バァァンッ!!!
その様な音が響き、視線が一気にそちらに注がれる。
その様な音をおこしたのは、黒髪の刀を腰に差した男だ。
「時打・・・・!?」
豪真は、そう漏らす。
「・・・・・」
時打は、俯いていた顔を、ゆっくりと上げる。
その表情を見て、豪真は戦慄した。
キレている。
その表情は、まさに怒りそのもの。
その場に踏みとどまっているのを見る限り、なんとか理性を保っているという事。
だが、何かキッカケがあれば、間違いなく、今、左手で掴んでいる刀を勢いよく抜刀するだろうという程の殺気が滲み出ていた。
そして、その怒りの矛先は、今、豪真の目の前に立っている男へ向けられていた。
「おや?長官以外にも人がいたとは、驚きですねぇ」
豪真の向かいに立っていた男が、そう言う。
時打は、その男に向かって、こう言い放った。
「・・・お前が・・・秋村・・・ッ」
その声は、ドスが効きすぎていると言っても良い程に低く、殺気が込められていた。
「ええ。俺が秋村 禅斗だ。今は、舞鶴で提督をやっている」
「ッ・・・!」
時打は歯噛みする。
秋村は未だに提督を続けている。
以前の黒河での所業が、白と断定されている為だ。
艦娘に恐怖を与え、従わせる。
その方法が、惨い事に艦娘を轟沈させる事だったのだ。
使い捨ての駒の様に沈めていき、そして、残った艦娘には、従わなければまた誰かが沈む、という恐怖を受け付ける事で従えてきたのだ。
そんな事を許せる筈が無かった。
「まあいい。豪真長官、話を戻しますが、俺の五月雨をそろそろ返してくれませんかねぇ?」
ふと、興味が失せたかのように時打から視線を外し、豪真に向き直る秋村。
その言葉に、反応するものが
「だから言っているだろう。すでにお前の五月雨は一年前に死んでるだろ」
「何を言ってるんですか?知ってるんですよ。貴方たちが、五月雨を監禁してるってね」
「何をばかな事を。一体どこにそんな証拠があるんだ?」
そんな風に口論をする豪真と秋村。
豪真の傍らには、怒りに歪んだ顔で秋村を睨み付ける筑摩の姿があった。
一方で、秋村の傍らには、黒髪のショートカットで、セーラー服の上にジャケットといった服装の少女、駆逐艦の『睦月』がいた。
それも、改二の姿だ。
その表情に、感情など映っていなかった。
「コイツ・・・・ッ!!」
時打は、煮えたぎる何かを必死に抑え込みながら、そう呟く。
ふと、秋村がこちらを見た。
そして、何かに気付いたかのように、醜悪な笑みを浮かべる。
「お~、羽黒じゃないか。久しぶりだなぁ。どうしてここにいるんだ?」
そう、秋村は言った。
その時、時打は、自身の怒りが急激に冷却されるのを感じた。
それは、決して冷静になった訳では無い。むしろその逆、頭の中は、危険を知らせるサイレンで鳴り響いていた。
冷静になれる訳が無かった。
その、時打だからこそ分かる、尋常じゃない程の殺気。
今まで、幾人もの人間と対峙してきた時打がらこそ、その殺気が、その怒りが、その復讐心が、否応無く伝わってきた。
そっと、後ろを見る。
そして、思考がショートした。
そこに立っていたのは、『羽黒』だった。
そう。『羽黒』だ。それ以外の、何者でもない。
何者でも無いからこそ、別人に見えた。
その表情は、『無』。瞳は光を無くし、顔は表情を無くし、肌は色を無くし。
ただただそこで体現されているのは、『怒り』『憎しみ』そして『復讐心』。
故に、そこにいたのは、『羽黒』であって、『
「は・・・ぐろ・・・?」
時打が、そう、掠れた声で、そう言った。
だが、秋村は、そんな羽黒の殺気をものともしない様に、更に話しかける。
「新任の提督を毎回追い出しているそうじゃないか。もしかして、俺の事が恋しいのかな?」
「――――――――黙れ」
場所の空気が一気にマイナス値にまで下がった気がした。
「黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れダまれだマれだまレダマれだマレダまレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマ――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
呪詛の様に黙れをくりかえる羽黒。
