『――――じゃあ、羽黒は・・・』
「しばらく療養だ。かなり深く入ったみたいだからな」
時打が、電話越しに、長門へそう言った。
『まさか奴が・・・・それに五月雨も・・・』
「あまり言いふらすなよ。言ったら言ったでまとめて押しかけてきそうで、五月雨が混乱しそうだからな」
『ああ、分かった。それで、提督・・・・秋村の奴はどうなった?』
「まだここに残るつもりらしい。どうしても五月雨を取り戻したいみたいだな」
『奴め・・・それほどまでに手駒を揃えておきたいのか・・・』
長門が怒りに満ちた声で、そう言ってくる。
「五月雨はもう艤装を展開できない。=でいえば、陸での仕事に専念させる事ができるんだろ。だけど、その情報をどうやって手に入れたんだ・・・・」
そう、今の問題はそこだ。
秋村は、何故五月雨の居場所を、ましてや生きている事を知る事が出来たのだろうか。
時打が調べてみた所、当然の如く、五月雨は
死体を確認したいならまだわかるが、あれはどう見ても生きている事を前提とした行動だ。
「艦娘は都合の良い『道具』じゃねえのに・・・」
『ああ。私たちは、人間とは違う。だけど、心は、人間と同じだ。悲しければ悲しいし、怒れば怒れる。喜びすら感じられる。だというのに・・・・』
「ああ、今の政府の内情は艦娘を兵器として見ている奴が多い。だからといって粗末な扱いをすればその分士気は落ちるし、憎悪を積もらせかねない。以前の事例に提督に砲撃した艦娘たちがその鎮守府を乗っ取ったっていう事もあったからな」
『でも、結局は・・・・・』
全員沈んだ。本営が意図的に資源を断ち、更に、そこが離島である為、敵に囲まれ、一斉砲火でその島は跡形も無く消し飛んだ。
それが全てだった。
「とりあえず、俺もここに残って奴の動向を探る。吹雪と電をこちらに向かわせてくれないか?」
『分かった、すぐに向かわせる』
「それじゃあ、鎮守府の事は任せたぞ」
時打は、そう言い残し、受話器を戻した。
「ふう」
時打は、そう息を吐いた。
現在、羽黒は横須賀の入渠している。今日中には治るみたいだが、それでも先ほどの羽黒の『闇』については、悪寒を感じえない事は出来なかった。
あれが羽黒の素の表情なのか・・・・・
「考えても仕方が無い・・・・か」
時打は、そう結論付け、歩き出す。
その間も、口にした言葉とは裏腹に、考察していた。
分からないのだ。奴が何故、五月雨を欲しがるのか。
五月雨はもう艦娘としての力を失った。
だけど、響の話を聞いた限り、そして、先ほど五月雨が襲い掛かってきた時に分かった事だが、五月雨はCQC、近接格闘が可能だという事だ。
それならば、自分に歯向かうものを片っ端から力で抑え込む事が出来るという事だ。
もちろん、数の問題もあるが、今は、おそらくだが同じように『調教』した睦月がいる。
よって、秋村が五月雨を取り戻せば陸での戦力は二人。時打なら二人を同時に相手をするのは問題ではないが、睦月や五月雨の実力は、まだ未知数な所が多い。
五月雨はもしかしたら本気を出していないのかもしれないし、睦月に至っては、あの脚力だ。
そんな不確定要素の多い二人を相手に果たして自分は勝てるのか。
などと不安が頭によぎった時、目の前にある左の通路から誰かがでてくるのが見えた。
「ん?」
ふと、その姿に覚えがあった。
白いコートに黒いスーツ。そして、冷酷ともいえる眼光。
そう、その男は・・・・
「ッ!?」
「ん?」
思わず距離を取る時打。
よって少し後悔した。
銃を使う相手に、距離を取るのは愚策だと。
「・・・飛天童子か」
「なんでお前がここにいる・・・・」
そう、その男は、かつて、翔鶴を攫った
「――――――つまり、もともと名を売っててっとりばやく政府の人間になりたかったのか?」
「そういう事だ。傭兵業では稼げる金にも限りがあるからな」
羽黒のいるであろう医務室に向かいながら、そう会話をする時打と達也。
「鬼村も鹿丸も、今は別の所で活動している。まあ、犬になるつもりは無いがな。あくまで
「そうかい」
達也の言葉に、そう返す時打。
