

「ん~・・・・色々ありましたけど・・・・テロリストがデパートに入って来た時にお兄ちゃんが一人だけであの逆刃刀で倒した事があるのです!」

と、誇らしそうに胸を張る電。

そこで、川内があるワードに食いつく。

「ん?逆刃刀?」

これは神通でも知らない事だ。

当然だろう。あの時、長門が時打に向かって砲撃した時に見えたのは、半ば抜かれた刀であり、それがまさか刃が逆さまについているとは思いもよらないだろう。

「あの提督が持ち歩いてる刀の事よ」

因みに、雷を加えたあの暁型の全員は知っている。

なので雷が電に代わって川内たちに逆刃刀の事を話す。

「あの刀って刃逆さまについてんの!?」

「だったら・・・そう簡単に人を殺す事なんて出来ないわね・・・」

驚いた様な表情をする二人。

しかし。

「だったら尚更勝ち目がないんじゃないかな?」

「え?どういう事?」

雷は首を傾げるも、川内は説明する。

「だって、刃がないんなら、それは単なる打撃武器になるだけだし、急所に当てない限り、致命傷なんて与えられないよ」

「なら連続でやれば問題ないのです」

「それを長門さんがみすみる逃さない訳ないじゃん」

電の反論に、正論で反撃する川内。

「それでも・・・負けないのです・・・・」

シュンとなる電。

その様子に罪悪感を感じてしまう川内。

たった一週間で彼女の放つ威圧には慣れたが、この様な所は、()()電と変わっていない。

やはり、記憶は違えど、持っている魂は同じ駆逐艦『電』なのだろう。

「まあ、結果は最後まで分からないとも言うからそんな顔しないでよ」

ポンポンと電の頭を叩く川内。

「それじゃあ、午後に始まるみたいだから」

「またね」

そして、川内たちと別れた電と雷。

「・・・お兄ちゃんは、負けないのです」

先ほどとは違い、不安な表情を浮かべる電。

そんな電を、雷は見る事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

ヒトフタサンマル――――十二時三十分、昼食。

食堂にて。

「間宮、まだ貰えるか?」

「は、はい!」

長門は、いつも以上に飯をガツガツと食っていた。

長門の座っている机には、特大の皿に乗った大量の肉じゃががあった。

それもそうだろう。

「き、今日はいつも以上に食べますね・・・」

「む、吹雪か」

長門の元へ、カレーをお盆の上に乗せて持っている駆逐艦『吹雪』がやってきた。

「そんなに食べて、後でお腹壊したりしないんですか?」

「心配するな。それに、これぐらい食べなければ、後でガス欠を起こしそうで、そっちの方が怖い」

「そうですか・・・」

吹雪は、何か不満のある表情で、長門のいる席に座る。

「どうした?・・はむ」

「どうして・・・ただの人間相手にそこまで気合を入れる必要があるんですか?」

「・・・」

それを聞いた長門は、箸を止め、しばし黙り込む。

長門と吹雪は、建造された時は違えど、同じ艦隊に入れられた戦友でもあり、良き、上司と部下の関係だったのだ。

今でもそれは変わっていないが、まだその関係は続いている。

しばし、時間がたった後、長門が口を開いた。

「・・・・あの男には、どうしても、油断してはいけないような気がするんだ。窮鼠猫を噛むともいうのか・・・まるで、蟻の大群に紛れた象さえも殺してしまう毒を持つ毒蟻の様な・・・もしくは、牙を隠している龍か・・・そんな気がするんだ」

「・・・・」

そんなバカな、と思った吹雪だったが、長門の手が震えているのを見て、彼女が冗談を言っているんじゃないと思った。

「・・・そこまでの相手なんですか?」

「ああ。あの言葉に、嘘偽りなんてない。だが、それとは裏腹に、どうしても感じてしまうんだ」

 

―――あれは龍だ、と・・・・

 

その言葉の重さに、思わずビクッとなる吹雪。

一週間、あの提督の傍で秘書艦を務めていたから分かる、彼女が思った最大の表現なのだろう。

「だから、こうして食べて戦いに備えているんだ。心配するな。私はこの世に名高いビッグ7(セブン)だぞ。そう簡単に負けないさ」

そして、長門は、あの日以来の、頼もしい笑顔でそう吹雪に言う。

「そう、ですか・・・」

吹雪は、まだ不安が拭い切れていないが、それでも、長門に今自分が送れる最大のエールを送る。

「頑張ってください。長門さん」

 

 

 

 

 

 

ヒトヨンマルマル――――午後二時。

明石から、準備が完成したとの放送が鎮守府の敷地中に響いた。

 

それを聞いた時打は、右手に持っていた深鳳を鞘に納め、脱いでいた軍服の上着を着て、腰に深鳳を差す。

 

長門は、溜め込んだエネルギーが体中に染み渡るのを感じながら艤装を装着する。

 

竹林を歩くなか、竹に背中を預けながら立っている天龍に会う。

 

闘技場の入り口で、心配そうな表情の大淀に会う。

 

「本当に行くのか?」と、また言われた。

 

「大丈夫ですか?」と言われる。

 

時打は、「ああ、行くよ」と答えた。

 

長門は「心配するな」と答えた。

 

それを聞いた天龍は、「武運を祈ってるぜ」と言い、時打はその脇を通り抜けていった。

 

それを聞いた大淀は、「ご武運を・・・」と言い、長門は闘技場を入り口をくぐり抜けた。

 

 

 

 

 

そして・・・・

 

 

 

 

 

 

「来たか」

長門はそう呟く。

闘技場の奥にて、扉が開く音が聞こえた。

そこから、時打が、白い軍服をなびかせ、入ってくる。

天井が吹き抜けになっている闘技場の天井から、設置された観客席らしき所から、何人もの艦娘が見ていた。

その中には、電たち、天龍の姿もあった。

「準備は良いな?」

「当然」

時打は、ゆっくりと鞘から深鳳を抜き放つ。

それが完全に抜き放たれ、だらりと、右側に構えられる。

観客から、眼の良い者から動揺の声が聞こえた。

おそらく、深鳳の構造に困惑しているのだろう。

だが、今はどうでも良い。

普通ならここで実況とかが入る所だが、生憎とここには青葉や霧島といった実況するほどハイテンションな艦娘はいない。

だから、入るのは、確認の声とゴングだけだった。

「二人とも、準備は良いでしょうか?」

大淀が、遠くからそう言う。

「大丈夫だ」

「ああ、始めてくれ大淀」

「では・・・」

二人から了承の言葉を受け取った大淀は、自分の傍らにあるゴングを鳴らす。

 

「始めッ!」

 

 

 


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