「お前の所為で姉さんたちは沈んだ電ちゃんも沈んだ村雨ちゃんも陸奥さんも加古も那珂ちゃんもみんなみんな沈んだお前さえこなければおまえさエこなケればこんナ事にはなラなかっタおマさエコなケレバよカったンだイナけれバヨカッタンダオマエが最初カライナケレバアンナ事にはならなカッタンダ――――――」
普段の羽黒から考えられないような言葉がその無表情の顔から吐き出される。
「ダカラシネ」
「ッ!?」
羽黒の呟いた言葉に思わず身を硬直させる時打。
「ココデシネシンデキエロニドトワタシタチノマエニデテクルナダカラシネワタシノマエデシネ――――」
そして、羽黒の体が光り出す。
艤装を展開するつもりだ。
「ッ!?やめろは――――」
「睦月、うるさいからやれ」
「はい」
突如、秋村がそう呟いたかと思うと、時打の脇を何かがすり抜けた。
直後に鈍い音が響いたかと思うと、羽黒が時打から見て左の廊下の壁に叩き着けられていた。
羽黒が苦悶の表情を浮かべるが、それすら一瞬の事の様に、睦月の直進蹴りが羽黒の腹に直撃する。
それを喰らって、声をあげる暇も無く、喀血する羽黒。同時に、羽黒の後ろの壁がへこむ。
「羽黒ォ!」
「そいつを抑えろ」
「はい」
羽黒に駆け寄ろうとする時打に、睦月が立ちはだかる。
「ッ!!」
「!?」
だが、時打は、神速と同時にフェイントをかけて睦月の視界から一瞬にして消える。
睦月が一瞬戸惑ってしまうのと同時に、時打は、睦月の頭上を通り過ぎる。
「おい!羽黒!しっかりしろ!」
「がふ・・・・」
抱きかかえて揺さぶるも、羽黒は口から血を流しながら、顔をしかめ、必死に腹の痛みに耐えている。
「何をやってるんだお前は。あんな奴に抜かれやがって」
「すみません」
秋村が、煩わしそうにそう言い、睦月が浮かない表情をする。
「ッ・・・」
時打は、その様子の二人に何も言わない。
今睦月がやったのは正当な行為だ。
羽黒が秋村に向かって仕掛けようとし、睦月が自分の提督を守る為に仕方なくやった。
はたから見れば、こうなるだろうし、どっからどうみても羽黒が悪い事には変わりはない。
だからこそ、時打は二人に何もいえない。
例えやり過ぎだとしても。
「まあいい。おいお前、そこどけ」
秋村が、背を向ける時打にそう言う。
「・・・・なんでだ?」
「そりゃあ、ソイツの『躾』だよ。艦娘が人間に攻撃した事を後悔させてやらなきゃな」
「それなら、その責任は、今の提督である俺が負うべきものだ。お前にそんな事をする権利なんて無い」
「今の・・・・そうかぁ。最近、黒河で大戦果挙げたって聞いたけど、お前だったのかぁ。余計な事をしてくれたよね」
「ッ!?」
秋村の言葉に、また頭に血が上るのを感じた。
「とにかくそこを退いてくれ。ソイツは俺のものだ」
「お前が転勤した時点でコイツはお前の『
時打は、秋村に向かってそう言う。
「チッ、めんどくせぇな。おい、やれ」
「はい」
睦月が前に出てくる。
それを見た時打は、痛みに悶える羽黒をおろし、しゃがんだ状態で腰の深鳳に手をかける。
一方で睦月は、ジャケットの左手の袖から、器用な手つきでバタフライナイフを取り出し、刃を出す。
そのまま一歩、また一歩と時打の間合いに入ってくる。
時打は、親指で鍔を押し上げ、いつでも抜刀出来るように構える。
そして、睦月が時打の間合いに踏み込もうとした瞬間。
「やめないかッ!!」
豪真の声で、睦月は歩くのをやめた。
そして、時打も我に返る。
「んだよ。良い所だったのに」
「どこが良いものか。何を考えているんだお前は」
秋村が不満そうに、豪真がその顔を険しくして秋村を睨み付ける。
「羽黒。しっかりして」
「うう・・・げほ・・・」
一方で、筑摩は、ダメージを負った羽黒を介抱していた。
「羽黒を頼む」
時打は、押し上げた鍔を元に戻し、筑摩に一言告げ、立ち上がる。
「ちぇ、まあいい。行くぞ睦月」
「はい」
秋村の言葉に、短くそう返した羽黒は、黙って秋村についていった。
「ああ、そうそう」
ふと秋村は何かを思い出したかの様に立ち止まり、時打の方を見る。
「あそこはまだ俺の鎮守府だ。間違えるなよ」
それに時打は。
「ふざけるな」
そう一言、返した。
そのまま、秋村たちは立ち去って行った。
次回『まさかの再開 羽黒の黒』
何が彼女を黒く染めたのか。
お楽しみに!
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