「それで、今回は壱条長官に言われて、お前の手伝いをしろと言われた訳だが、何をすればいい」
「秋村 禅斗って奴の動向を探ってきて欲しい。奴が、地下にいる五月雨に近付いたら、とにかく俺に連絡して、俺がくるまでなんとか足止めしておいてくれ」
「なんとかしよう」
達也は、そう言うと次の十字路を、右に曲がっていった。
そして、時打は、真っ直ぐに歩いて行った。
扉をノックする。
「時打だ」
「あ、時打くん!入って入って!」
中から聞き覚えのある陽気な声と共に、扉が開く。
そこには、扉を開けた主である飛龍、彼女の相方である蒼龍がいた。
「あれ、千歳や千代田は?」
「今席を外してて・・・・明石さんが時打君の作った黒風などの開発に熱中してまして」
「何をやってるんだアイツは・・・・・」
蒼龍の言葉に思わず頭を抱えた時打。
「それで、羽黒は?」
「ああ、うん。それが・・・・・」
飛龍が、開かれたカーテンの方を見る。
時打はそちらへ歩いていく。
そして、カーテンをどかすと、そこには、苦しい顔で眠っている羽黒の姿があった。
「これは・・・・」
「腹のダメージは入渠で回復したんだけど、入渠している間もずっとこのままなんだ。多分、悪夢にうなされてるんだと思う」
蒼龍が、そう答える。
「ころ・・・して・・・やる・・・かなら・・ず・・・じごく・・・を・・・・」
「・・・・・」
羽黒が、寝言でそう、恐ろしい事を言う。
「本当に、これがあの羽黒なのかな・・・」
「間違いはない。だけど、ここまで歪める元凶がいるっていうのは確かだ」
「許せない・・・・」
蒼龍の疑問に、時打が答え、飛龍が悔しそうに歯を食いしばる。
「うう・・・・ねえ・・・さん・・・・おねがい・・・・私を・・・・」
ふと、羽黒は、右手を天井に向かってのばす。
「私を・・・・一人に・・・・一人にしないでぇぇぇえええええええ!!!!!」
直後に絶叫。
それに驚く時打、飛龍、蒼龍。
それが収まると、羽黒は、眼を開いていた。
「ハア・・・・ハア・・・・ハア・・・・」
激しく呼吸を繰り返す羽黒。
「起きたか?」
そんな羽黒に、時打は声をかける。
「しれい・・・かん・・・・さん・・・・」
「気分はどうだ?」
「・・・・」
羽黒は、そう言ってくる時打を見ると、体を起き上がらせようとする。
だが、力が入らないのか、中々起き上がれない。
そんな彼女に、蒼龍が手を貸す。
「ありがとうございます」
そんな蒼龍に、感謝の言葉をかけ、羽黒は、起き上がった状態で、俯いた。
「先ほどは・・・申し訳ありませんでした・・・・」
「艤装の無断展開は鎮守府だけにしろ。だから、なんでお前があそこまで憎悪を燃やすのかを聞かせてくれ。俺には、その権利がある。部下の命を預かる者として」
時打は、そう言う。羽黒は時打から視線を外し、俯く。
そのまま、少しの間を置いて、羽黒は、返事を返した。
「分かりました・・・・」
「じゃあ、私たちは出て行った方がいいかな?」
羽黒の返答に、飛龍たちは出ていこうとする。
「いえ、司令官さんの友人でもある貴方たちにも、聞いて欲しいんです・・・・この事は、長門さんでも知らない事なので・・・・」
そう、羽黒は引き留めた。
「分かった。でも、後悔はしないでね」
「はい」
蒼龍の言葉に、羽黒は頷いた。
重巡洋艦『羽黒』
もともと、彼女は自分の姉である、妙高、足柄、那智の三人がいた。
当時の彼女は、秋村の行為に苦しめられていた駆逐艦たちの面倒を一生懸命に見ていた。
そのほとんどの場合、秋村の気に障る事をやった駆逐艦たちの代わりにその暴行をうけた事がほとんど。
その度に、那智や足柄が激昂して、五月雨に返り討ちにあうのが毎度の事であった。
そんな日常の中で、羽黒は駆逐艦たちの為に、街に赴き、こっそりと貯めていた金でお菓子を買って、それを分け与えるという事を毎日していた。
幸いにも、同じ重巡洋艦が秋村の視線をそらしていたのでバレる事はなかった。
だが、誰かが沈んでいくのは一行に減らなかった。
そして、電が沈んで、二年後の事だ。
羽黒以外の妙高型。そして、羽黒に特に中の良かった駆逐艦や軽巡たちが、連合艦隊として出撃した日の事だった。
全員、
とある敵泊地を襲撃せよとの事だった。
そして、全員が沈んだという情報が入った時、羽黒は、目の前が真っ暗になり、気を失った。
眼がさめ、自暴自棄になり、しばらく鎮守府の中を彷徨っていた時、羽黒は、偶然にも、その書類を見つけてしまった。
鎮守府の外にある、誰も知らない、倉庫。
そこに、今までの作戦の、本当の情報が書かれた書類が山のように隠されていたのだ。
中には、艦娘の轟沈記録や、秋村の前任、一ノ瀬を刑務所に送りにする為の計画書もあった。
つまりはそこからガタが外れたのだ。
心が真っ黒いものに塗り潰された羽黒は、全力で執務室に走っていった。
電が沈んだ時も、鳳翔を襲ったあの深海棲艦の事は聞かされていなかった。
そして、あの倉庫に置かれていた書類には、その事がしっかりと書かれていた。
やはり偽装。自分たちをだまし、ここにいる艦娘を沈める事を前提で作戦を立てていたのだ。
都合の良い、玩具を作る為に。
羽黒は、扉を蹴破るのではなく、主砲で扉を吹き飛ばし、秋村を殺そうとした。
だが、またしても五月雨に阻止されてしまい、両の腕と脚の骨を砕かれた。
そして、地下にある牢獄で、骨折の痛みに苦しみながら、秋村が黒河を去るまで投獄され続けた。
長門が来るまで、ずっと、そのままで。
「―――――以上が私の受けてきた仕打ちです」
羽黒は、怒りの滲んだ声で、そう話し終えた。
―――――直後
ドガァァアンッ!!!
「!?」
時打が、自分のすぐ横にあった壁を、拳で破壊した。
「・・・・・・ふざけんなよ・・・・」
時打は、低く、低くそう呟いた。
「艦娘を使い捨ての道具の様に扱いやがって・・・・・・いくら、同じ奴がいるからって・・・・・やって良い事と悪い事があるだろ・・・・・艦娘にだって、帰りたい場所がある、笑える場所がある、悲しむ事だってできる、泣く事だってできる。なのに、そんな艦娘を殺しに殺して何が楽しいんだ。戦争はゲームじゃねえんだぞ。艦娘は兵器じゃねえんだぞ。帰るべき場所のある『兵士』だぞ・・・・その命を預かってるくせに、海の上じゃなんの役にもたたない俺たちの代わりに戦ってんのは誰だか分かってんのか。いいや絶対に分かっていない。そういう奴がいるから人類はいつまでたっても勝てないんだよ。奪っても奪い返されるし、もう何年なのか分からない戦争を続けてんのに、今更娯楽にありつきたいのか。諦めてんのか。勝てないから諦めんのか。それじゃあ今まで戦ってきた艦娘たちが報われねえじゃねえかよ。俺と同じじゃねえかよ。人類の為に、苦しむ人々の為に、力に怯える人々の為に、今日も必死に死地に出向いてんだぞ・・・・それなのに、それなのにッ!!」
また、壁を殴る。
へこんでいた壁が更にへこむ。
「艦娘は、そこまで都合の良い道具じゃねえ。その気になれば、俺たち人類を簡単に絶滅させる事だって可能なんだ。それを・・・」
「時打。そこまでだよ。羽黒が怖がってる」
殺気が滲み出ていた時打を、飛龍が咎める。
「あ、悪い・・・」
「良いよ。こんな話を聞いて、
飛龍の言葉に、羽黒の背筋に蛇が纏わりつくような感覚がおとずれた。
その表情は、完全に『怒』そのもの。
それは蒼龍も同じだった。飛龍ほど表にはでていないが、その表情は完全に怒っていた。
「話してくれてありがとうな羽黒。お陰で、
(あ、これ、完全にブチ切れてる・・・・)
羽黒は、短い時打との邂逅で今、時打が猛烈に溶岩の様な怒りを
「そうときまれば早速行動開始だ。今日中には吹雪たちがくる筈だ。飛龍と蒼龍は、ここに来る吹雪、電と合流したら、電はお前たちと、吹雪は俺と一緒に行動するように言っておいてくれ。それと羽黒がさっき話した事は、お前たちの判断に任せる。とにかくぶっ潰すぞ」
「「了解!」」
完全にスイッチの入った三人。
そして羽黒は思った。
この三人を怒らせてはいけないと・・・・・そして、こんな素晴らしい提督の元につけて良かったと。
次回『捜索活動』
怒れるその眼は闇夜を見抜く。
おたのしみに!